〈最近の人民戦線の
重要基本文献集









 

世界中のあらゆる事件と出来事を孤立したもの、個別のものとしてみるのではなく、歴史の運動、発展と前進、変化と変革をめざす必然性の中の偶然性という歴史科学から見つめよ!

 全世界はいま、経済的に、政治的に、社会的に大混乱の嵐に遭遇している。この世界的大混乱をはっきりさせたのがダボス会議である。
 世界経済フォーラム・年次総会(ダボス会議)は、新年早々毎年スイスの観光地ダボスで開催される。今年は一月二十五日から二十九日まで世界中の経済学者、経済界の代表、ジャーナリズム、有力な政治家(ドイツのメルケル首相も参加して開幕演説を行った)など延べ二千五百人が参加して開催された。
 その内容を一言で言えば「資本主義はどこへ!」ということであった。「資本主義はこれでいいのか」というわけである。結果は、各新聞の見出しを見ればわかるとおりで、「朝日新聞」は「ダボス、資本主義をただす」であり、「日本経済新聞」は「揺れる資本主義、解どこに」「世界覆う危機、焦燥と無策と」であり、結論は出なかった。それほどまでに資本主義世界は大混乱に陥っているのである。
 日本では、雑誌「文芸春秋」三月号が「日本の自殺」と題する特集を組んで、日本が危ない、日本は崩壊しつつある、ローマ崩壊と同じ道を通っている、と言って、なぜローマは崩壊したのかを次のように言っている。@「パンとサーカス」で内部崩壊した(パンは大衆の欲望、サーカスは娯楽である)。すなわち大衆の欲望と怠慢によって内部崩壊した、という。A大衆迎合、衆愚政策に政治が堕落してしまった、こと。B権力の腐敗堕落。この三つにローマ崩壊の原因があると、日本も同じ道を進んでいるのだからこれを正せ、しっかりせよ、というのである。ローマの崩壊を「パンとサーカス論」に求める、この見解が人間性悪説であり、非科学的なのである。ローマは人類の歴史は科学的に発展するというこの歴史科学に従って崩壊したのである。
 さて、人類の歴史は原始時代―奴隷制時代―封建制時代―資本主義時代へ、そして現代独占資本と帝国主義の時代に登りつめた。資本主義の頂点に達した現代、らん熟し、腐敗し、堕落してしまった現代、その権力はもはや統治能力を失ってしまった。もはや老いてしまったのである。
 こうして現代、地球上最後の帝国、アメリカ帝国主義の崩壊と、新しい世界の出現に向かって爆発し、収れんされつつある。今後は、それぞれの国家は自立し、民族は独立し、大衆は自覚し、こうして最終的には、人民の人民による人民のための世界、つまりは近代コミュニティーへと収れんされる。
 ここに現代世界の歴史時代がある。

(一)事件と事故、対内、対外の争いと抗争の根底にあるもの、その土台は、基本的にはその地域、その社会、その国家の変化と変革を求める大衆と歴史の要求なのである。すべては根本的な変革を求める歴史の嵐なのである。

まず、大騒ぎになっている日中間に発生している尖閣諸島をめぐる争いと中国の反日デモとは何かを見てみよう。八月二十日付『読売新聞』は「反日」の陰、社会不満―経済格差、劣悪な労働環境≠ニの見出しで次のように報道している。
 〔尖閣諸島の領有権を主張し中国各地で19日、相次いだ反日デモは、経済格差などの社会不満が高まる一部地域では暴徒化を招いた。指導部が交代する今秋の第18回共産党大会を控え、国内の安定を最優先課題とする胡錦濤政権は、「反日」に名を借りたデモが反政府運動に転化する事態を最も警戒している。「富裕層や共産党幹部の子供は就職の心配もない。庶民の子供は本当に不公平だ」と不満をぶちまけた。若者の不満の「はけ口」として、「反日」が格好の材料になっているという側面は否定できない〕と。
 「反日デモ」というのは結局、中国人民大衆の政府に対する反抗なのである。中国にとって対外問題ではなく、対内問題なのである。
 ギリシアから始まったヨーロッパの経済危機は、日本のオピニオンリーダーの役割を果たしている雑誌『中央公論』は八月号でEUの危機について特集を組んでいる。松原隆一郎(東京大学大学院総合文化研究科教授)、吉崎達彦(双日総合研究所副所長・チーフエコノミスト)、遠藤乾(北海道大学公共政策大学院教授)の各氏がその座談会を通じて出した結論は「完全解体か連邦国家化か欧州危機は終わらない」ということであった。要するにEUは失敗した、ということである。その根底にあるものは国家と現代社会に対する人民の怒りであり、大衆の反乱である。賃金の引き下げ、人員の削減、年金の低下、そして増税である。ギリシアの経済危機の救出、それは徹底した大衆収奪なのである。これにギリシアの人民大衆は反対しているのである。
 EUの危機を解決する実力はドイツが握っている。ドイツ国民はそのEUの経済政策に反対している。ギリシアを救うためになぜドイツ国民が犠牲にさらされなければならないのか。ここにもドイツの国民大衆の反乱がある。EUを根本的に作り変えよ。EUの共同体は本当の共同体ではない、との叫びである。
 中東の反米デモの嵐である。九月十一日から中東地域で一斉に反米デモが吹き荒れた。きっかけはイスラム教を冒涜する映画の製作であった。チュニジア、リビア、エジプト、スーダン、イエメン、イラン、パレスチナ自治区、イラク、モロッコの九つの国と地域に一気に拡大した。新聞報道などはイスラム教を冒涜した映画にデモの原因があると言っているが、それは表面上のことであって、根本的には二〇一一年一月から吹き荒れた「アラブの春」で、チュニジア、リビア、エジプト、イエメンと次々に独裁政権を倒したが、それでも生活は何も変わらない。経済もよくならない。社会の対立と抗争は収まらない。人民が求める本当の政治は一向に実現しない。エジプトでは、依然として、軍が実権を握ったままである。こういう現実、こういう大衆の怒りが根底にあって、それが反米デモの嵐となって表れたのである。すべては階級対立と階級闘争の反映である。これは万物を貫く法則である。
 ロシアでは反プーチンデモが連続している。最近では九月十五日、モスクワ、ペテルブルク、ウラジオストク、トムスクなどでは数万人規模のデモが発生している。そのスローガンは「仕事をよこせ」「生活を向上させろ」「プーチンの独裁反対」「公正な選挙をやれ」「プーチンなきロシアを」である。そして反プーチン団体が多数生まれている。「公正な選挙をめざす選挙監視団体」(コラス)や、「人権擁護団体」(人民の権利団体)、リベラル団体としては「プーチンの退陣を」などの組織と団体が作られ、運動が続けられている。ロシアでも生活と権利、自由と民主主義を守れと要求するロシア人民の反乱であり、大衆の蜂起である。
 『読売新聞』は今年の四月三十日付の新聞で、日本の新聞や雑誌の最近の論評の特色をまとめ、「政治不信世界中に」という見出しで特集し、政治不信のない国を探すのは難しい≠ニ書いているが、現代世界はデモと反乱と怒りと政治不信が世界共通となったのである。まさに歴史時代の産物である。すべては転換を求めて激動し、反乱がおこっているのである。この階級闘争、その内因論が世界を支配しているのである。
 大衆の要求と歴史の要求は何か。低賃金、失業と貧困、貧富の格差拡大、社会の分裂と抗争、これが経済上の問題である。政治上の問題は権力の腐敗と堕落、汚職、政治の無力、政府への不信、これは全世界に共通する問題である。
 結論は何か。全世界に共通する本質は、独占資本主義と官僚支配による大衆収奪であり、格差社会の根本原因はあげてここにある。ブルジョア権力(独占と官僚支配)は一貫して自らの欲望(大衆収奪による自己資産の増大)を追求する。そして財政不足は税金という名で大衆収奪していくのが権力の本質である。日本も世界も、ここにすべての問題がある。
 これが現代の歴史時代である。

(二)現代の歴史時代の本質はどこにあるのか。渡邉恒雄氏の『反ポピュリズム論』に答える。

 ・テレビの「発言つまみ食い」が政治を歪める。
 ・田中角栄は課長クラスの官僚まで使いこなした。
 ・「ぶざまな政治」は「小泉劇場」から始まった。
 ・政治屋の質を決定的に衰弱させたのは小選挙区制度だ。
 ・鳩山・菅首相の無知と経験不足が残した大きな傷跡。
 ・橋下現象は戦前の「近衛ブーム」を想起させる。
 ・橋下市長は、擦り寄ってくる勢力の真贋を見極めよ。
 ・私が橋渡しした、自民・民主「大連立」構想の舞台裏。
 ・「大連立」失敗の要因は福田の「慎重さ」と小沢の「過信」
 ・政策中心の「中型連立」を進めよ。
 ・政治学者がばら撒いた「マニフェスト至上主義」の罪を問う。
 ・大衆迎合政治家が「増税反対」を選挙の道具に使う。
 ・朝日新聞社説「原発ゼロ社会」は無責任な夢物語だ。
 ・大衆迎合政治の果てに起こったギリシャ危機。
 ・健全な社会保障こそ最良の投資である。
 ・「無税国債」でタンス預金を掘り出せ。
 ・傾聴すべきことを語る政治家がいなくなってしまった。
 ・「衆愚」の政治と断乎戦う。

 渡邉氏がこの本で論じている以上の内容は、ローマ崩壊の「パンとサーカス論」である。「パンとサーカス論」は当論説の前文で紹介したとおりである。渡邉氏はこの本で大げさに言っているが、結局は「パンとサーカス論」を論じているのである。
 おそらく渡邉氏は『文芸春秋』三月号を読んで、この本を書いたはずである。『文芸春秋』三月号に「パンとサーカス論」が特集されているが、その執筆者たちも、渡邉氏もローマ崩壊の歴史科学を全然知らない。彼らは徹底した人間性悪説である。
 われわれはこの際、改めて、ローマ崩壊の歴史科学をはっきりさせておきたい。ローマは西暦三九五年に東西に分裂、本格的な崩壊へ移行していった。その崩壊を決定づけたのは西暦三七五年代に発生した「ゲルマン民族の大移動」であった。「ゲルマン民族の大移動」を歴史科学の立場から見なければ、この本質はわからない。ゲルマン民族はアルプスから北側に形成されていたドイツを中心にした北ヨーロッパの民族である。それが北から南に移動していった。つまり地中海をめざし、暖かい土地を求めて移動したのである。それは家族と一族を養うために土地を求め、自分たちの働く場所を求め、生活の糧を求めて、起こした巨大な移動であり、暴動であった。この「ゲルマン民族の大移動」を経済学の面からみれば木製の農具から金属製のより有効な農機具の発達にもとづく、生産力の発展が奴隷労働制ではなくて、農奴制労働を求めたという経済学の理念が歴史科学として出現したということである。
 以上のとおり、経済学の理念から言ってローマ制としての奴隷制ではもはや通用しなくなり、ゲルマン民族の大移動を契機にして奴隷制から封建制へ、歴史は移行していったのである。つまり土地を求め、生活権を求め、家族を抱えて、大衆の暴動が始まったのである。「ゲルマン民族の大移動」はまさに奴隷制を崩壊させ、新しい封建制度を実現する大衆の反乱であり、蜂起であった。ここに歴史科学がある。
 ローマの権力内部から、分裂と対立、内乱がはじまった。その先頭に立ったのがゲルマン民族出身のローマ軍の中の兵士たちであった。ローマの内部で反乱がおこり、ついにローマは崩壊したのである。こうしてヨーロッパ各国に封建王国が出現したのである。この歴史科学を知らない人々が、「パンとサーカス」などの非科学的なばかばかしい人間性悪説を展開するのである。「パンとサーカス」の執筆者や、渡邉氏の思想も歴史的にはその部類に位置づけられるであろう。
 もう一度、われわれは歴史科学について結論付たい。
 人類の歴史は原始時代―奴隷制時代―封建制時代―資本主義時代へ、そして現代独占資本と帝国主義の時代に登りつめた。資本主義の頂点に達した現代、らん熟し、腐敗し、堕落してしまった現代、その権力はもはや統治能力を失ってしまった。もはや老いてしまったのである。
 こうして現代、地球上最後の帝国、アメリカ帝国主義の崩壊と、新しい世界の出現に向かって爆発し、収れんされつつある。今後は、それぞれの国家は自立し、民族は独立し、大衆は自覚し、こうして最終的には、人民の人民による人民のための世界、つまりは近代コミュニティーへと収れんされる。

(三)「賢者は歴史に学べ」。人類が生み出した最初の社会は原始的であったがまさに共同体であった。それがより大きく、より豊かに、そしてより成熟して元に帰る。この螺旋(らせん)的発展法則が歴史科学であることを知らねばならない。

 歴史はすべての分野で歴史科学のもと、一歩一歩確実に、前へ前へと前進している。現代世界は、資本主義は行き詰まり、民族は独立し、国家は自立し、大衆は自覚し、こうして歴史はコミュニティーへと科学法則にもとずいて動き、転換する。
 二〇〇九年十月、ギリシアの国家財政破綻で始まったヨーロッパ共同体(EU)の経済危機は二〇一一年には、ついに崩壊へと進み、今では世界の主要な経済学者はみな「ユーロは失敗した」と断言している。
 ニューヨークでは、1%の金持ちではなく、99%のための民主主義を!と叫ぶ若者たちが「ウォール街を占拠せよ」というスローガンを掲げてデモを実施、このとき叫ばれた声は「資本主義と戦え!」である。全世界の民衆は「資本主義とは何か」という問いかけをするに至ったのだ。
 新しい歴史時代が、もう時代遅れになった旧い自由競争から、連帯と協力と共同の人間性豊かなコミュニティーを求めて動く時代、コミュニティー・共同体が出現しつつあるのである。
 二〇一一年度の特徴は「資本主義の崩壊」が現実のものとして論壇に登場した。そして二〇一二年度はコミュニティー・共同体が地域社会から実現されていく時代となった。こうして歴史科学は確実に到達すべきところに到達しつつある。われわれは歴史科学に確信を持たねばならない。
 歴史の到達点はコミュニティーである。人類が最初に作り出した原始共同体社会は、より発展し、前進し、より高度になって元に帰っていく。階級なき共同体、自覚し、認識し、確認しあった共通の意志にもとづく直接的な民主主義としての評議会を通じて、生産も、分配も、統治も、すべては共同体の中で執行される。人類最初の社会はそうであったのだ。これはすべてわが『人民戦線綱領!』が示しているとおりである。ここに人類の展望があり、道があり、到達点があり、歴史科学がある。

結語
 @人類とその社会は永遠の過去から永遠の未来に向かって運動し、発展し、爆発し、収れんされつつ前進していく。そのエネルギーは人間の生きる力であり、その物質的表現としての生産力である。
 A生産力の発展がその度合いに応じて生産関係としての人類社会(国家)を作り出していった。それは最初の原始共同体、次の奴隷制、封建制、資本主義制、そして社会主義へと一貫して生産力の発展が生産関係(国家)を変化させていった。これからもそうなる。
 B人類の歴史を見ればわかるとおり、一つの支配権力、一つの国家形態が永遠であったことは一度もない。歴史は常に運動し、変化し、発展し、転換して次々と新しい時代を作り出していった。そして歴史を見ればわかるとおり、変化は静かで一直線ではない。爆発と収れんは歴史法則である。歴史は必然を持って前を目指すが、その過程では常に偶然が伴う。偶然は必然のための産物であり、偶然は必然のための糧である。そして必然の世界とは人民の人民による人民のための世界であり、より高度に発展したコミュニティー社会である。歴史は到達すべきところに必ず到達する。