〈最近の人民戦線の
重要基本文献集









 

政治の混乱、政党の乱立と対立と抗争、離合集散は、破壊の中から建設は進むという歴史科学の法則から見て大いに歓迎すべきものである!

 歴史はすべての分野で歴史科学のもと、一歩一歩確実に、前へ前へと前進している。現代世界、それは、アメリカ帝国主義は崩壊に向かって突き進んでおり、世界中で資本主義は行き詰まり、民族は独立し、国家は自立し、大衆は自覚し、こうして歴史はコミュニティーへと科学法則に基づいて動き、転換している。
 このことを最も裏付けた事実は、六月十八日から二十日までメキシコで開催された「主要20か国・地域首脳会議(サミット)」(G20)であった。
 世界中の大統領や首相が一堂に会したこのサミットで何が最大の問題となったのか。言うまでもなくギリシア危機から始まったヨーロッパの経済危機であった。その様子は主要新聞の見出しによく表れている。何といっているか。
 六月二十日付の読売新聞は、「欧州へ不満の嵐」であり、六月二十一日付の日本経済新聞は「曖昧な決意表明で欧州危機は収まらない」「世界経済、アンカー不在」「特効薬ない」である。
 特に、日本経済新聞の「世界経済、アンカー不在」と題する記事を読めば状況がよく分かる。すなわち、資本主義諸国はこぞってヨーロッパの経済危機に振り回されている。二〇〇八年の金融危機で失速した米経済は本調子に戻らず、中国、インド、ブラジルなど新興国経済も息切れ気味。ユーロ圏の経済は日増しに深刻さを増す。世界が固唾を呑んで見守った六月十七日のギリシャの議会選挙。緊縮派の勝利でユーロ圏離脱が免れ安堵したのもつかの間、今度はスペインが危ない。どこまで拡大するのか、と書いている。その上で各首脳の発言が紹介されているが、オバマ米大統領、「危機解決に特効薬はない」。キャメロン英首相、「すべての問題は政治問題だ、解決は難しい」。イタリアのモンティ首相、「ユーロ圏だけが問題の根源ではない、米国を中心に世界がしっかりしないからだ」、などである。これは正に革命前夜、資本主義の断末魔の叫びである。
 われわれは六月二十五日付機関紙(人民戦線の旗のもとに!)でギリシア問題について次のようにその本質を提起した。
 ギリシアの危機は資本主義崩壊の狼煙である。小さい国の火花が、大きなEUと世界資本主義を大火災に巻き込んでいる。ここにも歴史科学の法則があることを深く認識せよ!
自由主義的市場原理という弱肉強食は、そのグローバル化によって、一点の火花も荒野を焼き尽くすという原理を見事に証明しているのである!と。
 その正しさを見事に裏付けているではないか。
 こういう世界が今の世界である。それが今、日本でも始まっているのだ。
 こうしたなか、二月九日付の朝日新聞によると、ヨーロッパ共同体(EU)の経済危機の中で各地に自衛のため地域共同体社会を作る運動が広がっているという。イタリア北部の都市ブラ、フランス南部のトゥールーズ、スペイン北部のサルバテラ、などではアメリカのスーパー、マクドナルドの出店に反対し、「地中海のゆるやかな暮らしは変えなくていい。過剰な消費をやめ、慎み深かった頃に戻るべきだ」「食べ残しを減らそう、過剰な消費を考え直そう」「今の危機は、麻薬に侵されたような成長とスピードばかりを優先してきた資本主義のあえぎだ。正すべきは、それに侵された私たちの生き方だ」という大衆の声を広く呼びかけ、「コンビビア(共同体)運動」を開始、それはヨーロッパの各地、世界一二〇ヶ国に広がっている、という。
 世界中に旧体制崩壊と、新しい世界としてのコミュニティー・共同体が生まれつつある。破壊の中から、新しい建設が始まっているのだ。歴史科学の偉大さを再確認しようではないか。

(一)日本の政局を動かす芽は小沢一郎とそのグループの動向であり、その歴史的意味を正しく認識しなければならない。

消費増税に小沢一郎元代表とそのグループが激しく反対する中で、「消費税率引き揚げを柱とする社会保障・税一体改革関連法案」が六月二十六日、民主、自民、公明などの賛成多数で衆議院本会議を通過した。二十七日の各新聞は大々的にこのニュースを「民主 反対57人、欠席棄権16人」「党、分裂状態に」「首相薄氷の政権運営」「政権交代の夢果てて」などの見出しで一斉に報じた。そしてそれ以後の新聞は「小沢」一色となった。予想を上回る大量の造反が出たことで、小沢氏とそのグループの動きによって、野田政権の基盤が揺れる、政界再編成が始まる、と言うわけである。そこから一斉に「小沢が悪い」と人間性悪説にもとづく小沢たたきが始まった。
 日本を代表する朝日新聞が、六月二十三日付の社説で論じた「小沢氏の造反 大義なき権力闘争」と題する一文の中に小沢一郎たたきの代表的な見解がある。
 社説は次のように言う。
 〔民主党の小沢一郎元代表が自らのグループを率い集団離党して新党結成をめざすという。それならそれで仕方がない。
 だが、小沢氏が「私どもの大義の旗は国民の生活が第一だ」と、造反を政策論で正当化するのは納得できない。私たちには、今回の行動は「大義なき権力闘争」にしか見えない。
 結局、反増税も脱原発も、小沢氏にとっては実行すべき政策論というより、次の総選挙で一定の「数」を確保し、キャスチングボートを握るための道具ということではないのか。
 あきれたのは、離党届に署名した衆議院議員たちが、それを小沢氏に預けたことだ。
 この3年、小沢氏の公約実行に向けた努力は見えない代わり、時の政権の足を引っ張る権力闘争ばかりが目に付いた。
 その小沢氏がいま「公約こそ大義」と叫ぶのは、驚きを通り越してこっけいですらある。〕と。
 これは全く社会科学を知らない観念論的空想であり、性悪説の典型である。

(二)小沢一郎が果たした、また果たしつつあることの中に歴史の進歩がある。すべてを歴史科学の発展と前進の立場からとらえなければならない。

民主党が政権交代を果たした当時を振り返ってみよう。
 二〇〇九年八月三十日の総選挙で、長期「一党支配」を続けてきた自民党が歴史的な大敗をし、民主党が圧勝した。その結果政権交代が実現し、九月十六日に民主党鳩山政権が誕生した。新聞には「革命的な政権交代」とか、「新しい時代の始まり」とか、「日本も歴史の大転換のときを迎えた」とか、「歴史が動いた」という見出しが躍った。この政権交代という事実をみな共通して「革命的」出来事として受けとめている。
 決定的なのは、早稲田大学教授の榊原英資氏が九月九日付『産経新聞』によせた「提言―民主党新政権」で書いた「今回の衆院選は、いわば『平和革命』であるともいえる」、この最初の一言である。
 また、鳩山氏自身も八月二十九日夜東京・池袋で行った「最後の訴え」の後、記者団に「革命的なうねりを感じた。明治維新以来の大きな変革を自分たちで成し遂げようという大きな胎動を、ものすごく強く感じた」と語っている。
 このように、至るところで「革命だ」「革命だ」ということが叫ばれている。「存在が意識を決定する」という哲学原理のとおり、これは日本にも革命の時代がやってきた、ということを多くの人々が確認したということであり、ここに、鳩山政権成立の歴史的な意義がある。このことをはっきり確認しなければならない。まさに、現代の歴史時代が鳩山政権を生み出したのである。これを実現させた決定的な力は小沢一郎であったことは誰でも認めている。
 現代の歴史時代とは何か。それは、地球上最後の帝国、アメリカ帝国主義が軍事的に、経済的に、政治的にいよいよ敗北を深め、世界の各国は自立し、民族は独立し、大衆は自覚し、こうして人民の人民による人民のための世界を目指して歴史は爆発し、収れんしつつあるという歴史時代である。その先にあるのは、真の自由と民主主義と平和と安全の世界、協力と共同と連帯の近代的コミュニティーである。これは必然の世界であり、そのための偶然として、その苦しみとして、戦争と内乱、暴力とテロ、各種の犯罪が繰り広げられている。日露戦争の時代に、ロシア革命を実現させたレーニンはいくつかの論文を発表しているが、彼はその中で「この戦争においては老大国ロシアが敗北した方が歴史の進歩にとっては有益である」と説いた。そのときロシア政府はレーニンを祖国への裏切り者として、あるいは日本のスパイであるとして徹底的に糾弾した。しかしレーニンは歴史の進歩という歴史科学の立場からこの主張を叫び続けた。そして歴史はレーニンにロシア革命の勝利をもたらしたのである。
 鳩山政権の成立もこの歴史時代の産物である。そういう意味で鳩山政権成立の歴史的意義を再確認しておきたい。小沢一郎の歴史的位置もここにある。
 しっかり認識しなければならないことは、すべては歴史時代と歴史科学の産物であり、歴史が産み出す出来事だ、ということである。
 歴史が日本の変革を求めたのである。新聞やマスコミは何かあるとすぐ、「誰が悪い、彼が悪い」と騒ぎ立てる。歴史の科学的法則の前に人間(個人)性悪説など通用しない。政権交代という歴史時代の要求に応えようとしたのが小沢一郎と民主党であり、そしてこの歴史時代は自民党の大敗北と民主党の勝利を促したのである。しかし政官財の癒着体制で国家予算を食い物にし、最大限の利潤と利権をほしいままにしてきた旧体制、旧勢力というものは静かに退くものではない。刃向うものには「ステルス複合体」で潰しにかかる。日本の明治維新を見てもわかるとおり、旧勢力の最後の反抗は激しかった。それが戊辰戦争、彰義隊による上野戦争、会津戦争、奥羽戦争、函館戦争であり、そしてその後の各種の反乱と西南戦争である。だが、明治維新は最後には勝利した。歴史を見ればわかるとおり、幾多の困難を経ようとも、歴史は前へ、前へと進むものであり、決して後戻りはしない。歴史の要求に答えるのか、否かであり、答えれば成功し、反すれば失敗する。すべては歴史が決定する。

(三)現代の歴史時代が求めているのはコミュニティー・共同体である。間接民主主義の政治である選挙や投票ではなく、人民による直接民主主義たる人民評議会であることを確認しよう。

 ここで改めて、はっきりと、投票とは何かということを考えてみなければならない。選挙と投票に人びとを駆り立てる行動、何が人びとを投票に行かせるのか。それはあくまでも個人の自由主義、自由行動なのである。すべて個人的事情が根底にある。その契機となるものは、あるときは気の向くままであり、そのときの気分であり、風の吹くままであり、付和雷同である。ある人にとっては個人的知り合い、同郷の人、学閥、同好会、宗教心、名誉欲、そして金であり、物品であり、強制である。ここに個人行動と自由主義と無政府主義がある。だから投票というのは、大衆の後れた部分、社会と切り離され、孤立した個人、個人的幻想と錯覚と夢想にもとづく行動であり、ここに愚民性と衆愚性の本質がある。
 真の民主主義とは、自覚された人民大衆の共同の意志、共通の認識、協同行動にもとづく政策の確立と確認、である。人民大衆は、生産点、生活点、つまり労働と生活の中で、互いに協力し、共同し、共通の要求にもとづく運動と闘いの中で、連帯し、交流し、自らのコミュニティーを作り上げていく。ここに真の民主主義がある。その集大成されたものこそ「評議会」である。
 最近でも、選挙や投票がいかに無力で、愚民性かを証明している事件に「アラブの春」がある。アフリカ北部と中東を巻き込んだ嵐のような革命で、エジプトのムバラク大統領に代表される長期独裁政権は次々に崩壊した。今も総仕上げとしてシリアでも起こっている。「アラブの春」はその後どうなったのか。みな選挙に流れ込んだが、その結果はみな分裂である。エジプトでは三極に分裂した。イスラムの「ムスリム同胞団」、旧体制派、そして「アラブの春」の中心となった青年・若者グループである。本来なら青年・若者グループが大統領になっていいはずである。しかし選挙のたびにそれは分裂を繰り返し、敗北している。結局、最後には軍部が出てきて、旧体制を支えるであろう。エジプトの大統領選挙でもイスラムの「ムスリム同胞団」が勝利したことになっているが、それは形式上であり、実際は軍部が握っているのである。旧体制は「革命は終わった。日常に帰れ。革命は何ももたらさなかった」と勝利宣言しているではないか。
 選挙はまことに無力で、みじめな結果を生んだ。歴史科学なのだ。現在、ヨーロッパのいたるところでコミュニティー・共同体を目指す運動が起こっているが、この事実からよく学び、選挙、つまりは間接民主主義から、歴史は直接民主主義としての人民評議会を求めて前進していることをよく知らねばならない。
 歴史の到達点はコミュニティーである。人類が最初に作り出した原始共同体社会は、より発展し、前進し、より高度になって元に帰っていく。階級なき共同体、自覚し、認識し、確認しあった共通の意志にもとづく直接的な民主主義としての評議会を通じて、生産も、分配も、統治も、すべては共同体の中で執行される。人類最初の社会はそうであったのだ。
 コミュニティー社会では階級支配は基本的には消滅する。共同体社会であるかぎり、そこには人民大衆、ただ一つの階級社会である。人民の人民による人民のための社会である。故にこのような社会(存在)が、そのような存在(環境)がそれにふさわしい人間を作り出していく。環境が人間を作り出す。新しい時代と新しい社会と新しい環境が新しい型の人間を生み出す。こうして人類の前史は終わり、人類社会は新たな闘いに向かって前進する。それは全宇宙との闘い、宇宙の開拓と開発の闘いである。

結語
  • コミュニティーとは何か。人民による人民のための人民の世界とは何か。それは国家、社会、生産活動の運営目的を、最大限の利益と利潤追求のみに注ぐのではなく、すべてを人民の生活と文化水準と社会環境の安心・安全・安定のために注ぐ!
  • 生産第一主義、物質万能主義、拝金主義、弱肉強食の国家と社会ではなく、人間性の豊かさと人間の尊厳と人間としての連帯と共生の国家と社会にする!
  • 金と物がすべてではなく、人間の心と自然の豊かさが第一であり、姿や形だけの美しさではなく、働く人びとの生きる姿と心の美しさが第一であり、一人だけで急いで先に進むのではなく、遅くてもみんなが一緒に進む!
  • 人間は生まれたときから環境の産物であった。環境が変われば人間も変わる。国家と権力が変われば国民は変わる!
  • 人類が最初に、はじめてつくった社会は、原始的ではあったが、そこにはまさに共同と共生と連帯の人間的社会があった。そしていくたの回り道をしたが、その間により大きくなってもとに帰る。つまりより高度に発達した近代的コミュニティ国家と社会へ。ここから本当の人民の社会、人間の社会が生まれ、人類は総力をあげて大宇宙との闘い、新しい闘い、宇宙の開発と開拓の闘いに進軍するだろう!