〈最近の人民戦線の
重要基本文献集









 

ブルジョア権力(独占と官僚支配)は一貫して自らの欲望(大衆収奪による自己資産の増大)を追求する。そして財政不足は税金という名で大衆収奪していくのが権力の本能なのである!

 いま、消費税の増税をめぐって野田政権が大混乱に陥っている。消費増税関連法案の成否が政権の運命を決めるからである。
 
 消費増税関連法案とは何か。
 現行五%の消費税率を二〇一四年四月に八%、一五年十月一〇%に段階的に引き上げることを柱とする法案。野田佳彦首相は今国会成立に向けて、三月末の国会提出を目指している。
 
 政府は二月十七日の閣議で法案の基となる社会保障と税の一体改革の大綱を決定した。当初は与野党協議を経て大綱を決める手順だったが、野党は協議に応じていない。参院で野党が過半数を占めているうえ、民主党内にも増税反対派が多く、法案の行方は不透明である。首相は「不退転の決意」で臨むとしており、法案の成否は衆院解散・総選挙の時期も絡んで今後の政局を左右する。
 二月十日付「産経新聞」は次のように書いている。
 〔野田佳彦首相は9日、3月末の国会提出を目指している消費税増税関連法案について、民主党単独で策定することを決めた。関連法案の今国会中の成立を期するため、協議よりも法案提出を優先させるべきだと判断した。ただ、足元の民主党内では小沢一郎元代表を中心とする反増税#hが、生き残りをかけて政権批判を強めている。首相が「政治家としての集大成」と位置付ける消費増税をめぐる最終戦争が、間もなく始まろうとしている〕と。
 そのとおりである。だから消費税の増税をめぐって日本の政局を左右するほどの大変な混乱を起こしているのである。しかし、大混乱は日本独自の現象ではない。それは世界的大混乱のなかの日本版である。
 アメリカは世界中で威信を失ってしまった。EUの崩壊に成す術がなく、「アラブの春」にも手出しができず、南アメリカ諸国はアメリカ抜きの経済同盟を結成。今年十一月の大統領選挙でオバマの再選はない、と言われている。EUもギリシャに端を発した財政危機が全体に拡大、EU崩壊の危機に大混乱。世界的な大混乱はまさに資本主義の危機をめぐって大混乱しているのである。
 この世界的大混乱をはっきりさせたのがダボス会議である。
 世界経済フォーラム・年次総会(ダボス会議)は、新年早々毎年スイスの観光地ダボスで開催される。今年は一月二十五日から二十九日まで世界中の経済学者、経済界の代表、ジャーナリズム、有力な政治家(ドイツのメルケル首相も参加して開幕演説を行った)など延べ二千五百人が参加して開催された。
 その内容を一言で言えば「資本主義はどこへ!」ということであった。「資本主義はこれでいいのか」というわけである。結果は、各新聞の見出しを見ればわかるとおりで、「朝日新聞」は「ダボス、資本主義をただす」であり、「日本経済新聞」は「揺れる資本主義、解どこに」「世界覆う危機、焦燥と無策と」であり、結論は出なかった。それほどまでに資本主義世界は大混乱に陥っているのである。
 日本では、雑誌「文芸春秋」三月号が「日本の自殺」と題する特集を組んで、日本が危ない、日本は崩壊しつつある、ローマ崩壊と同じ道を通っている、と言って、なぜローマは崩壊したのかを次のように言っている。@「パンとサーカス」で内部崩壊した(パンは大衆の欲望、サーカスは娯楽である)。すなわち大衆の欲望と怠慢によって内部崩壊した、という。A大衆迎合、衆愚政策に政治が堕落してしまった、こと。B権力の腐敗堕落。この三つにローマ崩壊の原因があると、日本も同じ道を進んでいるのだからこれを正せ、しっかりせよ、というのである。すべては資本主義制度が生み出す悪の華であり、資本主義制度の下で、小手先で解決策を求めてもできるものではない。
 現に、世界的に資本主義は崩壊しつつある。しかし、世界の英知を集めても成す術がない、これが現実であり、ダボス会議も「文芸春秋」もこのことを嘆いている。
 こういう世界的な資本主義の危機のなかの日本である。日本の危機も現代の政治体制の中では解決しない。独占と官僚支配の権力を打倒して、人民の、人民による、人民の政治に移行しない限り解決はないのである。
 自民党の中も、民主党の中も割れている。まとまらない。それは歴史時代の産物であり、歴史的大転換を求める歴史の要求が消費税反対となって現れているのである。目先のことだけが問題にされて、現代の歴史時代に目がいっていない。歴史を科学として見ることができないのである。
 その点、小沢一郎氏が「体制を変えない限り解決しない」、といっている点で進歩的である。

一、日本の政治権力、財界(独占資本)と官僚支配は、常に自己の欲望たる大衆収奪による自己資産の増大を追求し、身の安全第一を前提にしてすべての権力を執行する。これが権力の本能である。

 政府は社会保障費の増大、国民福祉、大震災の復興費、国債の発行削減のために、もはや消費税を上げざるを得ない、という。しかし国民の世論、多くの経済学者、多くの政治家、与党民主党の中からも反対意見が高まっている。
 反対論の主な言い分は、国家予算の中にある無駄な部分を徹底的に削減することが先決だ、という。民主党の小沢一郎氏などは二月三日付「朝日新聞」のインタビューで次のような見解を述べている。
 「統治機構を含む政治行政の抜本改革によって無駄を省け。そういう努力をしないで増税するのは国民の理解は得られない」と。
 正にそのとおり、あまりにも国家予算の中には無駄が多い。国家公務員と地方公務員を含めて五百万人にも上る多すぎる公務員。一般の会社員よりも1.2倍の年金の受給率、二千五百人の高級公務員の天下り先を用意した四千五百もの法人組織と二重三重の退職金の支払い、活用されていない国有財産や不動産、会計検査院から常に指摘されているずさんな会計処理、そして不明瞭な各省ごとにある特別会計、多すぎる国会議員とその歳費、その公設秘書などはその一部である。
 その上に最大の隠し財産である対外資産(外国の債券。その最大のものはアメリカの国債)がある。その額は現在二百六十兆円になっている。債券を買うということはその国に金を貸しているということである。日本は国際的に見て最大の債権国である。一家の家長たる父親が家族はピーピーしているのに、親父だけは飲んで食って騒いでいるのと同じである。ここにブルジョア権力の本質がある。尚、付け加えて言えば、以前、日本の総理大臣が国家財政が苦しいからアメリカの国債を売りたい、と言ったとたんにアメリカは日本から撤退すると脅してきた。それ以来、アメリカの国債を売る、という言葉は日本の政界では禁句になっている。
 以上、無駄な財政はいくらでもある。しかし、歴代の総理大臣はできない。そこに独占資本と官僚支配の権力の本質がある。だから根本的に転換する以外にない。やればできる。スイスのように。
 スイスはコミュニティー国家で、国民総武装で、侵略には人民戦争で戦うという。国家をコミュニティー国家、人民国家に転換せよ。そういうことのできない民主党政権はもだえ苦しみながら一歩一歩崩壊へ進む以外にない。
 歴史はコミュニティ国家を求めている。

二、歴史はあらゆる問題の根本原因たる国家とその権力のあり方を変更せよ、と要求している。新しい権力は人民の、人民による、人民のための国家と権力であり、その土台はコミュニティーである。

 あらゆる問題の根本は国家と権力の問題である。政治運動と政治問題、あらゆる社会問題と諸現象の根本は、結局は国家と権力の問題に行き当たる。つまり、国家と権力の性質、性格。それを誰が支配し、何のために行使しているのか、というこの本質が一切を決定する。すべての運動と闘いは、結局は権力をめぐる争奪戦なのである。
 資本主義の最高の段階、独占資本主義国家の政治上の権力は独占資本(財界)とその政党(保守政党)と官僚組織(官僚支配)の三結合、つまり政・官・財の癒着した支配体制である。彼らの権力支配の目的は一貫して、尽きることなきその本能的欲望たる最大限の利潤(最高の利益)追求が第一であり、生産至上主義、物質万能主義、拝金主義である。そのための手段が、人間欲望の自由放任であり、自由競争という名の市場原理主義であり、それはまさに弱肉強食の世界であり、生殺与奪の世界であり、貧富の格差拡大の世界である。そこから人間性そう失、人格否定、あらゆる種類の犯罪社会の出現である。戦争と内乱、暴力とテロ、汚職と買収、腐敗と堕落もすべてはこのような国家と社会と権力が生み出す必然の産物である。すべての根源は実に国家と権力の問題なのである。
 この世の中のあらゆる出来事、事件、事故、現象はすべてその根底には国家と権力の性質、性格が反映されており、それが生み出す矛盾、対立と抗争、つまりは階級対立と階級闘争が背景として存在している。したがってすべての矛盾の解決の方向を国家と権力の変革、革命という根本問題に向けなければならない。
 人類の歴史は原始時代―奴隷制時代―封建制時代―資本主義時代へ、そして現代独占資本と帝国主義の時代に登りつめた。資本主義の頂点に達した現代、らん熟し、腐敗し、堕落してしまった現代、その権力はもはや統治能力を失ってしまった。もはや老いてしまったのである。
 こうして現代、地球上最後の帝国、アメリカ帝国主義の崩壊と、新しい世界の出現に向かって爆発し、収れんされつつある。今後は、それぞれの国家は自立し、民族は独立し、大衆は自覚し、こうして最終的には、人民の人民による人民のための世界、つまりは近代コミュニティーへと収れんされる。

三、すべてを歴史科学の法則から見つめ、とらえ、解明し、こうしてわれわれの明確な政策と方針を確立しなければならない。

 歴史の到達点はコミュニティーである。人類が最初に作り出した原始共同体社会は、より発展し、前進し、より高度になって元に帰っていく。階級なき共同体、自覚し、認識し、確認しあった共通の意志にもとづく直接的な民主主義としての評議会を通じて、生産も、分配も、統治も、すべては共同体の中で執行される。人類最初の社会はそうであったのだ。これはすべてわが『人民戦線綱領!』が示しているとおりである。
 コミュニティー社会では階級支配は基本的には消滅する。共同体社会であるかぎり、そこには人民大衆、ただ一つの階級社会である。人民の人民による人民のための社会である。故にこのような社会(存在)が、そのような存在(環境)がそれにふさわしい人間を作り出していく。環境が人間を作り出す。新しい時代と新しい社会と新しい環境が新しい型の人間を生み出す。こうして人類の前史は終わり、人類社会は新たな闘いに向かって前進する。それは全宇宙との闘い、宇宙の開拓と開発の闘いである。
 われわれはすべてを歴史科学的世界観に徹するよう呼びかける。われわれは一貫して次のような科学的世界観、歴史科学観を提起する。
  1. 人類とその社会は永遠の過去から永遠の未来に向かって運動し、発展し、爆発し、収れんされつつ前進していく。そのエネルギーは人間の生きる力であり、その物質的表現としての生産力である。

  2.  生産力の発展がその度合いに応じて生産関係としての人類社会(国家)を作り出していった。それは最初の原始共同体、次の奴隷制、封建制、資本主義制、そして社会主義へと一貫して生産力の発展が生産関係(国家)を変化させていった。これからもそうなる。

  3.  物理学が証明しているとおり、すべての生物は環境が作り出していく。人類もまた環境の産物であり、進化していった。環境が人間を変えていく。新しい環境と新しい社会は新しい型の人間を作り出していく。

  4.  人類の歴史を見ればわかるとおり、一つの支配権力、一つの国家形態が永遠であったことは一度もない。歴史は常に運動し、変化し、発展し、転換して次々と新しい時代を作り出していった。そして歴史を見ればわかるとおり、変化は静かで一直線ではない。爆発と収れんは歴史法則である。歴史は必然を持って前を目指すが、その過程では常に偶然が伴う。偶然は必然のための産物であり、偶然は必然のための糧である。そして必然の世界とは人民の人民による人民のための世界であり、より高度に発展したコミュニティー社会である。歴史は到達すべきところに必ず到達する。

  5.  コミュニティーとは何か。人民による人民のための人民の世界とは何か。それは国家、社会、生産活動の運営目的を、最大限の利益と利潤追求のみに注ぐのではなく、すべてを人民の生活と文化水準と社会環境の安心・安全・安定のために注ぐ。

  6.  生産第一主義、物質万能主義、拝金主義、弱肉強食の国家と社会ではなく、人間性の豊かさと人間の尊厳と人間としての連帯と共生の国家と社会にする。

  7.  金と物がすべてではなく、人間の心と自然の豊かさが第一であり、姿や形だけの美しさではなく、働く人びとの生きる姿と心の美しさが第一であり、一人だけで急いで先に進むのではなく、遅くてもみんなが一緒に進む。

  8.  人類とその社会は生まれたときから環境の産物であり、歴史的なものであった。環境が変われば人類とその社会も変わる。国家と権力が変われば人類社会は変わる。
  9.  そのための力こそ、すべてを人民のための・人民による・人民権力であり、その具体的表現たる人民評議会である。
  10.  人類が最初にはじめてつくった社会は、原始的ではあったが、そこにはまさに共同と共生と連帯の人間的社会があった。そしていくたの回り道をしたが、その間により大きくなってもとに帰る。つまりより高度に発達した近代的コミュニティー国家と社会へ。ここから本当の人間社会、人民の社会が生まれる。こうして人類は総力をあげて大宇宙との闘い、新しい闘い、宇宙の開発と開拓の闘いに進軍するであろう。