2014年(平成26年)6月25日付 418号


人類史はソビエト社会主義の崩壊、中国社会主義の変質を通じて、マルクス主義の正統性、社会主義の偉大さを改めてわれわれに教えた。「賢者は歴史に学べ」!

 人類の歴史上、現代ほど地球的規模にわたる大混乱の時代はなかった。テロと暴力、暴動と反乱、クーデターと内乱、政治と権力の不安定、権力移動の激しさ。そしてこれらの混乱と混迷と迷走は、国境を越え、民族の差を超え、経済的・政治的・社会的連鎖のなかで各国を巻き込んでいる。もはや現代社会、現代政治、現代資本主義は人類社会を正しく導く能力を失ってしまった。現代独占資本主義制度はついに寿命が尽きてしまった。現代地球上に発生している悲観的現象のすべては、新しい人類社会とその制度を生み出すための陣痛の苦しみである。
 こういう歴史時代を正しく認識した先進的な知識人はついに立ち上がり、声を出して人々に警告を発している。
 世界的な歴史科学者ポール・ケネディは、二〇一一年七月十日付読売新聞に寄稿して次のように書いた。
 「ドル支配の時代は終わりに近づいている……問題は、米国の信用が疑われていることだ。……大きな勝者は投資家たちだろう。今日の国境なき世界において、彼らは国家的な忠誠心を持たず、一日中、利ざやを求めて動く。彼らは商品市場のあらゆる理性を破壊した。銅の先物買いをするのは、銅線を作るためではなく、翌日売って15%の利益を得るためだ。どこかの国の通貨を、破綻に追い込むほど売り買いすることもできる。遊べる準備通貨が三つもあれば、彼らは大喜びするだろう。……なぜなら……世界を動かしているのは、まさに通貨だからである」と。
 経済学者高橋乗宣氏と浜矩子氏は共同して二〇一三年十一月「二〇一四年、戦後最大の経済危機がやって来る」(東洋経済新聞社刊)を発表「世界を支配してきた強欲資本主義が遂に崩れ落ちる!―米国の緩和縮小、中国バブル崩壊、欧州債務危機の再燃、日本を円高・国債危機・株価急落の恐怖が襲う―」と警告した。
 そして浜矩子氏は『新・国富論』(文春新書)で、著名な政治経済学者中谷巌氏は『資本主義はなぜ自壊したのか』(集英社刊)で、共に現代資本主義はついに崩壊せざるを得なくなった。その先にあるのはコミュニティー共同体以外にない、と主張する。
 そしてついに水野和夫氏(日本大学教授、民主党内閣で内閣官房内閣審議官を務めた)は『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社刊)を発表「一六世紀以来、世界を規定してきた資本主義というシステムがついに終焉に向かい、混乱をきわていく歴史の危機。世界経済だけでなく、国民国家をも解体させる大転換期に我々は立っている」と喝破するに至った。これは内外に波紋を広げた。
 歴史が求めているのは何か。それは現代世界を支配している独占資本主義の支配が生み出す市場原理という名の弱肉強食、最大限の利益追求、物質万能主義と拝金主義、人間性そう失の腐敗と堕落からの脱出、そのための階級なき人民の世界、コミュニティー共同体である。ここに歴史の必然性がある。
 歴史科学の必然性とは、生産力の発展が生産関係を変化させるということである。人類の歴史を一貫して貫いている「生産力の発展が生産関係を規定していく」という科学法則である。生産力(物を作り出す力、能力、その生産量)が生産関係(生産に携わる人びとの相互関係、国家と社会のあり方)を決定していく、という法則のことである。
 人類の歴史が示しているように、生産力のなかった原始共同体から、生産力が生まれた奴隷制、そして封建制から資本主義へ、独占と帝国主義に到達した歴史時代はついに人類の前史を終わり、新しい時代としてのコミュニティーへと前進する。歴史はけっして元には戻らず、前へ前へと進むものであり、ここに科学的法則がある。目的意識性をもった先進的人びと、知識人、そして前衛的分子はこの必然性に向かって大衆の先頭に立たねばならない。歴史は先進性と前衛性なしには必然性に到達しない。そして歴史はまたこの先進性と前衛性を生み出す。そのとき歴史の必然性を達成させる力こそ、投票による選挙ではなく、人民の要求を実現させる直接民主主義たる「評議会」である。われわれは投票による選挙という愚民性、衆愚性をしっかり、はっきり認識しなければならない。


(一)マルクス主義経済学とは、目的意識的で、科学的であり、計画的で、社会的(社会主義的)計画経済である。その正しさはレーニン・スターリンのソビエト社会主義建設の四十年が、偉大な勝利としてはっきり証明している。その歴史的事実、客観的事実をしっかりと確認せよ!

 マルクス主義の科学的経済学は、レーニンとスターリンによって、実際にこの世で、そのソビエト社会主義建設の四十年によって、みごとにその正しさが立証されている。その四十年間のソビエト社会主義は、マルクス主義的計画経済の勝利の四十年であった。レーニン、スターリン時代のソビエト社会主義建設の四十年間がいかにすばらしいものであったかということは歴史が証明している。観念論でなく、歴史上の事実として、多くの証人と証言に照らして、率直に確認しなければならない。
 ロシアは非常に遅れた農業国であった。ロシアが資本主義に移行したのは一八六一年、ツァー(皇帝)による農奴解放令の公布からであった。しかしそのとき、世界はすでに資本主義時代の発展期にあった。イギリスは一三〇〇年代に農奴は解放され、一六四一年にはピューリタン革命が実現され、完全に資本主義社会であった。ロシアはそういう遅れた国であったから、一九〇五年の日露戦争ではアジアの小国・日本に敗北し、一九一四年にはじまった第一次世界大戦ではドイツに敗北しつづけたのである。そしてロシア皇帝は退位した。この過程でロシア革命が実現し、レーニン、スターリンの社会主義時代が出現するのである。

レーニンの時代は外国干渉軍と国内反乱軍とのし烈な戦争とその勝利、「共産主義土曜労働」(社会主義競争)による社会主義の基礎的建設の勝利の時代であった。

 レーニンとソビエト社会主義が成立したその直後の一九一八年のはじめから、世界中の資本主義国が、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本を中心に、全部で十六カ国が、いっせいにソビエトに攻め込んできた。それに呼応して、国内の旧時代の将軍たちも反乱軍を組織して蜂起した。こうしてあの過酷な国内戦が五年間もつづくのである。レーニンとソビエトはこれに対して「戦時共産主義」を発動し、義勇軍(遊撃隊、ゲリラ)を組織し、人類最初の社会主義祖国を守れ、というスローガンのもと、千五百万人の犠牲を払って戦い抜き、勝利した。この歴史的事実のなかに社会主義の偉大さ、その強じんさ、その優越性がある。
 徹底的に破壊されたこの国土に社会主義を建設するにあたり、その苦難な経済建設に、若い青年たちが決起する。それが「共産主義土曜労働」である。土曜日の半日休業を返上し、無償労働で祖国と社会主義建設に奉仕しようというこの運動は全国に広がった。レーニンはここに真の競争「社会主義競争」があると高くたたえた。戦争時の「戦時共産主義」、平時の「共産主義土曜労働」、ここに資本主義の「弱肉強食の自由競争」と、ソビエト社会の「社会主義競争」の違いがある。

レーニン、スターリンのソビエト社会主義建設の偉大な勝利を証明する世界の記録と、多くの証言をみよ。客観的事実の中から社会主義計画経済の正しさを確認しよう。

 レーニンのあとを継いだスターリンは、遅れた農業国のロシアを、近代的な重工業と化学技術工業国へ向けた計画経済を実施。一九二八年から開始された第一次五カ年計画は、つぎつぎに継続して実現された。
 レーニン、スターリンの社会主義経済建設の巨大な発展については、世界の新聞、雑誌、統計資料、学者知識人の発言などによってそのことは証明されている。その代表的な実例の中には、一九八五年度版『共同通信社・世界年鑑』がある。そこでは、ソビエト経済について「工業の成長率は第一次五カ年計画(一九二八)以来、一九五九年まで、第二次世界大戦中を除いて最低でも一〇%という高度成長を達成した」と記録されている。
 そして学者・知識人の証言についてはジョン・K・ガルブレイス(一九〇八―二〇〇六)がある。アメリカ経済学会の大御所で、一九七〇年代のアメリカ経済学会会長で、二十世紀経済学の巨人、アメリカ知性の代表といわれたガルブレイスは、一九八九年四月出版の著作『資本主義、社会主義、そして共存』の中でつぎのように書いている。「資本主義諸国が一九三〇年代に大恐慌と不況にあえいでいたとき、ソ連の社会主義経済は躍進に躍進を続け、アメリカに次ぐ世界第二位の工業国になった。そして完全雇用と社会保障をやってのけた。そして三〇年代、四〇年代の科学と技術、兵器と軍事技術、原子エネルギーと宇宙開発、大西洋横断とジェット機開発、などの近代科学と技術の分野ではソビエトは当時世界をリードしていた」と。ガルブレイスはその本の中で、このソ連経済が崩壊しはじめたのは一九七〇年代以後(フルシチョフの修正主義によってソビエトの党と国家が変質したあと)のことであったことを論じている。
 そしてもう一人、日本では小泉信三(一八八八―一九六六)の発言をあげることができる。小泉氏は日本の有名な経済学者で、慶応義塾の学長を務め、現天皇の皇太子時代の教育係を務め、文化勲章の受章者であり、昭和日本を代表する最高の知識人であった。氏は名高い反マルクス主義の闘将であり、マルクス主義批判を展開するその氏が、一九三三年に出版した『マルクス死後五十年―マルクシズムの理論と実践―』(好学社・刊)の中で、スターリンの五カ年計画の巨大な発展に目を見張り、つぎのように書いている。「ソビエト経済の発展は従来、しばしば、局外観察者の予想を驚かせた。ことに一九二八年以降における累次五個年計画の成績は、懐疑的批判者の意表にでるものが多かった。この点において、著者もまた対ソビエト観察において一再過ちを犯したことを自認しなければならぬ。…勿論ソビエト経済は、ソビエト当路者少数人の力によって発展して来たものではなく、当路者その人がすでに一面環境の所産であることは、これを争うべくもない。しかもそれ自身一面環境の所産に外ならぬソビエト政治家その人の洞察眼と実行力とが、最も重要の点でその発展を左右して来たことは、否定し難きところである。著者はこの予測し難きものの予測において一度ならず誤った」と。小泉氏はこのように自らの認識不足を認め、ソビエト経済の驚くべき発展を謙虚に認め、率直にスターリンの力量に脱帽しているのである。一流の人間こそがこのように事実を事実として認めるのであり、二流三流の小人物は事実を事実として認められないのである。
 スターリンのこのような計画経済と社会主義建設の勝利が第二次世界大戦におけるソビエト軍の大勝利を生み出したのである。事実を見れば明らかである。ソビエトの化学重工業の産物たる、連続多発式ロケット砲「カチューシャ」はドイツ軍だけでなく世界を驚かせた。最強度鋼鉄製重戦車「T34」はドイツ軍が誇る対戦車砲の弾をことごとくはねかえした。やがて世界最速の戦闘機「ミグ」を生み、二十一世紀の現代でも世界中の地上戦における第一級の自動歩兵銃「カラシニコフ」(AK)を生み出した。この銃は軽く、故障なく、壊れなく、そして最も威力があり、今でも第一級である。
 一九四九年には原爆の開発に成功してアメリカと並び、一九五七年にはアメリカに先がけて人類初の人工衛星・スプートニク一号の打ち上げに成功。一九六一年にはガガーリン少佐を乗せた世界最初の人間宇宙船が軌道に乗り「地球は青かった」とのメッセージとなった。世界中がガガーリン・ショック≠ニ、ガガーリン・フィーバー≠ノ沸いた。
 第二次世界大戦におけるソビエトの勝利は、国の重工業化、化学産業の充実、という物質的勝利と共に、ソビエト国民(人民)の思想意識の高さもまたこれを保障した。それを象徴することのなかに「党員前へ!」というスローガンがある。ドイツ軍との決戦期、白兵戦の時期、そして突撃隊出動のとき、常に指揮官は「党員前へ!」を叫び、そして共産党員は常に一歩前へ出て、非党員の先頭に立ち、身を投げ出していった。それは第二次世界大戦のすべてに出現した革命的伝統である。

イギリスの軍事科学者、リデル・ハートもソビエト社会主義の巨大な発展に目を見張ったというこの事実を確認せよ!

 レーニン、スターリンのソビエト社会主義のこのような巨大な発展と前進、その科学技術の高度な成果を証言したいまひとつの記録を紹介しておきたい。それはリデル・ハート(一八九五年パリに生まれ、一九七〇年一月イギリスにて没)の著作『第二次世界大戦』(日本語版・一九九九年九月中央公論社刊・上下二巻)である。リデル・ハートはケンブリッジ大学に学び、第一次世界大戦には将校として従軍、重傷を負い、以後軍事科学の研究に没頭、軍事科学に関する多くの著作を発表した。彼の軍事問題に関する科学研究はヨーロッパ各国で高く評価され、その功績により、イギリス女王から「ナイト」の位を授けられた。彼は前記の著作の中で、客観的事実として、ソビエト軍の高度な科学技術についてつぎのように書いている。
 「ソ連軍の戦車はどこに出してもひけをとらないばかりか、多くのドイツ軍の将校にいわせれば、最高のものであった。……戦車自体の性能、耐久性、備砲では最高度な水準に達していた。ソ連軍砲兵は質的に優秀であり、またロケット砲の大規模な開発が行われ、これがきわめて有効であった。ソ連軍のライフル銃はドイツ軍のものより近代的で、発射速度も大きく、また歩兵用重火器の多くも同様に優秀だった」と。このことは、われわれが先に書いたとおり、戦車は「T34」であり、ロケットは「カチューシャ」であり、歩兵銃は「カラシニコフ」であった。そのことをリデル・ハートもはっきりと確認している。
 またソビエト人民とソビエト赤軍兵士の戦闘能力についてもつぎのように書いている。「ソ連の一般国民は鋼鉄(スターリン)の名をもった彼らの指導者よりもずっと剛毅だった。……彼らは長蛇の列をつくって前線行きを志願した」。「ソ連軍の改革は上層部から始まった。当初からの高級指揮官を思い切って整理し、そのあとがまに大部分が四十歳以下の、若い世代の活動的な将軍を登用した。彼らは前任者よりもいっそう専門家であった。かくしてソ連軍統帥部は平均年齢でドイツ軍のそれよりも二十歳近くも若返り、活動性と能力の向上をもたらした」と。
 このことのなかに、トハチェフスキー事件を通じてスターリンが実行したソビエト赤軍内の粛清と、根本からの赤軍再編成の偉大な成果がくみとれる。(この事件とくわしい歴史的事実については〈学習のすすめ〉第二節を参照されたい)。
 さらにリデル・ハートはスターリン指導下のソビエト国民の一致結束ぶりについてつぎのように書いている。「ソ連兵は、他国の兵なら餓死するときにも生きつづけた。ソ連軍は西欧の軍隊なら餓死するはずの環境にも生存でき、他の国の軍隊なら破壊された補給が再開されるまで停止して待つはずの場合にも、彼らは前進を続行することができた。このときの印象を、ドイツ軍のマントイフェル将軍(独ソ戦開始時、第七装甲師団長)はつぎのように要約している。ソ連陸軍の進撃ぶりは西欧軍の想像を超えたものがあった。兵士はザックをひとつ背負い、その中に前進の途中、畑や村々から集めた乾いたパンの外皮や生野菜を詰め込んでいた。馬匹は家々の屋根わらを食べさせていた。ソ連軍は前進にあたって、このような原始的な訓練によっても長期の戦闘に慣れていたのである」と。
 リデル・ハートはもちろん資本主義陣営の将軍である。だから政治的には反ソ陣営の人間であるが、先に紹介した日本の小泉信三氏のように、それでも事実は事実としてスターリンとソビエトの科学技術の偉大さと、ソビエト国民の英雄主義を認めざるを得なかったのであり、このことがこの著作の中に事実として記録されている。観念論者と違ってわれわれはあくまで客観的事実を重視する。なぜなら事実の中にこそ真理と問題の本質がかくされているからである。


(二)人類世界の歴史(前史)への必然的到達点は階級なき世界、コミュニティーから社会主義への道である。しかしそれはいくつかの偶然を通じて必然に至る。故にこの運動は途中で一度立ち止まり、原点に戻り、最初からやり直す必要がある、とマルクスは説く。現在の社会主義運動はその通りに進んでいる。ここにも哲学・歴史科学がある!

 現代世界の多数を支配しているブルジョア政界、ブルジョアジャーナリズムは社会主義は失敗した、共産主義は崩壊した、ソ連や中国はみな資本主義になった。資本主義こそ人類世界にとって最良のものだ、と叫んでいる。しかし現代世界を見よ。その資本主義は水野和夫氏など多くの知識人が説くように崩壊への道を進み、終焉を迎えているではないか。そして全宇宙を支配している、エネルギーの運動法則が生み出す哲学・歴史科学からみるとき、ブルジョア政治、ブルジョアジャーナリズムの説はまったくの逆論なのである。社会主義と共産主義の正当性はますます明らかになっている。
 われわれの見解を明確にする。ソビエト社会主義の崩壊、中国社会の変質というこの事実は、このことによって歴史がマルクス主義の正しさと社会主義の偉大さを改めて立証したのである。
 なぜそうなのか。それはつまり、ソビエト社会主義政権が崩壊したのは、フルシチョフによる「スターリン批判」という修正主義的ブルジョア思想によってソビエトの党と政権がブルジョア的に変質したからであった。中国の場合も、毛沢東を否定したケ小平によって中国社会主義と中国共産党がブルジョア的に変質し、その結果として党と国家がブルジョア化したからであった。つまり、ソビエトも、中国も、党と権力がブルジョア的に変質したから社会主義が崩壊したのである。すべては権力問題なのだ。このことがわからない、理解できない、知識がない、まったくの無能、無知、浅薄、そういう知的水準がそういう逆論を生み出しているのである。
 そしてなおわれわれが付け加えておかねばならないのは、フルシチョフやケ小平が出てきて歴史の進行を妨げるような出来事は、これまた歴史科学の法則であり、こういう偶然もまた必然性を進めるために必要なことなのである。歴史は常に、偶然を伴いながら必然への道を進む。そしてこのことについてマルクスは早くから予告していたことをわれわれは知らねばならない。
 マルクスは一八五二年に、哲学文献として有名な論文『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』のなかで、社会主義の運命について次のように論じている。
 『一八世紀の諸革命のようなブルジョア革命は、成功から成功へとあわただしく突進し、劇的効果をたがいにきそいあい、人も物もけんらんたる光彩に包まれて見え、有頂天が日々の精神である。しかし、それは短命で、すぐに絶頂に達してしまう。こうして、社会は長い二日酔いにとりつかれてしまい、そうしてからはじめて、しらふで、疾風怒濤の時期の成果を消化することができる。ところが、一九世紀の諸革命のようなプロレタリア革命は、絶えず自分自身を批判し、進みながらもたえずたちどまり、すでになしとげられたと思えたものにたちもどっては、もう一度新しくやりなおし、自分がはじめにやった試みの中途半端な点、弱い点、けちくさい点を、情け容赦もなく、徹底的に嘲笑する。この革命が敵を投げたおしても、その敵は大地から新しい力を吸いとって、まえよりも巨大な姿となって起きあがり、革命にはむかってくる結果としかならないようにみえる。この革命は、自分の立てた目的が茫漠(ぼうばく)として巨大なことに驚いて、たえずくりかえし尻込みするが、ついに、絶対にあともどりできない情勢がつくりだされ、諸関係自身がこう叫ぶようになる。
 ここがロドスだ、ここで跳べ!
 ここにバラがある、ここで踊れ!』
 ここで付け加えておきたいことがある。それはマルクスの一文の最後にある「ここがロドスだ、ここで跳べ!」「ここにバラがある、ここで踊れ!」というこの一文の意味は何か、ということである。この言葉そのものは、古代ギリシャの文人であったイソップが著したといわれる寓話集にあり、ヨーロッパでは広く読まれた物語である。ある一人の男が、温暖でバラの花が咲く風光明媚なエーゲ海の島、ロドス島で遊び、オリンピックの選手に負けないほど跳んだ、島の人はみな知っている、と自慢した。それを聞いたまわりの人が、私たちがここで証人になるから、ここをロドスと思って跳んでみよ、と迫った。「さあどうするのか、さあどうだ」というわけである。
 マルクスがプロレタリア革命(人民のための社会と世界実現)についてその運命を論じた一文の最後に、この短い一文を付け加えたことの中に、マルクスの歴史を信じ、人民の未来を信じ、革命を信ずる固い信念をわれわれは感じ取らねばならない。
 一人の男が「さあどうする、さあどうだ」と迫られ、決断しなければならない。マルクスは歴史が人民に決断を迫るときは必ずある。巨大な歴史の転換期と人民のあり方を、回りくどい論文ではなく、こういう物語を運用するのは、マルクスやエンゲルスがよく採用する芸術的表現である。こうしてマルクスは、変革の歴史時代が到来したとき、歴史が人びとに「さあどうする、さあどうだ」と問い掛ける。歴史の要求に答えて大衆は立ち上がる。先に立つのは前衛分子、先進分子、そのあとで一般大衆は結集する。歴史は到達すべきところに必ず到達する。そのために発生する偶然性に備えて、先進的・前衛的集団は自己を準備せよ。マルクスはこういう思いを込めてこの一文を書いている。われわれはマルクスに答えて、歴史科学に応ずべき力を作り上げねばならない。


(三)「私は社会主義者ではないが、資本主義は自己破壊的だとしたカール・マルクスの指摘は正しかった」とニューヨーク大学のヌリエル・ルービニ教授はいう。日本を含めた多くの知識人もまた同じ発言をしつつある。ここにも「ここがロドスだ、ここで跳べ」という歴史科学の法則がある!

 マルクスは一八四四年に『独仏年誌』を発刊した。エンゲルスはこのことを知り、イギリス資本主義の現状を分析した貴重な文書『経済学批判大綱』を寄稿した。
 エンゲルスはこの論文の中でつぎのように論じている。資本主義経済はますます機械化された大工業となる。大量の労働者とその労働は必然的に協力と協同と連帯の作業、つまりは社会的な性質を帯びてくる。その生産物もまた大量となり、広く社会的な需要を考慮せざるを得なくなる。ここにも社会的要素が強くなる。にもかかわらず、イギリス資本主義は、すべてが個人主義であり、個人的欲望と利益追求だけである。その結果、すべての経済活動は盲目的となり、無政府的となる。生産活動に従事する働く人びと(労働者)は、生産物は増大するのに得るものは少なく、社会的不公平と不平等は拡大する。この矛盾を解決するためには、生産手段(土地、工場、建物、機械、道具、交通手段)を社会的所有、公のもの、社会主義に移行させることである、と。
 そしてエンゲルスは『共産主義の原理』(一八四七年)の中で、真の自由と民主主義、真の平等と公平と人間性の豊かさは、国家と社会そのものが、協力と共同のコミュニティーでなければならず、生産活動もまた個人主義ではなく、社会的欲望(社会の需要)と社会的人間の欲望(大衆的人間の需要)に答えられる目的・意識的、計画的生産、計画経済でなければならない、と主張した。
 マルクスとエンゲルスが明確にしたとおり、独占資本主義と帝国主義の経済法則はまさに盲目的であり、無政府的である。それはスミスの古典経済学が説くように、人間欲望の自由放任と自由主義が生み出す必然の法則だからである。
 人類の歴史は自由主義・盲目主義・無政府主義か、目的意識的・計画的・社会主義的計画経済か、という根本問題を提起している。歴史は科学的法則のもとに立ち返るよう求め、転換せんと爆発している。
 人類の歴史を見ればわかるとおり、一つの支配権力、一つの国家形態が永遠であったことは一度もない。歴史は常に運動し、変化し、発展し、転換して次々と新しい時代を作り出していった。そして歴史を見ればわかるとおり、変化は静かで一直線ではない。爆発と収れんは歴史法則である。歴史は必然を持って前を目指すが、その過程では常に偶然が伴う。偶然は必然のための産物であり、偶然は必然のための糧である。そして必然の世界とは人民の人民による人民のための世界であり、より高度に発展したコミュニティー社会である。歴史は到達すべきところに必ず到達する。
 人類とその社会は生まれたときから環境の産物であり、歴史的なものであった。環境が変われば人類とその社会も変わる。国家と権力が変われば人類社会は変わる。
 そのための力こそ、すべてを人民のための・人民による・人民権力であり、その具体的表現たる人民評議会である。
 人類が最初にはじめてつくった社会は、原始的ではあったが、そこにはまさに共同と共生と連帯の人間的社会があった。そしていくたの回り道をしたが、その間により大きくなってもとに帰る。つまりより高度に発達した近代的コミュニティー国家と社会へ。ここから本当の人間社会、人民の社会が生まれる。こうして人類は総力をあげて大宇宙との闘い、新しい闘い、宇宙の開発と開拓の闘いに進軍するであろう。


 結語

 人類の歴史は、哲学・科学的真理たるマルクス主義が示す法則に従って進む以外にない。そして二十一世紀の歴史時代はこのことをはっきりと今証明している。そのためにこそ歴史は絶対的真理としてのマルクス主義の純化、浄化、原点からの再出発を求めている。歴史はあくまで必然性をもって、到達すべきところに必ず到達するであろう!

 二十世紀における人類史上最大の事件は、ソビエト社会主義の崩壊と、それにつづく社会主義・共産主義運動の退潮と衰退、そして全世界の左翼運動の消滅であった。世界中に「歴史の終わり」という言葉が広がった。
 このときわれわれ正統マルクス主義者は、慌てず、焦らず、泰然自若として歴史に立ち向かった。われわれ正統マルクス主義者は、歴史を科学としてとらえることを知っており、すべては科学的法則によって歴史は動くことを知っているからである。宇宙のはじまりから地球と人類の誕生、人類社会の歴史的発展法則(原始時代―奴隷制―封建制―資本主義―独占と帝国主義―帝国主義の崩壊からコミュニティーへの発展法則)を知っているからである。現実に、いま、アメリカ帝国主義はイラク戦争を通じて崩壊しており、以後の世界は混乱と動揺と激動を通じて、コミュニティーをめざす。現代の戦争と内乱、対立と抗争、テロと暴動はみな、そのための産みの苦しみであり、こうして人類は最終目的に向かっていく。ビッグバン以降の宇宙と地球と人類の歴史はみな、そのような歴史だった。
 全宇宙と万物は、エネルギーの運動法則にもとづいて、永遠の過去から永遠の未来に向かって休みなく運動し、前進し、発展し、転換し、止揚されていく。歴史は前へ前へと進むものであって、けっして後戻りするものではない。そして前へ進むためにこそ古いもの、現在を乗り越えねばならない。改革、変革、転換である。そのために歴史は人間に改革、変革、転換への思想・意識・自覚を求める。さあどうするか、である。そして人間は必然の哲学法則として「存在(歴史)が意識(思想認識)を決していく」。思想・意識が人間の行動を律していく。このような思想・意識の転換は、まず前衛的人間、知識人、先進的頭脳の人たちに実現され、そのあとに多数の大衆が結集していく。こうして思想・意識は大衆のものとなり、歴史は必然の世界に向かって転換し、前進する。宇宙と人類の歴史をみよ。歴史(事実)が必然の世界を証明しているではないか、ということである。
                                   (以上)