〈最近の人民戦線の
重要基本文献集









そしてアメリカ帝国主義の一極世界支配の終えん、金融独占支配からコミュニティー社会への転換という、歴史の必然性が生み出した偶然性として認識せよ!

 シリアはアラブの国である。そのシリアは、フランスの植民地であったが、第二次世界大戦後、一九四六年四月に共和国として独立国家となった。しかし国家は安定せず、混乱状況が長く続いていた。こうした時代、当時のアサド大統領(現アサド大統領の父)は一九七〇年、軍事クーデターで権力を掌握、それから四十年余にわたる長期独裁政権が続いていた。
 二〇一一年、「アラブの春」がやって来た。チュニジア、リビア、イエメン、そして大国・エジプトへと続く長期独裁政権打倒の嵐はシリアにも拡大、政権は崩壊するかと思われた。しかしアサド政権は強権を発動、昔から関係のあったロシアの軍事的支援を得て、徹底的な弾圧を強行、何とか崩壊を免れたものの内戦状態となった。
 アメリカのオバマ大統領は中東支配や、ロシアとの対抗上、隙あらばシリアへの軍事介入の時期をはかっていた。そこへ化学兵器の使用が判明した。オバマ大統領は、ここがチャンスとみて、「アサド政権は一線を越えた」として、軍事介入を公言したのである。
 シリアは隣国イスラエルの軍事力に対抗するため、一九八〇年代に化学兵器を生産する能力を持ち始め、マスタードガスやVX、サリンなどを持つ世界有数の化学兵器保有国といわれる。射程が最長五〇〇`bのスカッドミサイルをはじめ、遠隔地に撃ち込む能力もある。
 人間や動物に対して毒性の高い化学物質を使った兵器は一般市民にも被害が出るため人道的見地から国際社会では条約で開発・保有を禁じている。化学兵器は口や皮膚から吸収され、人体に深刻な損害を与える大量破壊兵器で、開発費の安さから「貧者の核兵器」とも呼ばれる。シリアでは八月二十一日に使用されたとされ、これをきっかけにアメリカ政府が軍事介入に動き出した。一四〇〇人以上が死亡したと言われる。
 二〇一三年六月、アメリカ政府は「アサド政権が化学兵器を使用した」と発表。八月、オバマ大統領が限定的な軍事行動に踏み切る意向を表明。議会に武力行使の承認を求める。
 ケリー国務長官やマケイン上院議員ら外交の専門家たちは、シリアに軍事介入しなければ米国の威信は失墜すると警告する。今回行動しなければ、核開発を進めるイランや北朝鮮にも誤ったメッセージを与えかねない。軍事介入は限定的でイラク戦争とは違うと主張した。
 しかし、オバマ大統領は軍事介入を「決断」したがやれなかった。国際的な支持は得られず、アメリカは世界から孤立したのである。ロシアのサンクトペテルブルクで開かれた主要20カ国・地域(G20)でも多数を得られなかった。アメリカ国内でもシリアに手出しするな、との強い反対にあった。アメリカは国の内外で孤立し、少数派となったのである。ここにアメリカ帝国主義の崩壊とアメリカ一極支配の破綻がある。
 新聞はさかんに、オバマが悪いとか、オバマの外交政策が失敗したなどと書き立てた。これが非科学的な歴史観なのだ。G20での軍事介入反対、空爆に反対する国際世論、そしてアメリカ国内の厭戦気分やシリアに手出しするな、という世論≠ヘ歴史が作り上げたのである。歴史がアメリカの一極支配を拒否したのである。アメリカはシリアから去れ、シリアに手出しするな、との声は、こうした歴史時代に応えたものである。アメリカ帝国主義の一極支配は、現代の歴史時代、歴史の流れ、という歴史科学によって破綻したのである。ここに事の本質があり、歴史の叫びがあった。歴史が世論≠作り出し、その世論≠ェ歴史に応えたのである。ここに哲学原理があり、すべてを科学的歴史観で見つめよ、ということである。すべては歴史時代の産物であり、その表れである。

(一)この問題の事実経過をまず確認しよう。この事実の中に歴史科学の必然性、その法則が見事に証明されている。

 ロシアのサンクトペテルブルクで開かれていた主要20カ国・地域(G20)首脳会議は九月六日、シリアへの軍事介入をめざすアメリカと、反対するロシアが鋭く対立し、G20各国の賛否も二分し、物別れに終わった。そしてプーチン大統領の意向で、参加首脳らが夕食を交えながらシリア情勢について意見交換、化学兵器の使用については、シリアへの武力行使を認める国と反対する国が真っ二つに分かれた。夕食会ではオバマ大統領らが限定的(空爆)な軍事介入の必要性を説き、プーチン大統領らが反対を表明した。オバマ大統領は武力行使の議会承認を得るためにも幅広い国々の賛同を得ようと必死の多数派工作をしたが、国際社会に反発され、反対が根強いことがますます浮き彫りになった。
 アメリカのケリー国務長官とロシアのラブロフ外相は十四日、ジュネーブで会談し、シリアが保有する化学兵器を外交的な手段で廃棄させることで合意した。合意内容を確実に履行させるため、国連安全保障理事会の決議を早期に採決することでも一致。シリアの化学兵器破棄が「実現」に向けて動き出したことで、アメリカによるシリアへの武力行使は当面回避される見通しとなった。
 土壇場で米ロが合意した背景には、お互いに妥協して武力行使を避けた方が得策だとの判断があった。世論の強い反対で、オバマ大統領が求めた議会の承認を得られるめどが立たない中では、ロシア側の提案は「渡りに船」という側面があった。だが、これはオバマ政権が当初から想定した結果ではなかった。目立ったのは、むしろアメリカの迷走ぶりだった。
 イラクとアフガニスタンでの二つの戦争を「終わらせる」と訴えて大統領に当選したオバマ大統領は、中東で紛争の泥沼に再びはまり込まないよう、シリア内戦に距離を置いた。アメリカでは、イラク・アフガンと続く戦争への嫌気と経済の低迷で国民の関心があまり国外に向かわなくなった。この「内向き思考」が、軍事介入に慎重な世論や米議会の姿勢の背景にある。そんなアメリカの姿は、第二次世界大戦後の世界秩序を主導してきた大国の「疲れ」を強烈に印象づけるものとなった。
 そして結局は国連に持ち込まれた。オバマ大統領は九月二十七日、シリアの化学兵器破棄問題についての国連安全保障理事会の決議は「国際社会の勝利であり、外交上の勝利である」とワシントンで記者団に語ったが、それはむしろ逆で、アメリカの敗北であり、アメリカ帝国主義の機能の喪失であり、その破綻ぶりを天下に晒すものとなったのである。新聞もまたオバマ大統領の外交上の問題として扱っている。事の本質を外交上の問題にすり替えてはならない。外交は内政の反映である、とは哲学原理であり、内因論である。すべては内因としての帝国主義的崩壊と喪失にある。つまりアメリカ帝国主義の一極支配は崩壊、帝国主義的求心力を失ったのである。歴史科学の必然性がある。

(二)問題の本質はオバマの対外政策の敗北ではなく、それはアメリカ帝国主義の支柱たる「産軍複合体」(アイゼンハワー)の敗北であり、歴史がアメリカ帝国主義の支柱を否定したということである。

 二〇一三年九月五日付の日本経済新聞にニューヨーク支局の西村博之記者の注目すべきレポートが載っている。「シリア攻撃論はなぜ勢いづいたのか。十月に米債務上限問題は佳境を迎える。米軍需産業が絶好のアピールの機会とみて動いた。アサド政権の化学兵器使用の疑惑を受け、攻め時とみた軍需産業が米政府や議会に直接、間接に介入の必要性を説いて回った。三月からの予算の強制削減で需要が大きく減った軍需産業にとっては一段の削減を避け、シリア介入でその一部でも取り戻したい意向であった。航空・防衛関連株の指数は米シリア介入の圧力が高まった五月から上げが加速し、年初からの上昇は26%と市場全体のほぼ倍に達する」と。
 アイゼンハワー元大統領、アメリカ合衆国第三十四代大統領で、第二次世界大戦の英雄・ヨーロッパ戦線連合軍最高司令官・NATO軍最高司令官・元帥であった彼は、大統領を辞任するときあの有名な「軍産複合体の危険性を警告した告別演説」を行った。
 一九六一年一月十七日、任期を終えたその辞任演説でつぎのように述べた。
 「巨大な軍事機構と巨大な軍需産業との結合は、アメリカがかつて経験しなかったものである。その全面的な影響力、経済的、政治的、さらには精神的な影響力までもが、あらゆる都市に、あらゆる州政府に、連邦政府のあらゆる部局で感じられる。…私たちは軍産複合体≠ェ意識的にであれ、無意識的であれ、不当な影響力を行使しないようガードしなければならない。見当はずれな力の悲劇的な台頭の可能性は、現に存在し、これからも存在し続けるであろう。この複合体の重圧によって我々の自由や民主的プロセスが危うくなることを、絶対に許してはならない。そういう重圧を軽視することがあってはならない」と。
 これは次の大統領に就任する若きケネディ大統領への重い警告であった。そしてケネディは警告どおりその「軍産複合体」によって暗殺されたのである。
 この問題の歴史時代と歴史科学は何であったか。ケネディは当時泥沼に入っていたベトナム戦争からの撤退を模索しはじめており、あわせて対ソ融和政策を進めようとしていた。ソ連ではフルシチョフによる「スターリン批判」で社会主義は放棄されていた。米・ソ和解の波が高まっていた。だがアメリカの軍産複合体は自己の利害関係からこれを望まず、自己の権益を守るためにはケネディを消す以外にはなかった。歴史的事実が証明しているとおり、ケネディの後を継いだジョンソンは、軍産複合体の要求どおり、ベトナム戦争への本格的介入を開始、対ソ強硬路線へと舵を切り、世界的規模にわたる軍備配置を展開したのである。アイゼンハワーの警告は立証され、ケネディ暗殺の真相は明確になった。すべては歴史時代と歴史科学が解明させていく。
 ニューヨークからの西村記者のレポートが証明するとおり、オバマ大統領のシリアへの軍事介入の背景にはアメリカ帝国主義の支柱であった産軍複合体の意向がはっきりと存在したのである。この度、その産軍複合体の要求は歴史によって完全に否定されたのである。
 二〇一三年九月十八日付朝日新聞は「記者有論」の中でアメリカ総局の大島隆記者は次のように伝えている。〔今回、米国内から聞こえてきたのは、「なぜ我々がすべての面倒をみないといけないのか」という逆の悲鳴だ。CNNの世論調査では「世界の警察官を務めるべきではない」という声が八割近くを占めた。
 アフガニスタン、イラクと一〇年以上続く戦争への疲れに加え、自らの生活を維持することすら厳しい人びとに芽生える「新しい孤立主義」は、外国人とはいえ、米国での生活が長くなった私にも、はっきりとした変化として感じられる。
 米情報機関が昨年公表した未来予測「世界潮流2030」は、「米国が支配的地位にあるパックス・アメリカーナは幕を閉じつつある」と結論づけた。私たちが今回目の当たりにしたのは、混とんとした「警察官がいない世界」の秩序かもしれないのだ〕と。
 まさに世界は混とんとし、無極状態となり、破壊の中から、新しい時代が到来するのである。つまりアメリカ帝国主義の崩壊、現代資本主義の終えん、そしてコミュニティー共同体へ。混とんと、混乱、世界の無極状態を経て、歴史科学に従って、歴史はその到達点へと転換する。まじめな人びと、先進的な人びとは自覚しつつあり、はっきりとその先を見つめつつある。すべては歴史科学の法則である。

(三)すべての現象の中に、歴史科学にもとづく必然の法則が貫かれている。歴史科学の必然性をはっきりと確認せよ。

 科学法則、社会科学、歴史科学の法則とは何か。それは「生産力の発展が生産関係を規定していく」という基本法則のことである。この法則にもとづいて人類の歴史は一貫して進んできた。そして人類社会は十九世紀末に資本主義の最高、最後の段階としての独占資本と帝国主義の時代に到達した。帝国主義とは独占資本であり、他民族への侵略と支配と収奪であり、その手段としての帝国主義戦争である。故に帝国主義とはまさに戦争と暴力・略奪と虐殺・支配と収奪マシンであり、凶暴な階級支配であり、歴史上最悪にして最後の悪である。
 ▼人類が出現して共同生活を始めた当初は、生産力はなく、従ってそこには共同と協力と連帯という原始的共同体、古代コミュニティーが存在しており、もちろん権力も国家もなく、戦争もなかった。
 ▼人類は農耕を覚え、そこから生産力が生まれ、発達した。それ(生産力)が必然的に新しい生産関係(人間関係の変化、余剰生産物・財産と富をめぐる対立と抗争の階級関係、権力と国家)を生み出した。人類史上最初の国家はすべてを支配する奴隷所有者(貴族)と、すべてを支配された奴隷という、奴隷制国家であった。
 ▼農耕、農業の生産力の発展は、土地開発と農地の拡大を求め、道具と機械の発達は意欲的、習熟的労働を求めた。こうして生産力の発達が奴隷労働ではなく、人間的労働に転換させ、社会制度、国家形態としての封建制(農奴)への移行を促した。ここにも生産力の発展とその度合いが生産関係を規定するという歴史科学の証明がある。
 ▼生産力の発展に伴う余剰生産物は私有財産となり、それは必然的に商品経済の土台となった。つまり、余剰生産物の占有者は交換を求め、交換経済は商品経済となり、交換の拡大はその流通手段としての貨幣を生み出し貨幣経済を出現させた。それは必然的に貨幣の所有者、商人、ブルジョアジーが経済の支配者となり、労働力も商品化し、近代資本主義の世界を出現させた。
 ▼十八世紀、近代資本主義はイギリスの産業革命によって独占と帝国主義に到達した。
 ▼十九世紀末、世界は帝国主義の時代に至った。それは最大限の利潤追求のための戦争と暴力、虐殺と略奪、支配と収奪であり、その原型こそイギリスが起こしたボーア戦争であった。
 こうして世界植民地支配と再分割の戦争、世界帝国主義戦争がはじまった。それが第一次世界大戦と第二次世界大戦であった。そして帝国主義は帝国主義戦争を通じて崩壊していった。最後に残ったアメリカ帝国主義がイラク戦争、アフガン戦争を通じて崩壊していった。そして現代の歴史時代が証明しているとおり、シリア介入に失敗し、最後の帝国主義が挫折し、帝国主義としての能力を喪失してしまった。歴史は帝国主義の終えん、その先にあるのはコミュニティー共同体であり、歴史はコミュニティー共同体を求め激動している。

結語

 (一)アメリカの一極支配は完全に終わった。地球上最後の帝国主義たるアメリカ帝国主義は崩壊し、単なる一つの国に成り下がった。
 (二)世界中の主要な国々が集まっても、そこでは何も解決できなかったということは何か。それは各国は自分の国のこと、自分の内政に没頭しているのであって、外交は二の次であり、外交とは内政の反映(哲学的内因論)であることを証明した。
 (三)国家は自立し、民族は独立し、大衆は自覚し、あらゆるところから目覚めた人間の行動が激化する。対立と抗争、暴力とテロ、戦争と内乱はその過程の副産物であり、未来をめざす偶然性である。
 (四)そしていま、歴史が求めている人類の世界、人間の社会とは、まさに大衆社会、人民の世界、人間性社会であり、人民の・人民による・人民の政治と国家であり、階級なき国家、近代コミュニティー社会である。
 (五)人民大衆を主体とした国家と社会こそ本当の民主主義、真の自由と平和の国家と社会である。それを保障するのは、直接民主主義の制度たる評議会である。人間欲望の自由放任主義にもとづく投票制度と議会主義という間接民主主義はブルジョア政治の見本である。人民大衆にとっては、真の協力・共同・連帯・人間性あふれる自覚されたコミュニティー社会こそ、戦争のない本当の平和社会である。
                                   (以上)