2016年(平成28年) 5月25日付 441号


歴史上の大事件や大人物は二度現れる(ドイツ哲学の巨人・ヘーゲルの一文)という哲学・科学的歴史観で世界をみつめよ!

 前書き
 現在ヨーロッパ(EU)各国を悩ませているものに難民問題がある。中近東諸国からヨーロッパ各国に押し寄せる難民(漂流民)は昨年一年間だけで200万人に達し、2011年1月のチュニジアにおけるベンアリ長期独裁政権打倒の大衆にもとづく動乱と暴動がたちまち中東と北アフリカの独裁政権打倒へとなった「アラブの春」は成功せず、各国は無政府状態となり、ここから難民・流民が噴出、現代ヨーロッパには数百万人に達している。 特に最大の内戦がつづくシリアではアサド独裁政権を支持するロシア政府と、反アサドの反政府側を支持するアメリカのオバマ大統領(アメリカ政府)という構図のもと、解決なき長期内戦がつづき、シリア難民はあふれ続けている。
 ついにヨーロッパ各国(EU)はそれが国内に跳ね返り、各国では難民受け入れに反対する民族主義的右派勢力が増大し、反政府運動が高まり、ついにEUは協議のすえ難民を受け入れず、これを拒否する対策に乗り出した。
 このことがまた国際問題となり、ローマ・カトリック教会は国際世論を背景に、2016年4月16日、フランシスコ法王がギリシャを訪問、ここで世界にアピールした。「ヨーロッパが難民を拒否するという壁を作るのは非人道的である。壁ではなく、橋を作るべきだ」と。
 こうしてこの問題は解決しないまま泥沼に落ち込んでいる。
 平和と生活と身の安全を求め、祖国と故郷を捨て、流浪の民となって、当てもなく、これだけの多くの民がさ迷うような時代は今までなかった。ここに現代資本主義の政治的危機がある。もはや現代資本主義に人類を豊かにする能力はなくなった。ここにも歴史の転換期を見ることができる。すべては『資本主義の終焉と歴史の危機』(水野和夫著・集英社刊)という経済上の土台が、このような政治的・社会的危機を生み出しているのである。
 現代の歴史時代とは何か。それは世界は無重力の時代であり、漂流する時代であり、大衆の怒りがいたるところに爆発している時代である。その根底にあるのは資本主義というこの政治・経済・社会制度が生み出す必然の産物としての抑圧と生活苦、失業と貧困、格差社会の拡大と前途への不安、である。つまり歴史は人類社会の根本的転換期に到達しているのであり、人類社会は永遠に存在し続けるために、原始社会から奴隷制へ、そして封建制から資本主義へ、こうして次の時代たるコミュニティー共同体へと変わらなければならない時代に到達しているのである。歴史は変化を求めて爆発する。
 今日、全世界に吹き上がる対立と抗争、内乱と暴動、国家間の紛争と非難合戦などはみな、民族主義が形や姿を変えて、宗教対立となり、経済紛争となり、国境紛争となる。しかし歴史が証明しているとおり、民族主義に未来はない。歴史が封建制の遺物としての民族主義を拒否するのである。それは、民族主義の典型であったヒトラーと日本軍国主義の歴史が明確に証明しているとおりである。
 歴史は繰り返す。外形は似ているが、その中身は歴史時代の要求に答えている。こうして歴史は必然の法則に従ってばく進する。
 古代(奴隷制時代)最大の帝国ローマはゲルマン民族の大移動によって揺さぶられ、内部分裂し、ついに崩壊、次の時代(中世・封建制)へ移行した。
 そして現代、世界に広がる難民は現代のゲルマン民族の大移動であり、これが現代資本主義を揺さぶっており、そして民族主義によって内部分裂を深め、支配能力を失い、次の時代たるコミュニティー共同体から社会主義へ移行せざるを得ない時代となっているのである。
 すべては歴史科学「生産力の発展が生産関係(国家と社会)を変えていく」という哲学・歴史科学の法則(マルクス)、そして「変わらないために変わりつづける」(福岡伸一)という自然科学の法則通りに世界は動いているのである。この万物の運動、この「リスペクト」(福岡伸一)を信じるのか、信じないのか、ここに知性主義か、反知性主義かの分かれ道がある。
 歴史は偉大であり、万物の運動法則は偉大であり、宇宙と人類の未来は偉大である。
 歴史を信じよ!


ローマ帝国(古代・奴隷制)を崩壊させ、歴史を転換させた「ゲルマン民族の大移動」が、現代の「難民大移動」であり、資本主義世界は大転換の炎に包まれている。歴史は繰り返す!

 自然採集経済から脱出、生産的経済へ歴史の転換
 古代社会では、人間の生きる糧はすべて大自然からの採集、狩猟、漁労、であったが、これは常に飢えとの闘いであった。これを解決したのが生産活動であり、生産経済であった。
 生産力による生産経済が始まったのは紀元前300年頃、メソポタミア地方(イラク、イラン)のチグリス、ユーフラテス川の流域「肥沃な三日月地帯」であった。
 灌がいと土地改良、農器具の改良と改革、によって生産物は増え、人口も飛躍し、人間の集団たる氏族、部族、そして民族的集団もやがて社会的存在となっていった。
 当時、古代最大の都市国家たる「ローマ」は紀元前753年にはいくつかの部族が集結して国家を形成させたが、紀元100年頃は周辺の諸氏族を支配し、地中海とヨーロッパを支配下にした最大の帝国として君臨していった。
 この古代ローマを崩壊させ、その結果として古代社会(奴隷制時代)から新しい時代としての中世(封建制)へ移行させたのは、歴史上の巨大な動乱たる「ゲルマン民族の大移動」であった。
 ゲルマン民族(現代のドイツ民族)は当時ローマの周辺にあった多くの部族の中の一つであったが、多くの部族を統一させ、最大の集団となり、それがより大きな土地と太陽の照らす地中海をめざして南下をはじめた。そしてこの集団は武器を手にした戦闘的集団となり、これがローマに進入を開始したのである。
 やがてローマは彼らをローマ市民と認めたうえ、ローマ国軍に編入させた。しかしこのゲルマン人の軍隊は戦闘能力が高く、ローマ軍の中核となる。
 ヨーロッパに中世(封建社会)が出現するに至り、封建制国家の間に多くの戦争がはじまり、ローマの国防軍の主力はゲルマン出身となり、このローマ軍が反乱を起こす。「己たちがローマだ。ローマは己たちのものだ」というわけである。こうしてローマは紀元395年、分裂、崩壊した。
 このローマの歴史上の本質について、理論的に、思想的に、そして科学的に解明したのがマルクスの著作『経済学批判・序論』(1859年)である。
 この文献でマルクスはつぎの三項目を主張している。ここにマルクスの「哲学世界観」がある。
 (一)人類の世界は一貫して、生産力の発展が生産関係を規定していく。これは哲学歴史科学の必然的法則である。このような生産関係(国家と社会、政治対立と政治闘争)が思想・政治・イデオロギーを生み出していく。存在が意識を生み出す。
 (二)生産力の発展は必然であり、無限である。そして生産関係の発展と変革も必然であり、無限である。人類の歴史は(原始時代を除けば)古代―中世―近世―現代を通じて、政治対立と政治闘争の歴史であった。この政治対立と政治闘争が歴史転換の原動力となり、戦争を通じて歴史は転換した。
 (三)生産力の発展にもとづく生産関係の変革の到達点はコミュニティー共同体から社会主義への道である。この時点をもって人類の前史は終わり、以後人類は総力をあげて大宇宙の開発と開拓に取り組む。 以上のマルクスの哲学世界観の正しさは、すでに明らかにした通り、古代ギリシャ文明と、国家の成立はすべて生産力の発展にもとづく、商品経済の成長と、財産の蓄積が土台になっており、この法則は人類の歴史を貫いているという事実によって証明されているとおりである。


万物を支配するその運動法則を規定づけたマルクスの「哲学歴史科学」の法則がいかに正しいかは人類の歴史を知ればはっきりする。つぎが人類の歴史が証明しているその法則である!

 (1)生産力がなく、したがって生産活動もなかった人類最初の社会は、すべてが大自然を相手にした共同採集経済であり、それを土台にした共同体・コミュニティー社会、社会的人間道徳の世界であった。
(2)生産力の成長と発展による生産活動の飛躍は余剰生産物(備蓄)を生み、財産となる。そこに個人的欲望にもとづく財産をめぐる争い、対立と抗争、戦争と内乱が発生、権力機関としての国家が成立。生産力の発展が生産関係を変化させる第一歩がはじまった。
(3)原始共同体から奴隷制へ、そしてつぎの封建制へと歴史は転換していく。それを促したのは生産手段の発達(機械と用具の木製から金属製へ、単純なものから複雑なものへ、改良、改革、発明、発見)にもとづく生産力の向上であった。このことがそれまでの奴隷労働(奴隷制)ではなく、農奴(封建制)を求めていった。奴隷制国家から封建制国家への転換は歴史の必然であった。
(4)生産用具(生産手段)のいっそうの発展は、手工業的家内工業から、大規模な工場制工業となる。その結果製品は大量となり、交換経済は商品流通を生み、すべては商品となる。そこから貨幣が登場し、貨幣の所有者(ブルジョアジー)が社会の主人公となる。同時に経済活動は自由な商品としての労働力(労働者)を求め、農奴解放(奴隷解放)を求める。近代自由主義、資本主義の到来である。
(5)自由主義から出発した近代資本主義、人間欲望の自由放任主義、その自由主義経済はもはやその頂点に達した。独占と帝国主義の時代は登り詰め、らん熟し、腐敗し、能力を失い、次の時代に移行せざるを得ない人類前史の最後の段階である。人類は大衆社会、人民の世界、近代的コミュニティへの転換を求めて激動しているという、現代の時代認識を知ろう。


結 び

 われわれの未来展望とそのスローガン
 われわれはすべてを哲学・歴史科学的世界観に徹するよう呼びかける。われわれは一貫して次のような科学的世界観、歴史科学観を提起する。
 @ 人類とその社会は永遠の過去から永遠の未来に向かって運動し、発展し、爆発し、収れんされつつ前進していく。そのエネルギーは人間の生きる力であり、その物質的表現としての生産力である。
 A 生産力の発展がその度合いに応じて生産関係としての人類社会(国家)を作り出していった。それは最初の原始共同体、次の奴隷制、封建制、資本主義制、そして社会主義へと一貫して生産力の発展が生産関係(国家)を変化させていった。これからもそうなる。
 B 物理学が証明しているとおり、すべての生物は環境が作り出していく。人類もまた環境の産物であり、進化していった。環境が人間を変えていく。新しい環境と新しい社会は新しい型の人間を作り出していく。 C 人類の歴史を見ればわかるとおり、一つの支配権力、一つの国家形態が永遠であったことは一度もない。歴史は常に運動し、変化し、発展し、転換して次々と新しい時代を作り出していった。そして歴史を見ればわかるとおり、変化は静かで一直線ではない。爆発と収れんは歴史法則である。歴史は必然を持って前を目指すが、その過程では常に偶然が伴う。偶然は必然のための産物であり、偶然は必然のための糧である。そして必然の世界とは人民の人民による人民のための世界であり、より高度に発展したコミュニティー社会である。歴史は到達すべきところに必ず到達する。
                                   (以上)