2016年(平成28年) 2月25日付 438号


万物は『輪廻する宇宙』(物理学者・横山順一)を土台に、『変わらないために変わり続ける』(生物学者・福岡伸一)という自然科学が立証するその運動法則の「リスペクト」に目覚めよ!

 水野和夫氏(日本大学国際関係学部教授)と榊原英資氏(青山学院大学教授、元大蔵省国際金融局長)による著作『資本主義の終焉、その先の世界』(詩想社刊)が発行された。
 水野氏は以前(2014年5月)に『資本主義の終焉と歴史の危機』という著作(集英社刊)を発表している。これらの著作を通じて氏が強調するのは、資本主義の本質は最大限の利益を追求するのが生命である。そのために一貫して「より速く、より遠く、より合理的に」というエネルギーで走り続けてきたが、もはやそれはあらゆる面からみて限界に達してきた、と説く。これはまったく正しい。そして他にもそれを証言する人びともいるのである。


現代資本主義世界を引っかき回している金融資本主義の本質を鋭く論評した二人の著名な知識人の論評を見よ。ここに現代世界の本質がある!

 堺屋太一氏の論評

 2007年夏ごろから始まったアメリカの金融危機、2008年9月に発生したリーマンショック、このアメリカの金融危機が全世界を大混乱に陥れた。その危機を作り出した原因はアメリカのサブプライム・ローンの破綻であった。そこで、ではサブプライム・ローンとは何か、ということについて堺屋太一氏は明確に答えている。
 通産省の元高級官僚で国務大臣を務め、現代は作家であり、ジャーナリストの堺屋太一氏は『中央公論』2008年12月号で「サブプライム・ローンとはノーベル賞級の詐欺である」と喝破している。堺屋氏のいうとおり、それは誠に複雑怪奇な仕組みで大衆を収奪する強欲な制度である。政府が背後で保証し、信用の低い大衆の個人的欲望に付け込んで住宅ローンを組ませる。そのとき、直接大衆と接触するのは仲介業者(ブローカー)である。彼らはあの手、この手を使って顧客を獲得する。その人が果たしてローンを返済できるのかどうかは関係ない。彼らの収入はそのマージンであるからひたすら数をこなすのが目的で、自分の儲けが第一なのだ。銀行・金融機関もどんどん貸し出していく。やがて訪れるそのリスクに備えて貸し付け証書を証券(株券)にして世界中に売りさばく。これを買う金融機関や業者たちは、アメリカ政府が保証しているから信用してしまう。そしてアメリカ経済の困難によっていよいよローンが破綻するに至ったとき、アメリカ自身の金融機関は、政府による「公的資金」の投入によって救済される。公的資金とは国民の税金である。救済された金融機関の役員たちは数10億円の報酬や、数100億円の退職金を得て涼しい顔である。堺屋太一氏が「ノーベル賞級の詐欺」だというのはこのことである。これはまさに「金融寡頭支配」の産物そのものである。

 ポール・ケネディ氏の論評

 世界資本主義は18世紀の産業革命、19世紀の独占資本主義から帝国主義へ。これは産業独占から金融独占への転化であり、すべては金融支配、金融寡頭支配への移行であり、すべてはカネが支配するに至った。そして当然世界は一つになり、経済的に単独で、一国だけでは成り立たなくなった。グローバル(世界的・国際的)な世界なのである。
 このことの本質について、ポール・ケネディ(イギリスの著名な歴史学者で、その主著『大国の興亡』は世界的なベストセラーになった)は、2011年7月10日付読売新聞に『地球を読む』という欄でつぎのように書いている。
 「ドル支配の時代は終わりに近づいている……問題は、米国の信用が疑われていることだ。……大きな勝者は投資家たちだろう。今日の国境なき世界において、彼らは国家的な忠誠心を持たず、一日中、利ざやを求めて動く。彼らは商品市場のあらゆる理性を破壊した。銅の先物買いをするのは、銅線を作るためではなく、翌日売って15%の利益を得るためだ。どこかの国の通貨を、破綻に追い込むほど売り買いすることもできる。遊べる準備通貨が三つもあれば、彼らは大喜びするだろう。……なぜなら……世界を動かしているのは、まさに通貨だからである」と。
 このポール・ケネディの一言は、みごとに現代資本主義の本質、金融独占資本主義の本質、現代資本主義崩壊の必然性を明確にしている。そしてまた、ポール・ケネディは無意識の中の意識性として、あのマルクスの『経済学批判・序言』が明確にした「生産力の発展が生産関係を規定する」という学説の正しさを、ポール・ケネディ的に証言したのである。歴史は否応なしにマルクスを求めて運動する。

 そして水野和夫氏はその著作のなかで「より速く、より遠く、より合理的に」と暴走する資本主義の最後、その先の世界は「よりゆっくりと、より近くで、より寛容に」という資本主義ではない世界である、と説く。この説はまったく正しい。この新世界の出現は、自然科学と、社会科学が明らかにしている哲学・科学の法則が示している必然性である。
 それは東大ビッグバン宇宙国際研究センター教授・横山順一著『輪廻する宇宙』(講談社刊)で明らかにされているとおり、全宇宙は永遠の過去から永遠の未来に向かって絶えず動いており、多くの宇宙は絶えず入れ替わりつつ、永遠に生き続くのである。
 そしてまた生物学者福岡伸一氏(青山学院大学教授)がその著作『変わらないために変わり続ける』という自然科学の法則を明確にしているとおり、水野氏の説く説は正しいのである。
 しかし、ここでわれわれの補足をつけ加えておきたいことは次の点である。それは資本主義の後にあるのは「よりゆっくりと、より近くで、より寛容に」という社会は、コミュニティー共同体のことであり、これこそ自然科学の示す法則であり、そしてまたこれは哲学的に見た場合でも正確な歴史観なのである。水野氏はこのことを主張している。
 そしてまたこの哲学・科学的な歴史観から見た場合、水野氏の説く「社会主義は失敗した」という説も、哲学・科学歴史観から見た場合にはこれは正当ではない。なぜか、このことをわれわれはその哲学・科学的世界観をここで明らかにしたい。


なぜ「哲学・科学的運動法則」なのか。哲学(最高の英知、理性、意識)なしには正しい認識は生まれず、科学(客観的事実とその存在)なしには立証するものがない。故に存在とその運動法則は哲学的で、科学的でなければならないのである!

 2002年度・ノーベル物理学賞受賞者で、日本物理学会の重鎮、東大特別栄誉教授の小柴昌俊氏は、2003年2月17日付『日本経済新聞』の『私の履歴書』のなかで「私たち科学者は、古代ギリシャの哲学者デモクリトスが予言した宇宙論を科学的に立証している」と書いている。
 エンゲルスはその名著『自然弁証法』(1875年)のなかで次のように書いている。
 「(ダーウィンの進化論によって)無機的自然と有機的自然とをわかつ溝は最小限にまで縮小され、生物の進化論にそれまで対立していたもっとも本質的な難点の一つがとりのぞかれた。新しい自然観はその根本的な点において完成した。いっさいの硬化したものは解消され、いっさいの固定したものは消滅し、永久的なものとされていたいっさいの特殊なものは一時的なものとなり、全自然は永遠の流転と循環とのなかで運動することが証明されたからである。
 こうしてわれわれはふたたび、全自然は、最小のものから最大のものにいたるまで、砂粒から太陽にいたるまで、原生生物から人類にいたるまで、すべて永遠の生成と消滅、たえまない流転、やすみなき運動と変化のなかに存在するという、かのギリシャ哲学の偉大な創始者たちの見かたにたちもどったわけである」
 「自然科学の世界で最初の突破口を開いたのは、自然科学者ではなくして、一人の哲学者であった。カントの『天体の一般自然史と理論』は一七五五年にあらわれた。最初の天体に関する疑問はとりのぞかれた。…自然はあるのではなく生成し、消滅するのだ」。
 「いまや現代自然科学は、運動の不滅の原則を哲学から採用しなければならなくなった。それなしには自然科学はもはや成立できなくなったのである。…運動はあらゆる外的条件との連関のなかで存在するが、根本的には運動する万物それ自身に内在する力学的能力、エネルギーが運動の不滅性を確定しているのである」
 「無限の時間のうちで永久に反復しつつ継起する宇宙の変化は、無限の空間に並列共存する無数の宇宙の存在に追加された論理的捕捉でしかない」と。
 エンゲルスは哲学を説き、小柴教授は科学を説く。ここに哲学・科学的世界観がある。


すべての現象はその時代、歴史時代が生み出す必然の産物である。万物は必然の法則(哲学・科学的法則)の支配下にある。すべてを哲学・科学的世界観から見つめよ!

 哲学的世界観を定式化したマルクス『経済学批判・序論』(1859年)

 この文献でマルクスはつぎの三項目を主張している。ここにマルクスの「哲学世界観」がある。
 (一)人類の世界は一貫して、生産力の発展が生産関係を規定していく。これは哲学歴史科学の必然的法則である。このような生産関係(国家と社会、政治対立と政治闘争)が思想・政治・イデオロギーを生み出していく。存在が意識を生み出す。
 (二)生産力の発展は必然であり、無限である。そして生産関係の発展と変革も必然であり、無限である。人類の歴史は(原始時代を除けば)古代―中世―近世―現代を通じて、政治対立と政治闘争の歴史であった。この政治対立と政治闘争が歴史転換の原動力となり、闘争を通じて歴史は転換した。
 (三)生産力の発展にもとづく生産関係の変革の到達点はコミュニティー共同体から社会主義への道である。この時点をもって人類の前史は終わり、以後人類は総力をあげて大宇宙の開発と開拓に取り組む。
 以上のマルクスの哲学世界観の正しさは、すでに明らかにした通り、古代ギリシャ文明と、国家の成立はすべて生産力の発展にもとづく、商品経済の成長と、財産の蓄積が土台になっており、この法則は人類の歴史を貫いているという事実によって証明されているとおりである。
 この法則は、真の民主主義の発展と前進と勝利は、人類の歴史上における三大革命―パリ・コミューン(1871年)、フランス大革命(1789年)、ロシア革命(1917年)―を通じて進化し、完成された。パリ・コミューンは真の民主主義はコミューン(共同体)国家と社会の中でのみ実現されることを教えた。
 フランス大革命では「世界人権宣言」が発せられ、万民は平等社会でのみ真の民主主義と人民の権利は保障される、とした。
 ロシア革命では真の民主主義、人民の権利と主権は人民評議会という直接民主主義によってのみ実現される、とした。
 人類の歴史は原始時代―奴隷制時代―封建制時代―資本主義時代へ、そして現代独占資本と帝国主義の時代に登りつめた。資本主義の頂点に達した現代、らん熟し、腐敗し、堕落してしまった現代、その権力はもはや統治能力を失ってしまった。もはや老いてしまった。だから『さらば、資本主義』(佐伯啓思)という結論が出てきたのである。


『変わらないために変わり続ける』(自然科学者・福岡伸一著、文藝春秋社刊)という自然科学の運動法則は人類世界にも貫徹されていることを知らねばならない。万物は一貫して変わり続けつつ、永遠なのである!

 福岡伸一氏(青山学院大学教授・生物学者)は右の著作とあわせて『生命はいつ、どこで、どのように生まれたのか』(集英社インターナショナル刊)や、2014年8月17日付日本経済新聞「芸術と科学のあいだ」という一文などで人類世界の運動について、自然科学の法則を説き続けている。それはビッグバンによって生まれたこの大宇宙は内在するエネルギーの運動によって永遠に動き続く。この運動こそが万物の母であり、あらゆる存在は運動の産物である。運動なくして存在はなく、存在とは運動である、と説いている。
 その運動するあらゆるものは、互いに関連しつつ、結びつき対立し、一つになり、そして遠心力と求心力が働き、互いに連続し、絡み合いながら、すべて継続されていく。運動と連続、らせん的な継続、そして成長と交代、死滅と生成、すべては変わらないために変わり続けるのである、という。
 この宇宙は永遠に運動するため古い宇宙は死滅し、新しい宇宙が生まれる。すべての星は古いものは死滅し、新しい星が生まれる。植物も、動物も、人間も、古く老いたるものは死滅し、新しいものに変わる。永遠であるために変わらねばならない。福岡伸一教授はこの運動を「リスペクト」と呼ぶ。まさにリスペクト、何という気高くも尊厳的であることか。この大自然の法則がわかるか、わからないか、ここに、知性主義か、反知性主義かの分かれ道がある。


 社会主義とは、目的意識的で、科学的であり、計画的で、社会的(社会主義的)計画経済である。その正しさはレーニン・スターリンのソビエト社会主義建設の40年が、偉大な勝利としてはっきり証明している。その歴史的事実、客観的事実をしっかりと確認せよ!

 哲学・科学の運動法則の正しさは、レーニンとスターリンによって、実際にこの世で、そのソビエト社会主義建設の40年によって、みごとにその正しさが立証されている。その40年間のソビエト社会主義は、レーニン、スターリン時代のソビエト社会主義建設がいかにすばらしいものであったかということを歴史が証明している。観念論でなく、歴史上の事実として、多くの証人と証言に照らして、率直に確認しなければならない。
 ロシアは非常に遅れた農業国であった。ロシアが資本主義に移行したのは1861年、ツアー(皇帝)による農奴解放令の公布からであった。しかしそのとき、世界はすでに資本主義時代の発展期にあった。イギリスは1300年代に農奴は解放され、1641年にはピューリタン革命が実現され、完全に資本主義社会であった。ロシアはそういう遅れた国であったから、1905年の日露戦争ではアジアの小国・日本に敗北し、1914年にはじまった第一次世界大戦ではドイツに敗北しつづけたのである。そしてロシア皇帝は退位した。この過程でロシア革命が実現し、レーニン、スターリンの社会主義時代が出現するのである。


レーニンの時代は外国干渉軍と国内反乱軍とのし烈な戦争とその勝利、「共産主義土曜労働」(社会主義競争)による社会主義の基礎的建設の勝利の時代であった。

 レーニンとソビエト社会主義が成立したその直後の1918年のはじめから、世界中の資本主義国が、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本を中心に、全部で16カ国が、いっせいにソビエトに攻め込んできた。それに呼応して、国内の旧時代の将軍たちも反乱軍を組織して蜂起した。こうしてあの過酷な国内戦が5年間もつづくのである。レーニンとソビエトはこれに対して「戦時共産主義」を発動し、義勇軍(遊撃隊、ゲリラ)を組織し、人類最初の社会主義祖国を守れ、というスローガンのもと、1500万人の犠牲を払って戦い抜き、勝利した。この歴史的事実のなかに社会主義の偉大さ、その強じんさ、その優越性がある。
 徹底的に破壊されたこの国土に社会主義を建設するにあたり、その苦難な経済建設に、若い青年たちが決起する。それが「共産主義土曜労働」である。土曜日の半日休業を返上し、無償労働で祖国と社会主義建設に奉仕しようというこの運動は全国に広がった。レーニンはここに真の競争「社会主義競争」があると高くたたえた。戦争時の「戦時共産主義」、平時の「共産主義土曜労働」、ここに資本主義の「弱肉強食の自由競争」と、ソビエト社会の「社会主義競争」の違いがある。


レーニン、スターリンのソビエト社会主義建設の偉大な勝利を証明する世界の記録と、多くの証言をみよ。客観的事実の中から社会主義計画経済の正しさを確認しよう。

 レーニンのあとを継いだスターリンは、遅れた農業国のロシアを、近代的な重工業と化学技術工業国へ向けた計画経済を実施。1928年から開始された第一次五カ年計画は、つぎつぎに継続して実現され、その中から新たな社会主義競争も展開された。その一つがスタハノフ運動である。1933年から始まった第二次五カ年計画の中で、ドンバス(ウクライナ南部の炭鉱)で働くスタハノフ(1906―1977)は、技術の研究と改良、作業手順の綿密な検討と合理化の中で、今までの14倍という生産量の増大を実現させた。スターリンはここに社会主義競争の見本があるとして「スタハノフ運動」を全国的に展開した。
 レーニン、スターリンの社会主義経済建設の巨大な発展については、世界の新聞、雑誌、統計資料、学者知識人の発言などによってそのことは証明されている。その代表的な実例の中には、1985年度版『共同通信社・世界年鑑』がある。そこでは、ソビエト経済について「工業の成長率は第一次五カ年計画(1928)以来、1959年まで、第二次世界大戦中を除いて最低でも10%という高度成長を達成した」と記録されている。
 そして学者・知識人の証言についてはジョン・K・ガルブレイス(1908―2006)がある。アメリカ経済学会の大御所で、1970年代のアメリカ経済学会会長で、20世紀経済学の巨人、アメリカ知性の代表といわれたガルブレイスは、1989年4月出版の著作『資本主義、社会主義、そして共存』の中でつぎのように書いている。「資本主義諸国が1930年代に大恐慌と不況にあえいでいたとき、ソ連の社会主義経済は躍進に躍進を続け、アメリカに次ぐ世界第二位の工業国になった。そして完全雇用と社会保障をやってのけた。そして30年代、40年代の科学と技術、兵器と軍事技術、原子エネルギーと宇宙開発、大西洋横断とジェット機開発、などの近代科学と技術の分野ではソビエトは当時世界をリードしていた」と。ガルブレイスはその本の中で、このソ連経済が崩壊しはじめたのは1970年代以後(フルシチョフの修正主義によってソビエトの党と国家が変質したあと)のことであったことを論じている。
 そしてもう一人、日本では小泉信三(1888―1966)の発言をあげることができる。小泉氏は日本の有名な経済学者で、慶応義塾の学長を務め、現天皇の皇太子時代の教育係を務め、文化勲章の受章者であり、昭和日本を代表する最高の知識人であった。氏は名高い反マルクス主義の闘将であり、マルクス主義批判を展開するその氏が、1933年に出版した『マルクス死後五十年―マルクシズムの理論と実践―』(好学社・刊)の中で、スターリンの五カ年計画の巨大な発展に目を見張り、つぎのように書いている。「ソビエト経済の発展は従来、しばしば、局外観察者の予想を驚かせた。ことに一九二八年以降における累次五個年計画の成績は、懐疑的批判者の意表にでるものが多かった。この点において、著者もまた対ソビエト観察において一再過ちを犯したことを自認しなければならぬ。…勿論ソビエト経済は、ソビエト当路者少数人の力によって発展して来たものではなく、当路者その人がすでに一面環境の所産であることは、これを争うべくもない。しかもそれ自身一面環境の所産に外ならぬソビエト政治家その人の洞察眼と実行力とが、最も重要の点でその発展を左右して来たことは、否定し難きところである。著者はこの予測し難きものの予測において一度ならず誤った」と。小泉氏はこのように自らの認識不足を認め、ソビエト経済の驚くべき発展を謙虚に認め、率直にスターリンの力量に脱帽しているのである。一流の人間こそがこのように事実を事実として認めるのであり、二流三流の小人物は事実を事実として認められないのである。
 スターリンのこのような計画経済と社会主義建設の勝利が第二次世界大戦におけるソビエト軍の大勝利を生み出したのである。事実を見れば明らかである。ソビエトの化学重工業の産物たる、連続多発式ロケット砲「カチューシャ」はドイツ軍だけでなく世界を驚かせた。最強度鋼鉄製重戦車「T34」はドイツ軍が誇る対戦車砲の弾をことごとくはねかえした。やがて世界最速の戦闘機「ミグ」を生み、21世紀の現代でも世界中の地上戦における第一級の自動歩兵銃「カラシニコフ」(AK)を生み出した。この銃は軽く、故障なく、壊れなく、そして最も威力があり、今でも第一級である。
 1949年には原爆の開発に成功してアメリカと並び、1957年にはアメリカに先がけて人類初の人工衛星・スプートニク一号の打ち上げに成功。1961年にはガガーリン少佐を乗せた世界最初の人間宇宙船が軌道に乗り「地球は青かった」とのメッセージとなった。世界中がガガーリン・ショック≠ニ、ガガーリン・フィーバー≠ノ沸いた。
 第二次世界大戦におけるソビエトの勝利は、国の重工業化、化学産業の充実、という物質的勝利と共に、ソビエト国民(人民)の思想意識の高さもまたこれを保障した。それを象徴することのなかに「党員前へ!」というスローガンがある。ドイツ軍との決戦期、白兵戦の時期、そして突撃隊出動のとき、常に指揮官は「党員前へ!」を叫び、そして共産党員は常に一歩前へ出て、非党員の先頭に立ち、身を投げ出していった。それは第二次世界大戦のすべてに出現した革命的伝統である。


イギリスの軍事科学者、リデル・ハートもソビエト社会主義の巨大な発展に目を見張ったというこの事実を確認せよ!

 レーニン、スターリンのソビエト社会主義のこのような巨大な発展と前進、その科学技術の高度な成果を証言したいまひとつの記録を紹介しておきたい。それはリデル・ハート(1895五年パリに生まれ、1970年1月イギリスにて没)の著作『第二次世界大戦』(日本語版・1999年9月中央公論社刊・上下二巻)である。リデル・ハートはケンブリッジ大学に学び、第一次世界大戦には将校として従軍、重傷を負い、以後軍事科学の研究に没頭、軍事科学に関する多くの著作を発表した。彼の軍事問題に関する科学研究はヨーロッパ各国で高く評価され、その功績により、イギリス女王から「ナイト」の位を授けられた。彼は前記の著作の中で、客観的事実として、ソビエト軍の高度な科学技術についてつぎのように書いている。
 「ソ連軍の戦車はどこに出してもひけをとらないばかりか、多くのドイツ軍の将校にいわせれば、最高のものであった。……戦車自体の性能、耐久性、備砲では最高度な水準に達していた。ソ連軍砲兵は質的に優秀であり、またロケット砲の大規模な開発が行われ、これがきわめて有効であった。ソ連軍のライフル銃はドイツ軍のものより近代的で、発射速度も大きく、また歩兵用重火器の多くも同様に優秀だった」と。このことは、われわれが先に書いたとおり、戦車は「T34」であり、ロケットは「カチューシャ」であり、歩兵銃は「カラシニコフ」であった。そのことをリデル・ハートもはっきりと確認している。
 またソビエト人民とソビエト赤軍兵士の戦闘能力についてもつぎのように書いている。「ソ連の一般国民は鋼鉄(スターリン)の名をもった彼らの指導者よりもずっと剛毅だった。……彼らは長蛇の列をつくって前線行きを志願した」。「ソ連軍の改革は上層部から始まった。当初からの高級指揮官を思い切って整理し、そのあとがまに大部分が四十歳以下の、若い世代の活動的な将軍を登用した。彼らは前任者よりもいっそう専門家であった。かくしてソ連軍統帥部は平均年齢でドイツ軍のそれよりも二十歳近くも若返り、活動性と能力の向上をもたらした」と。
 このことのなかに、トハチェフスキー事件を通じてスターリンが実行したソビエト赤軍内の粛清と、根本からの赤軍再編成の偉大な成果がくみとれる。
 さらにリデル・ハートはスターリン指導下のソビエト国民の一致結束ぶりについてつぎのように書いている。「ソ連兵は、他国の兵なら餓死するときにも生きつづけた。ソ連軍は西欧の軍隊なら餓死するはずの環境にも生存でき、他の国の軍隊なら破壊された補給が再開されるまで停止して待つはずの場合にも、彼らは前進を続行することができた。このときの印象を、ドイツ軍のマントイフェル将軍(独ソ戦開始時、第七装甲師団長)はつぎのように要約している。ソ連陸軍の進撃ぶりは西欧軍の想像を超えたものがあった。兵士はザックをひとつ背負い、その中に前進の途中、畑や村々から集めた乾いたパンの外皮や生野菜を詰め込んでいた。馬匹は家々の屋根わらを食べさせていた。ソ連軍は前進にあたって、このような原始的な訓練によっても長期の戦闘に慣れていたのである」と。
 リデル・ハートはもちろん資本主義陣営の将軍である。だから政治的には反ソ陣営の人間であるが、先に紹介した日本の小泉信三氏のように、それでも事実は事実としてスターリンとソビエトの科学技術の偉大さと、ソビエト国民の英雄主義を認めざるを得なかったのであり、このことがこの著作の中に事実として記録されている。観念論者と違ってわれわれはあくまで客観的事実を重視する。なぜなら事実の中にこそ真理と問題の本質がかくされているからである。


ソビエト社会主義の偉大な勝利とその成果が崩壊したのは、1956年2月24日の第20回ソビエト共産党大会・秘密報告での、フルシチョフによる「スターリン批判」という、反マルクス主義的ブルジョア思想によって、ソビエトの党と国家がブルジョア的に変質した結果であった。そしてこれは、マルクスが予言し、警告していたことであり、社会主義が最終的に勝利するため必要な全歴史過程における、必然性の中の偶然性であった!

 1990年9月24日付『毎日新聞』は「どうなるソ連の経済改革」という特別記事を掲載したが、その中に次の一節があった。「戦後ソ連経済は目覚ましい発展を続けたが、ブレジネフ時代の後半から経済成長が止まり、生産設備の老朽化が進んだ」と。つまり、フルシチョフからはじまってブレジネフに続くソ連の変質と国家の崩壊をこう論じているのである。
 また1991年3月号の月刊誌『世界』は「社会主義はどこへいくのか」という議論を掲載しているが、そこにはつぎのような一文があった。「人工衛星・スプートニクを最初に打ち上げたのがソ連であったように、1960年代の半ば過ぎ頃までは生産力の拡大という点に関しては、むしろ計画経済の方が、あるいはソ連型社会主義の方がより有効である、というふうに資本主義陣営の人間も等しく考えていた。その結果として生まれてきたのがケインズ理論であり、別の言葉で言い換えれば、それは修正資本主義であった。このような社会主義が70年代のいつ頃からか、経済がこのように崩壊し始めたというのはいったいどういうことか」と。ここでも同じように、フルシチョフ、ブレジネフという、ソ連の党と国家の変質以後におかしくなったことを証言しているのである。
 そしてまた1990年3月6日付『日本経済新聞』は「ソ連経済の再建」と題する一文を掲載しているが、その中につぎの一節がある。「一九三〇年代は資本主義諸国が経済不況と失業、生産と貿易の不振という大混乱の間に、ソ連経済だけは高度成長を続け、後進国の希望の星となった。そしてアメリカ、ドイツにつぐ巨大な重工業を建設し、よくヒトラーの侵略に耐えたことは否定できない事実である」と。ここでも、レーニン、スターリンのソビエト経済建設の偉大さをたたえているのであり、これはまったく小泉信三の言質と一致している。
 ここでよく注意しなければならないのは、あらゆる論評、記事、文書に共通するのは、前はよかったのに、後でおかしくなったのはなぜか? ということ。つまり途中でおかしくなったのはなぜかと言いながら誰も答えが出せない、ということなのである。
 それがわからないから、解答が出ないから、その結果として一番手っ取り早い方法として「ソ連型計画経済の失敗だ」、「マルクス主義の誤りだ」などという、あの古い反共、反社会主義、反マルクス主義のスローガンを持ち出しているのである。ブルジョアジーが昔から使ってきたあの手法を新しい装いをこらして吹聴しているのである。
 われわれは一貫して、昔からこういう種類のブルジョア的言論とは闘ってきたので何もめずらしいことではない。われわれは思慮分別があり、時流に流されることもなく、科学的知識と歴史を科学として見る目をもっているから、この問題についても明確である。つぎがわれわれの見解であり、結論である。


レーニン、スターリンの偉大なソビエト社会主義が内部からの変質によって崩壊したこと。それはフルシチョフやケ小平の裏切り者が出現したからだということ。こうして社会主義は一度、はじめから再出発するに至ったこと。これらはみな、マルクスがはやくから予言し、予告し、警告していたことであり、その歴史的意味をよく理解しなければならない!

 マルクスはエンゲルスと共同執筆した『ドイツにおける革命と反革命』(1851―52年)において、そして同じ年にマルクス自身が執筆した有名な論文『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』の中でつぎのように書いている。「歴史を見ればわかるとおり、革命にはいろいろあるが、その多くは短命である。しかしプロレタリア革命は人類史上では最後の革命であり、プロレタリアートは人類史における最後の階級であり、最後の勝利者である。故にこの革命は、どんな勝利の時代、平和な時代にも有頂天になることなく、むしろ中途で一度立ち止り、勝利と敗北から深く学び、ときには徹底的に破壊し、ぶち壊し、はじめからやり直す。ときには迷い、尻ごみをし、動揺する。しかしこれは歴史が解決する。歴史がプロレタリア革命を要求し、プロレタリアに決断を求め、プロレタリアはこれに答えて最終革命にむかって立ち上がる」と。
 マルクスが言っているのはつぎのことである。つまり、科学的に正しい法則といえどもすべてが一直線で進むものではない。多くの実験、検証、失敗や敗北の中から真の勝利への道は開かれていく。プロレタリア(人民大衆)の運動と闘いもまた、その法則から免れることはありえない。最後の勝利者であるだけに、有頂天になることなく、一度は、はじめからやり直すことも必要なのだ、という。学びながら前進せよ、とマルクスは予言している。この意味を深く、高く認識し、理解しなければならない。そして現代のマルクス主義、社会主義、共産主義運動は、マルクスの予言どおりに進んでいることを確信しなければならない。

 哲学・科学的法則の原理は止揚≠ナある。

 この弁証法的唯物論の科学的・哲学的原理から出発するとき、マルクス主義、社会主義は、まさに、レーニン、スターリンの社会主義を止揚≠キること、つまりは、レーニン、スターリンの偉大な社会主義建設の勝利とその成果を断固として継承しつつ、その時代では解決できなかったことについては、後継者たるわれわれが必ず解決する、ということである。この哲学・科学法則に違反したものは、哲学原理たる「否定するものは否定される」という法則どおりに、必ず歴史によって否定されていく。これはマルクスを否定したブルードン、ブランキ、ラッサール、バクーニンのごとく、レーニンを否定したカウツキー、スターリンを否定したフルシチョフとその同伴者たるユーロコミュニズムなどを見れば明確である。すべては科学的法則なのである。


 結 び
われわれの未来展望とそのスローガン

 われわれはすべてを哲学・歴史科学的世界観に徹するよう呼びかける。われわれは一貫して次のような科学的世界観、歴史科学観を提起する。
 @ 人類とその社会は永遠の過去から永遠の未来に向かって運動し、発展し、爆発し、収れんされつつ前進していく。そのエネルギーは人間の生きる力であり、その物質的表現としての生産力である。
 A 生産力の発展がその度合いに応じて生産関係としての人類社会(国家)を作り出していった。それは最初の原始共同体、次の奴隷制、封建制、資本主義制、そして社会主義へと一貫して生産力の発展が生産関係(国家)を変化させていった。これからもそうなる。
 B 物理学が証明しているとおり、すべての生物は環境が作り出していく。人類もまた環境の産物であり、進化していった。環境が人間を変えていく。新しい環境と新しい社会は新しい型の人間を作り出していく。
 C 人類の歴史を見ればわかるとおり、一つの支配権力、一つの国家形態が永遠であったことは一度もない。歴史は常に運動し、変化し、発展し、転換して次々と新しい時代を作り出していった。そして歴史を見ればわかるとおり、変化は静かで一直線ではない。爆発と収れんは歴史法則である。歴史は必然を持って前を目指すが、その過程では常に偶然が伴う。偶然は必然のための産物であり、偶然は必然のための糧である。そして必然の世界とは人民の人民による人民のための世界であり、より高度に発展したコミュニティー社会である。歴史は到達すべきところに必ず到達する。
 D コミュニティーとは何か。人民による人民のための人民の世界とは何か。それは国家、社会、生産活動の運営目的を、最大限の利益と利潤追求のみに注ぐのではなく、すべてを人民の生活と文化水準と社会環境の安心・安全・安定のために注ぐ。
 E 生産第一主義、物質万能主義、拝金主義、弱肉強食の国家と社会ではなく、人間性の豊かさと人間の尊厳と人間としての連帯と共生の国家と社会にする。
 F 金と物がすべてではなく、人間の心と自然の豊かさが第一であり、姿や形だけの美しさではなく、働く人びとの生きる姿と心の美しさが第一であり、一人だけで急いで先に進むのではなく、遅くてもみんなが一緒に進む。
 G 人類とその社会は生まれたときから環境の産物であり、歴史的なものであった。環境が変われば人類とその社会も変わる。国家と権力が変われば人類社会は変わる。
 H そのための力こそ、すべてを人民のための・人民による・人民権力であり、その具体的表現たる人民評議会である。運動と闘いの中でいたるところに評議会を組織せよ。人民の要求、人民の意志としてここで主張する。そして権力として、歴史時代が求める自らの責任と任務を執行させる。
 I 人類が最初にはじめてつくった社会は、原始的ではあったが、そこにはまさに共同と共生と連帯の人間的社会があった。そしていくたの回り道をしたが、その間により大きくなってもとに帰る。つまりより高度に発達した近代的コミュニティー国家と社会へ。ここから本当の民主主義にもとづく人間社会、人民の社会が生まれる。こうして人類は総力をあげて大宇宙との闘い、新しい闘い、宇宙の開発と開拓の闘いに進軍するであろう。
(以上)