学習のすすめ











(三)レーニン、スターリンの偉大なソビエト社会主義が内部からの変質によって崩壊したこと。それはフルシチョフやケ小平の裏切り者が出現したからだということ。こうして社会主義は一度、はじめから再出発するに至ったこと。これらはみな、マルクスやレーニンがはやくから予言し、予告し、警告していたことであり、その歴史的意味をよく理解しなければならない!

 第五節「社会主義経済学と社会主義的計画経済について!」の序論と(一)で、マルクス主義経済学の理論を実際にこの世の中に実現させたレーニンとスターリンのソビエト社会主義の偉大な勝利と発展の歴史的事実を、あらゆる記録と証言と歴史を通じて明確に立証した。人類の歴史とその将来は、近くはっきりとこのことを歴史として確認するであろう。現代の歴史時代がその遠くないことをわれわれに確信づけている。

 そして歴史は、このようなソビエト社会主義の偉大な勝利とその成果が崩壊したのは、フルシチョフによる「スターリン批判」という、反マルクス主義的ブルジョア思想によって、ソビエトの党と国家がブルジョア的に変質した結果であったこと、つまりは哲学的内因論にあったこと。そしてまたこのことは早くからレーニンが予告し、警告し、マルクスもまた予言していたことでもあった。そしてなおこのことは社会主義が最終的に勝利するために必要なステップであり、全歴史過程における必然性の中の偶然性であったことも歴史が確認するはずである。
フルシチョフの出現を予告、警告したレーニンの言葉
 レーニンは一九一九年十月に執筆した論文『プロレタリアートの独裁の時期における経済と政治』のなかでつぎのように論じ、われわれに強く予告した。

 〔「社会主義とは、階級をなくすることである。プロレタリアートの独裁は、これをなくするために、できることはなんでもやった。だが、階級をいっきょになくすることはできない。そして、階級は、プロレタリアートの支配する社会主義の時期を通じて残っており、また今後も残るであろう。階級が消滅すればプロレタリアートの独裁は不必要となるであろう。そして階級はプロレタリアートの独裁なしには消滅しないであろう。階級は残っているが、プロレタリアートの独裁の時期には、どの階級も変形をとげた。階級間の相互関係も変わった。プロレ夕リアートの独裁のもとでは、階級闘争は消滅しないで、別の諸形態をとるだけである。……

 搾取者、地主、資本家としての階級は、プロレ夕リアートの独裁のもとでも消滅しなかったし、またいっきょに消滅することはできない。資本家階級は、うち破られたが絶滅されてはいない。彼らには、国際的な基盤が、そして国際資本が残っており、彼らはこの国際資本の一支店である。彼らには部分的にいくらかの生産手段が残っており、金も残っており、そして巨大な社会的つながりが残っている。彼らの反抗力は、まさに彼らが敗北したために、百倍にも千倍にも増大した。国家行政や、軍事行政や、経済行政の技術≠ヘ、彼らにきわめて、大きな優越性をあたえており、そのために彼らの力は、人口総数のうちに占める割合とは比べものにならないほど大きい。旧社会への復古の願望はいっそう強くなるばかりであり、旧社会の古い残りかすは根強い。倒れた搾取者と、勝利した被搾取者すなわちプロレ夕リアートの階級闘争は、はるかに激しいものになっていく。……

 われわれの任務と責任は階級闘争を闘いぬくことであり、プロレタリアートと大衆を正しく指導すること、彼らに強い影響力をおよぼすために闘うことであり、動揺する者、ぐらつく人びとをひきいて前に進むことであり、これこそがプロレタリアートとその党がなすべきことである〕と。

 レーニンは世界革命が勝利するまで、階級闘争の手をゆるめてはならず、裏切り者の出現に備えて、常に党と大衆の闘いに磨きをかけておけ、と予告している。

 レーニンはまた、一九二一年六月に開かれた「共産主義インタナショナル第三回大会の基調演説」において全世界の共産主義者に向ってつぎのように呼びかけ警告している。

 「われわれは革命に勝利したからといってけっして安心してはならない。まだわれわれの内部、社会主義国家の内部には、旧世界の生き残り組や、旧思想を捨てきれない者たちや、旧支配層の子孫や、社会主義に移行しきれない落ちこぼれや、国外の資本主義と通ずる裏切り者たちはいくらでも存在している。彼らは常に資本主義の復活をねらっている。世界革命が終了するまでは国際資本主義の圧力と攻撃は終わらず、故にプロレタリアートとその国家と党は絶対に油断してはならず、階級闘争を忘れてはならない」と。

 このようにレーニンは世界革命の勝利の日まで、原理・原則どおりに闘うこと。プロレタリア国際主義、インタナショナルを忘れるな、と強く主張している。レーニンのこの血を吐くような叫びを忘れてはならない。
マルクスの「一度、はじめからやり直せ」という予言をよく知り、その歴史性を認識せよ
 マルクスもまた、社会主義運動と共産主義運動はその歴史上において、一度は途中で立ち止り、はじめからやり直すことも必要であり、そのような歴史時代が必ずあることを予言していた。

 マルクスはエンゲルスと共同執筆した『ドイツにおける革命と反革命』(一八五一―五二年)において、そして同じ年にマルクス自身が執筆した有名な論文『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』の中でつぎのように書いている。「歴史を見ればわかるとおり、革命にはいろいろあるが、その多くは短命である。しかしプロレタリア革命は人類史上では最後の革命であり、プロレタリアートは人類史における最後の階級であり、最後の勝利者である。故にこの革命は、どんな勝利の時代、平和な時代にも有頂天になることなく、むしろ中途で一度立ち止り、勝利と敗北から深く学び、ときには徹底的に破壊し、ぶち壊し、はじめからやり直す。ときには迷い、尻ごみをし、動揺する。しかしこれは歴史が解決する。歴史がプロレタリア革命を要求し、プロレタリアに決断を求め、プロレタリアはこれに答えて最終革命にむかって立ち上がる」と。

 マルクスが言っているのはつぎのことである。つまり、科学的に正しい法則といえどもすべてが一直線で進むものではない。多くの実験、検証、失敗や敗北の中から真の勝利への道は開かれていく。プロレタリア(人民大衆)の運動と闘いもまた、その法則から免れることはありえない。最後の勝利者であるだけに、有頂天になることなく、一度は、はじめからやり直すことも必要なのだ、という。学びながら前進せよ、とマルクスは予言している。この意味を深く、高く認識し、理解しなければならない。そして現代のマルクス主義、社会主義、共産主義運動は、マルクスの予言どおりに進んでいることを確信しなければならない。
社会主義建設と社会主義の勝利の要(かなめ)は党であり、それは理論上(思想上)の原理・原則に忠実な党、理論と実践の統一的指導力の党、社会主義国家を正しく運営する方法としての二本足の権力を執行することができるような党である!
 ここでわれわれが特に留意すべきは、レーニンの予告と警告である。レーニンは強く呼びかけている。社会主義建設期においては、形の違った階級闘争がますます激しく、きびしくなる。党は断固として階級闘争の手をゆるめてはならない、と主張する。そのような党が存在しなければならないのである。歴史上初めて社会主義を実現させたレーニンは、自らの実践と行動から学んで強く主張する。社会主義建設時代のマルクス主義党の歴史上の任務について、その党としての責任について、前記のとおり、社会主義の時代には必ず変節者、変質者、裏切り者が出現するものだと、われわれに強く警告した。だからレーニンは、そのためにこそ党建設を、党の強化を、党活動の原則性を強く、強く主張した。その党とは何か、党はどうあるべきかを、レーニンの有名な論文『何をなすべきか? われわれの運動の焦眉の諸問題』(一九〇一―二年)でくわしく論じている。その核心は、マルクス主義の理論上の原則を守り、基礎理論を離さず、すべては理論を導きにして実践活動を律せよ、理論の導きなしに革命運動の勝利はない、ということであった。

 そしてレーニンは、理論闘争、政治闘争、思想闘争は、軍事闘争や、経済闘争とは別の、独自の分野の闘争であり、この闘争は党の独自闘争、独自の任務として実践し、行動せよ、と強く主張した。

 そしてレーニンはその具体化、具体的実践として示したのがソビエト赤軍内の「軍事コミッサール」である。外国干渉軍と国内反乱軍との死闘の中で、ソビエト権力の主柱たる赤軍を維持し、その能力を高めるためにレーニンはコミッサール制を確立した。軍事機構(行政機関)としての上から下までの指揮命令系統の機関とあわせて、それに併行して党(思想・政治司令部としての党組織、党機関)を代表するコミッサール(政治委員)を配置(組織)した。このことについて、フルシチョフ出現前の正式の『ソビエト連邦共産党(ボリシェビキ)歴史小教程』(一九三八年)の第八章では「軍事コミッサールがなかったならば、われわれの赤軍はなかったであろう、とレーニンは語っている」と記している。そしてレーニンはその後ソビエト社会主義建設期を通じて、国家行政機構と機関に併行して、ソビエト共産党(ボリシェビキ)の党とその組織と機関を独自に作り上げ、その独自活動(思想闘争、政治活動、人民大衆の中での社会主義と共産主義運動)の展開を進めた。つまりは社会主義国家における二本足の権力執行である。この二本足の権力執行というレーニン的原則が崩れたとき、権力はブルジョア化し、社会主義は崩壊していく。フルシチョフ以後のソ連邦は完全にこれは崩壊してしまった。

 ここに一つの参考文書がある。株式会社新潮社発行、中村逸郎著『東京発モスクワ秘密文書』(一九九五年六月十五日発行)である。著者は一九八八年から九〇年にかけてモスクワ留学をしたソ連問題研究家であり、氏はソ連共産党の実態を調べるべく、下部機関、地区委員会に接近し、内部文書や資料を手に入れて検討を加えた。結論は、ソビエト共産党は、実は日本でいえば町内会(自治会)の世話役であり、日常業務のすべてが、日本の区役所、村役場のような仕事であった、という。

 これはもう完全に党ではなくなっている。

 社会主義建設期におけるマルクス・レーニン主義党の任務は何か。それはさきに明らかにしたとおり、一方には国家行政機関がある。人類全体(世界的規模)で社会主義が勝利するまでは、一国における国家と行政機関は、経済建設と社会秩序の維持のため、法律と制度にもとづく実務行政機関として機能しなければならない。一方にはこれと分離した、まったく別の、人も、場所も、組織も、完全に分離した思想・政治組織としての党があり、党はもっぱら実務から解放された政治組織として機能しなければならない。その主要な任務は、マルクス主義の理論上の原則のもとでの社会主義建設、人民へのマルクス・レーニン主義に関する宣伝と教育活動。内外情勢とソビエト人民の任務、ソビエト社会主義建設における課題と当面の行動計画についての宣伝・教育。および全党員に対する思想教育、である。党と行政機関は、お互いにその任務を分離しつつソビエト社会主義の勝利のための統一目標に向かって補完しあいつつ前進するのである。

 マルクス主義的前衛党にして、科学上の核としての政治・思想組織たるわれわれの日常活動(大衆運動と大衆工作、政治運動と政治工作、直面する闘争と課題、団体と組織への指導工作等)においては、その独自的任務と責任を完全に全うしなければならない。とくに経済建設、組織建設、社会建設など、常に緊急課題の遂行を任務とする行政執行機関と組織の活動とは併立した独自性を発揮しなければならない。これは権力執行の二本足であり、その一方における決定的な側面である。レーニンが確立した社会主義建設期の党とはまさに二本足の中の思想・政治部門(コミッサール)であった。ソビエト社会主義がフルシチョフの裏切りを防止できず内部から崩壊したこと。そして中国革命もケ小平の裏切りで内部から変質して敗北したということ。歴史科学からみて避けられなかったとはいえ社会主義と共産主義運動上の教訓と課題がここにもあったのだという原理と法則を忘れてはならない。