2016年(平成28年) 8月25日付 444号


8月という戦争と平和の記念月間に改めて戦争を考える!

7月23日付日本の新聞各紙の大見出しは「テロの銃撃ドイツでも」(朝日)「独も安全でなくなった」(産経)という活字が踊った。ドイツ南部の大都市ミュンヘンのオリンピア・ショッピングセンターで7月22日、一人の男が買い物客らに銃を乱射し、子供を含む9人が死亡、16人が負傷した。フランスなど欧州各国でテロが相次ぐ中で、警戒も強く、安全と言われていたドイツでもついにテロが発生したというわけで、ヨーロッパ各国に大きな衝撃を与えた。しかし犯人はミュンヘンに住む市民の一人であり、自殺した。ドイツでは7月中に列車内でナイフを振り回して人を傷つける事件なども発生、安全だったドイツもついにテロ戦争に巻き込まれたのである。
 ヨーロッパでは、もはやこれは戦争だという声が高まり、もう安全な所はなくなったと不安が広がっているという。まさに新しい型のテロ戦争時代の到来である。
 それはすべて歴史時代の産物である!
 現代の歴史時代とは何か。それは世界は無重力の時代であり、漂流する時代であり、大衆の怒りがいたるところに爆発している時代である。その根底にあるのは資本主義というこの政治・経済・社会制度が生み出す必然の産物としての抑圧と生活苦、失業と貧困、格差社会の拡大と前途への不安、である。この現象と原因については水野和夫氏の著作『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書)が解明しているとおりである。つまり歴史は人類社会の根本的転換期に到達しているのであり、人類社会は永遠に存在し続けるために、原始社会から奴隷制へ、そして封建制から資本主義へ、こうして次の時代たるコミュニティー共同体へと変わらなければならない時代に到達しているのである。歴史は変化を求めて爆発する。
 これは哲学・歴史科学の必然の法則である。この必然性が、人類社会最後の帝国主義国家たるアメリカ帝国主義の一極支配を終わらせた。その結果ついに世界は重力を失い、無政府状態となり、バラバラになり、必然的に、人間欲望の自由主義の国家形態たる民族主義と無差別テロが爆発しているのである。
 今日、全世界に吹き上がる対立と抗争、内乱と暴動、国家間の紛争と非難合戦などはみな、すべては歴史と民族主義の爆発である。民族主義が形や姿を変えて、宗教対立となり、経済紛争となり、国境紛争となっている。しかし歴史が証明しているとおり、民族主義に未来はない。歴史が封建制の遺物としての民族主義を拒否するのである。それは、民族主義の典型であったヒトラーと日本軍国主義の歴史が明確に証明している。
そして特筆しておかねばならないのは、現代ヨーロッパを大混乱と動揺に落し入れている難民問題である。平和と生活と身の安全を求め、祖国と故郷を捨て、流浪の民となって、当てもなく、これだけの多くの民がさ迷うような時代は今までなかった。ここに現代資本主義の政治的危機がある。もはや現代資本主義に人類を豊かにする能力はなくなったのである。ここにも歴史の転換期を見ることができる。すべては『資本主義の終焉と歴史の危機』という経済上の土台が、このような政治的・社会的危機を生み出しているのである。
 すべての出来事と現象は歴史の必然性とそのときの歴史時代の産物である。


日・中・韓三国で繰り返される過去の歴史認識問題、論争の事実をみてみよう。ここに非科学的観念論の歴史観があり、民族主義と独占的支配をめざす国益主義があり、このままでは三国の衝突は、力関係か、内政(内因)にもとづく妥協かであり、真の正しい解決はありえない!

 中国、韓国、日本の三国間に繰り返されている歴史認識問題に関する言い分をまず聞くことにしよう。
 
中国の主張

 中国側の歴史認識とは何か。その核心部分は次のとおりである。
 日本は明治維新以後、資本主義が発展し強盛化したが、国内市場も狭かったため人民蜂起が絶えなかった。そこで日本の統治勢力はその活路を中国侵略を中心とする対外侵略に求めた。当時、世界の主要資本主義国は次第に帝国主義段階に向う過渡期にあり、日本の侵略政策は一定程度西側列強から理解が得られていた。欧州列強に東方を顧みる暇がなくなると、日本はこの機会を利用して中国を侵略した。これに対して中華民族は抗日戦争を闘って勝利した。この中国の抗日戦争は世界の反ファシズム闘争の重要な一部であり、世界の反ファシズム戦争に対して重要な貢献を果たし、中国の国際的な地位を高めた。これが中国の主張である。
 
韓国の主張

 韓国側の歴史認識とは何か。その核心部分は次のとおりである。
 日韓併合。これは日本に強制されたものであり、批准書がないのも、調印だけで条約が成立したと偽装したもので、条約は無効もしくは成立していない、と主張。また、植民地時代に日本は、韓国の民族意識を抹殺、変質させる「皇民化教育」を展開した、と批判。日韓国交正常化を定めた一九六五年の日韓基本条約と関連する協約については「ご都合主義的な政治的妥結」と批判し、再交渉の必要性を主張している。
 
日本の主張

 日本政府の態度は、すべて一九九五年八月十五日に発表された、当時の村山富市首相の談話に集中的に集約されており、これ以上でも、これ以下でもなく、これですべて終っている、という立場である。一九九四年六月に成立した自民党、社会党、さきがけの連立内閣は、村山富市社会党党首を総理大臣にして発足した。一九九五年八月十五日、村山氏は内閣総理大臣名を以って対外的に国家としての謝罪の談話を発表した。これが、村山富市首相の談話である。その要旨は次の内容である。
 「いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。
 わが国は遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は未来に過ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫(わ)びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧(ささ)げます。
 敗戦の日から50周年を向かえた今日、わが国は深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません」
 以上見てきたとおり、中国と韓国は共通して過去の歴史は日本の侵略と収奪の歴史だ。自分たちは犠牲者だ。だから日本に対して謝罪と弁償を要求する。だから靖国参拝には抗議する、という。
 日本は村山談話で終ったことだ、これ以上言うのは内政干渉だ、という。
 ここに歴史を科学として認識できずに自国の運命を歴史科学の必然(これが自国の運命なのだ)の産物として認識できない観念論の悲劇(喜劇)がある。


戦争は人類史上国家が出現して以来必然的なものであり、帝国主義による侵略と戦争も歴史の必然性であり、帝国主義は帝国主義戦争を通じて崩壊していった。われわれの科学的歴史観でこれを確認し、これを止揚していくこと、ここに真の歴史論争がある!

 日本帝国主義崩壊、第二次世界大戦終結から学ぶ最大の教訓は、歴史は科学であり、歴史科学の発展法則の偉大さであり、帝国主義は帝国主義戦争を通じて崩壊するという歴史の必然性であった。
 人類の歴史を見てみよう。すべては科学ではないか。人間とは、約百万年前の原人、約二十万年前の旧人、約五万年前の新人、そして約一万三千年前の現人へと進んできた科学的進化である。そして人類の国家と社会も紀元前七世紀までの原始時代は戦争も支配もない平和な共同体であった。それが生産力の発展につれて変化し、紀元前八世紀の奴隷制社会から戦争と抑圧の時代へと移行。こうしてローマ帝国の成立と崩壊という歴史時代を通じて封建制から資本主義へと転換していった。そして生産力の発展は最高度に達し、十八世紀に人類社会は独占と帝国主義時代に移行した。十九世紀は帝国主義戦争を通じて帝国主義が崩壊するという資本主義の最後の段階に到達している。独占と帝国主義は最大限の利益追求、そのための生産第一主義、物質万能主義、弱肉強食、侵略と収奪、人間性そう失、戦争と殺りくの世界であり、このような歴史法則が植民地支配と民族抑圧へ駆り立てていったのである。このような歴史科学から歴史認識問題を考察していかねばならない。日・中・韓三国の歴史論争もここに根拠をおいて進めなければならない。
 日・中・韓三国の相互関係とは、まさに歴史科学の産物なのである。日本はアジアでただ一つの帝国主義国家として成長転化したが故に、ヨーロッパ帝国主義に対抗してアジア侵略に駆り立てられたのである。世界中の帝国主義がやったことを日本もやらざるを得なかった。中国・韓国は世界中の植民地民族がやられた同じ運命(歴史の法則)に自分も押しやられてしまったのである。良いとか、悪いとかというのはあくまでも感情論であって、科学の法則という世界には感情論は通用しない。

 日・中・韓三国の歴史科学から見たその運命について

 十九世紀の世界は、帝国主義と帝国主義戦争の時代に到達したが、それはつまり、帝国主義国家による植民地支配と世界の再分割のための戦争の時代ということである。暗黒大陸アフリカは一九〇〇年代には、ヨーロッパ帝国主義によってすべて分割支配されていた。
 中国はどうか。イギリスはアヘン戦争(一八四〇−一八四二)を仕掛けて中国侵略を開始。これにつられて世界中の帝国主義が義和団事件(一八九九―一九〇〇)という中国の民族主義団体の排外主義運動を利用して一斉に中国侵略を開始した。イギリス、アメリカ、ドイツ、フランス、イタリア、オーストリア、そしてロシアと日本も権益を求めて中国に侵入していった。特にロシア帝国は大陸続きを利用して強力な軍事力を中国東北地方に送り込み武力で制圧し、その最南端旅順には当時としては世界最大にして最強にして難攻不落の軍事基地を建設。ここをロシア極東艦隊の基地にして中国、朝鮮の支配から、日本の支配へと乗り出していった。つまり、中国、朝鮮にとっては帝国主義国家による支配は歴史上の必然であった。だが、日露戦争(一九〇四―一九〇五)によるロシアの敗北で、ロシアに変わって日本が支配した、というのが歴史科学の現実なのである。
 韓国はどうか。この国の歴史を綿密に調査すれば明らかなとおり、この国は地政学上からも、歴史的にも、帝国主義による支配は避けられなかった。最初は中国(韓・唐・清)、モンゴル、ロシア、そして最後には日本というように、ここは運命的な歴史科学の法則のもとにおかれていたのである。これが民族感情とは別の歴史科学の法則なのである。
 こうして歴史科学はやがて決着をつけた。それが第二次世界大戦の終結、帝国主義戦争を通じて帝国主義は崩壊する、というこの歴史科学が中国、韓国を植民地支配から解放したのである。第二次世界大戦後に発生した新たな歴史転換、民族の独立と民主主義の時代という新しい時代が世界中の植民地を解放した。その結果として中国と韓国は解放されたのである。中国と韓国は歴史に感謝すべきなのである。

 歴史科学と内因論を堅持した毛沢東は日本に対して謝罪は求めなかった。

 ここで中国革命の指導者毛沢東が、このような問題についてどのような思想を堅持していたか振り返ってみよう。
 ここに一つの資料がある。一九九七年九月十三日付『日本経済新聞』に、初代東京駐在中国代表で、当時中日友好協会会長を努めた孫平化氏が『私の履歴書』を書いているが、その中で次のように言っている。
『(一九五五年十一月、片山哲元首相率いる代表団が訪中した)この代表団には、かつて中国侵略戦争に参加した関東軍の参謀副長だった遠藤三郎・元陸軍中将もいた。遠藤氏は戦争後期軍部の政策に反対し、罷免された。戦後は自ら日中友好運動に身を投じた。遠藤氏は翌五六年九月にも訪中し、毛沢東主席と会見したが、そのとき毛主席が次のように話したことは私も忘れられない。
 「あなたたちは私の先生です。……まさにあなたたちの戦争が中国人民を教育し、砂のような中国人民を団結させたのです」』と。
 また、東大近代中国史研究会訳の『毛沢東思想万歳』という資料によると、一九六四年(昭和三十九年)七月日本社会党の佐々木更三委員長を団長とする訪中団が毛沢東主席と会談した。佐々木委員長が謝罪をしたところ、毛沢東主席は「何も謝ることはない。日本軍国主義は中国に大きな利益をもたらしてくれた。おかげで中国人民は権力を奪取することができた。日本軍なしにわれわれは権力を奪うことはできなかった」と書いている。
 ただここで、誤解を解くためにいっておきたいのは、戦争そのものを抽象して評価すれば、それはまさに悪である。しかしこの悪は、歴史的には避けられないものとしては必要であった。それはちょうど、母体から新しい生命を生み出すための出産で、血を流し、苦しみ、うめき声を出さないわけにはいかないのと同じことである。また戦争においては、その目的と性格が正義かどうか、ということが大前提であって、侵略され、攻撃された民族と人民が防衛と自らの解放のために戦う戦争は正義であり、これは始めたのではなく仕掛けられたのであり、この場合にあっては戦争そのものがまさに必要なものである。
 謝罪に関していえば、帝国主義的侵略戦争においては、国家が国家に謝罪する必要はなく、帝国主義と独占資本が人民に謝罪すべきものであり、日本に関していえば、日本独占資本主義が日本人民とアジアの人民、世界の人民に謝罪すべきである。
 そして幻想と妄想と空想的平和主義に反対して、科学的平和主義は、「戦争によって戦争を消滅させよ。国家と権力を消滅させることによって戦争を消滅させよ。人類が最初につくり出した社会、それは権力も、国家も必要のない、協力と共同の社会、人民の共同体社会であった。これを取り戻せ。そのためにこそ、人民による、人民のための、人民の社会を!」というスローガンを高く掲げる。ここに歴史科学と、科学思想にもとづく真の平和運動がある。幻想と妄想と空想的平和主義は、まさに宗教と同じであり、それは「悩める者のため息であり、精神を失った状態の精神であり、非情な世界の情けであり、それは民衆にとってはアヘンである」ことにかわりはない。

結  び

 帝国主義戦争とその結果が人類史に残した本質と教訓は何であったか。われわれは大宇宙を支配する科学法則、社会科学と歴史科学の法則のもとにこの問題をしっかりと確認しなければならない。それはつぎの通りである。
 (一)歴史科学の示すとおり、生産力の発展が生産関係を規定するという法則通りに、人類史はその前史の到達点たる帝国主義の段階に到達した。それは資本主義の最高にして、最後の、最もらん熟し、そして歴史上最大の、最悪の、凶暴な暴力支配である!
 (二)生産力の発展は必ず生産関係を転換させるという歴史科学の法則は、この論文で科学的に証明されている通り必然的なものである。つまり、大自然から生まれ、大自然と共に前進、発展してきた人類の生産力と生産物を、私利・私欲・富と蓄財として一部の巨大独占支配にゆだねるのではなく、万人のため、大衆のため、人民のため、社会のものにせよ。時代と歴史はこのように求め、激動しているのである。ここに歴史の要求があり、ここに歴史の必然がある!
 (三)だが歴史転換の過去が教えている通り、旧体制、旧勢力というものはけっして静かに消え去るものではない。帝国主義は自然消滅しない。歴史上の各時代の転換が爆発と収れんした通り、帝国主義もまた戦争と内乱という爆発を通じて収れんされていく。そのとき、爆発を歴史の要求通りに、正しく収れんさせるための核(先進分子、前衛)がここで決定的役割を果す。科学思想と理論上の原則に忠実な先進分子、前衛が絶対に必要であり、歴史はこのことを決定づけている!
 (四)帝国主義の崩壊、歴史の転換、新しい時代への前進と発展は歴史科学の示す通り、これは必然である。だがこの必然は必ず偶然を通じてのみ実現される。偶然とは予測しないことであり、突発的なことであり、曲がりくねったことである。故に歴史転換のカギを握る核たる者、先進分子、前衛は、如何なる場合、如何なる局面にあたっても、常に原理原則(科学思想と理論上の原則)にもとづく決断と勇気を忘れてはならない。ここに歴史転換のかなめがあり、カギがある!
 (五)科学法則、社会科学、歴史科学の法則は、大宇宙を支配する無限の法則のもとで、永遠に発展し、前進していく。自然も、人類社会も、国家と社会も、人間も、ただ一ヶ所に止まっているのではなく、常に変化し、転換していく。帝国主義の後には、万人の時代、大衆社会、人民の時代が到来するだろう。そして人類はつぎの時代、つまり、地球をあげて、大宇宙への壮大な闘いへと前進するだろう。帝国主義と不屈の戦いを進めた先進的で前衛的人びとはその偉大な歴史のなかで永遠に不滅であり、歴史と共に永遠に記録されるであろう!

 『戦 争 論』(抜粋)
   カルル・フォン・クラウゼウィッツ
              (一七八〇〜一八三一)

 レーニンはクラウゼウィッツを高く評価し、次のように言っている。『戦争は別の(すなわち暴力的な)手段による政治の継続にすぎない……。これが戦争史の問題についての偉大な著作家の一人であるクラウゼウィッツの定式であるが、彼の思想は、ヘーゲルによって実り豊かなものにされた。そしてこれこそいつでもマルクスとエンゲルスの見地であって、彼らは、それぞれの戦争を、その時代の当該の関係強国――及びそれらの国の内部のいろいろな階級――の政治の継続とみたのである』(レーニン「第二インタナショナルの崩壊」一九一五年五月)
 カルル・フォン・クラウゼウィッツは、ナポレオンがヨーロッパを席捲(せっけん)した時代に活躍したプロシア(後のドイツ帝国)の将軍である。クラウゼウィッツは少年時代からプロシア軍に志願、後にベルリン士官学校の校長となり、参謀総長として、ドイツ軍を再編成したまれにみる軍人である。クラウゼウィッツは、一八一八年から十二年間にわたって自らの体験を『戦争論』として執筆、彼の死後、夫人と友人の手によって世に出され、各国語にも翻訳された。その後、全世界の軍事専門家にとっては古典的名著となり、各国の士官学校では教材として採用され、ロシア革命の指導者レーニンも高くたたえた。クラウゼウィッツの『戦争論』はまさに実践の総括であり、理論そのものであり、軍事思想である。今も昔もクラウゼウィッツの『戦争論』は右も左も、思想信条を問わず、一流の軍事専門家、偉大な思想家はみな彼を高くたたえている。戦争とは何か、戦争の歴史を考えるものは一度は彼から学ばなければならない。
 さて、クラウゼウィッツの『戦争論』の核心は何か。その要点は次の点にある。

 (一)

 戦争は他の手段をもってする政治の継続にほかならない。戦争とは単に政治行動であるのみならず、まったく政治の道具であり、政治的諸関係の継続であり、他の手段をもってする政治の実行である。
 政治的意図は目的であって、戦争は手段であり、そしていかなる場合でも手段は目的を離れては考えることはできない。

 いかなる事情のもとでも、戦争は独立したものと考えられるべきではなく、一つの政治的道具として考えられるべきである。同時に戦争には、それをひきおこす動機や、事情によってさまざまの種類がある。

 政治家および将軍が下すべき第一義的で、もっとも重要な、もっとも決定的な判断は、その着手しようとする戦争について、以上の点を正確に把握することにある。事態の性質上、求めることのできないものを、その戦争において求めたり、おしつけたりしてはならない。これこそすべての戦略問題中の第一義的な、もっとも包括的な問題である。

 戦争は真剣な目的にたいする真剣な手段である。戦争は常に政治状態に由来するものであり、政治的動機によってのみよびおこされる。したがって戦争は一つの政治的行為である。
 たとえはじめは政治からよびおこされたにしても、戦争はひとたび発生した瞬間から、それは政治にとってかわり、政治から完全に独立したものとして、これを押し退け、ひたすらその独自の法則に従うようになるであろう。それはあたかも、ひとたび導入された地雷が、あらかじめしかけられた方向に向かってのみ爆発するのに似ている。

 とはいうものの、政治目的が優先的な考慮の対象とならねばならぬことには変わりはない。かくして政治は全軍事行動に貫徹し、戦争において爆発する力の性質が許すかぎり、これに不断の影響をおよぼすのである。

 (二)

 戦争を理解するためには、まず第一に政治的要因や事情から生みだされたその性格や輪郭を認識することからはじめねばならない。したがって戦争を指導し、方針を決定すべき最高の立脚点は政治以外のなにものでもありえないことは完全に確実かつ明りょうとなる。

 大軍事的事件や、それに関する計画は、純粋に軍事的な判断にゆだねられるべきであると考えることは許せないことであり、有害でさえある。実際の作戦計画の作成にあたって政府のなすべきことについて、純粋に軍事的な判断をさせる目的で軍人に意見を求めるのは事理を誤ったものである。

 戦争のために必要な主要計画はすべて政治的事情を理解することなしには作成できるものではない。政治が戦争の遂行に有害な影響をおよぼすということがよくいわれるが、非難されるべきは、政治の影響ではなくて、政治自身なのである。政治が正しければ、つまりそれがその目的に適合しておれば、それは戦争に有利に作用せざるを得ない。

 戦争は政治の手段である。それは必然的に政治の特徴を帯びなければならぬ。その規模は政治のそれに対応したものでなければならぬ。したがって戦争の遂行はその根本において政治それ自身である。その場合、政治はペンのかわりに剣を用いるが、それだからといって政治自身の法則にしたがって考えることをやめるわけにはいかないのである。

 軍事行動の目標が政治的目的の代用物となると、一般的に軍事的行動は弛緩(しかん)してゆくものであり、戦闘力は衰える。

 (三)

 戦争というものは、その客観的な性質上、蓋(がい)然性の計算に帰着する。だから偶然性の要素がつきまとう。じっさい、いろいろな人間の活動のうち、戦争ほど不断に、かつ、あらゆる面で、偶然と接触するものはない。
 戦争は実に危険な事業であって、このような危険な事業にあっては、お人よしから生まれる誤謬(ごびゅう)ほど恐るべきものはない。
 物理的暴力の行使にあたり、そこに理性が参加することは当然であるが、そのさい、一方はまったく無慈悲に、流血にもたじろぐことなく、この暴力を用いるとし、他方にはこのような断固さと勇気に欠けているとすれば、かならず前者が後者を圧倒するであろう。
 戦争哲学のなかに博愛主義をもちこもうなどとするのは、まったくばかげたことである。
 戦争は暴力行為であり、その行使にはいかなる限界もない。かくして一方の暴力は他方の暴力をよびおこし、そこから生ずる相互作用は、理論上その極限に達するまでやむことはない。
 戦争は生きた力が死物に働きかける作用ではない。それは、常に生きた力と生きた力との間の衝突である。というのは、戦う二者の一方が全然受身の地位にあるとすれば、それは戦争とはいえないからである。したがって当事者にとって最悪の状態は、抵抗力の完全なそう失である。
 精神的要素は戦争全体を貫いている。物理力と精神力は相互に融合しており、物理力は木で作った槍(やり)の柄であり、精神力は金属で作った槍の穂先である。


結語

 (1)現代の歴史時代は、独占と帝国主義支配の時代から、人民による、人民のための、人民の時代へ、このような歴史的転換期であり、あらゆる出来事はそのための爆発と収れんである!

 (2)歴史は根本的な転換を求めている。国家のあり方、権力の本質、社会の仕組みについて、根本的な変化と転換を求めて動いている。そのためにこそ人民の運動と闘いにも科学的実践が求められている!

 (3)歴史の運動と発展と前進、そして爆発と収れんを正しく到達させるカギは先進分子、前衛集団、人民の党の資質にある。前衛は科学思想の原理原則で自らを打ち固めよ!