〈最近の人民戦線の
重要基本文献集









アダム・スミスの「自由放任主義」、メイナード・ケインズの「修正資本主義」もみな失敗した。歴史の進歩と発展は確実にマルクス主義の科学的経済学と歴史観を求めている!

 朝日新聞は十一月八日付十三面の全面を使い「資本主義経済よ、どこへ」とした特集を組んだ。そして「宿命のバブル崩壊、財政は赤字に傾く、完璧な処方箋ない」としてつぎのように書く。

 「米国発のバブル崩壊とそれに連鎖する欧州の政府債務危機、金融危機。市場資本主義をよりどころとしてきた世界経済が迷走の歴史を繰り返している。政府も中央銀行も、経済学さえもそこに処方箋を示せない。そもそも私たちが歩んできた道は正しかったのか。どこかで混乱と停滞の迷宮に迷い込んだのではないか」と論じた。

 そして経済学の泰斗として名高い国際日本文化研究センター所長・猪木武徳教授を登場させ、全面を通じて現代資本主義を論じた。猪木教授は大阪大学経済学部長を務め、その著書「戦後世界経済史」は二〇〇九年に経済学会から最も高く評価された。したがってここで展開されているこの説は現代経済学会の代表的学説としてみてよい。

 そこで、猪木教授はさきに紹介した朝日新聞の論「米国発のバブル崩壊、欧州の危機、迷走する世界経済、資本主義経済よどこへ」という現代世界が遭遇している問題について核心的につぎのように答える。

 「資本主義的民主主義は『現在』の欲求を満足させるシステムではあるが、次世代の社会がどうなるかを長期的に考えない。そこに欠陥がある。経済学はきわめて複雑な現象をすべて解決できる完ぺきな処方箋は描けない。資本主義的市場競争は優れた能力を発見する重要な社会的装置である。われわれはこれからもこの道を進む以外にはない。今の装置を投げ捨てるのではなく、修正し、精巧にしなければならない。経済学も20世紀には格段に進歩したが、依然としてわからないことの方が多いのだ」と。

 さて、この問題に答えて『中央公論』は十一月号で「ソ連崩壊後二〇年―資本主義は勝利したのか」という特集をしたが、そこで著名な経済学者・岩井克人氏は「現代世界は一〇〇年に一度といわれる経済危機に陥っているが、これを機会にアダム・スミスの古典経済学の誤りである自由放任主義と決別して公正な資本主義に移行せよ」と叫ぶ。

 そしてついに、高橋乗宣氏(筑波大学・理事長と、浜矩子同志社大学教授は共同して、『二〇一二年、資本主義経済大清算の年になる』という著作を出版「欧州の大崩落で第二次世界恐慌の幕が開く、先進国の富が消失する危機が迫っている」と警告を発するに至った(二〇一一年十一月二十四日、東洋経済新報社刊)。

 まさに資本主義は最後の段階に到達した。その歴史的使命は終わり、つぎの新しい時代に席を譲る時代に至っているのである。

 ここでわれわれがはっきりと確認しなければならないのは、さきに紹介した、猪木教授と岩井克人氏の論に共通している(同時にこれはブルジョア経済学者共通の認識論でもある)のは、まさにこれは修正資本主義であり、ケインズの理論なのである。そしてケインズ理論はすでに破産し、失敗しているのである。それは第二次世界大戦と、それ以後の国際情勢、戦争と内乱、暴力とテロ、格差社会の出現、度々出現する経済危機、という歴史的事実をみればわかることではないか。鉄血宰相・ビスマルクの言う「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という通り、猪木氏や岩井氏は少しも歴史に学ばず、自分の狭い体験しか知らないのであり、これこそ愚者の見本である。

 そして何より重要なことは、彼らブルジョア経済学者は、経済学を科学として学べないことである。科学とは法則である。法則とは自然科学の法則と同じように、人類とその経済生活と社会生活もみな法則のもとに運動し、発展し、前進しているという科学的歴史観のことである。

 この科学的歴史観がなければ、なぜ人類は原始時代から奴隷制へ、そして封建制から資本主義へと運動し、発展してきたのかということがわからないではないか。そして大宇宙の運動法則と同じように、人類社会はこれまでと同じように、これからも一貫して前へ、前へと進むのであって、ここで止まってしまうわけではないのだ。こんな初歩的な歴史観もないのであろうか。

 資本主義は永遠ではない。歴史はここで止まってしまうわけではない。猪木氏や岩井氏は自分自身が永遠に生きられるとおもっているのであろうか。古いものは死滅し、新しいものは生まれていく。『徒然草』は言う。「枯葉落ちて新芽出(い)ずるにあらず、新芽出(い)ずるにあたりて枯葉落ちぬ」と。この哲学がわからねばならない。ブルジョア経済学はただ目先の利益だけを追い求める、金儲け主義の経済学、ここに自由放任主義があり、資本主義はこの法則が貫かれている。だから資本主義から自由放任主義を無くすることはできない。これを無くせば資本主義でなくなる。そして自由放任主義と決別するためには資本主義そのものから決別する以外にないのだ。そしてそれは歴史科学の法則によってのみ可能であり、その実現のために現代の歴史が激動しているのである。