学習のすすめ












 最近マルクス主義に関する出版物が相次いでいる。マルクスの本がいろいろ出ている。なぜなのか。それは現代の歴史時代が生み出したものである。つまり、イラクやアフガニスタンで失敗したアメリカは経済的に、軍事的に、政治的に世界に通用しなくなっていく。現代独占資本主義とアメリカ帝国主義に未来はない。世界はどこに行くのか。二大陣営に対立していたソ連や中国の社会主義は変質した。そしてアメリカも駄目となれば、結局は民族主義であり、わが道を行くしかないのか。しかしその民族主義とわが道を行くというこの道は、いつか来た道であって、それは過去の歴史が教えているとおり、対立と抗争と戦争であった。民族主義は戦争であった。そして歴史はもう過去には帰れないのである。歴史というものは前へ進むのであって後もどりはしない。さあどうするのか、と時代はわれわれに問い掛けていく。こうして先進的で、前衛的な分子、インテリゲンチアは「やはり歴史の進行方向として社会主義以外にない。しかしなぜソ連や中国でそれが変質したのか?」と考え、そこからもう一度マルクスを読み直そう、と考えるのである。ここに歴史の流れがある。やはり歴史科学の法則は必然である。人類の最初は原始社会であり、つぎは奴隷制、そして封建制、つぎは資本主義、こうして独占資本主義と帝国主義へと登り詰め、つぎの社会主義へ、人民と大衆の時代へと動いていく。だからもう一度マルクスを読み直そうという動きは、歴史科学の法則からみたとき、進歩であり、前進であり、発展である。故にわれわれはこういう本を書き、出版した学者や、文化人や、出版社には敬意を表したい。
 だがここで問題を提起したいことがある。それはどんな運動にも、最初はどうしても避けがたいこととして、必ずそこには一定の誤りや、認識不足や、不正確や、不十分さがある。マルクスを再読しようというこの種の本にもそれがある。われわれは反面教師としていまこのことを取り上げることにする。
 代表的なものとして、マルクス主義全般を論じた植村邦彦(一橋大学大学院博士課程修了、社会学博士、関西大学経済学部教授―社会思想史―)著『マルクスのアクチュアリティ(マルクスを再読する意味)』(梶E新泉社刊、二〇〇六年十月第一刷)。
 マルクス主義哲学を論じた田畑稔(大阪大学大学院文学研究科博士課程哲学哲学史専攻、二〇〇二年から大阪経済大学人間科学部教授)著『マルクスと哲学(方法としてのマルクス再読)』(梶E新泉社刊、二〇〇四年六月第一刷から続刊)。
 マルクス経済学を論じた伊藤誠(東京大学経済学部卒業、東京大学名誉教授、国学院大学教授、日本学士院会員、理論経済学専攻)著『資本論を読む』(梶E講談社刊、二〇〇六年十二月第一刷)。
 以上の代表的出版物を紹介したが、他のものもふくめて、そこに共通している誤りや、不正確や、不十分、不徹底な諸問題をはっきりさせておきたい。