2015年(平成27年)4月25日付 428号


人類の歴史は生産力の発展に応じて生産関係(国家と社会制度)は常に発展、前進、転換していった。これからもそうである!

〈現代の歴史時代はまさに「資本主義の終焉と歴史の危機」(水野和夫著、集英社刊)の時代であり、次の時代こそ新しい時代としての「コミュニティー共同体」である。このことを明快に論じた「広島社会科学研究会」(2015年2月28日付)の報告をここに紹介する。この報告はまさに現代の歴史時代を正確に知らせており、大いに学ぶべき内容だからである〉

   広島社会科学研究会の報告
      (2015年2月・定例会)

 現実の世界は戦争だらけである。ここに資本主義は崩壊しその統治能力を失った姿がある。資本主義の崩壊、その先にあるのは、真の自由と民主主義と平和と安全の世界、協力と共同と連帯のコミュニティー共同体・社会主義である。これは歴史科学の法則であり、必然の世界である。
 混とんと混乱を極めるあらゆる国際情勢はわれわれの時代認識どおりであるが、なかでも最近の三つの特徴的な事実がそれを明確にしている。「ウクライナ問題」「ギリシャ問題」「イスラム国問題」である。
 @ 昨年3月、プーチン政権が軍事力を背景にウクライナ・クリミア共和国をロシアへ併合させた「クリミア問題」は、その後新たな展開のもと戦闘は激しく、混迷を拡大させ深化させ今日に至っている。ウクライナとロシアの戦争は、民族主義の衝突で、戦争は一層激しさを増してしまった。つまり、欧米派のウクライナ政府軍対ウクライナ東部の親ロシア派の武力衝突が継続している。
 しかし過去の歴史が教える通り、民族主義は対立と抗争と戦争であり、そこに真の勝利はない。弱肉強食の独占と帝国主義が生み出した事件であり、同時にその独占と帝国主義、資本主義の崩壊が生み出した事件である。
 A ユーロ圏に占める経済規模3%弱に過ぎないギリシャが再び世界の耳目を引いている。ギリシャはEU内一番のお荷物国家である。1月25日の総選挙でEU不要論、反緊縮策を掲げた左派連合が大勝した。しかしギリシャ政府は財政再建のための借金の返済が2月末に迫り、財政支援(借入)継続は必定であった。EUに対してロシアや中国への支援要請を口にするなど、揺さぶりをかけたギリシャであったが、実質上の支援国ドイツの断固たる姿勢で、ギリシャが譲歩を余儀なくされた。
 財政緊縮はギリシャだけではない。ギリシャに譲歩すれば今年度総選挙が予定されているスペイン、ポルトガル等の国内の反緊縮勢力が勢いづくのではという懸念もある。
 B「イスラム国」が世界を引っ掻き回している。1月、フランスの週刊新聞社襲撃事件以来、拉致日本人の殺害、2月デンマーク連続射殺事件をはじめこの間世界の各地でテロ活動が報告されている。イスラム国を支持する勢力は16か国にまたがり、30組織もあるという。2015年2月21日付朝日新聞は「『イスラム国』拡大を警戒」という見出しで次のように書く。深刻なのは、中東やアフリカ、南アジアへの拡散だ。米国の情報機関幹部は3日の米下院軍事委員会で、イラクやシリア超えて『イスラム国』の勢力が拡大していると証言。『アルジェリアやエジプト、リビアの非支配地域で関連組織を設立している』と警戒感をあらわにした。オバマ大統領が呼びかけ、ワシントンで開催したテロ対策を協議する「暴力的過激主義対策サミット」が、2月19日閉幕した。60以上の国の代表が集まったが、何一つ解決策を示すことはできなかった。「イスラム国」を巡る戦いは新たな中東戦争の始まりとなっている。


今後の方向。コミュニティー共同体は歴史の必然であり、必然が生み出す偶然としての先進的知識人の発言や共同体運動の事例・実践に目を向けよ。

 宇宙の誕生がビッグバンであったように、今後世界を揺るがすような大事件を通じて、コミュニティー共同体・社会主義以外ないという運動と闘いが本格的に展開されていく。
 2012年2月9日付朝日新聞によると、欧州連合(EU)の経済危機の中でイタリア北部、フランス南部、スペイン北部等各地に自衛のための地域共同体社会を作る運動が広がっているという。アメリカのスーパー、マクドナルドの出店に反対し、「地中海の緩やかな暮らしを変えなくていい。過剰な消費をやめ、慎み深かったころに戻るべきだ」「今の危機は、麻薬に侵されたような成長とスピードばかりを優先してきた資本主義のあえぎだ。正すべきは、それに侵された私たちの生き方だ」という大衆の声を広く呼びかけ、「コンビビア(共同体)運動」を開始、それはヨーロッパの各地、世界120か国(1500支部)に広がっているという。
 国内でも東日本大震災の被害からの復興を目指す過程での実践例が報告されている。朝日新聞(2015年1月16日付)は「復興計画、主役は住民」と題して次のように伝える。宮城県気仙沼市の只越地区は117世帯のうち約40世帯が東日本大震災の津波で流され、新しいまちづくりを話し合う住民の「災害復興協議会」(亀谷事務局長)を2011年8月に立ち上げた。当初は「行政に任せればいい」と思っていたが、何も進まない。そこへ、阪神・淡路大震災で、住民の意見を丁寧にまとめないと復興は順調に進まないことを経験してきた神戸まちづくり研究所事務局長の野崎氏との出会いがあった。只越の協議会は月1回持たれていたが、意見を言う住民が少ない。いろいろな形で意見を吸い上げ、これを一般化していく過程で議論が活発になり、議論を積み重ねついに2012年7月、希望者がまとまって移転することを決定。高台移転を計画する市内38地区の中で早い復興だ。事務局長の亀谷さんは協議会体験の教訓として次のようにいう。「みんながまちづくりを自分のことと考えるようになった」「時間がかかっても、みんなが納得して進めることが将来につながる」と。
 ここには住民の住民による住民のための直接民主主義としての「協議会」という名の人民の権力(評議会)・共同体の具体的な勝利の実践がある。
 一方理論的にも多くの知識人が共同体についてかたり始めている。
 『新・国富論』(文春新書2012年12月)で浜矩子氏は「国民国家の存在感が希薄化するとき、その陰から地域共同体が顔を出す」と、資本主義の次はコミュニティー共同体であるといっているのだ。
 神戸女学院大学名誉教授・仏現代思想家の内田樹氏は、2014年11月14日付「朝日新聞」の原発再稼働を巡る問題のインタビューに答えるなかで次のように発言している。「多くの国民は国土の汚染や健康被害のリスクを受け入れてまで経済成長することよりも、日本列島が長期的に居住可能であり、安定した生活ができることを望んでいます。成長なき社会では『顔の見える共同体』が基礎単位となることでしょう。生きていくために必要な、医療や教育や介護などは共同体内部で貨幣を媒介させずに交換される。そのような相互支援・相互扶助の共同体がポスト・グローバル資本主義の基本的な集団の形になるだろうと私は予測します」と。氏は資本主義の次はずばり社会主義であると、その内容を語っているのだ。
 尚美学園大学名誉教授・丸尾直美氏は2015年1月14日付「産経新聞」「正論」で「市場経済が発展すると利己的な金銭動機による行動が支配的になり、人と人との相互の信頼や思いやりすなわちコミュニティーが失われる。かくしてコミュニティーの喪失と再興が先進国で話題になっている。日本でも東日本大震災が一つのきっかけになり、人と人との絆や相互の助け合いの大切なことが自覚されるようになった。コミュニティー再生を思わせる動きである」として自らのコミュニティー運動の取り組み経験といくつかの事例を紹介しながら貴重な教訓を紹介している。それは、コミュニティーづくりは住民が参加し主導しなければならず、コミュニティーとは互助のことであり市場や政府にはできない、と断定する。氏は、コミュニティーは住民ら(人民)の直接民主主義にもとづく決定と行動(人民権力)が行政を動かして成功すると語っているのだ。
 なぜこのように次々とコミュニティー運動や共同体を語る知識人が登場しているのか。それは歴史科学であり現代という歴史時代(自然災害による危機、環境破壊、経済危機、すなわち資本主義の危機・崩壊)が求めるからである。資本主義の行き詰まり、混迷・崩壊が「さー、どうする」という問いかけに、自然発生的に答えたのが先の事例である。しかしここで決定的に大事なことは、真の自由と民主主義、真の平等と公平と人間性の豊かさは、国家と社会そのものが協力と共同のコミュニティーでなければならず、生産活動もまた個人主義ではなく、社会的欲望(社会の需要)と社会的人間の欲望(大衆的人間の需要)に答えられる目的・意識的・計画的生産、計画経済でなければならない、ということである。


結 論

 以上の如く現代の歴史時代が求め、現実の世界が理論的(先進的知識人が説くように)、そして実践的(ヨーロッパ各地に広がっている共同体運動)事実をよく認識し、この歴史的運動と固く結びつけて、ギリシャ国民と指導者は、歴史的に価値あるこの戦いに全力をあげるべきである。ここにギリシャの正しい生き方と真の活路がある。


コミュニティーとは何か!

 ▼ 哲学・歴史科学の運動法則が現在求めているのは、最大限の利益追求第一主義・物質万能主義と拝金主義・自由競争という名の弱肉強食・非人間的格差社会、という現代資本主義を否定する。
 そして人民の人民による人民のための世界・共同生産・共同分配・協力・共同・連帯の人間社会・大自然と共に生きる豊かな人間生活の実現、である。
 ▼ コミュニティー、人民による人民のための人民の世界。それは国家、社会、生産活動の運営目的を、最大限の利益と利潤追求のみに注ぐのではなく、すべてを人民の生活と文化水準と社会環境の安心・安全・安定のために注ぐ。
 ▼ 金と物がすべてではなく、人間の心と自然の豊かさが第一であり、姿や形だけの美しさではなく、働く人びとの生きる姿と心の美しさが第一であり、一人だけで急いで先に進むのではなく、遅くてもみんなが一緒に進む。
 ▼ 人類とその社会は生まれたときから環境の産物であり、歴史的なものであった。環境が変われば人類とその社会も変わる。国家と権力が変われば人類社会は変わる。
 ▼ そのための力こそ、すべてを人民のための・人民による・人民権力であり、その具体的表現たる人民評議会である。
 ▼ 人類が最初にはじめてつくった社会は、原始的ではあったが、そこにはまさに共同と共生と連帯の人間的社会があった。そしていくたの回り道をしたが、その間により大きくなってもとに帰る。つまりより高度に発達した近代的コミュニティー国家と社会へ。ここから本当の人間社会、人民の社会が生まれる。こうして人類は総力をあげて大宇宙との闘い、新しい闘い、宇宙の開発と開拓の闘いに進軍するであろう。
                                   (以上)


(一)コミュニティー共同体から社会主義へ。これを推し進めた土台、推進力としての評議会(ソビエト)に学べ。ここに勝利の法則がある!

 一九〇五年に発生したロシアにおける第一革命は、一九一七年に勝利したロシアにおける社会主義革命の予行演習であった。一月十六日、ペテルブルグのプチロフ工場におけるストライキと一月二十二日の「血の日曜日」から開始され、六月二十七日の戦艦ポチョムキンの反乱から、十二月二十三日から三十日にかけての武装労働者の蜂起と政府軍との市街戦、政府軍による鎮圧、というこの革命戦争の中でソビエトは生まれた。
 十月二十六日、ペテルブルグのプチロフ工場に最初の労働者代表ソビエトが結成され、それはモスクワ、バクーなどロシアの主要都市に拡大された。工場毎のソビエトは地域ソビエトへ、産業別ソビエトへと進んだ。労働組合、非組合員、政党、政派、宗教に関係なく、そこで働き、そこで生活しているすべての人びとの共通の意志によって決議され、承認された、真に大衆を代表する機関としてのソビエトであった。このモデルは軍隊にも波及し、「兵士代表ソビエト」が軍内に、そして農民の間には「農民ソビエト」が生まれた。こうしてレーニンとボリシェビキの指導のもとに、全ロシアに、地域ソビエトから、全国ソビエトへと広がった。これを拠点に、一九一七年十月の社会主義革命では「全権力をソビエトへ!」という統一スローガンにもとづくロシア社会主義革命へと成長転化したのである。
 事実が証明したとおり、「評議会」とは、人民大衆による「直接民主主義」の形態である。そこで働く、そこで生活する人民大衆が生産点と生活点で、共通の意志と、共同の認識を集団の意志と政策として集約し、これを機関としての「評議会」で確認し、権力の意志として執行していく。これである。
 レーニンはロシアにおける第一革命から学んで、十月革命の直前の一九一七年八月―九月に『国家と革命』という論文を発表したが、その中ではっきりとつぎのように書いている。「二十世紀初頭の帝国主義段階におけるプロレタリア革命はパリの労働者が生み出したコミューン型でなければならない。そのロシアにおける具体化がソビエトである」と。
 真の民主主義とは、自覚された人民大衆の共同の意志、共通の認識、協同行動にもとづく政策の確立と確認、である。人民大衆は、生産点、生活点、つまり労働と生活の中で、互いに協力し、共同し、共通の要求にもとづく運動と闘いの中で、連帯し、交流し、自らのコミュニティーを作り上げていく。ここに真の民主主義がある。その集大成されたものこそ「評議会」である。
 こうした評議会(ソビエト)の決定こそ人民大衆の創意、強固な意志であり、これが大衆の思想となり、この思想と意識のもとでのみ大衆は生死をかけて戦うのである。


(二)コミュニティー共同体から社会主義の道へ、そのための直接民主主義たる評議会(ソビエト)の巨大な力、そのエネルギーにもとづく偉大な歴史的勝利の経験に学べ!

 ロシア革命、ソビエト・ロシアの外国武力干渉軍と国内戦の戦いについて。

 第一次世界大戦の結果が生み出した最大の歴史的事件は、ロシアにおけるツァー帝政の崩壊と民主主義革命から社会主義革命への勝利にもとづく、ソビエト・ロシアの樹立であった。ところがこの革命の世界への波及を恐れた帝国主義と資本主義諸国は、成立したばかりの若いソビエト・ロシアに四方八方からいっせいに襲いかかり、この国を絞め殺そうとした。一九一七年十一月にソビエト・ロシアが成立。一九一八年のはじめからまず英・仏が東北方面から進攻。日本と米国は夏からシベリアに出兵。一九二二年まで世界中の帝国主義と資本主義国合計十六ヶ国が干渉軍を編成して帝国主義戦争を仕掛けた。旧帝政時代の将軍たちも、各地で反乱を起こした。人類史における帝国主義戦争でこれほどの過酷なものはなかった。ソビエトは生まれたばかりの若い国であり、しかもツァーが起こしたドイツとの戦争は敗北を重ね、国土は荒廃し、兵士は疲れ果てていた。そこに外国軍と国内反乱軍との戦争である。外国干渉軍と国内反乱軍との国内戦は、一九二〇年には主要都市でソビエトの勝利に終わり、日本軍だけが一九二二年まで残った。ソビエト共産党第十回大会は一九二一年三月八日にモスクワで開かれ、帝国主義との戦争の勝利と、新しい経済政策(ネップ)への移行を決定。プロレタリア革命(人民革命)の偉大な勝利をたたえた。この戦争の犠牲者は兵士と民間人を合わせて千四百万人にのぼった。

 帝国主義との戦いに勝利した歴史上の二つの経験のもう一つはベトナム戦争である。

 第一次世界大戦直後のソビエト・ロシアの外国武力干渉軍と国内戦におけるソビエトの勝利を引き継いで、歴史上二回目の帝国主義への勝利はベトナム戦争である。一九六二年から一九七三年にかけて戦われたこの戦争は誠にし烈を極めた。アメリカは延べ三百万人の兵力を動員、死傷者は三十五万八千人に達し、二千人以上の行方不明者、戦後の帰還兵は各種の障害に苦しみ多くの自殺者を出した。アメリカはこの戦争では原爆以外のあらゆる化学兵器を使った。第二次大戦でアメリカが使った爆弾投下量は六百十万トンなのに、ベトナム戦争の一九六五―七三年間だけでも千四百万トンに達した。特に化学物質である枯れ葉剤の使用は山や森や林を消滅させ、人間性を否定するようなシャム双生児や、無脳症など、先天性奇形児の出産や、死産を多発させた。
 この戦争で、ベトナム側の戦死者三百万人、民間人の死傷者は四百万人に達した。そしてベトナムは勝利した。それはソビエト・ロシアの勝利と同じ法則、つまり人民戦争として戦い、人民戦線を内外に結成し、そして人民闘争は革命的英雄主義(祖国と人民のため、帝国主義からの民族解放、自由と独立の正義の戦いという思想と政治認識)を発揮した。ここに歴史上二度目の帝国主義に勝利した経験と教訓がある。


(三)コミュニティー共同体から社会主義への道は、哲学歴史科学の法則が示す必然の道である。哲学歴史科学に学べ!

 レーニンの時代は外国干渉軍と国内反乱軍とのし烈な戦争とその勝利、「共産主義土曜労働」(社会主義競争)による社会主義の基礎的建設の勝利の時代であった。

 徹底的に破壊されたこの国土に社会主義を建設するにあたり、その苦難な経済建設に、若い青年たちが決起する。それが「共産主義土曜労働」である。土曜日の半日休業を返上し、無償労働で祖国と社会主義建設に奉仕しようというこの運動は全国に広がった。レーニンはここに真の競争「社会主義競争」があると高くたたえた。戦争時の「戦時共産主義」、平時の「共産主義土曜労働」、ここに資本主義の「弱肉強食の自由競争」と、ソビエト社会の「社会主義競争」の違いがある。

レーニン、スターリンのソビエト社会主義建設の偉大な勝利を証明する世界の記録と、多くの証言をみよ。客観的事実の中から社会主義計画経済の正しさを確認しよう。

 レーニンのあとを継いだスターリンは、遅れた農業国のロシアを、近代的な重工業と化学技術工業国へ向けた計画経済を実施。一九二八年から開始された第一次五カ年計画は、つぎつぎに継続して実現され、その中から新たな社会主義競争も展開された。その一つがスタハノフ運動である。一九三三年から始まった第二次五カ年計画の中で、ドンバス(ウクライナ南部の炭鉱)で働くスタハノフ(一九〇六―一九七七)は、技術の研究と改良、作業手順の綿密な検討と合理化の中で、今までの十四倍という生産量の増大を実現させた。スターリンはここに社会主義競争の見本があるとして「スタハノフ運動」を全国的に展開した。
 レーニン、スターリンの社会主義経済建設の巨大な発展については、世界の新聞、雑誌、統計資料、学者知識人の発言などによってそのことは証明されている。その代表的な実例の中には、一九八五年度版『共同通信社・世界年鑑』がある。そこでは、ソビエト経済について「工業の成長率は第一次五カ年計画(一九二八)以来、一九五九年まで、第二次世界大戦中を除いて最低でも一〇%という高度成長を達成した」と記録されている。
 そして学者・知識人の証言についてはジョン・K・ガルブレイス(一九〇八―二〇〇六)がある。アメリカ経済学会の大御所で、一九七〇年代のアメリカ経済学会会長で、二十世紀経済学の巨人、アメリカ知性の代表といわれたガルブレイスは、一九八九年四月出版の著作『資本主義、社会主義、そして共存』の中でつぎのように書いている。「資本主義諸国が一九三〇年代に大恐慌と不況にあえいでいたとき、ソ連の社会主義経済は躍進に躍進を続け、アメリカに次ぐ世界第二位の工業国になった。そして完全雇用と社会保障をやってのけた。そして三〇年代、四〇年代の科学と技術、兵器と軍事技術、原子エネルギーと宇宙開発、大西洋横断とジェット機開発、などの近代科学と技術の分野ではソビエトは当時世界をリードしていた」と。ガルブレイスはその本の中で、このソ連経済が崩壊しはじめたのは一九七〇年代以後(フルシチョフの修正主義によってソビエトの党と国家が変質したあと)のことであったことを論じている。
 そしてもう一人、日本では小泉信三(一八八八―一九六六)の発言をあげることができる。小泉氏は日本の有名な経済学者で、慶応義塾の学長を務め、現天皇の皇太子時代の教育係を務め、文化勲章の受章者であり、昭和日本を代表する最高の知識人であった。氏は名高い反マルクス主義の闘将であり、マルクス主義批判を展開するその氏が、一九三三年に出版した『マルクス死後五十年―マルクシズムの理論と実践―』(好学社・刊)の中で、スターリンの五カ年計画の巨大な発展に目を見張り、つぎのように書いている。「ソビエト経済の発展は従来、しばしば、局外観察者の予想を驚かせた。ことに一九二八年以降における累次五個年計画の成績は、懐疑的批判者の意表にでるものが多かった。この点において、著者もまた対ソビエト観察において一再過ちを犯したことを自認しなければならぬ。…勿論ソビエト経済は、ソビエト当路者少数人の力によって発展して来たものではなく、当路者その人がすでに一面環境の所産であることは、これを争うべくもない。しかもそれ自身一面環境の所産に外ならぬソビエト政治家その人の洞察眼と実行力とが、最も重要の点でその発展を左右して来たことは、否定し難きところである。著者はこの予測し難きものの予測において一度ならず誤った」と。小泉氏はこのように自らの認識不足を認め、ソビエト経済の驚くべき発展を謙虚に認め、率直にスターリンの力量に脱帽しているのである。一流の人間こそがこのように事実を事実として認めるのであり、二流三流の小人物は事実を事実として認められないのである。
 スターリンのこのような計画経済と社会主義建設の勝利が第二次世界大戦におけるソビエト軍の大勝利を生み出したのである。


結 語

 ▼人民による人民のための人民の世界とは何か。それは国家、社会、生産活動の運営目的を、最大限の利益と利潤追求に注ぐのではなく、すべてを人民の生活と文化水準と社会環境の安心・安全・安定のために注ぐ。ここにコミュニティーがある。
 ▼コミュニティーでは階級支配は基本的には消滅する。共同体社会であるかぎり、そこには人民大衆、ただ一つの階級社会である。人民による人民のための人民の社会である。故にこのような社会(存在)が、そのような存在(環境)がそれにふさわしい人間を作り出していく。環境が人間を作り出す。新しい時代と新しい社会と新しい環境が新しい型の人間を生み出す。こうして人類の前史は終わり、人類社会は新たな闘いに向かって前進する。それは全宇宙との闘い、宇宙の開拓と開発の闘いである。
 ▼人類の歴史を見ればわかるとおり、一つの支配権力、一つの国家形態が永遠であったことは一度もない。歴史は常に運動し、変化し、発展し、転換して次々と新しい時代を作り出していった。そして歴史を見ればわかるとおり、変化は静かで一直線ではない。爆発と収れんは歴史法則である。歴史は必然性をもって前を目指すが、その過程では常に偶然が伴う。偶然は必然のための産物であり、偶然は必然のための糧である。そして必然の世界とは人民の人民による人民のための世界であり、より高度に発展したコミュニティー社会である。歴史は到達すべきところに必ず到達する。
 ▼人類が最初にはじめてつくった社会は、原始的ではあったがそこにはまさに共同と共生と連帯の人間的社会があった。そしていくたの回り道をしたが、その間により大きくなってもとに帰る。つまりより高度に発達した近代的コミュニティー国家と社会へ。ここから本当の人類の社会、人間の社会が生まれ、人類は総力をあげて新しい闘いに進軍する。
                                   (以上)