〈最近の人民戦線の
重要基本文献集









 

日朝両国の「拉致問題」は両国に今もつづく戦争状態が生み出したものであり、日中関係と同様に国交回復による戦争状態の終結が解決の道である!

 北朝鮮は二月十二日、三回目の地下核実験を成功裏に実施した。日米韓などは一斉に非難し、日本政府は独自の追加制裁を決めた。北朝鮮は「二次、三次の対応」を警告しており、朝鮮半島をめぐる緊張がさらに高まる恐れがある。
 各新聞は大々的にこの問題を取り上げ、次のように報じている。朝日新聞は二月十三日、「北朝鮮が核実験」「爆発規模過去最大か」「小型化に成功」という見出しで、〔朝鮮中央通信は今回の核実験について「これまでより爆発力が大きく、小型化、軽量化した原子爆弾を使った」とし、実験の目的については「我が国の平和的な衛星打ち上げを、乱暴にも侵害した米国の敵対行為に対する対応措置の一環」とした。
 今回の実験を通じて核爆発の小型化への道筋がつけば、北朝鮮は日本や韓国を射程に収めるミサイルを多数保有しており、周辺国にとっての脅威は一気に高まる。
 北朝鮮外務省の報道官は12日の談話で「米国があくまで敵対的に出るなら、より強い2次、3次の対応で連続措置を取らざるを得なくなる」とし、北朝鮮が今後、追加の核実験や長距離弾道ミサイルの発射、核弾頭の「実戦配備宣言」などに踏み切る可能性があるとの見方を示した〕(二月十三日付)と。
 産経新聞は二月十四日付で次のように報じている。〔オバマ米大統領は2月12日の一般教書演説で、北朝鮮の核実験には「断固たる行動」を取ると強調したものの、具体的には踏み込まなかった。ブッシュ前大統領が北朝鮮を「悪の中枢」と呼んだ2002年の一般教書演説から11年。この間、北朝鮮の挑発で対北直接交渉を再開しては、新たな挑発によって頓挫するという堂々巡り≠ナ、結局、北朝鮮の核開発ばかりが進行するジレンマに陥っている。
 オバマ大統領をはじめ国際社会は、新機軸を打ち出すための有効なカードに乏しく、手詰まり感が漂う〕と。
 また、二月十九日付読売新聞は、「中国 対北圧力に反発」「核実験 米韓日の失敗」という見出しで次のように報じた。〔中国は、北朝鮮を非難しつつも、米国の強硬姿勢が事態悪化を招いたと強調。中国の国益にかなう形での朝鮮半島の安定維持のため、今後焦点となる国連安全保障理事会の制裁決議でも、米韓日とは一線を画する姿勢を鮮明にし始めた。
 「北朝鮮の核実験は米国に向けられたものだ。米国と韓国、日本の政策の失敗であり、反省すべきだ」
 中国各紙は17日付で「北朝鮮の核実験、根源はどこにあるか」と題した国営新華社通信の記事を掲載。「制裁や高圧的政策では北朝鮮を押さえられないことを証明した」と主張し、協議による事態打開を訴えた。中国は今回、新華社の記事を通じ、米韓日が主導する対北制裁には乗らない立場を明確にした形だ。
 中国には今回制裁の度合いを最低レベルに押さえておきたい思惑もありそうだ。「中国は北朝鮮の友人である。米韓日と連携し、海上や陸上から北朝鮮を封鎖することはない。北朝鮮の政権を脅かす安保理決議の内容にも反対」とクギを刺している〕と。
 以上の通り、これはまさしく現代資本主義の危機である。アメリカも、中国も有効な手立てが全くないのである。中国は、強い制裁に反対である。なぜなら、北朝鮮は、遠い国アメリカと違って、隣国であり、北朝鮮が破綻すれば難民がなだれ込む。これは中国に取っては避けたいことである。さらに、対米関係では格好の「防波堤」であり、本音は、北朝鮮があまり暴走せず、存続し続けるのが一番いいのである。アメリカは今や中国抜きには何もできない。EUへの影響力も、「アラブの春」への指導力も全くない。EUは自分の内部が崩壊寸前の危機にあり、それどころではない。中東やアラブは反米である。もはやアメリカには為す術がないのが現実である。アメリカ帝国主義の威信は地に落ちてしまった。二月十二日、オバマ大統領が二期目最初の「一般教書演説」で強調したとおり、アメリカは内政に腐心しており、外交・対テロの軍事行動は後方に追いやられた。ケリー国務長官も「課題は内政」だと明言している。アメリカ帝国主義の崩壊は歴史科学の必然であり、かつての一極支配は終わったのである。
 アメリカが何を言おうが、国連で何を決めようが、北朝鮮はそれを見越して平気で強気の挑発を繰り返す。ここに、現代資本主義の危機がある。
 結局、北朝鮮の核実験はアメリカ帝国主義と、現代資本主義への反乱であり、反抗であり、世界で吹き荒れている反米・反資本主義闘争の一つである。
 イスラム原理主義の武装組織の現状はどうか。その元となったアルカイダは一九八八年頃サウジアラビア人のビン・ラディンによって結成された。はじめはソ連の支配に反対し、ソ連追放後は反米に転じた。ビン・ラディンは二〇〇一年九月に発生したアメリカ・マンハッタンなどの同時多発テロ事件の首謀者である。
 このアルカイダと連携したもう一つのイスラム原理主義の反米武装組織がタリバンである。タリバンはアフガニスタンを中心に、一九九六年にはアフガニスタン全土を支配した。チュニジアから始まって次々に独裁政権が倒された「アラブの春」の事件にも深く関わっている。
 二〇一一年五月にアメリカの特殊部隊によってビン・ラディンが殺害された。イスラム原理主義のリーダーが殺害され、指導者を失った組織はバラバラになったが、イスラム原理主義の思想は残り、むしろ拡散して多様化した。資金源を失い、資金獲得を目的としたテロが増える。それが今、中東から北アフリカ、欧米、東アジアにまで広がっている。今年の一月に日本の企業「日揮」のガス関連施設が襲撃され、日本人一〇人を含む大勢の人が犠牲になったアルジェリアのテロ事件も、結局カネ目当てのテロ事件であり、アルジェリアの政府は人質もろとも皆殺しにした。しかしリーダーは逃げており、いつかどこかでまたテロ事件を企てる。テロはなくなるどころか、むしろ、反米、反旧体制、反資本主義の闘いは次々と世界中に広がっているのである。
 北朝鮮の核実験は、それらの中の一つである。すべては関連しており、現代の歴史時代が生み出したものに他ならない。
 北朝鮮問題を論ずるとき、今ひとつ忘れてならないことは、韓国を含めた朝鮮民族に歴史的なものとして形成された特殊な民族主義としての「恨(はん)」という国民感情のことである。このことについて宗教学者の山折哲雄氏が二〇一二年九月十六日付の日本経済新聞にくわしく書いている。山折氏がここで明らかにしているのはつぎのことである。「恨」とは怨みではない。怨みは憤怒であり、恨は悲しみだ。怨みは火のように燃えるが、恨は雪のように積もるだけである。自分ではどうしようもない悲しみだ。長い歴史で常に受けてきた外国からの侵略、強制連行、家族離散、独裁政治、家父長制による抑圧、貧しさ。雪のように降り積もり、しかも消えない悲しみ。この悲しみに満ちた恨は、歌や踊りでしか晴らせない。あの「ありらんの歌」にはこの恨がこめられている。
 しかしこの国民感情は、いつかは、どこかで、何かの切っ掛けで爆発せざるを得ない。この恨の爆発が「核爆発」でもある。民族を支配し、収奪した、独占資本と帝国主義の国々は己の罪を知り、それを償うためにあらゆる手を尽くすべきであろう。
 実際、新しく韓国大統領となった朴槿恵氏の就任式が二月二十五日に開催されたが、ここでも「ありらんの歌」が大合唱となった。これを見てもそのことはよくわかる。

第一、朝鮮民族の歴史問題を見つめてみよう。現在の出来事は歴史の遺産であり、「恨(はん)」を生み出したものもそこに根本原因がある。

 朝鮮の歴史をみればよくわかる。未開の状態にあった石器時代から、一九四五年の第二次世界大戦が終って日本軍国主義の支配から解放されて独立するまで、いつの時代も、常に、外国の大国による侵入と、支配と収奪に翻弄される運命を余儀なくされた。特に国境を接する隣国の中国とロシア、朝鮮海峡を隔てた日本は繰り返し繰り返し朝鮮を支配し、植民地として朝鮮を隷属させてきた。さらにイギリス、ドイツ、アメリカも介入した。
 特に忘れてならない問題は、一八九四年ー九五年に行われた日清戦争も朝鮮の支配をめぐる日本と清国との戦争であったし、日本が清を追い出して親日政権を樹立したことに反対してロシア、フランス、ドイツが攻め込んで三国干渉をおこない日本が敗退したが、巻き返しを図った日本は、イギリスと同盟を組んで日露戦争(一九〇四―五年)に突入した。この戦争に勝った日本は朝鮮への政治的、経済的、軍事的支配を強化し、一九一〇年ついに日韓併合によって名実共に植民地支配を実現した。日本軍国主義の抑圧と隷属のもと朝鮮民族は政治的、経済的、社会的、文化的、一切の自由と権利が奪われ過酷な運命に追いやられたのであった。
 一九四五年八月十五日反ファシズム解放戦争としての第二次世界大戦が終わり、日本軍国主義が敗北したことによって、朝鮮民族はやっと日本の植民地支配から解放された。しかし、戦後ただちに朝鮮に進駐した米ソが三八度線を境に対立。一九四八年にアメリカが支援をした南朝鮮は大韓民国として独立。ソ連が支援をした北朝鮮は朝鮮民主主義人民共和国として独立した。その後祖国の統一をめぐって対立が続き、一九五〇年ついに朝鮮戦争が勃発。一九五三年に休戦が成立したもののアメリカ軍はそのまま韓国に残り、現在も南北朝鮮の戦争状態は終結していない。日本と朝鮮の関係では、日本は韓国との間で一九六五年に国交正常化を実現したが、北朝鮮との間では未だ国交は回復していない。すなわち日本との間で戦争状態は終っていないのだ。
 ここに「恨」の根源があり、日本の拉致問題もここに原因があるのだ。

第二、現在日朝間の問題となっているいわゆる拉致事件は、日朝両国の戦争状態が引き起こした事件である。まず戦争状態を終結させよ。ここに問題解決の糸口がある。

 先に明らかにしたとおり、いわゆる拉致事件の根底には現代の戦争、そして日朝間の戦争状態があるのである。国際法上この戦争は休戦となっている。休戦ということはいつまた戦争がはじまってもおかしくない状態である。戦闘行為は行っていないが戦争は終っていないのだ。これを抜きにこの問題だけを切り離して解決することなど、到底できないことである。
 政府も、各政党も、この問題に関わる人々も、そしてマスコミや言論界も、誰もこの問題に正面から言及していない。みな平時の出来事のごとく錯覚している。
 戦争状態なら何があっても不思議ではなく、ごく当たり前のことである。日本は戦争中、中国や朝鮮に対して一体何をしたのか。よもや忘れたわけではないだろう。日本が朝鮮を植民地支配していた当時の拉致はこの比ではない。日清戦争から日露戦争、第二次世界大戦を通じて行った朝鮮人強制連行は日本の国策としてやられたが、この数は一般的には百五十万人といわれている。さらに北朝鮮側は朝鮮内部での強制労働も含めると八百五十万人にも上るといっている。強制労働、民族差別、虐待と貧困の中で多くの犠牲者が出た。虐殺事件も数多くあった。多くの女性が従軍慰安婦として駆り立てられ、筆舌に尽くしがたい虐待を受け、辱められた。北朝鮮が悪い、拉致が悪い、というなら一番悪いのは日本の国家と権力である。当時の日本帝国主義と軍国主義は最大限の利潤追求を国内ばかりでなく他民族の支配、アジアへの進出、侵略という欲望のために戦争を起こしたのである。
 朝鮮民族の心の中には日本の国家と権力の非道な仕打ちに対する怒り、憎しみ、怨念、憎悪が消すに消せない深い不信感となって生き続けているのだ。戦争を起こしたのは一体誰なのか。独占と帝国主義の国家と権力ではないか。戦後足掛け七〇年近くも経ってまだ、かくも多くの血涙を流させているのは誰か。日本独占とその政府ではないか。
 しかも、いわゆる拉致事件が集中的に発生した一九七八年当時は南北の緊張がもっとも高まっていた。韓国の謀略機関「北派工作員」が潜入して北の人間を拉致したり政権転覆の工作をしていた時期である。
 だから、いわゆる拉致問題を含む北朝鮮との諸問題を本当に解決しようと思えば、日本の国家と政府はこのような事実をまず認めなければならない。決して昔のことではないのだ。そして過去において行った非道の数々を清算しなければならない。その上で日朝の国交を回復し、両国間の平和友好条約を締結し、双方に大使館を設立し、懸案事項を解決することである。すべてはここから始まるのである。この認識をしっかり踏まえなければならない。

第三、解決の道は、国交正常化と平和友好条約の締結から始めよ。歴史の事実が教えた日中国交正常化の道に学べ。

 日中国交正常化は、一九七二年にアメリカのニクソン大統領が訪中し、朝鮮戦争以来の米中対決に終止符を打った。これに続いて日本国内でも日中国交樹立への動きが加速した。一九七二年九月、世論の高まりのなか日中国交正常化を公約に田中角栄が自民党総裁となり、新しく首相となった田中角栄と大平外相が共に中国を訪れ、毛沢東主席や周恩来首相と会見。日本は中華人民共和国を承認して外交関係を結んだ。日中国交正常化に際しては共同声明が発表され、このなかで日本側は「戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する」と謝罪した。中国側は「日本に対する戦争賠償の放棄」を宣言した。
 日中平和友好条約は一九七八年八月北京において両国の外相が調印し、十月にケ小平副主席の来日により批准手続きが完了して発行された。この条約は前文と五か条からなり、その第一条では、両国間の関係は平和五原則を基礎に、国連憲章に基づく武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認し、さらに第二条では、両国は、アジア太平洋のみならずいずれの地域においても覇権を求めず、覇権を確立しようとするいかなる国の試みにも反対することを表明した。第三条では、経済、文化関係の促進について規定。第四条には、この条約は第三国との関係に関する各締結国の立場に影響を与えるものではない、とする第三国条項を盛り込んだ。これによって中国は中ソ同盟条約を破棄した。
 そしてお互いの国に大使館を開設して、人事往来、経済協力、文化交流などを活発に推進している。また、一九七九年から始まった日本の対中円借款(ODA―政府開発援助)は第四次の一九九九年度と二〇〇〇年度には総額で三千九百億円にのぼったが、中国の経済復興に日本は大いに協力している。
 また、戦争中に中国に残してきた中国残留日本人孤児の問題も、双方の政府の協力により、中国側は該当者の申請を受け付け、調査し、審査して日本に紹介し、日本がそれにもとづいて肉親を探し、一致すれば日本に呼んで面会をさせ、今後の生活をどうするかはそれぞれの情勢と条件に応じて決定している。もちろんその内容についてはいろいろあるが、お互いの政府間では解決していることである。
 北朝鮮との問題、いわゆる拉致問題も、すでに前例を打ち立てている日中間の処理にしたがって歴史的、法律的に解決することである。
 この点では北朝鮮に対するアメリカ帝国主義の戦争挑発や侵略政策に日本は決して加担しないことである。アメリカの干渉と関係に左右されず、まず焦眉の北朝鮮との国交正常化をはかること。そして日朝平和友好条約を結び、実務問題を解決することである。日本の国家と政府がアメリカの侵略政策に加担し、隷属するから問題が複雑になりこじれるのである。
 同時に北朝鮮も、アメリカ帝国主義とは関係なく、日本との二国間関係をまず正しく解決することである。小手先ではなく、まず根本問題を解決することである。

結語

 第一に、いわゆる拉致問題を闘うすべての幹部と活動家、被害者と家族会、拉致議連、そしてこれを支援するすべての人々が何よりも政府に対して次の要求を掲げてその実現を迫ることである。
 北朝鮮との戦争状態を終結させよ。両国間の平和友好条約を締結せよ。人事往来、経済交流、文化交流の自由活発化を実現せよ。いわゆる拉致問題の全面的解決を実現せよ。
 第二に、いわゆる拉致問題を、日本人民が闘うすべての生活と権利、自由と民主主義、人間の尊厳と人間性の擁護をめざす闘いと運動として位置付け、共闘し、連帯し、統一していくこと。
 第三に、この世界に独占と帝国主義の国家と権力が存在する限り戦争はなくならないし、本当の平和は実現しない。人民にとって本当の安全と安定と平和を実現するのは人民による、人民のための、人民の国家と世界だけである。闘いと運動を通じて人民闘争、人民戦線、人民権力を構築することである。
 以上