学習のすすめ












(二)マルクス主義とは何か。それはどのようにして生まれ、成長し、完成されたのか。その原理からみるとき、ソビエト、東欧、中国の社会主義崩壊は、社会主義と共産主義の最終的勝利のために必要なステップである。歴史とはこのような必然と偶然の統一された発展と前進であり、弁証法的歴史発展のみごとな証明である。弁証法的歴史科学からすべてをみつめよ!

 レーニンは一九一四年に執筆した論文『カール・マルクス―略伝とマルクス主義の解説』のなかでつぎのように書いている。「マルクス主義とは、マルクスの見解と学説の体系である。マルクスは、人類の三つのもっとも先進的な国に属する十九世紀の三つの主要な思想的潮流の継承者であり、天才的な完成者であった。それはドイツの古典哲学、イギリスの古典経済学、そして一般にフランスの革命的諸学説とむすびついたフランス社会主義である」と。そしてまたレーニンは一八九四年に執筆した論文『人民の友とは何か』の中で「マルクス主義の正しさは、それが最高度の厳密な科学性と革命性(註・哲学と科学)が結合しているからであり、この二つの特性が切っても切り離せない統一が理論そのものの中にあるからである」と書いている。注目せよ。マルクス主義は人類の歴史が到達した英知の「止揚」の産物であり、哲学的であると同時に科学的なのである。

 レーニンは明確に断言している。マルクス主義とは最高度の厳密な科学性(科学的法則)と革命性(哲学思想)との結合である、と。そしてレーニンは、マルクス主義とは、人類が十九世紀に到達した英知としてのドイツ哲学、イギリス経済学、そしてフランス社会主義の継承、発展、前進、止揚、完成、であった、と明言している。つまり、一切は、すべては、継承・発展・前進・止揚・完成、という弁証法的歴史観、史的唯物論の歴史観がマルクス主義の本質的原理なのである。

 だからエンゲルスは『共産党宣言』の一八七二年ドイツ語版の序文のなかでつぎのように言っている。「事情がどんなに大きく変化したにしても、この『宣言』のなかに述べられている一般的諸原則は今日でも完全に正しい。個々の点、部分的な点はあくまで改善の余地があるであろう。それはいつでも、どこでも、当面する歴史的事情がこれを決定するであろう」と。

 エンゲルスは言っている。マルクス主義の諸原則は絶対に正しい。そして個々の問題、手段や方法や、形式上の問題は常に歴史の発展によって変化され、改革され、改善されるものである。つまり、発展・前進・止揚されるのだと言っているのだ。エンゲルスが主張し、レーニンが実践したとおり、マルクス主義の原理、理念、原則は断固として守りぬく。同時に具体的な問題、戦略、戦術上の問題は歴史時代と情勢と条件によって常に発展、前進、止揚されていく。これが弁証法であり、マルクス主義であり、これがマルクス主義の哲学科学思想なのである。

 エンゲルスはもっとくわしく、もっと厳密に、全宇宙と人類世界の運動法則を解明した文献『自然弁証法』を一八七五年に執筆している。人類世界とそのすべては常に運動し、発展し、前進し、止揚され、転換されていくのであって、どのような事件、事物も決して否定的で後退的で無意味なものはない、としている。否定、停止、後退は死滅であって、運動している限りそういうものはこの世には存在しない。

 人類の歴史を知ればはっきりしている。人類が出現した当初は生産力がなく、自然採集経済であったため、その社会は国家と権力はなく、原始的共同体(コミュニティー)社会であった。やがて生産活動が始まり、生産力が高まり、財産が出来てから国家と権力が生まれた。その国家と権力と社会も、生産力の発達に合わせて変化していった。歴史上それは、原始共同体―奴隷制―封建制―資本主義社会―独占支配と帝国主義の時代―最高に登り詰めた帝国主義の崩壊から人民の社会・近代コミュニティー・社会主義へ、これが人類史の歴史的発展法則である。

 このように歴史は一貫して、前へ、前へと前進しているのであって、後退ということはありえない。そしてまた、科学的法則からいって、資本主義と独占資本がこのまま、そこで止まってしまって動かなくなるということもありえない。それは死であるからだ。歴史は一貫した運動・発展・前進・止揚・転換するのであって、どこにも否定や、後退や、停止はない。
 
 エンゲルスはその自然弁証法でくわしく弁証法的運動法則を説いているが、それの核心はつぎのとおりである。@すべては必然と偶然の連関し、統一された運動する世界である。Aすべては止揚による発展と前進と転換の世界である。B運動する力は内部(内因)の対立物の矛盾と闘争である。C発展・前進・転換は根本的で、質的なものである。D最後は爆発と収れんによってすべては成る。

 以上のような、弁証法的・哲学的・科学的歴史観からみるとき、さきに紹介したマルクス本の『マルクスのアクチュアリティ』や『マルクスと哲学』などの著者がいうような「ソ連の崩壊によってマルクス主義の正統性はなくなった」とか、「これまでのマルクス像の変革をめざしてマルクスを再読しよう」などということが、如何に哲学を知らない非マルクス主義であり、敗北的修正主義の見本であり、マルクス読みのマルクス知らずであるということが理解されよう。
 そしてこうした敗北的修正主義者たちは、マルクスやレーニンの文献をよく読んでいないか、読んでも理解できないのである。フルシチョフやケ小平などの裏切り者は革命運動の途中では必ず出現するのだということは早くから予告されていた。一九二一年六月に開かれた第三インタナショナル第三回世界大会の席上レーニンはつぎのように演説している。「革命に勝利したからといって絶対に安心してはならない。資本主義陣営に包囲され、帝国主義が存在し、国内にはまだブルジョア思想と旧体制の残りかすを捨て切れない人間はいくらでもいる。党と国家権力は益々内部を浄化し、裏切り者に対処しなければならない」と予告した。そしてマルクスも『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』(一八五一―五二年)のなかで「労働者階級は最終的勝利のために、必ず一度は途中で立ち止まり、理論上の原則にもとづいて、最初からやり直すことが必要である」と予言している。歴史は、ソ連や中国の社会主義の崩壊という事実を通じて、マルクスの予言とレーニンの予告の正しさを証明した。あわせて歴史はこのことを通じて、われわれ正統マルクス主義者に、その後のスターリンや、毛沢東など、マルクス・レーニンの継承者が、いくつかの歴史的条件のもとで、右の予言と予告の正しい認識とその実行を実現できなかったことに警告を発した。ソ連・東欧・中国などの社会主義崩壊における最大の歴史的意義はここにある。故にこの事件はマルクス主義運動における偉大な勝利なのである。われわれは歴史の要求に答えて、断固として、歴史を「止揚」しなければならない。肝に銘ずべきは、歴史的事件を敗北的修正主義としてとらえて動揺することなく、いかに歴史を「止揚」するかについて、実践的に議論し、自ら行動することである。

 マルクス主義哲学の原点たる『フォイエルバッハにかんするテーゼ』(一八四五―四六年)の中の第一の項で<これまでの唯物論(フォイエルバッハのをもふくめて)の主要な欠陥は…「革命的」な活動、「実践的に批判的な」活動の意義を理解しない>と強く主張している。実践的に、行動的に哲学をつかめ、哲学的唯物論の原理と弁証法的理念にもとづいて実践し、行動せよとマルクスは強く主張している。ソ連、東欧、中国などの社会主義崩壊とは何かを正しく理解し、どう実践するのか、これが正統マルクス主義者か否かの分かれ道である。われわれは歴史の要求に答えて必ず歴史を「止揚」するであろう。