〈最近の人民戦線の
重要基本文献集









 

現代資本主義の崩壊は必然の道を進んでいる。その先にあるのは新しい時代・現代コミュニティーである!

 新しい年を迎え、人民戦線運動の幹部と活動家の皆さん、人民戦線と共に闘う先進的な皆さん、そしてすべての方々に連帯のごあいさつを申し上げます。

 去る二〇一二年はすべてがわが人民戦線の歴史時代認識の正しさを証明した一年でした。私は「二〇一二年一月アピール」で次のように提起しました。「二〇一二年は歴史的転換をめざす輝かしい年である。歴史はすべての分野で一歩一歩確実に前へ向かって前進していることを確認しよう」と。そして「資本主義は行き詰まり、民族は独立し、国家は自立し、大衆は自覚し、こうして歴史はコミュニティーを目指して前進する。この歴史科学の法則は必然である。歴史を信じて前進しよう」と呼びかけました。この二〇一二年アピールは、みごとにその一年間を通じてこの正しさを立証したのであります。
 すなわち、『二〇一二年、資本主義経済大清算の年になる』(高橋乗宣筑波大学理事長・浜矩子同志社大学教授共著・二〇一一年十一月、東洋経済新報社刊)の予見は正しかった。現代資本主義の崩壊は必然の道を進んでいる。その先にあるのは新しい時代・現代コミュニティーである、と断言できるのであります。
 次の象徴的事実を見ればよくわかります。
 世界経済フォーラム・年次総会(ダボス会議)は、新年早々毎年スイスの観光地ダボスで開催されます。昨年は一月二十五日から二十九日まで世界中の経済学者、経済界の代表、ジャーナリズム、有力な政治家(ドイツのメルケル首相も参加して開幕演説を行った)など延べ二千五百人が参加して開催されました。
 その内容を一言で言えば「資本主義はどこへ!」ということでありました。「資本主義はこれでいいのか」というわけです。結果は、各新聞の見出しを見ればわかるとおりで、「朝日新聞」は「ダボス、資本主義をただす」であり、「日本経済新聞」は「揺れる資本主義、解どこに」「世界覆う危機、焦燥と無策と」であり、結論は出ませんでした。それほどまでに資本主義世界は大混乱に陥っているのであります。
 また、国際通貨基金・世界銀行の年次総会が、昨年十月九日から十四日まで東京で開かれました。各国の財務大臣や中央銀行総裁などが一堂に会する大規模な国際会議で、報道によると参加者は二万人にも達しました。
 その結果について十月十四日付『日本経済新聞』は、社説で次のように書いています。
 「世界経済の失速を回避する決意を新たにしただけで、具体的な対応に進展が見られなかったのは残念である、と。
 このことを裏付けるのが各新聞の見出しであります。ここには危機感と解決策のない焦燥感があふれています。『朝日新聞』は、「成長減速に危機感」「日米欧危機克服の道示せず」「欧州進まぬ構造改革―米国目前に『財政の崖』―新興国好転見えぬ中国」「減速動けぬG7」であり、『読売新聞』は「先進国・新興国 景気策手詰まり感も」「世界経済の減速に懸念高まる」「欧州危機収束道半ば―スペイン支援不透明」であり、『日本経済新聞』は「景気減速、新興国に波及」です。これは毎年新年早々にスイスのダボスで開かれるダボス会議(世界経済フォーラム)の結論と全く同じでありました。「第二のダボス」であります。

一、現代世界のあらゆる事件や出来事、それぞれは別のものではなく、現代世界の資本主義の危機、そこから抜け出るために歴史はコミュニティーを求めている。そういう歴史時代が根底にあってそれぞれの現象を生み出しているのである!

 第二次世界大戦以後の世界を六十年間にわたってリードし、支配し、一極支配を続けてきたアメリカ帝国主義はついに崩壊をして世界は無極化してしまいました。ギリシアから始まった国家財政の破綻、経済危機はヨーロッパ全体に波及しEUの崩壊を早めています。これはどんな対症療法も通用しません。なぜなら資本主義の経済危機の産物であるから解決策はないのです。二〇一一年から始まったアラブの春はいくら選挙をやっても解決策は見当たらず、エジプトに代表されるように混乱は深まるばかりです。十一月に開かれた中国共産党大会は大混乱の中で終わりましたが、毛沢東時代に帰れ、というスローガンの大衆デモは終わることはありません。中国は社会主義を放棄しました。中国共産党はブルジョア政党に堕落してしまいました。だから全世界にあふれている混乱と動揺が中国に発生しているのです。中国の未来は全世界の資本主義の運命と同じ道を進む以外にありません。すべては人民大衆の怒りと不満と闘いが根底にあるのです。
 大衆の要求と歴史の要求は何でしょうか。低賃金、失業と貧困、貧富の格差拡大、社会の分裂と抗争、これが経済上の問題であります。政治上の問題は権力の腐敗と堕落、汚職、政治の無力、政府への不信、これは全世界に共通する問題であります。
 結論は何か。全世界に共通する本質は、独占資本主義と官僚支配による大衆収奪であり、格差社会の根本原因はあげてここにあります。ブルジョア権力(独占と官僚支配)は一貫して自らの欲望(大衆収奪による自己資産の増大)を追求します。そして財政不足は税金という名で大衆収奪していくのが権力の本質であります。日本も世界も、ここにすべての問題があるのです。
 これが現代の歴史時代であります。

二、現代の歴史時代が要求しているのは小手先や対症療法ではなく、本格的な変革、転換、革命なのであり、歴史科学の法則にもとづく解決しかない!

 あらゆる問題の根本は国家と権力の問題であり、すべては権力闘争であります。政治運動と政治問題、あらゆる社会問題と諸現象の根本は、結局は国家と権力の問題に行き当たります。つまり、国家と権力の性質、性格。それを誰が支配し、何のために行使しているのか、というこの本質が一切を決定するのです。すべての運動と闘いは、結局は権力をめぐる争奪戦なのであります。
 資本主義の最高の段階、独占資本主義国家の政治上の権力は独占資本(財界)とその政党(保守政党)と官僚組織(官僚支配)の三結合、つまり政・官・財の癒着した支配体制であります。彼らの権力支配の目的は一貫して、尽きることなきその本能的欲望たる最大限の利潤(最高の利益)追求が第一であり、生産至上主義、物質万能主義、拝金主義であります。そのための手段が、人間欲望の自由放任であり、自由競争という名の市場原理主義であり、それはまさに弱肉強食の世界であり、生殺与奪の世界であり、貧富の格差拡大の世界であります。そこから人間性そう失、人格否定、あらゆる種類の犯罪社会の出現であります。戦争と内乱、暴力とテロ、汚職と買収、腐敗と堕落もすべてはこのような国家と社会と権力が生み出す必然の産物なのです。すべての根源は実に国家と権力の問題なのであります。
 もう一度、われわれは歴史科学について結論付たい。
 人類の歴史は原始時代―奴隷制時代―封建制時代―資本主義時代へ、そして現代独占資本と帝国主義の時代に登りつめました。資本主義の頂点に達した現代、らん熟し、腐敗し、堕落してしまった現代、その権力はもはや統治能力を失ってしまいました。もはや老いてしまったのであります。
 こうして現代、地球上最後の帝国、アメリカ帝国主義の崩壊と、新しい世界の出現に向かって爆発し、収れんされつつあるのです。今後は、それぞれの国家は自立し、民族は独立し、大衆は自覚し、こうして最終的には、人民の人民による人民のための世界、つまりは近代コミュニティーへと収れんされるのであります。

三、世界史の未来はコミュニティー・共同体以外にない。この新しい時代はすでにヨーロッパから芽が生まれつつある。この芽はやがて二十一世紀の世界を支配するであろう!

 二〇〇一二年二月九日付の朝日新聞によると、ヨーロッパ共同体(EU)の経済危機の中で各地に自衛のため地域共同体社会を作る運動が広がっているということです。イタリア北部の都市ブラ、フランス南部のトゥールーズ、スペイン北部のサルバテラ、などではアメリカのスーパー、マクドナルドの出店に反対し、「地中海のゆるやかな暮らしは変えなくていい。過剰な消費をやめ、慎み深かった頃に戻るべきだ」「食べ残しを減らそう、過剰な消費を考え直そう」「今の危機は、麻薬に侵されたような成長とスピードばかりを優先してきた資本主義のあえぎだ。正すべきは、それに侵された私たちの生き方だ」という大衆の声を広く呼びかけ、「コンビビア(共同体)運動」を開始、それはヨーロッパの各地、世界一二〇ヶ国(一五〇〇支部)に広がっている、ということです。
 世界中に旧体制崩壊と、新しい世界としてのコミュニティー・共同体が生まれつつあるのです。破壊の中から、新しい建設が始まっているのです。歴史科学の偉大さを再確認しようではありませんか。
 また、最近ローマ在住だった新聞記者(毎日新聞)が、『資本主義の「終わりの始まり」ギリシャ、イタリアで起きていること』(藤原章生・著)と題する本を出版しました(新潮選書)。これが一部の人々の間で「刺激的だ」と評判になっています。われわれは、こういう本が出版され、人々に刺激を与えているということの中に現代の歴史時代があると考えます。なぜならこの記者はヨーロッパを取材して回った結果、大事なことは、EUの危機は資本主義の危機だ、ということを強調しています。さらに重要なことは、資本主義の危機の先に何があるのか、ということについて、人と人とのふれあいの社会しかない、ということを強調しています。著者の言わんとしていることは、コミュニティー社会しかないということを言っているのです。これはわれわれの主張と一致しています。ここで改めて結論を申し上げたい。
 人類の歴史は原始時代―奴隷制時代―封建制時代―資本主義時代へ、そして現代独占資本と帝国主義の時代に登りつめました。資本主義の頂点に達した現代、らん熟し、腐敗し、堕落してしまった現代、その権力はもはや統治能力を失ってしまいました。もはや老いてしまったのであります。
 歴史の到達点はコミュニティーであります。人類が最初に作り出した原始共同体社会は、より発展し、前進し、より高度になって元に帰っていく。階級なき共同体、自覚し、認識し、確認しあった共通の意志にもとづく直接的な民主主義としての評議会を通じて、生産も、分配も、統治も、すべては共同体の中で執行されるのです。人類最初の社会はそうだったのです。これはすべてわが『人民戦線綱領!』が示しているとおりであります。
 コミュニティー社会では階級支配は基本的には消滅します。共同体社会であるかぎり、そこには人民大衆、ただ一つの階級社会であります。人民の人民による人民のための社会です。故にこのような社会(存在)が、そのような存在(環境)がそれにふさわしい人間を作り出していくのです。環境が人間を作り出します。新しい時代と新しい社会と新しい環境が新しい型の人間を生み出すのです。こうして人類の前史は終わり、人類社会は新たな闘いに向かって前進するのです。それは全宇宙との闘い、宇宙の開拓と開発の闘いであります。

結語

 人類とその社会は永遠の過去から永遠の未来に向かって運動し、発展し、爆発し、収れんされつつ前進していきます。そのエネルギーは人間の生きる力であり、その物質的表現としての生産力であります。
 生産力の発展がその度合いに応じて生産関係としての人類社会(国家)を作り出していきました。それは最初の原始共同体、次の奴隷制、封建制、資本主義制、そして社会主義へと一貫して生産力の発展が生産関係(国家)を変化させていったのです。これからもそうなります。
 人類の歴史を見ればわかるとおり、一つの支配権力、一つの国家形態が永遠であったことは一度もありません。。歴史は常に運動し、変化し、発展し、転換して次々と新しい時代を作り出していきました。そして歴史を見ればわかるとおり、変化は静かで一直線ではありません。爆発と収れんは歴史法則であります。歴史は必然を持って前を目指しますが、その過程では常に偶然が伴います。偶然は必然のための産物であり、偶然は必然のための糧であります。そして必然の世界とは人民の人民による人民のための世界であり、より高度に発展したコミュニティー社会であります。歴史は到達すべきところに必ず到達するのです。