2014年(平成26年)12月25日付 424号


強欲資本主義は崩れ落ち、資本主義は終焉するという先進的知識人の予測は正しかった。そして今年、「スターリン問題」解決の突破口が開かれた。必然性は必ず偶然性を通じて実現される!

 人類の歴史上、現代ほど地球的規模にわたる大混乱の時代はなかった。テロと暴力、暴動と反乱、クーデターと内乱、政治と権力の不安定、権力移動の激しさ。そしてこれらの混乱と混迷と迷走は、国境を越え、民族の差を超え、経済的・政治的・社会的連鎖のなかで各国を巻き込んでいる。もはや現代社会、現代政治、現代資本主義は人類社会を正しく導く能力を失ってしまった。現代独占資本主義制度はついに寿命が尽きてしまった。現代地球上に発生している悲観的現象のすべては、新しい人類社会とその制度を生み出すための陣痛の苦しみである。
 こういう混とんとした歴史時代が現代世界に民族主義の嵐を出現させている。ウクライナではロシア民族主義とウクライナ民族主義が正面から激突。ヨーロッパでは各国に民族主義政党が台頭、EUは漂流し、危機にさらされた。スコットランドの独立騒動はその象徴であった。中東では宗教の名の下に民族対立は一層拡大した。アジアでも民族主義は各国に波及。日・中・韓では領土と資源を巡る争いが強まった。「歴史認識」を巡る問題もその表れである。日本では京都大学名誉教授・伊東光晴氏が最近出版した『アベノミクス批判―安倍首相の現状認識は誤っている』(岩波書店)の中で、「安倍政権は戦後もっとも右に政治の軸をおいた政権である」として、右翼民族主義を厳しく批判した。
 2014年、この年は、現代世界に民族主義の嵐が吹き荒れた一年であった。ここに現代の歴史時代が集約して表現されている。しかし歴史が教えるとおり民族主義は絶対に成功しない。宇宙は科学法則の下、一貫して前へ前へと進む。けっして民族主義という古い中世の時代には戻らない。民族主義の運命はナチスとヒトラーの運命である。
 地球上最後の帝国主義であるアメリカの一極支配が、ついに終わりを告げ、現代資本主義は求心力を失い、無重力世界が出現、遠心力が作用し、俺も俺もとばかり、民族主義が世界に広がったのである。そしてバラバラとなり、崩壊を決定づけたのである。エネルギーの運動法則が引き起こすインフレーションがビッグバンを生み出し、そして宇宙が誕生した。この自然科学の原理が社会科学の世界に起こっているのである。
 歴史の流れはコミュニティー共同体から社会主義へと進んでいる。歴史科学の法則にもとづいて、すべての現象が起こっている。歴史は後には戻らない。前へ前へと進む。さまざまな混乱と激突を繰り返しながらコミュニティー共同体へ、そして社会主義へと進む。
 安倍政権はなぜ12月解散・総選挙に踏み切ったのか。それは野党がバラバラであり、選挙の準備も全くなく、今なら勝てると踏んだからである。「アベノミクス」の化けの皮もはがれ、その本質は見破られ、支持率も下がる一方であった。事実、選挙の結果もこの通りになった。経済は停滞し、政界は大混乱し、安倍政権も不安定で、脆弱である。これは日本だけでなく世界のどの国も共通した現象である。
 11月、アメリカの中間選挙でもオバマ政権と民主党が大敗北し、共和党が勝った。アメリカの「チェンジ」はオバマでも成功しなかった。それは誰が悪い、彼が悪いの性悪説でなく、現代資本主義が社会、経済、政治のすべての面で、行き詰まり、危機に陥った結果である。この現代資本主義の破綻、崩壊が中間選挙に表れたのである。アメリカは現代資本主義の象徴であり、そのアメリカがついに崩れ落ちたのである。
 歴史は哲学歴史観に従って、前へ、前へと前進する。資本主義は永遠ではなく、崩壊し、歴史時代を終えて、コミュニティー共同体へ、社会主義へと進む。これが哲学歴史観にもとづく科学法則である。哲学・歴史観に確信と信念を持とう。


日本大学教授水野和夫氏の『資本主義の終焉と歴史の危機』、慶応大学教授横手慎二氏の『スターリン(非道の独裁者の実像)』―この二つの出版物は、歴史的に相い関連した象徴的な出来事であった。ここに歴史の偉大さがある。

 2014年を迎え、昨年末(2013年11月)、高橋乗宣、浜矩子の両氏は、『2014年は戦後最大級の経済危機がやって来る―世界を支配した強欲資本主義が遂に崩れ落ちる』(東洋経済新報社)との衝撃的な著作を発表した。一年がたった今、両氏の予測は完全に正しかった。資本主義経済の破綻、現代資本主義の崩壊は誰もが認めるところとなった。
 ▼日本大学教授・水野和夫氏は今年の3月、集英社から『資本主義の終焉と歴史の危機』を出版した。これは資本主義の崩壊、現代の歴史時代を証明する文献となった。この著作は、この一年間、多くの人びとの注目を受け、この世界のベストセラーとなった。
 水野氏の著作について、われわれは5月25日付『人民戦線の旗のもとに!』で全面的に取り上げ、その明快な論旨を評価し、賛成、支持する立場から、大いに哲学歴史観を論じたのである。
 水野氏はこの著作を通じ、「一六世紀以来、世界を規定してきた資本主義というシステムがついに終焉に向かい、混沌をきわめていく「歴史の危機」。世界経済だけでなく、国民国家をも解体させる大転換期に我々は立っている」と断定し、具体的には主に次のことを明確にした。
 ▽アメリカのグローバリゼーションが叫ばれている現代、地理的な市場拡大は最終局面に入っていると言っていいでしょう。もう地理的なフロンティアは残っていません。
 ▽もう資本主義というシステムは老朽化して、賞味期限が切れかかっています。
 ▽資本主義の終わりの始まり。この「歴史の危機」から目をそらし、対症療法に過ぎない政策を打ち続ける国は、この先、大きな痛手を負うはずです。
 ▽もはや近代資本主義の土俵のうえで、覇権交替があるとは考えられません。次の覇権は、資本主義とは異なるシステムを構築した国が握ることになります。
 水野氏の論旨は明快であった。資本主義の終焉を宣言し、資本主義とは異なる経済制度、政治制度の構築、つまりは変革の時代が一層明快になったのである。当然、資本主義の先は何か、それは何処か、を問いかけることとなった。それは歴史科学から見てコミュニティー共同体以外にはない。
 ここがロドスだ、ここで跳べ!(マルクス)。歴史が人びとに覚悟を迫ったのである。
 ここで問題となるのは、いわゆる「ソ連の崩壊と社会主義の失敗」を如何に見るのか、である。これについてわれわれは5月号の機関紙ではっきりと提起したのである。
 〔なぜそうなのか。それはつまり、ソビエト社会主義政権が崩壊したのは、フルシチョフによる「スターリン批判」という修正主義的ブルジョア思想によってソビエトの党と政権がブルジョア的に変質したからであった。中国の場合も、毛沢東を否定したケ小平によって中国社会主義と中国共産党がブルジョア的に変質し、その結果として党と国家がブルジョア化したからであった。つまり、ソビエトも、中国も、党と権力がブルジョア的に変質したから社会主義が崩壊したのである。すべては権力問題なのだ。
 そしてなおわれわれが付け加えておかねばならないのは、フルシチョフやケ小平が出てきて歴史の進行を妨げるような出来事は、これまた歴史科学の法則であり、こういう偶然もまた必然性を進めるために必要なことなのである。歴史は常に、偶然を伴いながら必然への道を進む。そしてこのことについてマルクスは早くから予告していたことをわれわれは知らねばならない。
 マルクスは1852年に哲学文献として有名な論文『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』のなかで、「この運動は途中で一度立ち止まり、原点に戻り、最初からやり直す必要がある」と説いたのである〕。社会主義も、歴史もすべてはマルクスの予告通りに進んでいることに注目せよ。
 ▼7月には、ついに慶応大学教授・横手慎二氏は、こういう歴史時代、中央公論社から『スターリン(非道の独裁者の実像)』を出版した。「スターリンを見直す」というこの本の出版は誠に重大問題であり、大きな政治的出来事であり、歴史的な問題であった。前へ、前へと進む歴史が、スターリン問題の解決を求めたのである。それだけに横手氏の、この著作は今、知識人の間で、大変な話題になっている。水野和夫氏の『資本主義の終焉と歴史の危機』がさらに進んで、横手氏の『スターリンの見直し』へと進んだ。存在が意識を決定し、意識が存在を支配していく、との哲学原理である。歴史は偉大であり、哲学原理は偉大である。。
 横手氏自身が語っているように「本書は、スターリンに対するロシア国民の態度を手掛かりに、もう一度ロシア社会の中にスターリンを置き直し、彼が果たした役割を考えようとした」と。
 スターリン問題は資本主義以降を考える上で、すなわちコミュニティーから社会主義をめざす上で、最後の、最大の難関と言ってもよいものである。横手氏の「スターリン」というこの文献は、今年を彩る最大で最後の贈り物となった。
 われわれは横手氏のこの呼びかけに応え、9月25日付『人民戦線の旗のもとに!』で全面的に取り上げ、その歴史的意義とわれわれの課題について論じた。それは次の3項目である。
 〔さて「いまなぜスターリンなのか」、「いまごろなぜスターリンなのか」という素朴な質問に対してわれわれは明確に次のように答える。
 第一に、歴史がスターリンの偉大さを承認し、歴史がスターリンの復興を求めている、ということである。ロシア国民にスターリンを敬愛する心情がなお強い、ということは歴史がそうさせているのである。大衆の動きの中に歴史時代があることを知らねばならない。
 第二に、現代の歴史時代がこの本を出版させたのである。アメリカの一極支配は終わり、世界は無重力となり、こうして資本主義の崩壊から次の時代たるコミュニティー共同体から社会主義をめざす時代へ。このとき、社会主義を傷つけるものこそスターリン問題であり、歴史はこれを正すよう求めている。こういう歴史時代がこの本を出版させたのである。
 第三に、こういう歴史の要求に答えて行動を起こし、歴史を正すものこそ前衛的集団、先進的知識人、そして大衆の力である。この本を執筆したのは歴史の要求に答えた先進的知識人の代表たる一人の学者であった。今後こうした先進的人びとが必ず出てくる。ここに歴史科学の必然性がある〕。
 今後の課題は何か。それはスターリンを否定する数々の「罪状」をどう見るか、ということである。これは現象的でなく哲学的・演繹法に因らない限り解明できない。人類世界、人間社会、民族と国家の発展と前進における根本的法則は「存在が意識を決定し、意識が存在を支配する」という哲学原理である。この哲学原理がすべてに貫かれていることを知らねばならない。スターリンの「血の粛清」とは何か。それは独ソ戦の前哨戦であった。トウハチェフスキーと歴史時代から哲学・演繹法的にみつめよ。


万物を支配する哲学歴史観とは何か。ここにすべてがある。未来展望に確信を持て!

 ビッグバン宇宙の誕生を含めて、人類の歴史はエネルギーの運動法則のもと、永遠の過去から永遠の未来に向かって絶え間なく運動し、発展し、前進し、転換し、止揚されつづけている。ここに哲学歴史観がある。この歴史観についてはエンゲルスが1875―76年にかけて書いた『自然弁証法』のなかで詳しく展開されているが、その中の核心部分は次の一文にある。
 「いまや現代自然科学は、運動の不滅の原則を哲学から採用しなければならなくなった。それなしには自然科学はもはや成立できなくなったのである。…
 運動はあらゆる外的条件との連関のなかで存在するが、根本的には運動する万物それ自身に内在する力学的能力、エネルギーが運動の不滅性を確定しているのである。…
 無限の時間のうちで永久に反復しつつ継起する宇宙の変化は、無限の空間に並列共存する無数の宇宙の存在に追加された論理的捕捉でしかない。…
 こうしてわれわれはふたたび、全自然は、最小のものから最大のものにいたるまで、砂粒から太陽にいたるまで、原生生物から人類にいたるまで、すべて永遠の生成と消滅、たえまない流転、やすみなき運動と変化のなかに存在するという、かのギリシャ哲学の偉大な創始者たちの見かたにたちもどったわけである」。


人類の歴史を見よ。エンゲルスの世界観が見事に証明されている。哲学・歴史科学に確信と信念を持て!

 マルクスの『ドイツ・イデオロギー』(1845―46年)、エンゲルスの『共産主義の原理』(1847年)のなかで展開されている哲学歴史観の核心は次のとおりである。ここに万物を支配する哲学・歴史科学の思想原理(演繹論)がある。
 ▽人類社会とその歴史を動かす原動・エネルギーは生産力(労働力と機械、道具)である。この生産力がまだなく、従って生産活動もなかった人類社会の当初は、すべてが大自然からの採集経済であった。従って、ここでの人間関係はすべてが共同、協力、連帯であり、コミュニティー共同体であった。家族共同体、部族共同体、地域共同体であった。
 ▽人口の増加、気候の変化、自然採集の限界は、人間社会に生産活動を促していく。生産力の獲得である。生産力はエネルギーの法則のもと、成長し、発展していく。そこから共同体のなかに余剰生産物が生まれ、財産となる。そこに生まれるのが、個人的欲望にもとづく財産争いであり、これは近隣部族を巻き込む争い、対立、戦争となる。人類史上に国家、権力が生まれていく。
 ▽生産力の発展が生産関係(国家と社会)を変化させていくという物理学の法則にもとづき、人間の頭脳に進歩と発展と変化を求める英知、理論、思想を生み出していく。この英知、理論、思想にもとづいて、人類社会は次々にその生産関係を変化、発展、転換を成し遂げてきた。原始社会―奴隷制社会―封建制社会―資本主義社会―独占と帝国主義時代という歴史時代である。
 ▽21世紀の現代史とは何か。人類史の前段は終わり、新しい段階たる近代的コミュニティーから社会主義をめざす新しい時代の幕開けである。
 1770年代から開始されたイギリスにおける産業革命によって近代資本主義は飛躍的に発展し、新たな時代、独占資本主義と帝国主義の時代に移行した。帝国主義とは、独占資本主義であり、同時に、最大限の利潤を求め、市場原理主義となって世界市場の独占のための、他民族と他国制覇をめざす侵略戦争である。独占資本と帝国主義とは、まさに戦争と暴力、略奪と虐殺、支配と収奪のための殺人マシンである。それは第一次世界大戦(1914―18年)では死傷者三千万人、第二次世界大戦(1939―45年)では民間人を含めた死傷者八千五百万人、そして第二次世界大戦以後の世界の戦争と内乱、テロと暴力による犠牲者はこの30年間だけで二千万人を超えている。まさに独占資本と帝国主義、現代資本主義は二億人を殺した大量殺人兵器であり、暴力機関であり、歴史はここから脱出しなければならない。そのために世界は激動している。
 独占資本と帝国主義の経済法則は、その限りなき欲望の自由放任にもとづく最大限の利潤追求であり、すべては利益第一主義であり、そのための生産第一主義、そして拝金主義である。
 そのための方法としての自由競争であり、その場所としての市場原理であり、結果としての弱肉強食であり、格差社会と大衆の貧困化である。
 こうして現代独占資本と帝国主義は地球と人類世界を物質万能主義の支配、動物的世界、人格と人間性そう失、地球とその環境破壊を生み出していった。
 現代世界に出現している戦争と内乱、暴力とテロ、民族紛争と国境対立、宗教と人種的暴動、あらゆる形の犯罪と殺人、腐敗と堕落はすべて、独占資本と帝国主義の経済法則が生み出したものであり、まさに哲学原理たる「存在(独占と帝国主義)が意識(社会現象)」を生み出す必然性なのである。
 「走れメロス」(太宰治の小作品)のように、欲望に憑(つ)かれた独占と帝国主義は、ただ、ひたすら、走りつづけてきた。そして最後の頂上に登り詰めた。もうその先はない。つまり、支配し、収奪し、略奪してしまったそこには、自分の意志とは無関係の世界、大衆的貧困と反乱と暴動と戦争と内乱、あらゆる形の犯罪と混乱と動揺の世界を出現させてしまった。最大限の利潤を求める無限の市場もなくなってしまった。
 こうして人類の歴史は、いつまでも同じ所に止まっているわけにはいかず、もうここから脱出しなければ進歩はない、という段階に達してしまった。人類の歴史をみればわかるとおり、爆発と収れんを通じて常に変化と発展を遂げてきた。とくに、独占と帝国主義は、自ら引き起こした戦争を通じて自ら崩壊していったのである。明らかなように、第一次世界大戦ではロシア帝国とドイツ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国とオスマン・トルコ帝国が消えた。第二次世界大戦を通じて日本、ドイツ、イタリアの三国ファシズムが消滅し、フランス、イギリスの帝国主義がその地位を失った。そして地球上最後の帝国、アメリカ帝国主義がイラク戦争を通じて崩壊している。こうして、つぎつぎに新しい時代に移行していく。それはすべて、生産力の発展が生産関係(国家と社会制度)を変更していくという経済法則の産物である。
 独占資本主義と帝国主義とは、近代資本主義の最高度に発展した最後の段階である。もう老い朽ちてその先はない。その先に出現するものは、人類史の新たな時代、階級対立と階級闘争を終結させた新しいコミュニティーの歴史時代である。こうして人類はつぎの新たな闘い、宇宙開発という新時代への移行である。経済学の新たな使命はこの闘い、大宇宙の開発に関する追求でなければならない。
(以上)