〈最近の人民戦線の
重要基本文献集









 

すべてを歴史科学の運動法則と、歴史時代の産物としてみること。そしてその先にある前途をしっかりと見つめねばならない!

 日本政治と政権の危機説が続く。消費税増税法案に「政治生命をかける」と宣言した野田首相の前途は多難であり、解散・総選挙を巡って、民主党・野田内閣の四月危機、五月危機、そして六月危機説が叫ばれている。
 解散・総選挙を控え、そこに出現したのが「大阪維新の会」である。明治維新を掲げたいわば黒船の襲来に永田町は戦々恐々である。これは水戸の天狗党、奈良の天誅組の乱に代表される明治維新がそうであったように大転換に出現する歴史時代のよき表れであり、政界再編成の予兆である。
 三月二十六日付の日本経済新聞の世論調査によると、国民の望む政権のトップは「政界再編による新しい政権」である。そして民主党中心の政権を望むものは何と六%、自民党中心の政権も九%、であった。一方、橋下大阪市長率いる「大阪維新の会」の国政進出を期待するものは実に五七%にも達している。
二〇〇九年、民主党は総選挙で自民党の長期独裁政権を倒し、政権交代を果たした。アメリカの一極支配の終焉、世界的大転換の到来、日本でも自民党支配を終わらせ、根本的転換の門戸を開いた点で、鳩山政権の誕生は歴史的に価値ある出来事であった。しかしその後の民主党も歴史の根本的転換に応えられなかった。
 それでも歴史は、問題を解決するまで、さあ、どうする、と迫ってくるのである。「大阪維新の会」は、こういう歴史時代に出現したが、果たして国家と社会の根本的転換という歴史時代に応えることができるのであろうか。
 そこで思い出すのがナポレオン伝説≠ナある。エンゲルスは「歴史と英雄」について、一八九四年一月二十五日付、友人への手紙の中で次のように書いている。〔ナポレオン、ほかならぬこのコルシカ人が自国の、戦争で疲弊したフランス共和国の必要とした英雄が軍事独裁官であったということは偶然であった。しかしもしナポレオンという人物がいなかったとしたら、別のナポレオン的な人物が出現してその役割を果したであろうことはまちがいない〕と。
 エンゲルスは何を言っているのか。歴史は必ず英雄を生み出す。英雄個人が歴史に応えられず抹殺されたとしても、歴史は第二、第三の英雄を生み出していく。問題が解決するまで、歴史は、何度でも、さあ、どうする、と問いかける。こうして人類はやがて歴史が提起した課題を解決し、前へ前へと進む。これが科学法則であり、必然と偶然に関する哲学科学原理である。
 はたして、大阪維新の会や橋下氏は、歴史の課題に耐えられるのか。おそらく無理であろう。明治維新を口ではやるといってはいるが、首相公選制など「船中八策」の原案や、行動を見る限り、それは小手先であり、形式論であり、改良であり、改善に過ぎない。つまり大阪維新の会がめざしているものは行き詰まった資本主義の枠内での小手先であり、選挙という衆愚政治を通じた改良である。これは歴史が求める根本的転換ではない。
 歴史は到達すべきところに到達する。人民戦線の旗のもと、さあ、組織せよ、組織せよ、そして組織せよ。未来は人民戦線のものであり、科学的歴史観のものである。

(一)橋下氏や「大阪維新の会」は何を言っているのか。明治維新を口では叫んでいるが、言っていること、やっていることは改良と改善、形式論であり、小手先であり、人気取りであり、議会主義である!

 三月二十五日付の日本の新聞各紙はみな「大阪維新の会」の「維新政治塾」の開講式の模様を取り上げた。中でも「サンケイスポーツ」の扱いは一番センセーショナルであった。「橋下維新政治塾―中央突破へ大勝負%〇〇〇人超の受講生で船出」との大見出しで、次のように報道した。
 〔大阪から日本を変える。橋下徹大阪市長(42)が代表を務める大阪維新の会は24日、全国から2000人を超える受講生を集め「維新政治塾」を発足、大阪市内で開講式を開いた。橋下氏は「今の日本は危機的な状況だ。国の形を本気で変えるため、大勝負しないといけない」とあいさつ。政治塾は次期衆院選の候補者養成機関との位置付けで、国政進出に向け本格的な一歩を踏み出した。
 開講式が行われた大阪国際会議場。金びょうぶを背にスポットライトを浴びた政治塾塾長の橋下氏が、壇上から情熱的に訴えた。「今の日本は危機的状況だ。国の形を本気で変えるため、大勝負しないといけない。国の体制を変えるのは選挙。来るべき大いくさ(戦)に備え、しっかり準備していこう」
 「大いくさ」とはもちろん次期衆院選だ。「自民党も民主党もいろいろな政策を掲げたが、実現の気配も見えない」と指摘するなど、容赦のないセリフも数多く飛び出した。
 今後、塾では事実上の衆院選公約「維新八策」などについて受講生と協議する。受講生は街頭演説をはじめとする実戦テスト≠窿fィベートなどを通じて資質や能力が見極められ、次期衆院選へ向け最終的に約400人の「塾生」が選抜される。約5倍の狭き門だ。
 維新の会は衆院選で「300人擁立、200議席獲得」を目標に掲げる意向。橋下氏はあいさつのなかで「国家をつくり直さないといけないときだ。価値観が合わないなら去ってもらって結構だ」と語った。現行の政治体制打倒を掲げ、既成政党不信の有権者の受け皿になりつつある維新の会。まずは、国政への挑戦となる第一歩を踏み出した〕
 また、大阪維新の会(維新塾)の講師陣やブレーンも多彩である。堺屋太一(元経済企画庁長官、作家)、中田宏(元衆院議員、前横浜市長)、岡本行夫(元首相補佐官、外交評論家)、古賀茂明(元経済産業省官僚、大阪府市特別顧問)、原英史(元経産省官僚、府市特別顧問)、高橋洋一(元財務省官僚、嘉悦大教授)、山中俊之(元外交官、大阪市特別顧問)、鈴木亘(学習院大教授)、北岡伸一(東大院教授)らの各氏、その他多数のそうそうたる顔ぶれである。

(二)明治維新は徳川幕府の旧体制、その封建制国家を倒すことによって実現された。すでに統治能力を失ってしまった旧権力の改良や改善ではなく、革命的変革、つまりは旧権力の打倒・新権力の樹立によってのみ可能であった。すべては権力問題、権力闘争である!

 現代日本は「第二の明治維新」を迎えている。明治維新は歴史の転換と革命の教科書である。この機会に、われわれは改めて、明治維新を哲学歴史科学から見ることにする。この明治維新はドイツのビスマルクによる一八七一年革命と同じ法則が貫かれているが故に、変革と革命の歴史科学としてよく研究すれば、その意義の重大さがよくわかる。
 明治維新も歴史時代の産物であった。徳川幕府三百年の鎖国政策という固い扉をこじ開けて開国(貿易の自由化と市場開放)への道を開いたのはアメリカのペリー来航である。世界はすでに中世から脱出して近世という新しい時代に移行していた。イギリスでは一六四九年に、宗教改革運動を闘う清教徒たちによるピューリタン革命が発生。一八七一年にはドイツ革命が実現、二十五もあった封建王国はすべて廃止、内部対立を解消することによって統一ドイツ帝国が、鉄血宰相ビスマルクによって実現、ここにも中世から近世への移行が達成されていた。こうしたヨーロッパにおける近代化の波が日本にも押し寄せたのがペリーの来航だったのである。マルクスの『経済学批判・序論』(一八五九年)が示しているとおり、生産力の発展(経済の成長と発展)が生産関係(国家と社会のあり方)を変化させるという歴史科学の法則がはっきりと立証されているのである。
 現代世界の歴史時代も同じことである。現代世界、それは資本主義の最高段階に登り詰めた独占資本主義・帝国主義であり、そこは暴走する資本主義・人間欲望の自由放任の世界であり、あらゆるものが金(カネ)の世界であり、物質万能主義の世界である。すべてが生産第一、利益第一、人間性そう失、貧富の格差拡大、自由競争という名の弱肉強食、犯罪と汚職と腐敗と堕落の世界である。
 現代の歴史時代はこういう独占支配と帝国主義から脱出して、大衆社会、人民の世界を求めて激動している。現代日本はまさに「第二の明治維新」を迎えている。
さて、明治維新とは何だったのか。明治維新は徳川幕府の旧体制、その封建制国家を倒すことによって実現された。すでに統治能力を失ってしまった旧権力の改良や改善ではなく、革命的変革、つまりは旧権力の打倒・新権力の樹立によってのみ可能であった。多くの人々は、この肝心要の点がわかっていない。
 幕府の統治能力のそう失に危機を感じた体制内の有力大名の間から幕政改革の運動が生まれ、内部対立が激化していく。薩摩の島津斉彬であり、越前の松平慶永、水戸の徳川斉昭たちであった。これに対して徳川支配を守り通す守旧派は、一貫して徳川に忠誠を誓い改革に反対、徳川本流たる譜代大名の彦根藩主・井伊直弼を中心に結束した。
 そして決定的な事件が一八五八年九月から一八五九年十月にかけて実行された「安政の大獄」であり、これによって大量の討幕の志士が処刑され、その恨みを買って一八六〇年三月、桜田門外の変で井伊は殺される。これは討幕の炎に油を注ぐ結果となった。
 歴史の転換期とその運動は必然と偶然の統一された世界である。必然が偶然を生み出し、偶然は必ず必然に転化される。ただしこのとき作用する決定的なものは、歴史の要求に答える忠誠、決断と勇気にもとづく力、実力である。運動とはエネルギーであり、力である。
 ペリー来航がもたらした徳川幕府崩壊という歴史の進行、この必然性の過程ではいくたの偶然が出現する。幕府政権側では将軍職をめぐる対立と抗争、将軍の権威を高める手段としての皇女・和宮と家茂との結婚による公・武合体、安政の大獄、など。倒幕運動の側では桜田門外の変、坂下門の変、大和の国の天誅組の乱、水戸浪士による天狗党の乱、そして長州征伐、下関戦争、薩英戦争など、各種の一揆や戦闘が発生した。最後の段階では倒幕をめぐって平和的手段を主張する勢力、幕府を改革するという改良主義、それに反対する武力倒幕論などあらゆる対立と抗争が生まれた。これらの偶然性は運動の過程では必ず発生するものであり、これが必然性の中の偶然性である。そしてこれらのあらゆる偶然性は運動が最終局面に達したとき、必然性に収れんされていく。この必然性とは、歴史の転換は必然であるということ、それを実現させるものはエネルギーとしての明確な思想統一であり、最後に決するものとしての爆発する力であり、実力である。明治維新においては「尊皇攘夷」の統一スローガンにもとづく思想統一、薩・長連合軍による討幕軍の編成、そして戊辰戦争であった。
 そして倒幕後の国家と政治の姿は立憲君主制であり、坂本龍馬による『船中八策』がその手本となった。一八六七年六月、長崎から京都に船で向かう途中、新しい日本はどうあるべきかについて龍馬は多くの志士たちと議論してそれを八項目にまとめた。それは幕府体制の破棄、統一国家の樹立、上下両院の設立、統一軍隊の設置、統一貨幣の発行、不平等条約の改正、人材の登用、憲法の制定、などであった。そして明治維新実現の明治元年(一八六八年)三月十四日に発せられた日本最初の憲法たる『五カ条の誓文』は船中八策が元になって作成されたものである。
 運動と闘いは必然と偶然の統一された世界であり、あらゆる偶然を必然に収れんさせるのは思想的・政治的綱領であり、最後に決するものこそエネルギーであり、その爆発力であり、実力である。

(三)歴史の到達点はコミュニティーである。そのためには独占資本主義の国家と権力を根本的に転換させる「第二の明治維新」を断行しなければならない。改良主義でない革命的変革である!

 明治維新は革命的変革、つまり徳川幕府の旧体制、その封建制国家を倒すことを通じて実現された。社会の仕組みや、体制を根本的に変えるとはどういうことか。明治維新の変革から学ばねばならない。
 第一に、国家と権力、つまり独占資本主義国家の政治体制、政・官・財癒着の支配体制を破壊し、打倒することである。
 彼らの権力支配の目的は最大限の利潤追求であり、生産至上主義、物質万能主義、拝金主義である。その手段が人間欲望の自由放任であり、自由競争という名の市場原理主義であり、それはまさに弱肉強食の世界であり、貧富の格差拡大である。そこから人間性そう失、人格否定、あらゆる種類の犯罪社会が出現する。これは現代社会、独占資本主義国家の本能であり、机上で、公益資本主義とか、人間味のある資本主義を唱えてみてもむなしく、幻想であり、不可能なことである。これを倒して、国家と社会のあり方をコミュニティーへと根本的に転換することである。革命とは単に、今ある政権を引き継ぐことではなしに、政・官・財癒着の権力支配、その土台を破壊し、コミュニティー政権にとって代わることである。これが現代の明治維新の大方向でなければならない。
 第二に、この国家と権力が存在し、続く限り、現代社会の矛盾は何一つ解決されない。すべては国家の本質が生み出す産物である。戦後、ずっと、改良が叫ばれ、改善が言われたが、その結果はどうだったのか。矛盾や理不尽なことが再生産され、その行きつく先は格差の拡大であり、働く貧困層(ワーキングプア)、ホームレス、孤独死、理由なき犯罪、非人間性の暴走であった。人民と大衆は「改良」や「公正」などというまやかしの言葉に騙されず、国家と権力に向かって団結し、連帯して戦い抜く以外に道はない。現代独占資本主義は人民にとってはすべての毒素となっている。歴史が人間性豊かなコミュニティーを求めている。人民戦線綱領とコミュニティーの力で自らを自衛しつつ、戦い抜こう。日本や世界にいたるところでコミュニティー運動が起こっている。歴史が共同体を求めて激動しているのである。ここに現代の明治維新がある。
 第三に、いたるところに人民評議会を樹立することである。評議会は愚民政治の模範である議会主義でなく、運動と闘いの中で、自覚し、認識し、団結し、統一し、共同の行動と共通の意志を代表する真の民主主義、大衆の創造性を結集した直接民主主義である。歴史はすでにコミュニティーを求め、共同体を求めて、世界の内外で直接民主主義が叫ばれている。評議会はわれわれの権力である。いたるところにコミュニティー共同体を!いたるところに人民戦線と人民評議会を!これが革命的変革のスローガンである。明治維新は尊皇攘夷のスローガンのもとに、力と実力が最後を決したのである。

結語

 人類の歴史は原始時代―奴隷制時代―封建制時代―資本主義時代へ、そして現代独占資本と帝国主義の時代に登りつめた。資本主義の頂点に達した現代、らん熟し、腐敗し、堕落してしまった現代、その権力はもはや統治能力を失ってしまった。もはや老いてしまったのである。
 歴史の到達点はコミュニティーである。人類が最初に作り出した原始共同体社会は、より発展し、前進し、より高度になって元に帰っていく。階級なき共同体、自覚し、認識し、確認しあった共通の意志にもとづく直接的な民主主義としての評議会を通じて、生産も、分配も、統治も、すべては共同体の中で執行される。人類最初の社会はそうであったのだ。これはすべてわが『人民戦線綱領!』が示しているとおりである。
 コミュニティー社会では階級支配は基本的には消滅する。共同体社会であるかぎり、そこには人民大衆、ただ一つの階級社会である。人民の人民による人民のための社会である。故にこのような社会(存在)が、そのような存在(環境)がそれにふさわしい人間を作り出していく。環境が人間を作り出す。新しい時代と新しい社会と新しい環境が新しい型の人間を生み出す。こうして人類の前史は終わり、人類社会は新たな闘いに向かって前進する。それは全宇宙との闘い、宇宙の開拓と開発の闘いである。