〈最近の人民戦線の
重要基本文献集









 

日本の混乱、政治の無力、経済の破綻、社会の無政府主義、そして政党の求心力の低下と相次ぐ新党の誕生は、明治維新の再現であり、幕末そっくりであり、ここに大転換をめざす現代の歴史時代があり、科学法則がある!

 日本は歴史上の大きな転換期にある。現代世界は、アメリカ帝国主義は崩壊に向かって突き進んでおり、世界中で資本主義は行き詰まり、民族は独立し、国家は自立し、大衆は自覚し、こうして歴史はコミュニティーへと科学法則にもとづいて動き、転換している。
 二〇〇九年、自民党の長期独裁政権が崩壊し、政権交代が実現、民主党鳩山政権が誕生した。これは歴史的な出来事であった。しかし野田内閣は公約(マニフェスト)を簡単に投げ捨て大衆収奪の道具・消費税を上げ、安全よりも経済効率を優先して原発を再稼働、米海兵隊のオスプレイの配備をめぐっては日米安保条約を盾に黙認した。オスプレイは沖縄、岩国、そして関係自治体の反対を押し切って米国の計画通り、七月二十四日、岩国に搬入され、近く沖縄に配備される。そして十月初旬から日本全国七つのルートを設定し、低空飛行訓練が実施され、本格運用されることになっている。
 しかし、ここで問題にすべきは野田政権のとった対応である。七月二十四日の参院予算委員会で確認したが、野田内閣は「日米安保条約の解釈からしてオスプレイは日米間の事前協議の対象ではなく、日本政府がアメリカ政府にどうしろ、こうしろというような話ではない。アメリカの安全だという説明を関係自治体にするだけである」との姿勢に終始したことである。これは古い時代の自民党政権が戦後、一貫してとってきた態度である。つまり日本はあくまでアメリカの支配下で生きていくという自民党政権と同じ姿勢であった。
 外交問題は内政問題である。われわれは政権交代で鳩山民主党政権が誕生したとき、〈日米同盟と国防問題を論ず〉として、はっきり次のことを提起したのである。「外交と国防問題とは内政問題(哲学的内因論)なのである。日米同盟という外交問題(哲学的外因論)の再検討と再構築とは、日本という国のあり方、進むべき方向の再検討と再構築が大前提でなければならない。鳩山政権がめざしている日米関係の再検討と再構築は、現代の新しい世界情勢(歴史時代)が日本のあり方、進むべき方向の再検討と再構築を求めているのである。歴史時代を正しく認識せよ!」と。
 ここに現代の歴史時代があり、問題の核心がある。古い時代の自民党の殻を打ち破り、政官財癒着を破壊して、政権交代という新しい時代にふさわしい日本の国の型がもとめられたのである。これはコミュニティーの扉を開く第一歩であった。しかし民主党は国の進路については古い時代の自民党のままであった。だから外交も古い自民党のままであった。当然、オスプレイを巡って表面化した外交問題はいぜんとして対米従属のままだったのである。ここに野田内閣の本質がある。
 マルクスはかつて「歴史は人間が作る。そしてどんな事情があろうとも、歴史は必然であり、歴史時代そのものが、偶然を通じて人びとに『これでよいのか、さあどうする』と迫る」と語ったが、民主党野田政権が新しい歴史時代に応えない限り、歴史は真の変革へ、第二の「政権交代」へ、「第二の明治維新」へ、歴史は転換を求めて激動する。歴史は前へ、前へと前進する。これが科学法則である。
 民主党が分裂し、新党が相次いで誕生している。小沢新党「国民の生活が第一」を中心に、新党「きづな」、みどりの風、地方からは大阪維新の会、日本一愛知の会、名古屋の減税日本、緑の党、新党大地・真民主、みんなの党、そして石原新党が……。まさに新党ブームである。これは進歩と発展を求めて現代の歴史が生み出したものであり、歓迎すべきことである。すべては政治の混乱、政党の乱立と対立と抗争、離合集散は破壊の中から建設がはじまるという歴史科学の産物である。
 現代日本は明治維新の再現であり、歴史は「第二の明治維新」を迎えている。なぜ現代日本は明治維新とそっくりなのか。歴史は科学であり、未来展望は歴史科学の中にある。

(一)明治維新とは何か。その歴史的事実と経過、本当の明治維新論を正確に科学的に認識しよう。幕末の動乱は将軍の無能力や、人間性悪説ではなく、歴史時代が徳川封建制を否定したのである!

生産力の発展が生産関係を決定する。封建制度は行き詰まり、古くなり、次の時代に移行しない限り、もう一歩も前に進めない状況にあった。その歴史時代を振りかえればよくわかる。
 徳川幕府三百年の鎖国政策という固い扉をこじ開けて開国(貿易の自由化と市場開放)への道を開いたのはアメリカのペリー来航である。この外圧(外因)はたちまち内圧(内因)を刺激し、徳川幕府は大混乱に陥った。長い鎖国政策で世界の動きには無知で、経済は商品と貨幣を手にした商人たちに支配され、幕府と諸大名の財政は苦しくなる。いろいろな改革はみな失敗し、都市には貧民が、農村は窮乏し、農民一揆が続発していく。もう時代は歴史的に封建制が否定されているのである。こうした時代が幕府の統治能力を弱めていたのである。
 海外、世界はすでに日本の徳川封建制という中世から脱出して近世という新しい時代に移行していた。ペリーが来航したすぐあと、一八五三年七月二十七日に第十二代将軍家慶が死亡、十一月二十三日に第四子の家定が第十三代将軍に就任した。三十歳であった。だがこの将軍はその任に適さなかった、という。巷間、病弱・異常体質などの風評があった。だがこれはあくまで個人的な問題と人間性悪説であって、本質的にはもはやどの将軍にもこの時代を統治することは不可能だったのである。問題は政治上の本質問題であった。将軍個人の人間性悪説ではなく、もはや幕府体制そのもの、徳川幕府という封建制が、制度として新しい時代にそぐわなくなってしまったのであり、それが家定に反映していたのである。哲学原理が示す「存在が意識を決定する」ということである。
 幕府の統治能力のそう失に危機を感じた体制内の有力大名の間から幕政改革の運動が生まれ、内部対立が激化していく。まず改革の行動を開始した中心は、あの関ヶ原の合戦で反徳川の西軍、傍流外様大名(徳川本流外)の雄、薩摩の島津斉彬であり、これに同調した越前の松平慶永、水戸の徳川斉昭たちであった。この一派は英明の誉れ高い水戸出身の一橋慶喜を押し立てて幕政改革を求めた。彼らは一橋派といわれた。
 これに反対して徳川支配を守り通す守旧派は、一貫して徳川に忠誠を誓い改革に反対した徳川本流たる譜代大名の彦根藩主・井伊直弼を中心に結束して徳川御三家の一つ、紀伊徳川家の当主・十三歳の家茂を押し立てた。これを南紀派という。そして井伊の南紀派が勝った。一八五八年七月に家定死去、十月に第十四代将軍に徳川家茂就任。このことがいっそう二派の対立を拡大していく。
 ここにきてついに改革派の要望が実現、第十五代将軍に徳川慶喜が就任するが、その英明とは知識が豊富であった、ということだけであり、滅び行く旧体制をどうすることも出来ず、一八六八年に幕府軍と討幕軍の戦端(鳥羽伏見の戦い)が開かれるや、真っ先に戦線を離脱、逃亡してしまう。つまり、この将軍も何も出来ずこれも無力であったのだ。ペリー来航から始まった幕末の動乱は、徳川封建社会を歴史が否定したのであって、人間性悪説にもとづく、将軍の無能力などではなかった。これは歴史科学の必然であり、すべては権力が歴史によって変更されねばならないということであった。
 すべては権力問題であり、変革と革命は権力の変更によってのみ実現されたのである。

(二)蘭学は討幕の志士たちを目覚めさせ明治維新に統合させた。大転換を求める現代の歴史時代が、「猿百匹の現象」(明治維新の現象)として、科学的歴史観に目覚めた先進分子、現代の志士たちを歴史に登場させていく。思想が物質的力となる!

日本の危機が叫ばれて久しい。アメリカだよりの国家はもはやどうすることもできなくなった。欧米諸国からの政治危機、経済危機の圧力はすさまじく、日本もギリシアのように破綻するのか、日本の政治と政党、そして政治家は右往左往するばかりである。自民党時代から数えて日本の総理は五年間で六人目の首相である。しかし誰がやっても「動かぬ政治」の言葉に象徴されるように日本の政治は停滞したままである。前節の明治維新とは何か、の歴史的経過をよく見ればわかるように、幕末、徳川幕府は混迷し、将軍の交代や、将軍のなり手がなく、ついには切り札、徳川慶喜まで登場させるが、結局、幕府の崩壊は止められず、最後の将軍となってしまった。
 明治維新は、誰が悪い、彼が悪いの、人間性悪説や、そのリーダー論などではなく、徳川幕府の旧体制、その封建国家を倒すことによって実現されたのである。それは統治能力を失った旧権力の改良や改善ではなく、革命的変革、つまりは旧権力の打倒、新権力の樹立によって実現した。すべては権力問題であった。
 二〇〇九年自民党政権を打倒し、民主党の政権交代が実現した。これは歴史時代の産物であり、歴史的には進歩であり、価値あるものであった。しかし民主党政権は旧権力、自民党支配と政官財癒着の破壊が中途半端におわり、徹底しないその隙に旧権力の守旧派が、ステルス複合体≠ニして、強力に抵抗した。明治維新でも徳川幕府の支配体制を守り抜かんとした彦根藩主井伊直弼ら旧権力にしがみつく守旧派の厳しい抵抗があった。
 歴史はそれでも旧権力を破壊していく。建設するがために破壊が必要なのである。幕府も結局内部対立を引き起こし、ついに崩壊したが、民主党もまったく同じで、内部対立によって分裂、それを起爆剤に、小沢新党が誕生し、新党が日本の政界に次々と登場することとなった。大阪維新の会などは明治維新で討幕後の新政権の基本方針となった坂本龍馬の「船中八策」をもじり「維新八策」を掲げて中央に進出せんとしている。現代の歴史時代からして人気が出るのは当然である。新党の登場は明治維新における大和の天誅組の乱、水戸の天狗党の乱である。
 今、歴史は小沢一郎に旧権力、自民党支配の残滓、その政官財癒着の徹底した破壊を求めている。だから旧権力や、ブルジョアジャーナリズムは小沢を破壊者だととして非難するが、まだ破壊が足らず、もっと歴史は破壊を徹底せよと求めているのだ。旧権力は「小沢殺し」、人間性悪説に躍起である。現代の「安政の大獄」である。すべては階級闘争と階級対立の反映である。
 明治維新を実現した思想的力はヨーロッパの近代民主主義思想と日本民族主義思想の結合であった。これが「尊皇攘夷」のスローガンに統一され討幕の旗印となった。
 日本にヨーロッパの近代民主主義思想が流入してきたのはまずは蘭学(オランダの学問)であった。蘭学は日本の知識人、自覚した先進分子、能動的な人びとをとらえ「思想が物質的な力」となり、行動を引き起こしていく。日本の蘭学者たち、目覚めた志士たちは誰よりもよく国際情勢を知り、日本の運命について深く考えるようになった。こういう政治・思想が先進分子を民族主義に駆り立てたのである。
 東北からは伊達・水沢藩の高野長英。中部地方からは信州・松代藩の佐久間象山。江戸からは旗本の勝海舟。大阪では緒方洪庵。越前からは橋本左内。長州の吉田松陰。土佐の坂本龍馬。九州・筑前からは平野国臣。これらの人びとは思想的・政治的に目覚め、天下国家を論ずるようになり、徳川幕府の自壊作用をみて討幕の志士となっていく。
 現代日本も同じである。哲学科学思想と歴史観に目覚めた先進分子は必ず、全国のいたるところに出現する。明治維新は全国の志士たちを歴史が討幕へと統合させたが、現代の日本でもそれと同じように「猿百匹の現象」、まさに明治維新の現象として全国の先進分子を一つの輪、能力ある中核集団として統合する。ここに歴史の必然性がある。そして日本民族はアメリカの五一番目の州などと揶揄される民族的屈辱から目覚めて生活と権利、自由と民主主義、独立と平和≠フ闘争を展開する。つまり明治維新の如く科学的歴史観と、独立と平和をめざす民族主義運動が結合し、近代コミュニティーをめざして、人民の、人民による、人民のための政治と国家と社会へ、統合され、やがて合い言葉となっていく。「尊皇攘夷」のスローガンが倒幕の合い言葉となった明治維新の法則、歴史科学の法則である。最後を決したのは中核集団であり、討幕の志士たちであり、力と実力であった。
 明治維新は必然性と偶然性の傑作であった。幕府政権側では将軍職をめぐる対立と抗争、将軍の権威を高める手段としての皇女・和宮と家茂との結婚による公・武合体、安政の大獄、など。倒幕運動の側では桜田門外の変、坂下門の変、大和の国の天誅組の乱、水戸浪士による天狗党の乱、そして長州征伐、下関戦争、薩英戦争など、各種の一揆や戦闘が発生した。
 コミュニティー・共同体をめざすわれわれの闘争も予測できない様々な偶然性に直面するであろう。歴史は偶然性を通じて必然性に到達していく。

(三)現代の歴史時代が求めているのはコミュニティー・共同体である。間接民主主義の政治である選挙や投票ではなく、人民による直接民主主義たる人民評議会であることを確認しよう!

 歴史は古いものをぶち壊し、新しいものを創造せんと、前へ、前へと前進していく。人類の歴史は原始共同体が崩壊して以後、奴隷制、封建制、資本主義制、そして現代コミュニティーへと進んでいる。明治維新は徳川封建制から近代民主主義、資本主義への大爆発であり、大転換であった。今歴史は資本主義から近代コミュニティーへと大転換しようとしている。すべては歴史科学のとおりである。二〇〇九年の政権交代によって、自民党政権から民主党政権に変わったが、最近、国民の声が政府に届かない、として直接民主主義を求めて、街頭に出て声を挙げている。朝日新聞などは「官邸前デモ」は「もの言わぬ国民による異議申し立て」(七月三〇日付社説)だ、「首相や政治家は面会に応じ、話し合ってみてはどうか」、と大きく取り上げている。
 直接民主主義は人民評議会だ、ということをよく知らねばならない。集会で声を挙げ、それを政治家や政党に取り上げてもらう≠アとを直接民主主義と錯覚してはならない。それは議会主義であり、間接民主主義に他ならない。「アラブの春」でも同じことが叫ばれたが、結局は選挙や投票に埋没し、最後には敗北した。われわれは絶対に同じことを繰り返してはならない。真の民主主義は選挙や投票ではない。地域別、産業別、各層毎に組織された人民代表による人民評議会であり、人民委員会であり、その名による権力の執行である。トップダウンとボトムアップの正しい機能化によって、人民権力は成長し発展する。
 現在、政界の関心事は解散・総選挙がいつあるかである。新党はどうなるのか。新聞なども世論調査の結果なるものを盛んに煽り立てている。
 歴史が提起した、日本政局の焦点と、政治問題の核心は次の点にある。

 @、小沢一郎が果たした、また果たしつつあることになかに歴史の進歩性がある。自民党をぶち壊し、古いものを破壊しようとするその歴史性を歴史科学の立場からとらえよ。
 ロシア革命を実現させたレーニンはいくつかの論文で「日露戦争において老大国ロシアが敗北した方が歴史の進歩にとっては有益である」と説いた。そのときロシア政府はレーニンを祖国への裏切り者として、あるいは日本のスパイであるとして徹底的に糾弾した。しかしレーニンは歴史の進歩という歴史科学の立場からこの主張を叫び続けた。ロシア革命の勝利がレーニンの正しさを証明した。
 A、世論とは何か。この問題についてアメリカの元大統領ニクソンは国際的にも評価が高かったその著作、『指導者とは』の中ではっきりと言っている。つまり、世論なるものに指導者は迷ってはならない。世論は作り出されるものであり、自分のための世論は自分自身とその集団によって作り出さねばならない。そのために指導者は集団や党派の先頭に立って、運動し、行動し、闘わねばならない。指導者は一貫して強く、粘り強く、自己の信念と主張を力強く訴え、行動しなければならない。変革の旗を高く掲げ運動し前進する中で活路は拓かれる。
 B、選挙とは何か。選挙や投票に人びとを駆り立てる行動、何が人びとを投票に行かせるのか。それはあくまでも個人の自由主義、自由行動なのである。すべて個人的事情が根底にある。その契機となるものは、あるときは気の向くままであり、そのときの気分であり、風の吹くままであり、付和雷同である。ある人にとっては個人的知り合い、同郷の人、学閥、同好会、宗教心、名誉欲、そして金であり、物品であり、強制である。ここに個人行動と自由主義と無政府主義がある。だから投票というのは、大衆の後れた部分、社会と切り離され、孤立した個人、個人的幻想と錯覚と夢想にもとづく行動であり、ここに愚民性と衆愚性の本質がある。
 C、真の民主主義とは、自覚された人民大衆の共同の意志、共通の認識、協同行動にもとづく政策の確立と確認、である。人民大衆は、生産点、生活点、つまり労働と生活の中で、互いに協力し、共同し、共通の要求にもとづく運動と闘いの中で、連帯し、交流し、自らのコミュニティーを作り上げていく。ここに真の民主主義がある。その集大成されたものこそ「評議会」である。
 繰り返すが「アラブの春」の結末が証明している通り、選挙の結果は、まことに無力で、みじめなものである。この歴史科学からよく学び、選挙、つまりは間接民主主義から直接民主主義としての人民評議会を求めて歴史は前進していく。
 D、歴史の到達点はコミュニティーである。人類が最初に作り出した原始共同体社会は、より発展し、前進し、より高度になって元に帰っていく。階級なき共同体、自覚し、認識し、確認しあった共通の意志にもとづく直接的な民主主義としての評議会を通じて、生産も、分配も、統治も、すべては共同体の中で執行される。人類最初の社会はそうであったのだ。
 コミュニティー社会では階級支配は基本的には消滅する。共同体社会であるかぎり、そこには人民大衆、ただ一つの階級社会である。人民の人民による人民のための社会である。故にこのような社会(存在)が、そのような存在(環境)がそれにふさわしい人間を作り出していく。環境が人間を作り出す。新しい時代と新しい社会と新しい環境が新しい型の人間を生み出す。こうして人類の前史は終わり、人類社会は新たな闘いに向かって前進する。

結語

  • コミュニティーとは何か。人民による人民のための人民の世界とは何か。それは国家、社会、生産活動の運営目的を、最大限の利益と利潤追求のみに注ぐのではなく、すべてを人民の生活と文化水準と社会環境の安心・安全・安定のために注ぐ!

  • 生産第一主義、物質万能主義、拝金主義、弱肉強食の国家と社会ではなく、人間性の豊かさと人間の尊厳と人間としての連帯と共生の国家と社会にする!

  • 金と物がすべてではなく、人間の心と自然の豊かさが第一であり、姿や形だけの美しさではなく、働く人びとの生きる姿と心の美しさが第一であり、一人だけで急いで先に進むのではなく、遅くてもみんなが一緒に進む!

  • 人間は生まれたときから環境の産物であった。環境が変われば人間も変わる。国家と権力が変われば国民は変わる!

  • 人類が最初に、はじめてつくった社会は、原始的ではあったが、そこにはまさに共同と共生と連帯の人間的社会があった。そしていくたの回り道をしたが、その間により大きくなってもとに帰る。つまりより高度に発達した近代的コミュニティ国家と社会へ。ここから本当の人民の社会、人間の社会が生まれ、人類は総力をあげて大宇宙との闘い、新しい闘い、宇宙の開発と開拓の闘いに進軍するだろう!