2015年(平成27年)8月25日付 432号


そして民族主義は戦争であり、その運命はヒトラーと日本軍国主義の歴史とその結末が教えている通りである。賢者は歴史に学べ!

ギリシャはいったいどうなるのか、世界が注視したギリシャ危機は、7月13日、欧州連合(EU)の「ギリシャ支援合意」で一応の決着をみた。西の民族主義、ギリシャはどこに行くのか。
 第一は、ギリシャは完全にEU(実質的にはドイツ)の管理下に置かれてしまった。自立した独立国家ではなくなった。左翼民族主義の敗北であり、民族主義の価値はもうない。税金の増額、公務員の人員削減、年金の減額などすべて監視される。資本主義の世界では小さな国、少数民族は生きられない。民族国家の消滅。現代資本主義の運命、資本主義の崩壊の姿がここにある。
 第二は、ギリシャの運命は資本主義の国家と民族の運命である。カネや、国際マネーによって揺さぶられ、支配され、破綻、崩壊していく。ギリシャはカネのドレイとなった。ギリシャの反EU(7月5日の国民投票で圧倒的多数がEUを否決)はギリシャ民族の資本主義への拒否宣言であった。だが左翼民族主義は正しく受け止めなかった。だからコミュニティーの道でなく、ヒトラーと同様、「左」のスローガンを掲げた民族主義は敗北した。
 第三は、大衆の反乱は必然である。あのワイマールへと進まざるを得ない。歴史は革命か、ファシズムか、を提起する。ファシズムは現代の歴史時代が許さない。革命は必然である。つまり資本主義の先は、コミュニティー共同体から社会主義への道である。ギリシャはこの道をめざして戦うべきであった。ここに活路があったのだ。資本主義はもう崩壊したのであり、EUの勝利や民族主義への回帰など、あり得ない。歴史は前へ前へと進む。
 東の民族主義、安倍政権はどうなっているのか。
 今国会の異例な会期延長は安倍政権崩壊の始まりである。集団的自衛権の行使容認を柱とする安全保障関連法案の国会承認を強行するため、現憲法下での最長95日間延長という暴挙は安倍内閣の苦悶の表現である。それほどまでに政権を追い詰めているのは学者、知識人、文化人、市民、学生たちの安倍政権への批判と抗議が渦巻のように広がっていることにある。ここに現代の歴史時代がある。つまり、歴史は前へと進むのであって、けっして昔の時代へと後戻りはさせないのである。歴史を科学として認識せよ。
 安倍首相は右翼民族主義者である。それは岸信介から安倍晋三へと連なる右翼民族主義の思想である。その運命は日本軍国主義の敗北、民族主義の教典たるナチス・ドイツの運命をみればわかるとおりである。西のギリシャはEUの軍門に下って敗北したが、東の安倍政権も同じ民族主義として、敗北の道を急ぎ足で進んでいる。
 「全宇宙と万物は、エネルギーの運動法則にもとづいて、永遠の過去から永遠の未来に向かって休みなく運動し、前進し、発展し、転換し、止揚されていく。歴史は前へ前へと進むものであって、けっして後戻りするものではない。そして前へ進むためにこそ古いもの、現在を乗り越えねばならない。改革、変革、転換である。そのために歴史は人間に改革、変革、転換への思想・意識・自覚を求める。さあどうするか、である。そして人間は必然の哲学法則として「存在(歴史)が意識(思想認識)を決していく」。思想・意識が人間の行動を律していく。このような思想・意識の転換は、まず前衛的人間、知識人、先進的頭脳の人たちに実現され、そのあとに多数の大衆が結集していく。こうして思想・意識は大衆のものとなり、歴史は必然の世界に向かって転換し、前進する。宇宙と人類の歴史をみよ。歴史(事実)が必然の世界を証明しているではないか」ということである。


(一)ギリシャ問題は現代資本主義の縮図である。ギリシャは内部崩壊せざるを得ない。それは市場原理主義という弱肉強食主義の資本主義制が生み出す必然性なのである。

 世界を見れば、地球上最後の帝国主義であるアメリカの一極支配がついに終わりを告げ、現代資本主義は求心力を失い、漂流と無重力世界が出現、遠心力が作用し、俺も俺もとばかり、民族主義が世界に広がった。そしてバラバラとなり、資本主義崩壊を決定づけたのである。
 ヨーロッパ共同体(EU)内にも右翼民族主義政党が各国に出現、EU解体の声も出現しつつある。こうしたなかでギリシャ問題が発生したのである。ギリシャのチプラス政権は左翼民族主義政権であり、これはまさにギリシャ左翼民族主義のEUへの反乱である。だが歴史が教えているとおり、民族主義に未来はない。ギリシャは敗北し、EUという大国(独占的資本主義)によって押しつぶされてしまった。
 ギリシャ問題の本質はつぎの点にある。
 ギリシャ問題は現代資本主義の縮図である。
 ギリシャは内部崩壊せざるを得ない。それは市場原理主義という弱肉強食主義の資本主義制が生み出した必然性なのである。
 右翼民族主義の失敗から左翼民族主義を生み出した現政権もまた同じ運命を進んでいる。こうして歴史は人民の世界たるコミュニティー共同体を求めて前進する。

安倍政権の本質は日本における右翼民族主義復興の先駆けである。しかしこれは歴史科学の法則に違反しており、必ず敗北する!

 自民党政権を含めた歴代の政権は、戦争放棄を明記した憲法9条から見て、自衛隊の海外での「武力行使」はみとめない、というのが不文律だった。それを変える。眼目は「尖閣諸島をめぐる小競り合いがあるのではないか。その時アメリカが前面に立つ。日本は何もしなくていいのか。国益のためには憲法解釈を変える」というものだ。
 その核心は何か。
 第一は、歴代政権の憲法解釈を変える。憲法9条を無視して、安倍政権が戦後初めて、自衛隊の海外での武力行使をやる、ということに踏み切った。戦争をやる。戦争に踏み切った、ということ。
 第二に、憲法9条の武力を使わない、ということを破棄して、戦争に参加する。これを憲法解釈を変えて内閣の手で、いとも簡単にやる、ということ。誠に恐ろしい出来事である。歴代内閣がやりたくてもこれだけは手が付けられなかったこと、こんなことを安倍内閣はやる。
 第三に、6月15日付産経新聞は表付きで、新聞各紙の社説から見て、集団的自衛権の行使を容認しているのは、産経、読売、日経の各紙で、反対しているのは、朝日、毎日、東京の各紙だと書いている。朝日新聞に批判の目を向けているが、実は3対3でちょうど半々である。他の新聞や雑誌も大体同じようなもので、そこから見れば、日本の世論は半々に割れているということである。
 安倍政権が右翼民族主義の立場を鮮明にすればするほど、世論も、政界も、右翼もみんな分裂していく。これは日本だけでなく、世界共通である。歴史科学に反すれば、歴史の反映が世論の形で表れてくるのだ。これを見ても歴史がこのやり方を認めてはいない、ということである。歴史は前へ、前へと進むのに、それを逆戻りさせようとするから、歴史は怒るのである。だから世論が分かれる。安倍政権のこのようなやり方は絶対に成功しない。このことを歴史科学の法則として断定する。
 なお付け加えておくべき事は、中国と韓国から加えられる反日宣伝(日本は戦前、中国や韓国を侵略し、収奪し、支配した。この侵略をはっきり認め、謝罪し、補償せよ)についてはまったく哲学・歴史科学から見る限り完全な民族主義的独断論であり、安倍民族主義と合わせて三国民族主義の泥仕合であり、すべては歴史が解決するであろう。


(二)現代世界は無重力の世界であり、漂流する歴史時代であり、こうして資本主義の終焉は迫る!

 日本経済新聞の滝田洋一編集委員はかつて(2014年3月10日付)紙面に大きなスペースで「世界を覆う無重力の連鎖」という一文を発表、次のように論じた。アメリカのオバマ大統領はついにアメリカはもう世界の警察官役を降りる、と明言した。アメリカの政治アナリスト、イアン・ブレマー氏は指導国なしのGゼロの世界こそ、ゼロ・グラビティ(無重力)を生み出している、という。世界中に発生している多くの対立、抗争をみていると何かムズムズする、と。
 このことを確認したのが、ロンドンに本部を置く「国際戦略研究所(IISS)」発行の月刊誌「サバイバル」の2015年2〜5月号その表紙・見出し「世界は漂流する」である。この中で論じられているのはアメリカによる一極世界支配は終わった。経済力、軍事力、国力、そしてアメリカの政治風土の変化などから、もはやこの国は世界の中心たり得なくなったことを的確に論じている。
 このようにアメリカを変化させたのは、2001年9月11日、アメリカの中心部を襲った同時多発テロであった。9月11日朝(日本時間同日夜)、ハイジャックされた4機の旅客機を米国の中枢機関に次々と激突させ破壊させるという同時多発テロ事件が発生した。米経済の象徴であるニューヨークの110階建て世界貿易センタービルが2棟もろとも炎上、崩壊、全壊した。そして同じ頃、軍事力の象徴であるワシントン郊外の国防総省(ペンタゴン)も炎上した。死者だけでも6000人を超えた。
 ブッシュ米大統領は、直ちに「これは戦争であり、報復する」と声明、犯人はアフガニスタンを実効支配する「タリバン政権」であり、イスラム教原理主義オサマ・ビンラディン率いるテロ集団「アルカイダ」(基地)だとして、テロに対する総力戦を明言、国際社会を総動員して犯人の拘束とテロ集団のせん滅、タリバン政権やテロ支援国との長期の戦争を宣言した。
 新聞もテレビもすべてのマスメディアは「戦争だ」として大騒ぎになり、国際テロを相手とする「新たな戦争」だ、敵の見えない「21世紀型の戦争」だ、「第五次中東戦争」だ、「第三次世界大戦」だと、いろいろ形容した。
 一極超大国の論理、独り勝ちの横暴、これらに対する積もり積もった怒りの爆発、これが同時多発テロとなり、アメリカ物質万能主義、拝金主義と利益第一主義の象徴、マンハッタンの世界貿易センタービルを襲撃、ついでに軍事力の象徴、国防総省をも炎上させたのである。同時多発テロは、まさに被圧迫民族と人民の反帝国主義的爆発であり、それは歴史の必然的産物であった。

レーニンが理論的に展開したとおり、帝国主義は帝国主義戦争を通じて崩壊する歴史科学を正しく認識せよ!

 この問題に関する理論的根拠はレーニンの『帝国主義論』(正しくは『資本主義の最高の段階としての帝国主義』)(1916年)である。レーニンは次のように提起する。「資本主義の生産力(経済成長)は益々発展し、独占資本主義となる。独占資本主義は最大限の利益を求め、他民族を支配し、その拡大を求めて帝国主義戦争を引き起こす。しかし帝国主義は帝国主義戦争を通じて自壊する。このとき、人民大衆は人民革命をめざして帝国主義戦争を内乱に転化する」と。
 そしてレーニンの理論は哲学科学的歴史観に徹している故に、歴史がその正しさを証明した。それが第一次世界大戦と第二次世界大戦である。
 第一次世界大戦(1914〜1918年)植民地への覇権をめざして帝国主義陣営は二大陣営に分かれて戦った。その結果ロシア帝国、ドイツ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国、オスマン・トルコ帝国が崩壊、消滅した。(ロシアでは社会主義革命によるソビエトが、ドイツでは社会民主主義革命によるワイマール共和国が成立)
 第二次世界大戦(1939〜1945年)植民地再分割をめざすこの戦争も二大陣営に分かれて戦われた。独、日、伊を中心とするファシズム同盟と、米、英、仏を中心とする連合国という二大陣営である。
 結果はファシズム陣営の敗北となり、独、日、伊のファシズムは消滅し、全世界に反ファシズム民族独立運動が燃え上がり、中国革命とベトナム革命が勝利した。そしてこの戦争を通じて、イギリス帝国とフランス帝国はすべての植民地を失い、帝国主義としての地位を失ってしまった。こうして世界的に帝国主義として生き残ったのは、アメリカ帝国主義ただ一つとなった。こうして多くの帝国主義は戦争を通じて消えていったのである。レーニンの予言通りであり、それは哲学歴史科学の法則だからそうなるのである。アメリカもまたその帝国主義の運命を踏襲しつつある。
 人類世界は必然の道を力強く前進していることに確信をもとう。


(三)哲学・歴史科学の法則は、資本主義崩壊は必然であり、その後は人民の世界であり、コミュニティー共同体から社会主義への道であることを示している。これは科学的法則である!
     ―コミュニティー共同体とは何か―

 人類の歴史はそのエネルギー(生産力)によって一貫して運動し、前進し、発展し、転換(変革)されてきた!

 エンゲルスは『自然弁証法』(1875年)によって宇宙と万物を支配するエネルギーの運動法則の産物としての現代世界のあり方を解明した。
 マルクスはその著作『経済学批判・序論』(1859年)によって人類世界の歴史と未来展望について哲学・歴史科学的に解明した。哲学歴史科学観の核心はつぎの点にある。
 @ 人類の歴史とその社会(国家と社会制度)のあり方を決定するのはエネルギーとしての生産力である。「生産力が生産関係を決定する」。つまり、経済力が生産関係たる国家と社会のあり方を規定していく、ということである。生産力とは人間の労働能力だ。
 A 生産力は常に前進し、発展していく。一ケ所で止まった時代は一つもない。これにもとづいて国家と社会も常に変化していった。原始時代―古代―中世―近世―そして現代という歴史過程を見ればはっきりしている。
 B 歴史は常に運動し、前進し、発展し、転換していくのであって一ケ所に止まっているわけではない。現代資本主義はつぎの時代たるコミュニティー共同体から社会主義へと移行せざるを得ない。これは哲学歴史科学が進む必然の道である。
 C 哲学・歴史科学の運動法則が現在求めているのは、最大限の利益追求第一主義・物質万能主義と拝金主義・自由競争という名の弱肉強食・非人間的格差社会、という現代資本主義の否定である。
 そして人民の人民による人民のための世界・共同生産・共同分配・協力・共同・連帯の人間社会・大自然と共に生きる豊かな人間生活の実現を求めているのである。
 D 現代資本主義は独占と帝国主義の時代、最高度の段階に到達し、登り詰めてしまった。エネルギーの運動法則から転換せざるを得ない。これで人類の前史は終わり、新しい歴史時代に移行する。
 E この人類の後半たる新しい歴史時代とは何かについてエンゲルスは『自然弁証法』で明言している。「人類は挙げて大宇宙との闘いに進軍する」と。
 そしてマルクスの学説の正しさは、歴史そのものが、事実で証明しているのである。

コミュニティーとは何か!
 ▼ 哲学・歴史科学の運動法則が現在求めているのは、最大限の利益追求第一主義・物質万能主義と拝金主義・自由競争という名の弱肉強食・非人間的格差社会、という現代資本主義を否定する。
 そして人民の人民による人民のための世界・共同生産・共同分配・協力・共同・連帯の人間社会・大自然と共に生きる豊かな人間生活の実現、である。
 ▼ コミュニティー、人民による人民のための人民の世界。それは国家、社会、生産活動の運営目的を、最大限の利益と利潤追求のみに注ぐのではなく、すべてを人民の生活と文化水準と社会環境の安心・安全・安定のために注ぐ。
 ▼ 金と物がすべてではなく、人間の心と自然の豊かさが第一であり、姿や形だけの美しさではなく、働く人びとの生きる姿と心の美しさが第一であり、一人だけで急いで先に進むのではなく、遅くてもみんなが一緒に進む。
 ▼ 人類とその社会は生まれたときから環境の産物であり、歴史的なものであった。環境が変われば人類とその社会も変わる。国家と権力が変われば人類社会は変わる。
 ▼ そのための力こそ、すべてを人民のための・人民による・人民権力であり、その具体的表現たる人民評議会である。
 ▼ 人類が最初にはじめてつくった社会は、原始的ではあったが、そこにはまさに共同と共生と連帯の人間的社会があった。そしていくたの回り道をしたが、その間により大きくなってもとに帰る。つまりより高度に発達した近代的コミュニティー国家と社会へ。ここから本当の人間社会、人民の社会が生まれる。こうして人類は総力をあげて大宇宙との闘い、新しい闘い、宇宙の開発と開拓の闘いに進軍するであろう。


結び

 われわれの未来展望とそのスローガン

 われわれはすべてを歴史科学的世界観に徹するよう呼びかける。われわれは一貫して次のような科学的世界観、歴史科学観を提起する。
 @人類とその社会は永遠の過去から永遠の未来に向かって運動し、発展し、爆発し、収れんされつつ前進していく。そのエネルギーは人間の生きる力であり、その物質的表現としての生産力である。
 A生産力の発展がその度合いに応じて生産関係としての人類社会(国家)を作り出していった。それは最初の原始共同体、次の奴隷制、封建制、資本主義制、そして社会主義へと一貫して生産力の発展が生産関係(国家)を変化させていった。これからもそうなる。
 B物理学が証明しているとおり、すべての生物は環境が作り出していく。人類もまた環境の産物であり、進化していった。環境が人間を変えていく。新しい環境と新しい社会は新しい型の人間を作り出していく。
 C人類の歴史を見ればわかるとおり、一つの支配権力、一つの国家形態が永遠であったことは一度もない。歴史は常に運動し、変化し、発展し、転換して次々と新しい時代を作り出していった。そして歴史を見ればわかるとおり、変化は静かで一直線ではない。爆発と収れんは歴史法則である。歴史は必然を持って前を目指すが、その過程では常に偶然が伴う。偶然は必然のための産物であり、偶然は必然のための糧である。そして必然の世界とは人民の人民による人民のための世界であり、より高度に発展したコミュニティー社会である。歴史は到達すべきところに必ず到達する。
 Dコミュニティーとは何か。人民による人民のための人民の世界とは何か。それは国家、社会、生産活動の運営目的を、最大限の利益と利潤追求のみに注ぐのではなく、すべてを人民の生活と文化水準と社会環境の安心・安全・安定のために注ぐ。
 E生産第一主義、物質万能主義、拝金主義、弱肉強食の国家と社会ではなく、人間性の豊かさと人間の尊厳と人間としての連帯と共生の国家と社会にする。
 F金と物がすべてではなく、人間の心と自然の豊かさが第一であり、姿や形だけの美しさではなく、働く人びとの生きる姿と心の美しさが第一であり、一人だけで急いで先に進むのではなく、遅くてもみんなが一緒に進む。
 G人類とその社会は生まれたときから環境の産物であり、歴史的なものであった。環境が変われば人類とその社会も変わる。国家と権力が変われば人類社会は変わる。
 Hそのための力こそ、すべてを人民のための・人民による・人民権力であり、その具体的表現たる人民評議会である。運動と闘いの中で至るところに評議会を組織せよ。人民の要求、人民の意志としてここで主張する。そして権力として、歴史時代が求める自らの責任と任務を執行させる。
 I人類が最初にはじめてつくった社会は、原始的ではあったが、そこにはまさに共同と共生と連帯の人間的社会があった。そしていくたの回り道をしたが、その間により大きくなってもとに帰る。つまりより高度に発達した近代的コミュニティー国家と社会へ。ここから本当の人間社会、人民の社会が生まれる。こうして人類は総力をあげて大宇宙との闘い、新しい闘い、宇宙の開発と開拓の闘いに進軍するであろう。
(おわり)