2014年(平成26年)10月25日付 422号


民族主義は本質的に排他性と独善主義であり、未来はない。その運命はナチス・ヒトラーにみることができる。歴史的経過と終末を哲学歴史科学として学べ!

 イギリスを構成するイングランド、ウエールズ、アイルランド(北)、そしてスコットランドの四つの地方の一つ、スコットランドの独立問題は、10月18日に住民投票が実施された。その結果、反対が55%で独立は否決された。この問題は現代世界各地に吹き荒れる民族紛争、民族闘争と関連して世界中から大いに注目された。
 もし独立が実現すれば、イギリス国土の3割が削られ、人口530万人が減り、イギリスの国力は大いに弱められ、国際的地位は下がってしまう。イギリス政府が自らの威信からこれを阻止しようと必死になった。
 その昔、スコットランドは独立国であったが1707年にイングランドと統合され、イギリス連合王国に組み込まれた。しかし現代でもなお独立国家であった過去の民族意識が生きつづけており、常にイングランドへの対抗意識が強かった。そこへ、20世紀後半にスコットランド沖で北海油田が発見され、開発が進むと、その支配権をめぐってイギリス政府と対立が生まれる。そして決定的となったのが1979年にサッチャー政権が発足して新自由主義政策が執行され、市場経済にもとづき、スコットランド経済の柱であった造船、鉄鋼などの重厚長大産業がつぶれていった。こうしてイギリス国内の南・北格差が民族意識をかき立てていく。その結果、2007年に実施されたスコットランド地方自治議会選挙で独立を訴えるスコットランド民族党が第一党となる。こうして今度の住民投票となったのである。
 ところでなぜスコットランド民族主義が敗北し、イギリス政府が勝ったのか。これは直接的にはイギリス政府の権力的な工作があったことであるが、それよりも重視すべきは現代の歴史時代である。つまり、経済的、政治的、社会的に、すべての面でグローバル(世界的規模)の時代では、小さな国が孤立しては生きていけない、という歴史時代が独立を拒否したのである。事実として独立が成立するのではないかという声が強まったとき、早くも経済的混乱がはじまっている。投資家は資産の売却を進め、各種資金の流出が起り、各企業、銀行は投資抑制に走り、根拠地をイングランドに移し、物価の値上がりがおこり、人びとは不安になっていく。そのうえ、国際社会も世界経済の不安材料になることを恐れ、あらゆる手段で独立派に圧力を加えた。
 こうした外圧によって大衆の中に不安と混乱と動揺が広がり、ついに独立への機運はしぼんでしまった。もちろんスコットランド民族主義は完全に消滅することはなく、折を見ては生まれる。しかし歴史はもはや小さな民族主義ではなく、国際化の時代であり、歴史科学は国際的にすべてを律していく。すべては国際的になる。
 スコットランド民族主義は、現代の歴史時代が生み出し、そして現代の歴史科学がこれを否定してしまった。万物は歴史科学の法則のもとに運動する。哲学歴史科学に従うものは進歩し、発展し、これに反するものは消滅する。すべてを哲学歴史観に徹して対応しなければならない。


現代世界は「無重力の時代だ」とする日本経済新聞・滝田編集委員の主張を哲学歴史科学から深く認識しよう!

 重力とは、力・重さ・引力であり、全宇宙を支配するエネルギーの運動法則が生み出す万物の原動力である。
 この重力の運動法則が社会科学において作用する形態に求心力(強い重力、中心、中核に向かう結集力)と、遠心力(膨張し、拡大し、広がり、外に向かって分散し、拡散し、消滅していく作用)があり、万物の運動はこの二つの作用が絡みつつ存在する。
 そして運動はこの対立する双方がそのときの歴史時代に応じて相転移する。その物理学上の根拠はビッグバン宇宙論にある。つまりエネルギーの運動法則がある時点に達したときインフレーションを引き起こし、急に膨張する。一方では収縮する求心力が働き、特異点に達したとき、この双方の運動が極点に達し、爆発を引き起こし、ビッグバン宇宙が生まれた。この物理学の法則は万物、社会科学の分野にも法則として貫徹されている。
 さて『日本経済新聞』の3月10日付に、滝田洋一編集委員は大きな見出しと、大きなスペースで「世界を襲う無重力の連鎖」と題して現代の歴史時代を次ぎのように論じている(その核心部分のみ)。
 「何かムズムズする。ウクライナ情勢が典型だが、年明け以降、政治、経済の各領域で、どこに飛ばされるか分からないような事態が連鎖しているからだ。…
 大統領が、世界の警察官役を降りる、と明言した米国は、中間選挙を控え一段と内向きになっている。大統領は3月6日になって限定的な対ロ制裁を発動したが、いかにも及び腰で、ロシアの行動を変えさせることはできないだろう。…
 米政治アナリスト、イアン・ブレマー氏のいう指導国なきGゼロの世界こそ、ゼロ・グラビティ(無重力)を生み出している。お節介といわれながらまとめ役となっていた街の顔、つまり米国が家に引きこもってしまったことで、街中はタガが外れたかのようだ」と。
 滝田氏だけでなく、すべての新聞記者、ジャーナリスト、文筆家はみなこういう見方をしている。そうではない。世界の動静を哲学歴史科学的に見なければならない。昔はそうではなかった。時代が変化し、発展し、前進している。強力な国家(帝国主義国家)が存在していて、世界をリードしていた時代はもはや存在しなくなった。民族は独立し、国家は自立し、大衆は自覚し、生産力はますます拡大し、すべてが大衆化し、大衆社会、人民の世界、コミュニティー共同体を求めて、世界と歴史は前へ前へと前進し、発展し、転換していく。こういう歴史時代がアメリカ一極支配を終わらせ、無重力世界をつくり出しているのである。歴史を過去から現代、そして未来展望をもって見るとき、歴史は一直線ではなく、必然と偶然を重ねながら進む。現代は無重力の時代から、遠心力と求心力が絡みつつ、近い将来、求心力にもとづく強い集団(国家群)が形成され、歴史の法則にもとづくコミュニティー共同体が成立する。これは歴史科学の必然性である。
 現代の無重力世界が、その結果として、科学法則として、遠心力が作用し、世界は分散し、混乱し、バラバラになり、民族主義があふれ出し、こうして歴史は転換を求めて激動する。
 歴史を見ればわかるとおり、必ず転換期にはその前段として混乱と動揺と激動を伴うものである。激動なしに、静かに事が進むことなどあり得ない。現代の世界に発生している民族主義運動はそのなかの一つである。現代世界の無重力時代が生み出す激動の一種が民族主義であり、テロ、暴力、反乱、戦争、犯罪である。
 ウクライナ問題はロシア民族主義とウクライナ民族主義の激突である。アメリカのオバマ大統領が必死になって制圧しようとしている「イスラム国」という名の民族主義運動も、宗教の名を使った民族主義運動である。ヨーロッパを驚かせた5月25日のEU議会選挙で、各国に一斉に右翼民族主義派が進出した。特にイギリス、フランス、ギリシャでは第一党に進出した。これはまさにEUという国際主義に反対する、民族の利益を優先させようとする明確な民族主義である。日本と中国と韓国の争いも民族主義の激突であり、日本の安倍政権もまた民族主義復興の政権であり、朝日新聞叩きも民族主義的政治思想の発動以外のなにものでもない。こうして求心力なき世界は遠心力にもとづく科学的法則のもと、あらゆる種類の矛盾、予想できないものごとが、世界的、国内的、地域的、個人的に、至るところに噴出している。そういう時代だ。
 スコットランドだけでなく、世界各地に民族主義運動が激発している。スペインではカタルーニャ、バスクで、ベルギーでは北部のフランドル地方で、カナダではケベック州で、そして中国ではウイグル族やチベット族が、その他大・小・様々な民族主義が発生している。これもみな、現代世界の無重力と遠心力の産物なのである。そしてその本質は資本主義を崩壊させる歴史の促進剤であることを知らねばならない。
 民族主義と民族自決権は違う。民族自決権は思想的・政治的原理であり、民族の運命は民族自身にゆだねることである。民族主義は排他的・独善主義であり、国際主義を否定する。民族自決権は自決しつつ国際主義を追求していく。故に民族主義は必ず歴史によって否定される。その典型はナチス・ヒトラーに見ることができる。ヒトラーの民族主義とその歴史性を哲学歴史観から正しく見つめよ。


ナチス・ヒトラーは第一次世界大戦後の歴史時代が生み出したドイツ民族主義の大爆発であり、同時にその一部始終は民族主義の運命、その歴史性の典型である!

 第二次世界大戦中にナチス・ヒトラーが行ったユダヤ人大虐殺(ホロコースト)については今でも大きな論議が繰り返されている。今でも各種の講演会や展示会が開かれ、博物館がオープンしたりしている。
 ドイツ現代史の研究家・学者である滝田毅氏などは徹底した人間性悪説にもとづき、その観念論的空想歴史観によってヒトラーを徹底的にこき下ろしている。彼はいう、シーザーやナポレオンなどの歴史上の他の独裁者と比べて、この男には安らぎを与える家庭もなければ心から信頼できる真の友人すらも見いだせない。彼が二十世紀に及ぼした影響はあくまでネガティヴなものでしかない。……この男とナチズムはドイツ史の「不慮の事故」あるいは「例外現象」として、正統ドイツ史から除外する、いわば非連続説が主流を占めていた。つまりドイツ人はだまされたというのである、と(講談社『本』一九九八年三月号)。そして世界中の一般的評価の到達点は「ホロコーストの犠牲者は、アウシュビッツの百五十万人を含め約六百万人、との定説で一致している。しかし、ドイツ人によってなぜ、ここまで残虐なことが引き起こされたかを説明することは難しい」ということである。そのとおり、誠に難しい。しかしそれは、観念論的空想歴史観だから難しいのである。反対に哲学歴史観からみたとき誠に明快になる。エンゲルスがこのことについて語っている「青天のへきれきのような政治界全体の不意を打った事件、あるものは道徳的な憤激の声たかい叫びをあげて断罪し、またあるものはみなあ然として見ているばかりで、だれ一人理解するものがなかった事件を、マルクスは、みじかい、寸鉄人を刺すような叙述を発表し、事件は歴史が生み出した必然の結果でしかないことをあきらかにした」(エンゲルス「ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日」第三版への序文)とおり、科学は偉大であり、歴史科学は真理である。この哲学歴史観からみたとき、ヒトラーはどうなるのか。そこにも「あらゆる事件と事変の根底にはその土台として、時代に応じた階級対立と階級闘争の歴史時代がある」、「あらゆる事件、あらゆる出来事、あらゆる人物や歴史上の英雄もまたみな歴史科学の発展法則が生み出した産物にすぎない」という科学的根拠によってのみ真実は引き出されてくる。
 さて、ではヒトラーが出現し、ヒトラーを生み出した当時のドイツにおける歴史時代とは何であったのか。ヒトラーを生み出した当時のドイツとはどんな歴史時代だったのか。このことを証言するのが加瀬俊一著『ワイマールの落日―ヒトラーが登場するまで―』(光人社刊)である。この本の著者は職業外交官としてワイマール時代を通じてドイツに駐在し、後に優れた官交評論家として活躍してきた人で、この本はドイツ史の貴重な資料として評価されている。政党政派に属さず、一定のイデオロギーに染まず、冷徹なまなざしで、客観的な事実のみを丹念に追及していったこの著作の中にこそ、歴史の真実が明らかにされている。ヒトラーが出現するに至ったワイマールのドイツの歴史的時代のなかにこそ、ヒトラーを生み出した時代と歴史がある。このことを加瀬氏は次のように描き出している(その核心部分)。
 第一次世界大戦でドイツが敗北した一九一八年十一月から一九三三年にヒトラーが出現するまでの時代をワイマール時代という。そのワイマール憲法は世界史上初めて出現したもっとも民主的で、平和的で、自由と民主主義の教典と呼ばれ、高くたたえられたものであった。しかしそれはまったくの空想と空論と形而上学な観念論的机上の作文でしかなく、ワイマールのドイツはまったく爆発と収れんの世界であった。政治は混乱し、首相は十三人も変わり、十以上もの政党が入り乱れ、経済は破たんし、道徳は退廃し、失業者が街にあふれ、民衆は働けど働けど苦しく、国民の総生産物はみな戦勝国によって賠償金として取り立てられてしまい、国民の貧困はその極に達していた。
 ドイツ国民を窮乏のどん底に落としたのはあのヴェルサイユ条約であった。敗戦国ドイツが戦勝国によって強制されたこの講和条約は一九一九年六月に調印されたが、ドイツ国民は無力で抵抗できなかった。だが憎悪することはできた。ドイツ国民はヴェルサイユ条約を憎悪し、戦勝国とくにフランスを憎悪し、この屈辱的条約を受諾したワイマール政府を憎悪した。無量の怨恨(えんこん)と無限の痛憤をもって憎悪した。憎悪に憎悪した。ドイツ国民が、この屈辱条約をいかに憎悪したかは、ドイツに住み、ドイツ人と共に暮らした者でなければわかるまい。
 この条約は敗残のドイツに酷烈非情な処罰を課していることを知ったドイツ人は絶望に打ちのめされた。産業と工業と農業に富んだドイツ一連の宝庫たるアルサス・ローレンヌはフランスへ。シュレジェンはポーランドに。オイペン、マルメディはベルギーへと、領土の一三パーセントと人口一〇パーセントを剥奪されたうえ、全植民地と全商船隊を没収され、陸海軍は極度に制限された。しかも戦争の全責任を問われ、巨額の賠償金を支払うばかりでなく、多くの要人は戦争犯罪人として引き渡されていった。炭鉱、鉄鋼、主要産業は根こそぎ強奪されていった。こうしたなかで飢えた国民、貧窮したドイツがどうして巨額な賠償金を払えるのか。悲観と絶望がドイツを支配した。
 インフレが加速され一九二三年一月に一ドルが七千マルクだったのが、八月には百万マルクとなり、ついには天文学的数字となり、白ワイン一本が実に十兆マルクもするに至った。ドイツ国民にはせつな主義があふれ、ベルリンはデカダンスとセックスと麻薬があふれた。音楽の世界では「明日は世界の終末だ」という歌が流行していく。一方ではいつも、どこかで労働者のストライキがおこり、いつも電気は止まり、電車も止まり、街頭では左翼と右翼が衝突を繰り返していた。もううんざりであった。こうしてワイマール末期の世相は実に暗いものであった。
 こういう時代にナチス党とヒトラーは街頭に立ち、デモを敢行し、左翼と激突し、実力で共産党本部や労働組合事務所を襲撃し、ポスターとビラでドイツ国民に呼びかけ、民族主義をあおりたてた。ドイツ国民の民族自決権を奪い返せ、国際連盟を脱退せよ、ヴェルサイユ条約を無視せよ、賠償の拒否、社会秩序の確立、失業者救済、をスローガンに選挙闘争を展開、こうしてナチス党は一九二三年にはミュンヘンで武装蜂起(敗北)、一九二八年、一九三〇年、一九三二年には四回も選挙戦を闘い、こうして一九三三年十一月にドイツにおいてはナチス党をただ一つの支配政党とするファシズム体制の承認を求める総選挙を実施したが、そのときドイツ国民は九六%の投票率と九二・二%の支持をナチスとヒトラーに与えたのである。ナチスとヒトラーはドイツ国民の絶対多数を獲得した。ドイツ国民はナチスとヒトラーに歓呼の声を上げた。ドイツ国民はヒトラーに運命を託した。これが歴史的事実であり、ここに歴史科学があり、ここに社会科学的歴史法則がある。
 科学思想、科学的法則、哲学歴史科学は、すべての事件と事変、そしてすべての人物と英雄は、歴史時代の産物であると断定する。加瀬俊一氏の著『ワイマールの落日―ヒトラーが登場するまで―』がすべて語っているとおり、それはまさに、ドイツ国民の民族自決権を奪った屈辱的ヴェルサイユ条約に対するドイツ国民の民族主義的怒りであり、このような売国的条約を受け入れた憎むべきワイマール政府への怒りであり、国家と社会の安定と安全を求める闘いであり、生活と労働と生きる権利を守る闘いであった。ここにワイマールの時代におけるドイツ国民のおかれている歴史時代があった。この闘いの核となったのがナチスであり、実はこの党は当初は国家社会主義ドイツ労働者党という名の左の衣をつけた民族主義であった。しかしやがて民族主義的ファシズムは歴史の発展法則からして、それはいずれは拒否される運命であり、歴史科学はそのように解決した。それが第二次世界大戦におけるナチスとヒトラーの運命となったのである。
 ドイツ民族主義の爆発として発生した第二次世界大戦は世界的規模にわたる反ファシズム民族解放戦争となり、歴史がドイツの敗北を規定した。ドイツ民族主義の運命はヒトラーの運命となって実現される。1945年4月30日、ベルリンはソビエト軍の砲火に包まれ、その中で官邸地下壕でヒトラーは夫人と共に、ドイツ国民と部下の将軍たちを呪いながら服毒自殺して果てた。5月7日、ドイツ軍は全戦線で無条件降伏した。
 ドイツにおけるヒトラーの出現と第二次世界大戦の勃発は、ドイツ民族主義の爆発であり、そしてドイツの敗北とヒトラーの運命はドイツ民族主義の敗北であった。そしてこの歴史は、人類史における民族主義の運命を決定する教典なのである。民族主義に勝利はない。このことは現代世界に嵐の如く吹き荒れている各種の民族主義にも共通する運命であることを知らねばならない。


結語

 思想や理論(経済学もその一つ)は客観的存在(現実の物質的運動)、そして現実の世界情勢(歴史科学)が正しく反映していなければならない。つまり経済学は歴史科学に立脚しなければならない!

 現代の宇宙物理学が到達した結論が証明しているとおり、人類社会も含めた万物は、永遠の過去から永遠の未来に向かって限りなき運動と発展と前進と転換の中に存在し続けている。人類の歴史もその中の一つであり、この運動法則は歴史科学として人類史を貫いている。
 人類の歴史を一貫して貫いているのは、「生産力の発展が生産関係を規定している」という科学法則である。生産力(物を作り出す力、能力、その生産量)が生産関係(生産に携わる人びとの相互関係、国家と社会のあり方)を決定していく、という法則のことである。この問題の思想上、理論上の核心は、一八五九年にマルクスが書いた論文『経済学批判・序言』の中の一節に正しく規定されている。それは次のとおりである。
 人類が出現した当初、生産力はなかった。生きるために必要な食・衣・住のすべては大自然からの採集、狩猟、漁労であった。そのため、大自然に立ち向かうため、人間はすべてにおいて共同・協力・連帯を必要とした。そのための社会生活、社会制度、人間関係が原始共同体であり、原始共産主義社会であった。そこには権力も国家もなかった。
 やがて人類は農耕を覚え、道具も発明し、生産活動が始まった。この生産力の発展が生産物の増大、蓄積、財産を生み出し、その財産は土地や山林まで私有化され、これを私物化させ、この私有をめぐる対立と抗争を生み出し、ここから権力と国家と階級社会が出現した。その最初の国家は貴族社会であり、奴隷制国家であった。古代ローマがその典型である。
 農耕のための道具の改良、土地の開発、集団労働は奴隷制ではなく、人間的労働としての農奴制を求め、ここから封建制社会が生まれた。生産力の発展は新しい社会としての封建制を生み出した。
 生産用具の改良と改革、技術の進歩、設備の拡大は工場制生産となり、製品の増大は商品経済を、そのための貨幣制度を生み出した。このことが封建制の崩壊と近代資本主義制度への転換を実現させたのである。
 人類の歴史を少しでも知っている人なら、マルクスのこの規定はまったく正しく、歴史はそのとおりに進んできたことが確認できるはずである。
 そしてその後の歴史は、マルクスの規定したとおり、まさに「生産力の発展が生産関係を規定した」のである。近代資本主義の発展と進歩をみればわかるとおりである。生産力は一貫して進歩し、発展、前進し、機械制大工場はいっそう近代化していった。近代資本主義はイギリスとヨーロッパからはじまった。そして十七世紀から十八世紀には全世界を支配した。
 十八世紀にイギリスから開始された産業革命(技術革命、機械の発明、世界貿易)は資本主義を一変させた。資本主義は最高の段階たる独占資本主義から帝国主義の段階に到達した。それは金融支配、金融寡頭時代であり、資本主義の最高の段階たる金融帝国主義である。
 「金融寡頭支配」とは、独占資本主義国家の中央銀行―民間銀行―金融機関という少数の集団が、その権力を動かして産業資本、商業資本、そして中小資本から農民や中小商工業者、人民大衆を支配し、収奪する全体系のことである。
 ヒト、モノ、カネが、いとも簡単に国境を越えていく。すべてが自由に移動していく。そのエネルギーがカネなのである。カネによってヒトも、モノも、そして国家と民族も、みなそのカネによって突き動かされる。まさに「マネー・マネージャー資本主義」(服部茂幸著『危機・不安定・資本主義』)である。
 このような経済至上主義、物質万能主義、利益第一主義、拝金主義、この体質、この資本主義的本質こそがあらゆる悪の根源であり、あらゆる諸現象の源泉である。戦争と内乱、対立と紛争、テロと暴力、非人間的な各種犯罪はみなこの資本主義的な体質が引き起こすものである。われわれは哲学を知らねばならない。つまり「存在が意識を決する」という哲学原理である。意識(人間の善悪とその行動)は存在(歴史時代という人間のおかれた環境)が決定する。歴史時代と環境が人間を作り上げる、という原理である。だから環境が変われば人間も変わる。そして歴史はその運動と変化のなかで環境を変化させるよう求めて激動する。そのとき歴史の要求に答え、環境を変化させるための目的意識性(思想と理念)が生まれ、この目的意識性によって歴史は転換していく。過去の歴史と英雄をみればわかるとおりである。人間の歴史は大宇宙の運動法則と一体になって、いくたの悲劇(喜劇)を乗り越えて前へ前へと前進し、到達すべき人類史の到達点に向かって進む。これが歴史科学であり、経済学はそのための方法論である。
 帝国主義とは金融独占資本、プラス他民族の支配である。同時にそれは資本主義の最高で、最後の段階であり、労働者階級と人民の世界(コミュニティー共同体から社会主義)への扉(とびら)を開いた。人類社会はロシア革命を通じて最初の実験を体得した。多くの実績、経験と教訓を得た。歴史はここから多くのことを学び、限りなき宇宙の膨張と同じように、限りなき人類社会の発展と前進のためにこの実験は生かされるであろう。歴史はいくたの偶然を重ねながら必然の道をばく進する。これが歴史科学である。マルクスが『経済学批判・序言』の中で展開した基本思想と理論は以上であり、みごとに歴史科学と人類の歴史を反映している。