2014年(平成26年)11月25日付 423号


この問題の現代史的意義を知るためにも、伊東光晴(著)『アベノミクス批判』(岩波書店刊)をよく読まねばならない!

 最近の朝日新聞タタキは異常である。あらゆる新聞、雑誌、マスコミがいたるところで朝日新聞を非難し罵倒している。はては「朝日新聞は国賊だ」「朝日を潰せ」とまで叫ぶ。そしてついに日本における月刊誌の雄『中央公論』と『文藝春秋』までがそろって十一月号に特集を組み、朝日批判を展開するに至った。
 その理由は簡単なものである。つまり第二次世界大戦中の日本軍が強制的に韓国人女性を慰安婦にしたという、偽情報を誤って流したという誤報問題なのである。
 誤報という問題はいくらでもある。特に新聞報道の世界ではつきものであり、日常茶飯事である。そしてこの問題は後で訂正すればよいことである。みなそうしている。
 にもかかわらず、今度はそうではなく、誠に異常なまで、激しい非難が集中しているのはなぜか。それはまさに現代の歴史時代の産物なのである。つまり、全世界に吹き荒れている民族主義の嵐の日本版である。朝日が誤った報道をしたから韓国や中国や外国から日本が非難され、日本を恥さらしにした、朝日は国賊だ、という。日本という国が非難されるのは、第二次世界大戦中の日本軍の非情な戦闘行動についてであり、ここにすべての根本があるのに、誤報問題をこれほど取り上げるのはまさに揚げ足取りである。
 なお戦争中に日本軍がいろいろと非情なことをやったといって非難するが、これほどばかげた話はない。人類の歴史は戦争の歴史であった。戦争を通じて歴史は進歩した。そこには残酷が山ほどあった。戦争に関してはクラウゼウィッツの『戦争論』が明確に教えている。全世界の軍事科学者はこの経典にもとづいて戦争を語っている。クラウゼウィッツは言っている。戦争は誠に非情で、残酷なものである。ここは人間にとって最悪な世界であり、あらゆる暴力と殺りくと非情と残酷があふれる。故にここに人間性や宗教観や、博愛主義を持ち込もうなどと言うのはまったくばかげている、と。戦争が引き起こす悲劇について語るのであれば戦争に反対し、戦争がなぜ起こるのかについて追求し、その原因と戦うことこそ人間の道ではないのか。
 歴史をよく勉強してみよ。人類の歴史上に戦争というものが登場したのは原始時代が終わって古代社会に移ってからである。日本史では縄文時代から弥生時代に移ってからである。つまり国家が生まれ、民族主義が生まれてから戦争が始まった。原因はすべて財産と領土をめぐる争いである。それが現代も続いているのだ。
 朝日タタキの本質について結論から言えば、それは大正デモクラシー時代に、当時の右翼民族主義の中核体であった軍部による朝日新聞叩きの再現だということである。当時朝日は日本最大の新聞であり、一九一八年の米騒動では民衆の側に立ち、軍閥政治と闘った。そのため一時発行停止直前までに至った。また一九三六年の二・二六事件では青年将校中心の反乱軍に襲撃された。常に大正デモクラシーの旗手だったからだ。昔から朝日は右翼民族主義の標的にさらされた。そしていま右翼民族主義の復活をめざす安倍政権によって再現されている。
 だがもはや時代は違う。歴史は前へ進むのであって昔には帰れない。安倍政権の右傾化は成功しない。いま改めて現代の朝日タタキの本質を明らかにする。
第一は、後で詳しく明らかにするが、現代世界は無重力の時代であり、ここから必然的に全世界に民族主義が吹き荒れている。日本でも安倍政権という右翼民族主義政権が生まれ、結果として権力が朝日タタキに走り出したこと。この権力の意向が働いて朝日タタキの嵐となっている、ということである。すべては権力問題に政治的本質があることを忘れてはならない。
 第二は、なぜ権力は朝日タタキを進めたいのか。それは朝日新聞の歴史をみればわかるとおり、日本新聞界のなかでは比較的にリベラルであり、権力とは相対的に距離をおくという姿勢をとっているが、権力にとってはこれが目障りなのである。ここに権力の影を見ることができる。
 第三は、朝日タタキをやっているのは誰か、だとか、何者か、などという小手先論ではなく、こういう権力になびき、権力のお先棒を担ぐのは新聞報道機関の習性だということである。戦争中に日本の新聞はこぞって日本民族主義、日本軍国主義、天皇制ファシズムの音頭取りになって走りまわり、日本が負けると今度は一変してアメリカ万歳の大合唱に走りまわった。
 新聞とはそういうものであり、ここに新聞の本質がある。朝日タタキに走りまわる人々に「己を知れ」と言いたい。
 第四は、民族主義というものはもう古くなった中世の思想であって、歴史科学の法則からもう前途はないのである。経済的、政治的、社会的にみて、もう一国だけではやっていけない。すべてが国際化の時代に、排他的で、独善主義の民族主義に先はない。現代の国際情勢を見れば明らかである。そして民族主義の運命について、その典型たるナチス・ヒトラーを見れば明らかである。安倍政権は形の違った現代のヒトラーとして本質的に同じ運命をたどるだろう。


(一)無重力の現代世界があらゆる国に民族主義を生み出している。ここに遠心力が作用して資本主義崩壊を早めている。こうして歴史はコミュニティー共同体から社会主義を求めて激動している!

 人類の歴史上、現代ほど地球的規模にわたる大混乱の時代はなかった。テロと暴力、暴動と反乱、クーデターと内乱、政治と権力の不安定、権力移動の激しさ。そしてこれらの混乱と混迷と迷走は、国境を越え、民族の差を超え、経済的・政治的・社会的連鎖のなかで各国を巻き込んでいる。もはや現代社会、現代政治、現代資本主義は人類社会を正しく導く能力を失ってしまった。現代独占資本主義制度はついに寿命が尽きてしまった。現代地球上に発生している悲観的現象のすべては、新しい人類社会とその制度を生み出すための陣痛の苦しみである。
 こういう混沌とした歴史時代が民族主義を生み出している。行き場を失った人々が無政府的、自然発生的に民族主義を生み出していくのである。端的に表れた実例が、ウクライナ問題なのだ。ロシア民族主義とウクライナ民族主義の激突である。国内的には日中韓の争いがある。日中には、資源をめぐる尖閣列島問題があり、日韓には従軍慰安婦問題がある。同じように中国は南シナ海をめぐるベトナムとの激しい争いを起こしている。起こった事件そのものは小さいが、それが大きな外交問題になる。ここに民族主義がある。
 注目すべきはEUである。欧州連合の欧州議会選挙が行われ、新聞各紙や週刊誌が取り上げているが、反EUを掲げ、欧州連合(EU)不要論を唱えた民族主義政党が各国で進出し、内外に大きな波紋を広げている。特に主要国ではイギリス、フランス、ギリシア、デンマークでは第一党になり、イタリア、ハンガリーなどでも第二党になった。
 反EUを掲げる民族主義政党がこれほど票を伸ばしたのはなぜか。少しも経済はよくならない。どこも経済不振に苦しんでいる。国家財政の破綻、失業、こういう面でみな苦しんでいる。その上外国人労働者が増えて若者の失業者が増えている。いいのはドイツだけである。そういう中で右翼民族主義が台頭してきたのである。
 安倍政権の集団的自衛権問題も日中韓の民族主義に翻弄されている。小さい衝突から大きな問題へ。民族激突はやがて大問題になる。しかし戦争はやりにくい。オバマ大統領自身が「アメリカはもう世界の憲兵たり得ない」とはっきり言っている。アメリカ帝国主義の一極支配は終わり、世界での威信は地に落ちてしまった。オバマのイラクに対する態度をみればよく分かる。世論は厭戦気分であり、国家財政は危機であり、軍事介入はできない。シリアの時も軍事介入はできなかった。歴史の動向を世論がよく示している。それを歴史が許さないのである。ここに現代世界の無重力時代がある。
 歴史の流れはコミュニティー共同体から社会主義へと進んでいる。歴史科学の法則にもとづいてすべての現象が起こっている。歴史は後には戻らない。前へ前へと進む。さまざまな激突を繰り返しながらコミュニティー共同体から社会主義へと進む。安倍政権の右翼民族主義に歴史法則として未来はない。


(二)日本における先進的知識人は、日本民族主義復活をめざす安倍政権に厳しい批判を展開している。われわれはここから深く学ばねばならない!

 伊東光晴・京都大学名誉教授が最近刊行した『アベノミクス批判―安倍首相の現状認識は誤っている―』(岩波書店刊)は注目すべき本である。
 この本について『資本主義の終焉と歴史の危機』を出版した水野和夫・日本大学教授は書評のなかで次のように書いている。
 〔本書は19世紀のドイツ国民ならぬ21世紀の日本国民に告ぐ憂国の書である。リベラル派の立場を鮮明にする筆者の「アベノミクス批判」に対して政権は反論すべもない。これ以上明晰な批判はないと思われるほど理論的、かつ説得的であるからである。…それでも安倍総理が構わないのは、隠れた第四の矢が本命として用意されているからである。それは戦後レジーム(戦後体制)からの脱却である。…現政権は戦前社会を志向している、という〕
 われわれは水野和夫教授のいうように、伊東京大名誉教授のこの著作で強調している安倍政権の右翼民族主義への批判に留意したい。その内容の核心部分はつぎの通りである。
  安倍政権の政治軸
 政権の軸は右に移った
 安倍政権は戦後最も右に政治の軸をおいた政権である。このことは首相が国会で語る施政方針演説よりも、個人として語る言葉や行動の中にあらわれている。施政方針などは、それを書く多くの人、官僚その他によって多様な考えが入り、多方面への配慮がなされているが、個人として語る言葉や行動の中には安倍氏の心情が出てくるからである。いま、そうしたものを挙げるとするならば、言葉としては二〇一三年九月訪米時の「私を右翼の軍国主義者とお呼びになりたいのであれば、どうぞお呼びいただきたい」というアメリカでの発言であり、行動としては、側近の反対まで無視して靖国神社に参拝したことである。
 憲法改正のための布石
 彼の目指すものは、彼が口にする「日本を取り戻す」「戦後レジーム(戦後体制)からの脱却」の中にある。彼の言う戦後レジームとは平和憲法が意図した平和国家であり、憲法九条を改正し、軍隊を認め、交戦権を認めることにする――そこに至るために、まず憲法解釈を変えて集団的自衛権を認め、同盟国が攻撃された時これを支援するために自衛隊が武力を行使することができるようにする――その後、憲法九六条、つまり改憲手続き――衆参総議院の三分の二以上の発議が必要――を改正し過半数にする。次いで憲法改正に至るというものである。祖父岸信介の果たせなかったものを実現しようというのである。彼はそのための布石を一歩一歩進めている。
 憲法解釈を変えて集団的自衛権を認めるために内閣法制局長官を入れ替えた。従来、内閣法制局は現行法の下では集団的自衛権を認められないと国会で答えてきた、これに対して安倍首相は国際情勢が変化しているから解釈も変わり得るとし、そのような考えの外交官――法律の専門家ではない――を内閣法制局長官に起用したのである。これが小松一郎氏である。改憲の第一歩である。
 憲法を変え再軍備を行うことは、自民党内にも反対はある。例えば古賀誠元幹事長もその一人である。氏は「平和憲法の象徴が戦争放棄をうたった九条一項。世界の国々は、本音では皆こういう憲法を持ちたがっているとさえ思います。まさに世界遺産ですよ」と言っている。氏は日本遺族会の会長であったこともある。会長だった時、靖国神社からA級戦犯の分祀をしなければならないと努力している。氏は二歳の時父が招集され、フィリピンで戦死したのが五歳の時である。「父の思い出はありません。母は私を必死に育ててくれました。子供心に戦争は絶対にしてはいけないと強く感じた。そういう体験が僕の根っこにある」と。
 安倍政権の目指すもの
 改憲をもくろむ安倍首相の当面の目的は、アメリカの支援を得て国内での憲法解釈を変えることで、集団的自衛権を認めることである。
 同盟国が攻撃された時、憲法解釈を変えることによって自衛隊が同盟国の軍隊と協力して戦闘に加わることを可能にしようというのである。具体的には、アメリカ軍が他国から攻撃された時に自衛隊がアメリカ軍に協力して戦うというもので、アメリカが望むものであり、その可能性を尖閣列島をめぐる周辺の日中の緊張関係を利用して実現しようというのである。
 安倍首相は、自らを制約している憲法の解釈を、内閣の力によって変えるという「憲法解釈の改変」を試み、政治の力で自らへの制約を排除するなど、力の政治を強行している。 このような「力による政治」はマキャヴェリズムといわれるが、このマキャヴェリの思想はどうして生まれたのであろうか。
 一四九八年、マキャヴェリがフィレンツェの政府の職につく四週間前、一つの事件があった。サヴォナローラという修道士が、公衆の前で絞首刑ののち火で焼かれたのである。サヴォナローラは、人間は自らの生まれ持った理性に導かれる≠ニ説いた。これは教会の神父の重要性をおとしめるものとして逮捕され、引きまわされ、拷問にかけられ、処刑されたのである。マキャヴェリは、その著『君主論』の中でこれに言及し、すべて力のある者は勝ち、力の無い者は敗れるとし、政治は目的と手段の問題であり、手段は力であるとしたのである。
 二一世紀の理想を翻そう
 安倍政権は、その実行力という点ではかなりのものである。目的のためには手段を選ばない、権力主義的な政治行動を是認するマキャヴェリズムだと考えて間違いはない。
 首相はその権限を最大限に使っている。政府の各種委員会のメンバーは、首相の息のかかった人たちに入れ替えられている。委員の選出には、広く多くの考えを集めるために一定の暗黙のルールがある。それが次第に無視され、特定の思想の持ち主たちが新委員になっていく。さらに、委員会のメンバーの選出をこえて、政治の力が及ぶ任命権限を利用して、動かせるものは動かすという方向に向かっている。それは周知のNHKの会長のように目に見えるものだけでなく、独立行政法人の長を政治の意向に従わせるということまでに及びだした。介入である。
 歴史の流れは、やがて国家間の紛争解決の手段として武力が無力であることを知らしめるに違いない。その時、日本国憲法の先見性は明らかになる。それは普遍の価値を持っているのである。
 太西洋上モロッコ沖にあるカナリア諸島のラス・パルマス島には、一九九六年に建てられたひとつの碑がある。市長が日本の憲法九条に感動し「憲法九条の碑」を建て、広場の名を「ナガサキ・ヒロシマ」にしたという。料理研究家の故小林カツ代さんは、この目でそれを見ようと、三度飛行機を乗りつぎ、二〇時間をかけて行き、「こんな素晴らしい憲法を持つ国からやってきた人」と、大変よろこばれたという。小林さんがこのことを書いたのは二〇〇四年である。ハワード・ジンは『甦れ独立宣言』を書いた。私は「翻れ、二一世紀の理想――憲法九条」である。


(三)民族主義の運命はナチス・ヒトラーにみごとに表現されている。歴史は科学である。「賢者は歴史に学べ」!

 第一次世界大戦でドイツが敗北した一九一八年十一月から一九三三年にヒトラーが出現するまでの時代をワイマール時代という。ワイマールのドイツはまったく爆発と収れんの世界であった。政治は混乱し、首相は十三人も変わり、十以上もの政党が入り乱れ、経済は破たんし、道徳は退廃し、失業者が街にあふれ、民衆は働けど働けど苦しく、国民の総生産物はみな戦勝国によって賠償金として取り立てられてしまい、国民の貧困はその極に達していた。
 ドイツ国民はヴェルサイユ条約を憎悪し、戦勝国とくにフランスを憎悪し、この屈辱的条約を受諾したワイマール政府を憎悪した。
 インフレが加速され一九二三年一月に一ドルが七千マルクだったのが、八月には百万マルクとなり、ついには天文学的数字となり、白ワイン一本が実に十兆マルクもするに至った。ドイツ国民にはせつな主義があふれ、ベルリンはデカダンスとセックスと麻薬があふれた。音楽の世界では「明日は世界の終末だ」という歌が流行していく。一方ではいつも、どこかで労働者のストライキがおこり、いつも電気は止まり、電車も止まり、街頭では左翼と右翼が衝突を繰り返していた。もううんざりであった。こうしてワイマール末期の世相は実に暗いものであった。
 こういう時代にナチス党とヒトラーは街頭に立ち、デモを敢行し、左翼と激突し、実力で共産党本部や労働組合事務所を襲撃し、ポスターとビラでドイツ国民に呼びかけ、民族主義をあおりたてた。ドイツ国民の民族自決権を奪い返せ、国際連盟を脱退せよ、ヴェルサイユ条約を無視せよ、賠償の拒否、社会秩序の確立、失業者救済、をスローガンに、ナチス党は一九二三年にはミュンヘンで武装蜂起(敗北)、一九三三年十一月にドイツにおいてはナチス党をただ一つの支配政党とするファシズム体制の承認を求める総選挙を実施したが、そのときドイツ国民は九六%の投票率と九二・二%の支持をナチスとヒトラーに与えたのである。ナチスとヒトラーはドイツ国民の絶対多数を獲得した。ドイツ国民はナチスとヒトラーに運命を託した。それはまさに、ドイツ国民の民族自決権を奪った屈辱的ヴェルサイユ条約に対するドイツ国民の民族主義的怒りであり、このような売国的条約を受け入れた憎むべきワイマール政府への怒りであり、ここにワイマールの時代におけるドイツ国民のおかれている歴史時代があった。しかしやがて民族主義的ファシズムは歴史の発展法則からして、それはいずれは拒否される運命であり、歴史科学はそのように解決した。それが第二次世界大戦におけるナチスとヒトラーの運命となったのである。
 ドイツ民族主義の運命はヒトラーの運命となって実現される。1945年4月30日、ベルリンはソビエト軍の砲火に包まれ、その中で官邸地下壕でヒトラーは夫人と共に、ドイツ国民と部下の将軍たちを呪いながら服毒自殺して果てた。5月7日、ドイツ軍は全戦線で無条件降伏した。
 ドイツの敗北とヒトラーの運命はドイツ民族主義の敗北であった。そしてこの歴史は、人類史における民族主義の運命を決定する教典なのである。民族主義に勝利はない。このことは現代世界に嵐の如く吹き荒れている各種の民族主義にも共通する運命であることを知らねばならない。