〈最近の人民戦線の
重要基本文献集









「世界を支配してきた強欲資本主義が遂に崩れ落ちる!」ことは現代世界を覆う経済・政治・軍事のすべての面で深まる矛盾と爆発という事実を通じて証明している!

 高橋乗宣・浜矩子両氏は十一月『2014年戦後最大級の経済危機がやって来る!』(東洋経済新報社)と題する著作を発表した。この本は、衝撃的であり、今各方面で大きな注目をうけている。
 両氏の経歴を紹介しておきたい。高橋乗宣(たかはしじょうせん)氏は「1940(昭和15)年広島県生まれ、1970年東京教育大学(現筑波大学)大学院博士課程修了、大学講師を経て、1973年三菱総合研究所に入社、主席研究員、研究理事、顧問、明海大学教授、相愛大学学長を経て、現在は母校の理事長を務める傍らコラム等を執筆、主な著訳書に『通貨の興亡』(PHP新書)、『デフレの恐怖』『世界恐慌の襲来』『2013年世界経済総崩れの年になる!』(以上、東洋経済新報社)」などがある。浜矩子(はまのりこ)氏は「1952(昭和27)年生まれ、一橋大学経済学部卒業、1975年三菱総合研究所入社後、ロンドン駐在員事務所長兼駐在エコノミスト、経済調査部長などを経て、2002年より同志社大学大学院ビジネス研究科教授、専攻はマクロ経済分析、国際経済、主な著書に『グローバル恐慌』(岩波新書)、『「通貨」を知れば世界が読める』(PHP研究所)、『新・通貨戦争』(朝日新書)、『中国経済あやうい本質』(集英社新書)、『「アベノミクス」の真相』(中経出版)、『2013年世界経済総崩れの年になる!』(東洋経済新報社)」などがある。
 さて、今回の著作『2014年戦後最大級の経済危機がやって来る!』では何が書かれているのか。本の「帯」では「世界を支配してきた強欲資本主義が遂に崩れ落ちる!」と断定、米国の緩和縮小、中国のバブル崩壊、欧州債務危機の再燃で、日本を円高、国債危機、株価急落の恐怖が襲うと明言。本書の第1章では2014年の世界経済には波乱要因が山積している。第2章ではグローバル経済と国民国家の相克が世界恐慌の火種になる。第3章ではアベノミクスは時代錯誤〜「富国強兵再び」という誤り。第4章ではシェールガス革命は米国の救世主にはならない。第5章では経済危機勃発の火薬庫になりかねない欧州と新興国、などと鋭い論をすすめ、その結論として、高橋乗宣、浜矩子の両氏は、二〇一四年は戦後最大級の経済危機によって強欲資本主義は大爆発する≠ナあろう事を予告したのである。われわれは両氏の現代資本主義の総括とその展望に大いに注目するのである。
 われわれの見解は次の通りである。
 第一、高橋、浜両氏は現代世界の歴史時代はいかなる歴史時代かについて、あらゆる経済統計を使って検証している。その結論がこの著作の内容となったのである。特に注目したいのは世界資本主義をリードしてきたアメリカは完全に破綻し、一極支配は終ったこと。欧州(EU)は火薬庫であること。第二の経済大国となった中国はあらゆる専門家が共通して指摘するとおり、もはやバブルの崩壊、爆発は避けられないこと。「アラブの春」の運命はエジプトの軍事クーデターに見られるように完全に破綻したこと。日本のアベノミクスについては、一部で景気や経済がよくなっていると言われるが、実体経済は何も変化していないこと。実体経済抜きの金融・財政政策で現在の日本経済が成り立っていること。これがバブルである。バブルは必ず破綻する。これらのことは経済専門家の間ではすでに一致していることである。高橋、浜両氏の著作ではこれらの歴史時代認識が科学的な立場で論じられている。
 第二に、強欲資本主義が崩れ去った後の世界は何か。このことについて両氏は著作の中で、金融資本の強欲資本主義でも、あるいは弱肉強食の市場原理主義でもない、本当の人間社会が到来すると言っている。人間の、人間による、人間の世界、協力と共同、連帯の人間世界、つまりコミュニティー共同体社会に立ち返る以外にない、と主張している。これはまったく正しい歴史観である。
 第三に、高橋、浜両氏は、この著作の中で歴史科学にもとづいて人類社会の未来展望が示されていることにわれわれは大いに注目するのである。歴史科学の法則とは、生産力の発展に応じて、生産関係、国家と社会は永遠に発展していく、との科学的見地から将来を予言していることである。まさに両氏が主張している通り、歴史は一貫して前へ、前へと進んでいく。後戻りはしないのである。
 高橋、浜両氏がこの著作で展開している歴史時代認識は科学的なものであり、正しいものである。われわれは現代の歴史時代、そしてわれわれの科学的歴史観に確信と信念を持とう。

(一)高橋、浜両氏の著作の内容の正しさを証明している堺屋太一氏とポール・ケネディ氏の論評をよく見よ。

 堺屋太一氏の論評

 二〇〇七年夏ごろから始まったアメリカの金融危機、二〇〇八年九月に発生したリーマンショック、このアメリカの金融危機が全世界を大混乱に陥れた。その危機を作り出した原因はアメリカのサブプライム・ローンの破綻であった。そこで、ではサブプライム・ローンとは何か、ということについて堺屋太一氏は明確に答えている。
 通産省の元高級官僚で国務大臣を務め、現代は作家であり、ジャーナリストの堺屋太一氏は『中央公論』二〇〇八年十二月号で「サブプライム・ローンとはノーベル賞級の詐欺である」と喝破している。堺屋氏のいうとおり、それは誠に複雑怪奇な仕組みで大衆を収奪する強欲な制度である。政府が背後で保証し、信用の低い大衆の個人的欲望に付け込んで住宅ローンを組ませる。そのとき、直接大衆と接触するのは仲介業者(ブローカー)である。彼らはあの手、この手を使って顧客を獲得する。その人が果たしてローンを返済できるのかどうかは関係ない。彼らの収入はそのマージンであるからひたすら数をこなすのが目的で、自分の儲けが第一なのだ。銀行・金融機関もどんどん貸し出していく。やがて訪れるそのリスクに備えて貸し付け証書を証券(株券)にして世界中に売りさばく。これを買う金融機関や業者たちは、アメリカ政府が保証しているから信用してしまう。そしてアメリカ経済の困難によっていよいよローンが破綻するに至ったとき、アメリカ自身の金融機関は、政府による「公的資金」の投入によって救済される。公的資金とは国民の税金である。救済された金融機関の役員たちは数十億円の報酬や、数百億円の退職金を得て涼しい顔である。堺屋太一氏が「ノーベル賞級の詐欺」だというのはこのことである。これはまさに「金融寡頭支配」の産物そのものである。

 ポール・ケネディ氏の論評

 世界資本主義は十八世紀の産業革命、十九世紀の独占資本主義から帝国主義へ。これは産業独占から金融独占への転化であり、すべては金融支配、金融寡頭支配への移行であり、すべてはカネが支配するに至った。そして当然世界は一つになり、経済的に単独で、一国だけでは成り立たなくなった。グローバル(世界的・国際的)な世界なのである。
 このことの本質について、ポール・ケネディ(イギリスの著名な歴史学者で、その主著『大国の興亡』は世界的なベストセラーになった)は、二〇一一年七月十日付読売新聞に『地球を読む』という欄でつぎのように書いている。
 「ドル支配の時代は終わりに近づいている……問題は、米国の信用が疑われていることだ。……大きな勝者は投資家たちだろう。今日の国境なき世界において、彼らは国家的な忠誠心を持たず、一日中、利ざやを求めて動く。彼らは商品市場のあらゆる理性を破壊した。銅の先物買いをするのは、銅線を作るためではなく、翌日売って15%の利益を得るためだ。どこかの国の通貨を、破綻に追い込むほど売り買いすることもできる。遊べる準備通貨が三つもあれば、彼らは大喜びするだろう。……なぜなら……世界を動かしているのは、まさに通貨だからである」と。
 このポール・ケネディの一言は、みごとに現代資本主義の本質、金融独占資本主義の本質、現代資本主義崩壊の必然性を明確にしている。そしてまた、ポール・ケネディは無意識の中の意識性として、あのマルクスの『経済学批判・序言』が明確にした「生産力の発展が生産関係を規定する」という学説の正しさを、ポール・ケネディ的に証言したのである。歴史は否応なしにマルクスを求めて運動する。
 堺屋太一氏やポール・ケネディ氏のような著名な学者や評論家は非常に鋭い世界観や高い英知を持っている。こうした先進的知識人が現代資本主義を鋭く論評し、批判していることを絶対に見逃してはならず、われわれは大いに注目するのである。われわれは堺屋太一氏やポール・ケネディ氏の論陣を注意深く読み、現代の世界を洞察するよう呼びかける。

(二)強欲資本主義は崩壊するという高橋、浜両氏の歴史観は科学的歴史観であり、歴史科学の法則がここにあるということを知らねばならない。

 現代の宇宙物理学が到達した結論が証明しているとおり、人類社会も含めた万物は、永遠の過去から永遠の未来に向かって限りなき運動と発展と前進と転換の中に存在し続けている。人類の歴史もその中の一つであり、この運動法則は歴史科学として人類史を貫いている。
 人類の歴史を一貫して貫いているのは、「生産力の発展が生産関係を規定している」という科学法則である。生産力(物を作り出す力、能力、その生産量)が生産関係(生産に携わる人びとの相互関係、国家と社会のあり方)を決定していく、という法則のことである。この問題の思想上、理論上の核心は、一八五九年にマルクスが書いた論文『経済学批判・序言』の中の一節に正しく規定されている。
 人類の歴史を少しでも知っている人なら、マルクスのこの規定はまったく正しく、歴史はそのとおりに進んできたことが確認できるはずである。
 そしてその後の歴史は、マルクスの規定したとおり、まさに「生産力の発展が生産関係を規定した」のである。近代資本主義の発展と進歩をみればわかるとおりである。生産力は一貫して進歩し、発展、前進し、機械制大工場はいっそう近代化していった。近代資本主義はイギリスとヨーロッパからはじまった。そして十七世紀から十八世紀には全世界を支配した。
 十八世紀にイギリスから開始された産業革命(技術革命、機械の発明、世界貿易)は資本主義を一変させた。資本主義は最高の段階たる独占資本主義から帝国主義の段階に到達した。それは金融支配、金融寡頭時代であり、資本主義の最高の段階たる金融帝国主義である。
 「金融寡頭支配」とは、独占資本主義国家の中央銀行―民間銀行―金融機関という少数の集団が、その権力を動かして産業資本、商業資本、そして中小資本から農民や中小商工業者、人民大衆を支配し、収奪する全体系のことである。
 ヒト、モノ、カネが、いとも簡単に国境を越えていく。すべてが自由に移動していく。そのエネルギーがカネなのである。カネによってヒトも、モノも、そして国家と民族も、みなそのカネによって突き動かされる。まさに「マネー・マネージャー資本主義」(服部茂幸著『危機・不安定・資本主義』)である。
 このような経済至上主義、物質万能主義、利益第一主義、拝金主義、この体質、この資本主義的本質こそがあらゆる悪の根源であり、あらゆる諸現象の源泉である。戦争と内乱、対立と紛争、テロと暴力、非人間的な各種犯罪はみなこの資本主義的な体質が引き起こすものである。
 帝国主義とは金融独占資本、プラス他民族の支配である。同時にそれは資本主義の最高で、最後の段階であり、労働者階級と人民の世界(コミュニティー共同体から社会主義)への扉(とびら)を開いた。人類社会はロシア革命を通じて最初の実験を体得した。多くの実績、経験と教訓を得た。歴史はここから多くのことを学び、限りなき宇宙の膨張と同じように、限りなき人類社会の発展と前進のためにこの実験は生かされるであろう。歴史はいくたの偶然を重ねながら必然の道をばく進する。これが歴史科学である。マルクスが『経済学批判・序言』の中で展開した基本思想と理論は以上であり、みごとに歴史科学と人類の歴史を反映している。

(三)経済学は科学である。そこにおける法則は歴史科学の法則に従っている。原始時代から奴隷制へ、そして封建制から資本主義へ、最後は帝国主義に到達し、やがて帝国主義は崩壊し、歴史はコミュニティーへ進む。経済学はこの歴史科学にもとづいて展開されなければならない。歴史はそのように進んでいる。

 十九世紀の世界に近代労働者階級が巨大な勢力として歴史の舞台に登場した。同時に、これと併行して、マルクスの頭脳が(その頭脳労働が)労働者階級の運動と闘いへの灯台・羅針盤としての思想と理論を生み出した。そしてその中の経済学の分野は『資本論』(一八六七年)に代表される。
 その核心を一言で言えば「人間が生きるための力、その生産力の発展が、人間の相互関係、国家と社会制度を変化させていく」という科学的法則である。経済学とは『史的唯物論』にもとづく人間の歴史、その経済史でなければならない。その基本的概略はつぎのとおりである。
 (1)生産力がなく、したがって生産活動もなかった人類最初の社会は、すべてが大自然を相手にした共同採集経済であり、それを土台にした共同体・コミュニティーー社会、社会的人間道徳の世界であった。
 (2)生産力の成長と発展による生産活動の飛躍は余剰生産物(備蓄)を生み、財産となる。そこに個人的欲望にもとづく財産をめぐる争い、対立と抗争、戦争と内乱が発生、権力機関としての国家が成立。生産力の発展が生産関係を変化させる第一歩がはじまった。
 (3)生産力の発展が生産関係(国家と社会制度)をつぎつぎに変化させ、発展させた人類の歴史をしっかりとみつめよ。ここに歴史科学・社会科学としての経済学がある。
 (4)原始共同体から奴隷制へ、そしてつぎの封建制へと歴史は転換していく。それを促したのは生産手段の発達(機械と用具の木製から金属製へ、単純なものから複雑なものへ、改良、改革、発明、発見)にもとづく生産力の向上であった。このことがそれまでの奴隷労働(奴隷制)ではなく農奴(封建制)を求めていった。奴隷制国家から封建制国家への転換は歴史の必然であった。
 (5)生産用具(生産手段)のいっそうの発展は、手工業的家内工業から、大規模な工場制工業となる。その結果製品は大量となり、交換経済は商品流通を生み、すべては商品となる。そこから貨幣が登場し、貨幣の所有者(ブルジョアジー)が社会の主人公となる。同時に経済活動は自由な商品としての労働力(労働者)を求め、農奴解放(奴隷解放)を求める。近代自由主義、資本主義の到来である。
 (6)自由主義から出発した近代資本主義、人間欲望の自由放任主義、その自由主義経済はもはやその頂点に達した。独占と帝国主義の時代は登り詰め、らん熟し、腐敗し、能力を失い、次の時代に移行せざるを得ない人類前史の最後の段階である。人類は大衆社会、人民の世界、近代的コミュニティーへの転換を求めて激動しているという、現代の時代認識を知ろう。
 以上が科学的経済学の核心である。
 歴史科学はこの法則(理論)通りに進んでいることは明白である。

結び

 歴史の到達点はコミュニティーである。人類が最初に作り出した原始共同体社会は、より発展し、前進し、より高度になって元に帰っていく。階級なき共同体、自覚し、認識し、確認しあった共通の意志にもとづく直接的な民主主義としての評議会を通じて、生産も、分配も、統治も、すべては共同体の中で執行される。人類最初の社会はそうであったのだ。これはすべてわが『人民戦線綱領!』が示しているとおりである。
 コミュニティー社会では階級支配は基本的には消滅する。共同体社会であるかぎり、そこには人民大衆、ただ一つの階級社会である。人民の人民による人民のための社会である。故にこのような社会(存在)が、そのような存在(環境)がそれにふさわしい人間を作り出していく。環境が人間を作り出す。新しい時代と新しい社会と新しい環境が新しい型の人間を生み出す。こうして人類の前史は終わり、人類社会は新たな闘いに向かって前進する。それは全宇宙との闘い、宇宙の開拓と開発の闘いである。
 人類の歴史を見ればわかるとおり、一つの支配権力、一つの国家形態が永遠であったことは一度もない。歴史は常に運動し、変化し、発展し、転換して次々と新しい時代を作り出していった。そして歴史を見ればわかるとおり、変化は静かで一直線ではない。爆発と収れんは歴史法則である。歴史は必然を持って前を目指すが、その過程では常に偶然が伴う。偶然は必然のための産物であり、偶然は必然のための糧である。そして必然の世界とは人民の人民による人民のための世界であり、より高度に発展したコミュニティー社会である。歴史は到達すべきところに必ず到達する!
                                   (以上)