2016年(平成28年) 3月25日付 439号


故にこの問題の根本的解決は不可能であり、当面は力学的エネルギーの運動法則にもとづく内因論(内的力関係)によって一時的に処理されるだけである!

 最近北朝鮮問題が大きな話題になっている。特に日本に関しては拉致問題が未解決のままであり、最近北朝鮮は日本政府の制裁処置に対する報復として「日本人拉致問題に関する特別調査委員会を解体する」と通告、ついにこの問題は棚上げにされてしまった。日本の安倍政権にとって最大の政治課題がつぶれてしまったのである。
 問題の発端は、一月六日の核実験、二月七日の長距離弾道ミサイルの発射、という事件に対する、日・米・韓・中の激しい抗議であり、国連を巻き込んだ経済制裁の発動である。日本と韓国はいち早く経済制裁を発動した。アメリカは中国を引き込んで国連に経済制裁を発動させた。しかし中国は国益から北朝鮮を追い込むことに反対で、国際的にも経済問題には抜け穴がたくさんあり、現実に国連は二〇〇六年以降に四回も北朝鮮に対する経済制裁を実施したが、核・ミサイルの開発を阻止できなかった。今度もまたそうなるであろう。
 いずれにしても北朝鮮問題というのは、世界中の民族問題が解決できないのと同じように資本主義が存在する限りそれは不可能なのである。
 現代の歴史時代、それは世界は無重力の時代であり、漂流する時代であり、大衆の怒りがいたるところに爆発している時代である。その根底にあるのは資本主義というこの政治・経済・社会制度が生み出す必然の産物としての抑圧と生活苦、失業と貧困、格差社会の拡大と前途への不安、である。
 これは哲学・歴史科学の必然の法則である。この必然性が、人類社会最後の帝国主義国家たるアメリカ帝国主義の一極支配を終わらせた。その結果ついに世界は重力を失い、無政府状態となり、バラバラになり、必然的に、人間欲望の自由主義の国家形態たる民族主義が一斉に爆発したのである。
 今日、全世界に吹き上がる対立と抗争、内乱と暴動、国家間の紛争と非難合戦などはみな、すべては民族主義の爆発である。民族主義が形や姿を変えて、宗教対立となり、経済紛争となり、国境紛争となる。しかし歴史が証明しているとおり、民族主義に未来はない。歴史が封建制の遺物としての民族主義を拒否するのである。それは、民族主義の典型であったヒトラーと日本軍国主義の歴史が明確に証明しているとおりである。民族主義は戦争の源泉でもある。
 民族問題は資本主義が内包する基本的な矛盾である限り、その運命は資本主義と共にあることは、歴史的な本質問題であることを認識しなければならない。


朝鮮民族(北朝鮮)の民族主義についてよく認識せよ。その特性たる「恨(はん)」という憎しみと悲しみに満ちたこの感情を無視してはならない。無視せず、人権・共同体思想で「急がばまわれ」式に対処せよ!

 朝鮮民族の悲劇的歴史については、豊田隆雄著、彩図社刊『本当は怖ろしい韓国の歴史』にくわしい。そこで明らかにされている核心的部分によれば、朝鮮民族は過去960回も他国に侵略されたという。朝鮮半島はユーラシア大陸の東端にあり、大陸の覇権は激しく移り変わった。漢民族、モンゴル族、契丹(きったん)族、満州族…。朝鮮の王朝が変わるたびに侵略を受け、屈辱的な従属を強いられた。このことに対する無念、不満、妬み、悲しみが「恨(はん)」という苦しみに満ちた言葉に凝縮されていった。これが「恨」という民族主義なのである。
 このことについては日本の著名な宗教学者である山折哲雄氏も語っている。
 山折氏は二〇一二年九月十六日付の日本経済新聞にくわしく書いている
 山折氏がここで明らかにしているのはつぎのことである。〔「恨」とは怨みではない。怨みは憤怒であり、恨は悲しみだ。怨みは火のように燃えるが、恨は雪のように積もるだけである。自分ではどうしようもない悲しみだ。長い歴史で常に受けてきた外国からの侵略、強制連行、家族離散、独裁政治、家父長制による抑圧、貧しさ。雪のように降り積もり、しかも消えない悲しみ。この悲しみに満ちた恨は、歌や踊りでしか晴らせない。あの「ありらんの歌」にはこの恨がこめられている〕と。
 しかしこの国民感情は、いつかは、どこかで、何かの切っ掛けで爆発せざるを得ない。この恨の爆発が「核爆発」でもある。民族を支配し、収奪した、独占資本と帝国主義の国々は己の罪を知り、それを償うためにあらゆる手を尽くすべきであろう。
 韓国大統領となった朴槿恵氏の就任式でも「ありらんの歌」が大合唱となった。これを見てもそのことはよくわかる。
 北朝鮮の政治・その対外政策はすべてこの民族主義が根底にある。だからといって民族主義は正しいとか、その民族主義に同調せよというわけでもない。そうではなく、朝鮮問題に対応するとき、この「恨」に込められている民族感情を理解したうえで、粘り強く、コミュニティ共同体思想を根本にして、対話と交渉を続けることである。民族主義に民族主義を対抗させてはならない。


現在日朝間の問題となっているいわゆる拉致事件は、日朝両国の戦争状態が引き起こした事件である。まず戦争状態を終結させよ。ここに問題解決の糸口がある!

 朝鮮海峡を隔てた日本は繰り返し繰り返し朝鮮を支配し、植民地として朝鮮を隷属させてきた。一八九四年ー九五年に行われた日清戦争も朝鮮の支配をめぐる日本と清国との戦争であった。日露戦争(一九〇四―五年)に突入した。この戦争に勝った日本は朝鮮への政治的、経済的、軍事的支配を強化し、一九一〇年ついに日韓併合によって名実共に植民地支配を実現した。日本軍国主義の抑圧と隷属のもと朝鮮民族は政治的、経済的、社会的、文化的、一切の自由と権利が奪われ過酷な運命に追いやられたのであった。
 一九四五年八月十五日反ファシズム解放戦争としての第二次世界大戦が終わり、日本軍国主義が敗北したことによって、朝鮮民族はやっと日本の植民地支配から解放された。しかし、戦後ただちに朝鮮に進駐した米ソが三八度線を境に対立。一九四八年にアメリカが支援をした南朝鮮は大韓民国として独立。ソ連が支援をした北朝鮮は朝鮮民主主義人民共和国として独立した。その後祖国の統一をめぐって対立が続き、一九五〇年ついに朝鮮戦争が勃発。一九五三年に休戦が成立したもののアメリカ軍はそのまま韓国に残り、現在も南北朝鮮の戦争状態は終結していない。日本と朝鮮の関係では、日本は韓国との間で一九六五年に国交正常化を実現したが、北朝鮮との間では未だ国交は回復していない。すなわち日本との間で戦争状態は終っていないのだ。
 ここに「恨」の根源があり、日本の拉致問題もここに原因があるのだ。
 先に明らかにしたとおり、いわゆる拉致事件の根底には現代の戦争、そして日朝間の戦争状態があるのである。
 戦争状態なら何があっても不思議ではなく、ごく当たり前のことである。日本は戦争中、中国や朝鮮に対して一体何をしたのか。よもや忘れたわけではないだろう。日本が朝鮮を植民地支配していた当時の拉致はこの比ではない。日清戦争から日露戦争、第二次世界大戦を通じて行った朝鮮人強制連行は日本の国策としてやられたが、この数は一般的には百五十万人といわれている。さらに北朝鮮側は朝鮮内部での強制労働も含めると八百五十万人にも上るといっている。強制労働、民族差別、虐待と貧困の中で多くの犠牲者が出た。虐殺事件も数多くあった。多くの女性が従軍慰安婦として駆り立てられ、筆舌に尽くしがたい虐待を受け、辱められた。北朝鮮が悪い、拉致が悪い、というなら一番悪いのは日本の国家と権力である。当時の日本帝国主義と軍国主義は最大限の利潤追求を国内ばかりでなく他民族の支配、アジアへの進出、侵略という欲望のために戦争を起こしたのである。
 朝鮮民族の心の中には日本の国家と権力の非道な仕打ちに対する怒り、憎しみ、怨念、憎悪が消すに消せない深い不信感となって生き続けているのだ。戦争を起こしたのは一体誰なのか。独占と帝国主義の国家と権力ではないか。戦後七〇年も経ってまだ、かくも多くの血涙を流させているのは誰か。日本独占とその政府ではないか。
 しかも、いわゆる拉致事件が集中的に発生した一九七八年当時は南北の緊張がもっとも高まっていた。韓国の謀略機関「北派工作員」が潜入して北の人間を拉致したり政権転覆の工作をしていた時期である。
 だから、いわゆる拉致問題を含む北朝鮮との諸問題を本当に解決しようと思えば、日本の国家と政府はこのような事実をまず認めなければならない。決して昔のことではないのだ。そして過去において行った非道の数々を清算しなければならない。その上で日朝の国交を回復し、両国間の平和友好条約を締結し、双方に大使館を設立し、懸案事項を解決することである。すべてはここから始まるのである。この認識をしっかり踏まえなければならない。


解決の道は、国交正常化と平和友好条約の締結から始めよ。歴史の事実が教えた日中国交正常化の道に学べ。急がばまわれ!

 日中国交正常化は、一九七二年にアメリカのニクソン大統領が訪中し、朝鮮戦争以来の米中対決に終止符を打った。これに続いて日本国内でも日中国交樹立への動きが加速した。一九七二年九月、世論の高まりのなか日中国交正常化を公約に田中角栄が自民党総裁となり、新しく首相となった田中角栄と大平外相が共に中国を訪れ、毛沢東主席や周恩来首相と会見。日本は中華人民共和国を承認して外交関係を結んだ。日中国交正常化に際しては共同声明が発表され、このなかで日本側は「戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する」と謝罪した。中国側は「日本に対する戦争賠償の放棄」を宣言した。
 日中平和友好条約は一九七八年八月北京において両国の外相が調印し、十月にケ小平副主席の来日により批准手続きが完了して発行された。この条約は前文と五か条からなり、その第一条では、両国間の関係は平和五原則を基礎に、国連憲章に基づく武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認し、さらに第二条では、両国は、アジア太平洋のみならずいずれの地域においても覇権を求めず、覇権を確立しようとするいかなる国の試みにも反対することを表明した。第三条では、経済、文化関係の促進について規定。第四条には、この条約は第三国との関係に関する各締結国の立場に影響を与えるものではない、とする第三国条項を盛り込んだ。これによって中国は中ソ同盟条約を破棄した。
 そしてお互いの国に大使館を開設して、人事往来、経済協力、文化交流などを活発に推進している。また、一九七九年から始まった日本の対中円借款(ODA―政府開発援助)は第四次の一九九九年度と二〇〇〇年度には総額で三千九百億円にのぼったが、中国の経済復興に日本は大いに協力している。
 また、戦争中に中国に残してきた中国残留日本人孤児の問題も、双方の政府の協力により、中国側は該当者の申請を受け付け、調査し、審査して日本に紹介し、日本がそれにもとづいて肉親を探し、一致すれば日本に呼んで面会をさせ、今後の生活をどうするかはそれぞれの情勢と条件に応じて決定している。もちろんその内容についてはいろいろあるが、お互いの政府間では解決していることである。
 北朝鮮との問題、いわゆる拉致問題も、すでに前例を打ち立てている日中間の処理にしたがって歴史的、法律的に解決することである。
 この点では北朝鮮に対するアメリカ帝国主義の戦争挑発や侵略政策に日本は決して加担しないことである。アメリカの干渉と関係に左右されず、まず焦眉の北朝鮮との国交正常化をはかること。そして日朝平和友好条約を結び、実務問題を解決することである。日本の国家と政府がアメリカの侵略政策に加担し、隷属するから問題が複雑になりこじれるのである。
 同時に北朝鮮も、アメリカ帝国主義とは関係なく、日本との二国間関係をまず正しく解決することである。小手先ではなく、まず根本問題を解決することである。


結 語

 第一に、いわゆる拉致問題を闘うすべての幹部と活動家、被害者と家族会、拉致議連、そしてこれを支援するすべての人々が何よりも政府に対して次の要求を掲げてその実現を迫ることである。
 北朝鮮との戦争状態を終結させよ。両国間の平和友好条約を締結せよ。人事往来、経済交流、文化交流の自由活発化を実現せよ。いわゆる拉致問題の全面的解決を実現せよ。
 第二に、いわゆる拉致問題を、日本人民が闘うすべての生活と権利、自由と民主主義、人間の尊厳と人間性の擁護をめざす闘いと運動として位置付け、共闘し、連帯し、統一していくこと。
 第三に、この世界に独占と帝国主義の国家と権力が存在する限り戦争はなくならないし、本当の平和は実現しない。人民にとって本当の安全と安定と平和を実現するのは人民による、人民のための、人民の国家と世界だけである。闘いと運動を通じて人民闘争、人民戦線、人民権力を構築することである。
 以上