2016年(平成28年) 4月25日付 440号


そしてサン・シモン、シャルル・フーリエ、ロバート・オーエンに代表される空想的社会主義に迷わされることなく、「空想から科学への社会主義」(エンゲルス)を正しく認識しなければならない!

 最近著名な経済ジャーナリストの三橋貴明氏著『日本「新」社会主義宣言』(徳間書店発行)が出版され、注目されている。三橋氏のこの著作の核心は次の点にある。
 @ 現代資本主義は完全に行き詰まり、崩壊せざるを得ない。
 A 資本主義崩壊のあとに出現するのは歴史の必然性としての社会主義以外にはない。それは日本社会主義運動の創立者たる幸徳秋水が説く政治倫理のなかに真理がある。
 B 実践的には日本がアメリカにつづく、世界第二位の経済大国を実現した1955年から1974年にかけた高度経済成長のなかにその見本がある、という。
 そして三橋氏は自ら深く共鳴する幸徳秋水の倫理の核心部分を次のように紹介している。
 〔かつて、帝国主義黎明期、思想家の幸徳秋水は「グローバリズム」に席巻され、特定のグローバル投資家が富み栄える反対側で、マジョリティである国民が貧困化する「経済」を問題視し、自著「帝国主義」において、以下の通り書いている。

〈彼らは何をもって新市場の開拓を必要とするや、曰く資本の饒多(じょうた)と生産の過剰に苦しめばなりと。ああこれ何の言ぞ、彼ら資本家工業家が生産の過剰に苫しむと称する一面においては、見よ幾千万の下層人民は常にその衣食の足らざるを訴えて号泣しつつあるにあらずや。彼らが生産の過剰なるは、真にその需要なきがためにあらずして、多数人民の購買力の足らざるが故のみ。多数人民の購買力の乏しきは、富の分配公平を失して貧富の益す懸隔するの故のみ。

 而して思え、欧米における貧富の益す懸隔して、富と資本が益す一部少数の手に堆積し、多数人民の購買力がその衰微を極むるに至れるは、実に現時の自由競争制度の結果として、彼ら資本家工業家がその資本に対する法外の利益を壟断するがためにあらずや。故に欧米の経済問題は、他の未開の人民を圧伏して、その商品の消費を強るよりも、先ず自国の多数人民の購買力を亢進せしむるにあらざるべからず、自国購買力を亢進せしむるは、資本に対する法外の利益を壟断するを禁じもって、一般労働に対する利益の分配を公平にするにあらざるべからず、而して分配の公平を得せしむるは、現時の自由競争制度を根本的に改造して、社会主義的制度を確立するにあらざるべからず〉(幸徳秋水「帝国主義」(岩波文庫)より抜粋)
 秋水の言葉を現代文風に直してみると、
「彼らはなぜ新市場の開拓を必要とするのか。余剰資本があり、生産能力の過剰に苦しめられているためだという。何を言っているのか。彼ら資本家が工業製品の生産過剰に苦しむ反対側で、何千万もの人民が常に衣食の不足に耐えかね号泣しているのだ。資本家の生産が過剰になっているのは、真の意味で需要が不足しているためではなく、大多数の人民の購買力が足らないためだ。そして、人民の購買力が乏しいのは、富の分配が不公平で、貧富の格差が凄まじい状況になっている、ただそれだけが理由だ。
 加えて、欧米における貧富の格差が拡大し、富と資本が一部の少数に集中し、大多数の人民の購買力が衰亡の域に達しているのは、まさに現在の自由市場主義の結果として、資本から法外な利益を獲得しているためなのではないか。それ故に、欧米の経済課題は、他国の未開の人民を制圧し、自国で生産する製品の消費を強いるのではなく、まずは自国の大多数の人民の購買力を高めることではないのか。自国の購買力を拡大するには、資本から法外な利益を得ることを禁じ、一般労働に対する利益の分配を公平にするべきではないのか。加えて、分配を公平にするためには、現在の自由競争制度を抜本的に改造し、社会主義制度を碓立する必要があるのではないか」

 翻って現在の日本を見ると、デフレで国民の実質賃金が下がり、当然ながら購買力も減り、経済は需要不足に悩んでいる。それにもかかわらず、政府の需要創出や所得分配の強化といった正しい対策は打たれず、緊縮財政と構造改革ばかりが推進され、国民の貧困化が続いていく。グローバリズムと自由競争ばかりが尊ばれ、本来の経済の語源である「経世済民(世を経め、民を救う)」が置き去りにされている。
 現代の日本と、秋水の時代の日本は、こと「経済」に限って言えば、問題の本質が怖いくらいに似ている。幸徳秋水は社会主義者、無政府主義者、あるいは共産主義者であったとされ、1910年に大逆事件に連座する形で処刑された。秋水は1904年にマルクス・エンゲルスの「共産党宣言」を翻訳発表し、即座に発禁処分を受ける憂き目に遭っている。
 本書のタイトルは『日本「新」社会主義宣言』であるが、経済に対する問題意識については、筆者は秋水と共通点が多い。〕


社会主義とは何か。その意味と歴史的由来について!

 社会(主義)という言葉の意味は、多くの人びとの結びつき、協力、共同ということである。
 もっと広く認識すれば、大衆的な人びとが、生活のために、必要な時と場所と方法で、自発的に自分の意思で広く結合し、団結し、連帯し、共同し、協力して行動する、ということであり、この思想と政治意識を社会主義という。
 この社会主義思想と政治意識が社会主義運動として歴史に登場するのは19世紀前半のヨーロッパであった。その歴史時代がこの思想と政治を生み出したのである。
 当時のヨーロッパは18世紀にイギリスで起こった産業革命によって、石炭、ガス、石油という近代的エネルギーにもとづく革新的動力機の発明、発見によってすべての分野に工業化が発生、発展し、生産力は飛躍的に拡大していった。「生産力の発展が生産関係を変化させる」(マルクス)との法則のもとに、人間の意識と行動を変化させ、活動を促していくのである。
 つまり、機械による生産力の向上は、個人労働から大衆的な集団労働へ、協力と共同のコミュニティー的労働へと転化せた。ここから社会主義的意識が生まれる。生産も、製品も、分配も、すべてが大衆的になるのに、なぜ所有(生産物と生産手段など)は個人的なのか。貧富の差も、格差社会の出現も、すべては社会的でなく、個人主義にある。すべてを社会的にせよ、という思想・意識が生まれ、個人主義的社会制度との対立が拡大していった。

 ことの始まりは空想的な、観念的学説、思想であり、そしてそれは失敗した。

 サン・シモン(1760〜1825)=フランスの貴族の出身。1789年のフランス大革命と世界人権宣言に感動、自由主義者となり、フランス革命で全財産を失うも大いに喜び、やがて社会主義に共鳴、協同労働、共同分配、共同社会を訴えつづけた。
 ロバート・オーエン(1771〜1858)=イギリス・スコットランドで紡績工場を経営、社会主義思想に目覚め、この工場を社会主義的共同体にと努めたが失敗。アメリカに渡り、私財を投じて共産主義的共同体の部落を作ったが、社会的に異端視され失敗し、イギリスに帰国、以後死ぬまで社会主義、協同組合、労働組合法の立法化に努めた。
 シャルル・フーリエ(1772〜1837)=フランス大革命に共鳴し、それが最終的に成功しなかったのは、労働者階級の手による生産活動の管理を実現する機関がなかったからだと主張した。しかしこれはマルクス、エンゲルスが強く主張したとおり、社会主義は国家と社会の根本的な変革であり、人類社会の最終的な到達点であり、そのためにこそ労働者階級と人民の手による人民権力を打ち立てる以外に道はないのであり、これは社会科学の法則が歴史の経験として教えているとおりである。
 以上のとおり、空想的社会主義は、非科学的、空想的な理論と実践であったため、歴史的に実現できなかった。
 なおつけ加えておきたいのは、空想的社会主義に関して語ったエンゲルスの次の一文である。これはこの種の問題に関するマルクス主義者のとるべき態度の模範であり、階級的道徳であることを認識しなければならない。

 『空想から科学への社会主義の発展』(1880年)の中の一節。

 「空想的社会主義者たちの論が、たとえ空想であったにせよ、それは当時の未熟な資本主義とプロレタリアートの未発達が生み出した弱点であってやむを得なかった。彼らのあらさがしは、文筆小売り商にまかせておけばよい。われわれはその天才的な思想の萌芽(ほうが)をたかくたたえる」


▽『空想から科学への社会主義の発展』(エンゲルス・1880年)から社会主義は科学的な必然性であることを学べ!

 社会主義とは科学的な必然性の産物であり、歴史は必然性を求め、社会主義を求めて前進する。
 「生産力の発展が生産関係を変化させる」というマルクスの理論をエンゲルスは実践的に証明した。その文献がこの著作である。その核心をここに紹介する。
 経済ジャーナリストの三橋貴明氏がその著作で、資本主義の崩壊したあとは社会主義以外にない、と断言するのは、現代世界のあらゆる悪現象はすべて資本主義制度が行き詰まり、その制度が崩壊せんとする今日の歴史時代が、三橋氏の頭脳に反映して社会主義の必然性をアピールさせたのである。
 次がエンゲルスの科学的社会主義の核心である。


エンゲルス・空想から科学への社会主義!

 弁証法的唯物論の歴史観はつぎの命題から出発する。すなわち、生産が、そして生産のつぎにはその生産物の交換が、すべての社会制度の基礎であるということ、歴史上あらわれたどの社会においても、生産物の分配とともに、諸階級または諸身分への社会の編成は、なにがどのように生産され、生産されたものがどのように交換されるかにしたがっておこなわれるということである。したがって、すべての社会的変動と政治的変革の究極の原因は、人間の頭のなかに、すなわち、永遠の真理と正義についての人間の認識の発展に求めるべきでなくて、生産様式と交換様式の変化に求めるべきであり、それは哲学のなかでなくて、その時期の経済のなかに求めるべきである。現存の社会制度が非理性的な、不正義なものであり、理性は無意味になり、幸いが災いになった、ということについての認識の発展は、生産方法と交換形態にいつのまにか変化がおこり、以前の経済的条件にあわせてつくられた社会制度がもはやこの変化に適合しなくなったことの、一つの兆候にすぎない。それはまた同時に、あばき出された弊害を取り除くための手段もまた、変化した生産関係そのもののなかに存在しているにちがいないということを意味する。この手段は、けっして頭のなかで考案すべきものではなくて、頭をつかって現存の生産の物質的事実のなかに発見すべきものである。では、この点から見て現代の社会はどういう状態なのか?
 現在の社会制度は―いまではかなり一般的に認められているが―今日の支配階級、すなわちブルジョアジーによってつくりだされたものである。ブルジョアジーに固有の生産様式は、マルクス以来、資本主義的生産様式という名称でいいあらわされているが、それは封建制度の地方的および身分的特権とも、人びと相互の人身的きずなともあいいれないものであった。ブルジョアジーは封建制度をうち砕き、その廃墟の上にブルジョア的社会体制を、すなわち自由競争、移転の自由、商品所有者たちの同権、ならびにありとあらゆるブルジョア的な栄光に輝く王国をうちたてた。資本主義的生産様式はいまや自由に発展できるようになった。ブルジョアジーの指導のもとにつくりだされた生産関係は発展し、蒸気と新しい作業機が古いマニュファクチュアを大工業に転化させてからは、前代未聞の速度と規模で発展した。しかし、かつてマニュファクチュアとその影響のもとに発展した手工業が、同職組合の封建的束縛と衝突するようになったように、大工業はいっそう全面的に形成されてくるにつれて、資本主義的生産様式がそれを閉じこめている束縛と衝突するようになる。新しい生産力はすでにその利用のブルジョア的形態をのりこえて成長した生産力と生産様式とのこの衝突は、人間の原罪と神の正義との衝突というように、人間の頭の中に生じた衝突ではなくて、それは事実の中に、客観的に、われわれの外部に、それを引き起こしたその人間の意欲や行動そのものと無関係に存在しているのである。現代の社会主義は、この現実の衝突が思想のうえに反射したものにほかならず、なによりもまず直接この衝突のもとで苦しんでいる階級である労働者階級の頭のなかに生じた観念的反映にほかならないのである。
 では、この衝突とはどういうものか? ブルジョーアジーは、あの制限された生産手段を個人の生産手段から社会的な、ただ人間の集団によってのみ使用できる生産手段に変えることなしには、あの生産手段を強力な生産力に変えることはできなかった。糸車や手織機や鍛冶屋の鎚(つち)にかわって紡績機械や力織機や蒸気ハンマーがあらわれ、個人の仕事場にかわって幾百人、幾千人の協働を必要とする工場があらわれた。そして、生産手段と同様に、生産そのものが一連の個人的行動から一連の社会的行為に変わり、生産物は個人の生産物から社会的生産物に変わった。いまでは工場から出てくる紡糸や織物や金属製品は、多数の労働者の共同の生産物であり、それらが完成するまでには、かれらの手をつぎつぎに通らなければならなかった。かれらのうちのだれ一人として、それはわたしがつくったのだ、それはわたしの生産物だ、ということはできなかったのである。
 中世の社会ではとりわけ最初の数世紀は、生産は本質的に自家消費を目的としていた。生産は主として生産者とその家族の欲望だけをみたした。農村におけるように、人身的な従属関係の存在したところでは、生産は封建領主の欲望をみたすことにも貢献した。だから、この場合には交換はまったくおこなわれず、したがって生産物も商品の性格をもたなかった。農民の家族は、食料だけでなく器具でも衣服でも、自分たちの必要とするものはほとんどすべて生産した。かれらは、自分の必要以上に、そして封建領主に納めるべき現物貢納以上に余剰を生産するようになったとき、はじめて商品をも生産した。この余剰は、社会的交換に投げこまれ、売りに出され、商品になった。都市の手工業者は、たしかに、すでにそもそものはじめから交換のために生産しなければならなかった。しかし、かれらも自家の必需品の大部分を自分で働いてつくった。かれらは菜園と小さな畑をもっていた。かれらは、自分の家畜を共同体の山林に放牧したが、この山林はさらにかれらに用材や燃料を供給した。婦人は亜麻や羊毛などをつむいだ。交換を目的とする生産、すなわち商品生産はやっと発生しつつあった。したがって、交換はかぎられ、市場はかぎられ、生産様式は固定的であり、外にむかっては地方的な閉鎖性が、内にむかっては地方的な団結があった。農村にはマルクがあり、都市には同職組合があった。
 商品生産の拡大とともに、とりわけ資本主義的生産様式の出現とともに、これまでねむっていた商品生産の諸法則もまた、いっそうおおっぴらに、いっそう強力に作用しはじめた。古い結合はゆるみ、古い閉鎖的なわくは破られ、生産者はますます独立した、個々ばらばらの商品生産者に変わった。社会的生産の無政府状態はあかるみに出てきて、ますます極端におしすすめられた。しかし、資本主義的生産様式が社会的生産におけるこの無政府状態をひどくするのに用いた主要な手段は、無政府状態と正反対のものであり、個々の各生産施設において、生産が社会的生産として、ますます組織化されていくことであった。資本主義的生産様式は、社会的生産というこの槓杆(てこ)によって古い平穏な固定状態を終わらせた。資本主義的生産様式が一つの産業部門にとりいれられると、それはどのような古くからの経営方法もそれと並存することをゆるさなかった。それが手工業をとらえると、それは古い手工業をほろぼした。労働の分野は戦場になった。地理的大発見とそれにつづく植民は、販路を何倍にもひろげ、手工業のマニュファクチュアへの転化を促進した。個々の地方的生産者たちのあいだに闘争がおこっただけでなく、地方的な闘争はさらに全国的な闘争に、十七、十八世紀の商業戦争に発展した。最後に大工業が、そして世界市場の形成が、闘争を世界的にし、同時にそれをかつてない激烈なものにした。個々の資本家のあいだでも、すべての産業のあいだやすべての国々のあいだでも、自然的あるいは人為的生産条件の優劣が死活を決定する。敗者は容赦なく排除される。それはダーウィンの個体生存競争が、何倍もの狂暴さをもって自然から社会にうつされたものである。動物の自然状態が人類の発展の頂点としてあらわれる。社会的生産と資本主義的取得との矛盾は、いまや個々の工場における生産の組織化と社会全体における生産の無政府状態との対立としてあらわれる。…
 新しい消費者を求めて全地球上を追いまわす大工業は、国内では大衆の消費を飢餓的な最低限度に制限し、それによって自分の国内市場をほりくずす、というふうになるのである。それは資本の蓄積に対応する貧困の蓄積を必然的にする。だから、一方の極での富の蓄積は、同時に反対の極での、すなわち自分の生産物を資本として生産する階級の側での、貧困、労働苦、奴隷状態、無知、粗暴、道徳的堕落の蓄積なのである。そして、資本主義的生産様式からこれとちがった生産物の分配を期待するのは、電極が電池と結びつけられているのに、電池の電極が水を分析しないように、そして、陽極に酸素、陰極に水素を発生させないように要求するようなものである。
 恐慌において、社会的生産と資本主義的取得とのあいだの矛盾は暴力的に爆発する。商品流通は一時破壊され、流通手段である貨幣は、流通の障害物となり、商品生産と商品流通の法則のすべてが転倒する。経済的衝突は頂点に達し、生産様式は交換様式にたいして反逆する。
 資本主義的生産様式の機構全体が、この生産様式そのものによってつくりだされた生産力の圧力のもとで、機能しなくなる。こうして、一方では、資本主義的生産様式には、これ以上これらの生産力を管理する能力がないことが確認される。他方では、これらの生産力そのものは、ますます力づよく、この矛盾の廃棄、資本というその性質からの解放、社会的生産力としてのその正確のじっさいの承認をせまるのである。
 強力に発展していく生産力は生産力の資本という性質に反抗し、生産力の社会的性質を承認させようとする強制をますます強めていくが、この生産力の反抗と強制が、資本主義的生産関係の内部で可能なかぎりで、ますます生産力を社会的生産力として扱うように資本家階級自身に強要するのである。自由競争は独占に転化し、資本主義社会の無計画的な生産は、せまりくる社会主義社会の計画的生産の前に降伏する。もちろん、さしあたりはまだ資本家の利益のためである。しかし、ここでは搾取は手にとるようにあきらかになるので、それはどうしても崩壊しないわけにはいかない。いずれにせよ、最後には資本主義社会の公式の代表者である国家が生産の管理をひきうけなければならない。国有への転化のこのような必然性は、まず大規模な交通施設、すなわち郵便、電信、鉄道にあらわれる。
 近代国家は、その形態がどうであれ、本質的に資本主義的な機関であり、資本家の国家であり、観念的な総資本家である。近代国家がますます生産力をその所有にうつせばうつすほど、それはますます現実的な総資本家になり、ますます国民を搾取するようになる。労働者は依然として賃労働者であり、プロレタリアである。資本関係は廃棄されないで、むしろ極端にまでおしすすめられる。しかし、極端に達すると一変する。生産力にたいする国有は衝突の解決ではないが、それは解決の形式上の手段、その手がかりを自己のうちにたくわえている。
 社会的に作用する諸力も、自然力とまったく同じように、われわれがそれを認識せず、考慮にいれないあいだは、盲目的、暴力的、破壊的に作用する。しかし、ひとたびわれわれがそれを認識し、その活動、その方向、その結果を把握したなら、それらをますますわれわれの意志にしたがわせ、それらを手段としてわれわれの目的を達することは、ただわれわれのやり方にかかっている。しかも、このことは今日の強力な生産力についてはとくによくあてはまる。われわれが、その本性と性格を理解することを頑固に拒否しているあいだは―しかもこれを理解することに反抗しているのは資本主義的生産様式とその擁護者である―、そのあいだは、この力はわれわれにかかりあわず、われわれにさからって作用し、すでにくわしくのべたように、われわれを支配する。しかし、ひとたびその本性を把握するなら、共同社会に結合した生産者たちの手のなかで、この力は悪魔のような支配者から従順な召使に変えられる。
 資本主義的生産様式は、ますます人びとの大多数をプロレタリアに変えることによって、没落しないためにこの変革をなしとげることを強要されている勢力をつくりだす。資本主義的生産様式は、ますます大規模な社会化された生産手段の国有への転化をおしすすめることによって、それみずから変革を遂行するための道をしめす。プロレダリアートは、国家権力を掌握し、生産手段をまず国有に転化する。しかしそれによってプロレタリアートは、プロレタリアートとしての自分自身を廃棄し、それによってプロレタリアートは、すべての階級差別と階級対立を破棄し、またそれによって国家としての国家を廃棄する。階級対立のなかで動いてきた従来の社会は国家を必要とした。
 中世では封建貴族の国家、現代ではブルジョアジーの国家がそうである。国家は最後に実際に全社会の代表者になることによって、それは自分自身をよけいなものにする。抑圧しておくべき社会階級がもはやなくなるやいなや、階級支配や、従来の生産の無政府状態にもとづく個体生存競争とともに、それから生ずる衝突や乱暴がとり除かれるやいなや、特別な抑圧権力である国家を必要とするような、抑圧すべきものがもはやなにもなくなる。
 社会的諸関係への国家権力の介人は、一つの分野から他の分野へとつぎつぎによけいなものになり、やがてひとりでにねむりこんでしまう。人に対する統治にかわって物の管理と生産過程の指導があらわれる。国家は「廃止される」のではなくて、それは死滅するのである。したがって、このことに照らして「自由な人民国家」という文句は、一時的に扇動上は正しいとされるという面と、最後的には科学的に不十分であるという面とから評価しなければならない。
 社会的諸階級の廃止は一定の歴史的発展段階を前提とするのであり、その発展段階では、たんにあれこれの特定の支配階級の存在だけでなくて、支配階級一般の存在、したがって階級差別そのものの存在が時代錯誤になり、時代おくれになるのである。したがって階級の廃止は、特定の社会階級が生産手段と生産物を取得し、それとともに政治的支配権や文化の独占や精神的な指導をわがものとすることがよけいなことであるだけでなくて、経済的、政治的、精神的にも発展の障害になるような、生産の高い発展段階を前提とするのである。…
 社会による生産手段の掌握とともに、商品生産が廃止され、したがってまた生産者にたいする生産物の支配が廃止される。社会的生産の内部の無政府状態にかわって、計画的、意識的な組織があらわれる。個体生存競争はおこなわれなくなる。それによってはじめて、人間はある意味で、最終的に動物界から離脱し、動物的生存条件から出て真に人間的な生存条件にはいる。いままで人間を支配してきた、人間をとりまく生活条件の全範囲は、いまや人間の支配と統御のもとにはいる。人間は自分自身の社会化の主人となるから、またそうなることによって、はじめて自然にたいする意識的な、真の主人になる。これまでは人間を支配する外的な自然法則として人間に対立してきた、人間自身の社会的行為の法則は、いまや人間によって十分な専門的知識をもって応用され、したがって支配される。人間自身の社会化は、これまでは自然と歴史によって、おしつけられたものとして人間に対立してきたが、いまや人間の自由な行為になる。これまで歴史を支配してきた客観的な、外的な力は、人間自身の統御のもとにはいる。そのときからはじめて、人間は自分の歴史を十分に意識して自分でつくるし、そのときからはじめて、人間によって作用させられてきた社会的諸原因は、ますます大きな度合で人間の欲したとおりの結果をもたらす。それは必然の王国から自由の王国への人間の飛躍である。
 プロレタリアートは公的権力を掌握し、この権力をつかって、ブルジョアジーの手からすべりおちつつある社会的生産手段を公的所有に変える。プロレタリアートは、この行為によって生産手段を従来の資本という性質から解放し、生産手段の社会的性格が自己を貫く完全な自由をあたえる。あらかじめきめられた計画にもとづく社会的生産がいまや可能になる。生産の発展は、種々な社会階級がこのうえ存続することを時代錯誤にする。社会的生産の無政府状態が消滅するのに応じて、国家の政治的権威もねむりこむ。人間は、かれらの独自な仕方による社会化の主人になり、それによって同時に自然の主人に、自分たち自身の主人になり―すなわち自由になる。
 この世界解放の事業をなしとげることは、近代プロレタリアートの歴史的使命である。この事業の歴史的条件、およびそれとともにその本性そのものを究明し、そして、行動の使命をおびた、今日のところ抑圧されている階級に、かれら自身の行動の条件と本性とを自覚させることは、プロレタリア運動の理論的表現である、科学的社会主義の任務である。


結 び

 われわれの未来展望とそのスローガン

 われわれはすべてを哲学・歴史科学的世界観に徹するよう呼びかける。われわれは一貫して次のような科学的世界観、歴史科学観を提起する。
 @ 人類とその社会は永遠の過去から永遠の未来に向かって運動し、発展し、爆発し、収れんされつつ前進していく。そのエネルギーは人間の生きる力であり、その物質的表現としての生産力である。
 A 生産力の発展がその度合いに応じて生産関係としての人類社会(国家)を作り出していった。それは最初の原始共同体、次の奴隷制、封建制、資本主義制、そして社会主義へと一貫して生産力の発展が生産関係(国家)を変化させていった。これからもそうなる。
 B 物理学が証明しているとおり、すべての生物は環境が作り出していく。人類もまた環境の産物であり、進化していった。環境が人間を変えていく。新しい環境と新しい社会は新しい型の人間を作り出していく。
 C 人類の歴史を見ればわかるとおり、一つの支配権力、一つの国家形態が永遠であったことは一度もない。歴史は常に運動し、変化し、発展し、転換して次々と新しい時代を作り出していった。そして歴史を見ればわかるとおり、変化は静かで一直線ではない。爆発と収れんは歴史法則である。歴史は必然を持って前を目指すが、その過程では常に偶然が伴う。偶然は必然のための産物であり、偶然は必然のための糧である。そして必然の世界とは人民の人民による人民のための世界であり、より高度に発展したコミュニティー社会である。歴史は到達すべきところに必ず到達する。
 D コミュニティーとは何か。人民による人民のための人民の世界とは何か。それは国家、社会、生産活動の運営目的を、最大限の利益と利潤追求のみに注ぐのではなく、すべてを人民の生活と文化水準と社会環境の安心・安全・安定のために注ぐ。
 E 生産第一主義、物質万能主義、拝金主義、弱肉強食の国家と社会ではなく、人間性の豊かさと人間の尊厳と人間としての連帯と共生の国家と社会にする。
 F 金と物がすべてではなく、人間の心と自然の豊かさが第一であり、姿や形だけの美しさではなく、働く人びとの生きる姿と心の美しさが第一であり、一人だけで急いで先に進むのではなく、遅くてもみんなが一緒に進む。
 G 人類とその社会は生まれたときから環境の産物であり、歴史的なものであった。環境が変われば人類とその社会も変わる。国家と権力が変われば人類社会は変わる。
 H そのための力こそ、すべてを人民のための・人民による・人民権力であり、その具体的表現たる人民評議会である。運動と闘いの中でいたるところに評議会を組織せよ。人民の要求、人民の意志としてここで主張する。そして権力として、歴史時代が求める自らの責任と任務を執行させる。
 I 人類が最初にはじめてつくった社会は、原始的ではあったが、そこにはまさに共同と共生と連帯の人間的社会があった。そしていくたの回り道をしたが、その間により大きくなってもとに帰る。つまりより高度に発達した近代的コミュニティー国家と社会へ。ここから本当の民主主義にもとづく人間社会、人民の社会が生まれる。こうして人類は総力をあげて大宇宙との闘い、新しい闘い、宇宙の開発と開拓の闘いに進軍するであろう。
(以上)