〈最近の人民戦線の
重要基本文献集









 

そして自民党政権の復活は、民主党大敗北の跳ね返りという偶然性であった。史上最低の投票率と最低の自民党支持率を見よ。新政権は大衆の支持と歴史の要求に反しており、歴史科学の必然性は必ず、安倍政権を通じて歴史の必然性を早めるのは確かであろう。歴史はけっして後戻りすることなく前へと前進する!

 二〇一二年十二月の日本の総選挙について、日本経済新聞の秋田浩之編集委員は、十二月九日付で「これは混乱なのか」と題して、次のような注目すべき論評を書いている。〔「日本の政治の混乱はいつまで続くのか」。外国の政府当局者や識者と話すと、たいていこう聞かれる。たしかに、日本の政治は混沌としている。衆院選は空前の乱立戦。注目された第三極は、「渡り鳥議員」の駆け込み寺のようだ。優位とされる自民党も、3年前から大きく進化したようにはみえない。これは混乱ではなく、新旧の過渡期(トランジション)なのではないか。繁栄を支えてきた統治機構が壊れ、新しい仕組みもまだ生まれていない。私たちは、そんな歴史のつなぎ目にいるように感じる。
 日本近代史の大家、坂野潤治・東大名誉教授(75)は語る。「いまは開国か攘夷かを争った江戸末期に似ている。この衆院選は両者が正面衝突した(1864年の)禁門の変のようなものだろう。ただ、維新の扉を開くにはその双方を抱えこみ、国を導いた西郷隆盛のような志士が要る」。幕末がやってきた。あと必要なのは、名ばかりではない本物の志士だ。少なくとも深い定見もなく、ただ票ほしさに人気とりの言動をくり返すような候補者は、その器ではない。〕
 秋田氏と同じような論評が他にもある。アメリカ政府や国務省の間では、二〇〇九年以降日本では毎年首相が交代している。信頼できる政権がない。中国のジャーナリストの間でも、あの東日本大震災にも騒がず、慌てず日本国民はすばらしい。それに対して官僚はウロウロして二流、もっと恥ずかしいのは政治家、政治家は三流だ。日本の新聞もこれをみて、あぁ恥ずかしい、と嘆いている。
 まさに明治維新前夜の徳川幕府そっくりである。動揺、混乱、対立、政治の混迷と混沌は、維新前夜と同じである。しかしこれは何も日本だけの問題ではない。世界的規模の大混乱である。アメリカのオバマは再選されたが、四年前の熱気はない。みな失望したが、共和党時代には帰れないとの歴史の流れがやっとオバマ再選となったのである。EUはもうどうにもならない。危機は深まり続けている。南北対立や国内対立は抜き差しならなくなった。スペインやイギリスでは分離独立運動が、ドイツではEUに反対する政党が生まれた。経済の危機はついにギリシアからスペインへ、イタリアへ、ポルトガルへ。そしてついに「アラブの春」は幻想に終わった。その典型例はエジプトである。独裁政権を倒し、選挙をやったが混乱の極みである。まったく前途が見えない。中国では毛沢東時代の平等社会を求め、毛沢東のスローガンを掲げた運動が全国各地へ、そして少数民族の間でもデモや反乱が起こっている。
 世界中が対立と大混乱に、その根底にあるものは大衆の反乱である。これは結局、現代資本主義への反乱である。大衆の要求は格差反対、失業反対、政治の腐敗、堕落、汚職に対する怒りである。これは現代資本主義と、その本質、それが生み出す毒素であり、現代社会では絶対に解決不可能なものである。ここからの脱出はコミュニティーであり、共同体であり、ここに現代の歴史時代がある。
 結論は明らかである。
 二〇一二年十二月の日本の総選挙での民主党の壊滅的大敗北は、消費税と原発事故処理の不手際、民主党政権の無能力への大衆の反乱であった。そして自民党政権の復活は、民主党大敗北の跳ね返りという偶然性であった。史上最低の投票率と最低の自民党支持率を見よ。新政権は大衆の支持と歴史の要求に反しており、歴史科学の必然性は必ず、安倍政権を通じて歴史の必然性を早めるのは確かであろう。歴史はけっして後戻りすることなく前へと進む!
 これが現代の歴史時代認識である。

(一)今度の選挙で自民党安倍政権復活という事実は何を意味しているのか。それは明治維新における「安政の大獄」の現代版である。つまり旧体制を守り抜こうとする守旧派による最後の抵抗である。逆にこの偶然性が必然性(変革と革命)を早めていく。明治維新から学べ!

総選挙翌日の十二月十七日、日本経済新聞は社説で「決して自民が勝者=vとは言えない」と題して、投票率が前回(69・28)よりも大幅に下回ったのは、失敗した政治への有権者の不信のあらわれといえる。今回の総選挙を一言でいえば、自民党が勝ったというよりも、民主党が敗北した選挙だった。
 読売新聞も同日、政治部長・永原伸氏が「熱気なき圧勝℃ゥ覚を」と題して、選挙は自民党の圧勝である。だが、郵政造反議員と「刺客」候補が激しく争い、劇場型選挙となった2005年衆院選、日本列島が政権交代機運に包まれた09年衆院選の時のような熱気や高揚感は、まったく感じられない選挙戦だった。「民主党や第3極よりは自民党がまし」という投票行動が多かったことが「熱気なき圧勝」となった理由だろう。
 産経新聞も政治部長・五嶋清氏が同じ日、「民主党の轍を踏むな」として、衆院選は自民党の歴史的大勝で幕を閉じた。だが、今回の結果について、自民党が国民の圧倒的な支持を得たものだと安易に評価するわけにはいかない。注目すべきは投票率の低下だ。最終投票率は59・32%で、前回を約10・以上下回り、戦後最低だった1996年衆院選をも下回った。この投票率の低さは一体、どうしたことか。民主党政治はもうこりごりだが、第3極もあてになるか分からない。自民党はやむを得ず選ばれたのである。政治が再び国民をがっかりさせることは、何としても避けなければならない。民主党の轍を踏むな。
 と、新聞は総選挙の結果や、その特徴点について書いた。いったい、この背後にはいかなる事実と歴史性があるのか。それは旧体制を守り抜こうとするステルス複合体、つまり守旧派の抵抗である。
 日本の明治維新を見てもわかるとおり、旧勢力の最後の反抗は激しかった。それが戊辰戦争、彰義隊による上野戦争、会津戦争、奥羽戦争、箱館戦争であり、そしてその後の各種の反乱と西南戦争である。だが、明治維新は最後には勝利した。歴史を見ればわかるとおり、幾多の困難を経ようとも、歴史は前へ、前へと進むものであり、決して後戻りはしない。歴史の要求に答えるのか、否かであり、答えれば成功し、反すれば失敗する。すべては歴史が決定する。

(二)三年前に民主党政権が発足し、自民党が大敗北したとき、日本の各新聞は「第二の明治維新」と書いた。それが今大失敗した。しかしこれもまた歴史科学から見たとき必然性がある。明治維新の歴史から変革の法則を学べ!

 二〇〇九年八月三十日の総選挙で、長期「一党支配」を続けてきた自民党が歴史的な大敗をし、民主党が圧勝した。その結果政権交代が実現し、九月十六日に民主党鳩山政権が誕生した。当時、新聞には「革命的な政権交代」とか、「新しい時代の始まり」とか、「日本も歴史の大転換のときを迎えた」とか、「歴史が動いた」という見出しが躍った。この政権交代という事実を、みな共通して「革命的」出来事として受けとめていた。
 決定的なのは、早稲田大学教授であった榊原英資氏(青山学院大学教授)が九月九日付『産経新聞』によせた「提言―民主党新政権」の中で書いた「今回の衆院選は、いわば『平和革命』であった」と、断じた一言である。
 また、鳩山氏自身も八月二十九日夜、東京・池袋で行った「最後の訴え」の後、記者団に「革命的なうねりを感じた。明治維新以来の大きな変革を自分たちで成し遂げようという大きな胎動を、ものすごく強く感じた」と語っていた。
 このように、至るところで「革命だ」「革命だ」ということが叫ばれていた。それが三年後の今日、大失敗したのである。
 では、明治維新はいったいどういう歴史的経過を経て、大転換を実現したのか。明治維新の経過をみればその必然性がよくわかる。
 ▼幕末の諸事件
 ・アメリカのペリー艦隊、浦賀に来航、幕府に開国を迫る。これは歴史が中世から近代へと転換しつつある世界情勢がペリーを動かしたのであり、幕府はそれに付いて行けず、その無能によって内部崩壊がはじまる(一八五三年六月)。一八五四年一月再来航、三月に「日米和親条約締結」。
 ・幕府は体制強化と強権政治を求め、大老には譜代大名の井伊直弼が就任。そして井伊大老による弾圧、安政の大獄が開始さる(一八五八年九月)。これに反発した反幕府の志士たちによる桜田門外の変(一八六〇年三月)、坂下門の変(一八六二年一月)によって大老がつぎつぎに暗殺される。
 ・生麦事件(一八六二年八月)。イギリス公使館焼討事件(同年十二月)。薩英戦争(一八六三年七月)。大和天誅組の反乱(同年八月)。水戸天狗党の乱(一八六四年三月)。禁門の変(同年七月)。下関戦争(同年八月)。薩長同盟成立(一八六六年一月)。第二次長州征伐(同年六月)。
 ・幕府の大政奉還・王政復古の実現(一八六七年十二月)。薩摩藩邸焼討事件(同年同月)。戊辰戦争開始(一八六八年一月)。江戸城無血開城(同年四月)。上野戦争(同年五月)。会津戦争(同年八月)。箱館戦争(一八六九年五月)が終わり、戊辰戦争(同年同月)終結。
 ▼明治維新後の諸事件
 ・佐賀の乱(一八七四年二月)。神風連の乱(熊本、一八七六年十月)。秋月の乱(福岡、同年同月)。萩の乱(山口、同年十一月)。西南戦争(一八七七年二月―九月)。大久保利通暗殺(一八七八年五月)。

明治維新の歴史的経過と事実が教えたその本質と教訓は何か!

 第一、ペリーの来航に代表されたとおり、それは当時の世界が歴史的規模の転換期にあり、ヨーロッパはすでに封建的中世から資本主義的近代へと移行していた。それが日本に押し寄せてきたのである。もはや歴史科学の法則から徳川幕府の崩壊は避けられなかった。ここに歴史科学の必然性があり、変革(革命)は歴史時代が要求し、歴史の転換期に発生する。
 第二、歴史科学の必然性は数々の偶然性を通じてのみ実現される。「幕末の諸事件」、「明治維新後の諸事件」を見よ。ここに必然性のための偶然性がある。その最たるものが「安政の大獄」である。旧体制が崩壊するとき、最後の抵抗として血と涙の暴力が執行される。そしてこの偶然性が逆に歴史の必然性を早めていく。そしてこの血と涙の暴力はそのまま歴史の必然性をめざす武器となる。「桜田門外の変」「戊辰戦争」である。歴史の転換は春雨の如く静かなものではなく、宇宙科学の「ビッグバン」そのものである。
 第三、偶然性を必然性に転換させる決定的要素は、それを導く(指導する)英雄(先進分子、指導政党)の存在とその決断と勇気である。そしてまたこのことは歴史科学の法則としてその歴史時代が必ずこれを生み出していく。あらゆる歴史を見よ。歴史科学の法則が見事に立証している。英雄(先進分子、指導政党)は個人的願望を捨て、歴史科学の法則を確信し、歴史科学の法則に副うことによってのみ、すべてを全うすることができることを信じなければならない。

(三)現代の歴史時代が求めているのはコミュニティー・共同体である。間接民主主義の政治である選挙や投票ではなく、人民による直接民主主義たる人民評議会であることを確認しよう。

 ここで改めて、はっきりと、投票とは何かということを考えてみなければならない。選挙と投票に人びとを駆り立てる行動、何が人びとを投票に行かせるのか。それはあくまでも個人の自由主義、自由行動なのである。すべて個人的事情が根底にある。その契機となるものは、あるときは気の向くままであり、そのときの気分であり、風の吹くままであり、付和雷同である。ある人にとっては個人的知り合い、同郷の人、学閥、同好会、宗教心、名誉欲、そして金であり、物品であり、強制である。ここに個人行動と自由主義と無政府主義がある。だから投票というのは、大衆の後れた部分、社会と切り離され、孤立した個人、個人的幻想と錯覚と夢想にもとづく行動であり、ここに愚民性と衆愚性の本質がある。
 真の民主主義とは、自覚された人民大衆の共同の意思、共通の認識、協同行動にもとづく政策の確立と確認、である。人民大衆は、生産点、生活点、つまり労働と生活の中で、互いに協力し、共同し、共通の要求にもとづく運動と闘いの中で、連帯し、交流し、自らのコミュニティーを作り上げていく。ここに真の民主主義がある。その集大成されたものこそ「評議会」である。
 人民大衆は各戦線、各分野毎に、自分たちの意思、自分たちの見解を統一して、それを各分野の評議会へ、そしてそれを結集した全国評議会の意思、決定、確認事項としてまとめる。この評議会の意思と統一した決定として権力に要求する。そして最終的には人民の意思を実行する評議会の権力を打ち立てる。これが直接民主主義である。それはすでに現代の歴史時代に具体的に形成されつつある。
 二月九日付の朝日新聞によると、ヨーロッパ共同体(EU)の経済危機の中で各地に自衛のため地域共同体社会を作る運動が広がっているという。イタリア北部の都市ブラ、フランス南部のトゥールーズ、スペイン北部のサルバテラ、などではアメリカのスーパー、マクドナルドの出店に反対し、「地中海のゆるやかな暮らしは変えなくていい。過剰な消費をやめ、慎み深かった頃に戻るべきだ」「食べ残しを減らそう、過剰な消費を考え直そう」「今の危機は、麻薬に侵されたような成長とスピードばかりを優先してきた資本主義のあえぎだ。正すべきは、それに侵された私たちの生き方だ」という大衆の声を広く呼びかけ、「コンビビア(共同体)運動」を開始、それはヨーロッパの各地、世界一二〇ヶ国に広がっている、という。
 世界中に旧体制崩壊と、新しい世界としてのコミュニティー・共同体が生まれつつある。破壊の中から、新しい建設が始まっているのだ。歴史科学の偉大さを再確認しようではないか。

結語
  • コミュニティーとは何か。人民による人民のための人民の世界とは何か。それは国家、社会、生産活動の運営目的を、最大限の利益と利潤追求のみに注ぐのではなく、すべてを人民の生活と文化水準と社会環境の安心・安全・安定のために注ぐ!
  • 生産第一主義、物質万能主義、拝金主義、弱肉強食の国家と社会ではなく、人間性の豊かさと人間の尊厳と人間としての連帯と共生の国家と社会にする!
  • 金と物がすべてではなく、人間の心と自然の豊かさが第一であり、姿や形だけの美しさではなく、働く人びとの生きる姿と心の美しさが第一であり、一人だけで急いで先に進むのではなく、遅くてもみんなが一緒に進む!
  • 人間は生まれたときから環境の産物であった。環境が変われば人間も変わる。国家と権力が変われば国民は変わる!
  • 人類が最初に、はじめてつくった社会は、原始的ではあったが、そこにはまさに共同と共生と連帯の人間的社会があった。そしていくたの回り道をしたが、その間により大きくなってもとに帰る。つまりより高度に発達した近代的コミュニティ国家と社会へ。ここから本当の人民の社会、人間の社会が生まれ、人類は総力をあげて大宇宙との闘い、新しい闘い、宇宙の開発と開拓の闘いに進軍するだろう!