2017年(平成29年) 5月25日付 453号


だが、歴史は民族主義を否定する。ヒトラー、日本軍国主義の運命をみよ。人類社会の運動法則は古い遺物を拒否し、前へ進む。万物は運動し、発展する。故にこれもまた資本主義終焉の一里塚である!

トランプ旋風は現代の世界にあふれる民族主義のアメリカ版であり、アメリカは完全に帝国主義の地位を失った。ここに歴史の必然性がある!

 現代の歴史時代、それは世界は無重力の時代であり、漂流する時代であり、大衆の怒りがいたるところに爆発している時代である。その根底にあるのは資本主義というこの政治・経済・社会制度が生み出す必然の産物としての抑圧と生活苦、失業と貧困、格差社会の拡大と前途への不安、である。この現象と原因については水野和夫氏の著作『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書)が解明している。つまり歴史は人類社会の根本的転換期に到達しているのであり、人類社会は永遠に存在し続けるために、原始社会から奴隷制へ、そして封建制から資本主義へ、こうして次の時代たるコミュニティー共同体へと変わらなければならない、という時代に到達しているのである。歴史は変化を求めて爆発している。
 これは哲学・歴史科学の必然の法則である。この必然性が、人類社会最後の帝国主義国家たるアメリカ帝国主義の一極支配を終わらせた。その結果、ついに世界は重力を失い、無政府状態となり、バラバラになり、必然的に、人間欲望の自由主義の国家形態たる民族主義と無差別テロが爆発している。
 今日、全世界に吹き上がる対立と抗争、内乱と暴動、国家間の紛争と非難合戦などはみな、すべては民族主義の爆発である。民族主義が形や姿を変えて、宗教対立となり、経済紛争となり、国境紛争となる。しかし歴史が証明しているとおり、民族主義に未来はない。歴史が封建制の遺物としての民族主義を拒否するのである。それは、民族主義の典型であったヒトラーと日本軍国主義の歴史が明確に証明している。
 そして特筆しておかねばならないのは、現代ヨーロッパを大混乱と動揺に落し入れている難民問題である。内戦が続く中東、シリアなどからヨーロッパに殺到する難民・流民は、今年までに6500万人となり、第二次世界大戦以来の最大の危機と呼ばれる事態となっている。それが欧州連合(EU)内の各種の矛盾と結びついてヨーロッパの危機を生み出している。
 平和と生活と身の安全を求め、祖国と故郷を捨て、流浪の民となって、当てもなく、これだけの多くの民がさ迷うような時代は今までなかった。ここに現代資本主義の政治的危機がある。もはや現代資本主義に人類を豊かにする能力はなくなったのである。ここにも歴史の転換期を見ることができる。すべては『資本主義の終焉と歴史の危機』という経済上の土台が、このような政治的・社会的危機を生み出しているのである。
 すべての出来事と現象は歴史の必然性とそのときの歴史時代の産物であることをしらねばならない。いま焦眉の問題として発生している北朝鮮問題も歴史の産物である。


米国と北朝鮮の攻防は最大の山場に向かう!

 アメリカのペンス副大統領は4月17日韓国を訪問、韓国首脳と会談、北朝鮮問題についてつぎのように確認した。
 「われわれの戦略的忍耐は終わった。北朝鮮が核実験に踏みきったり、米本土に到達可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射に動いたりすれば、朝鮮半島に集結した米国の軍事力を背景に軍事行動によって必ず報復する」と発言。そして米・韓関係は「鉄壁の同盟関係である」と声明した。また同時にペンス副大統領は「米・中首脳会談を踏まえ、中国が北朝鮮に正しく対応するよう要求する」と発言。「もし中国がそうしなければ米国と同盟国が行動する」とも発言した。なお米原子力空母「カールビンソン」を中核にミサイル駆逐艦などで構成する空母打撃群は朝鮮半島の海域に展開、5月、6月まではとどまるという。
 ペンス副大統領は18日には日本をも訪問、安倍首相とも会談、韓国首相との会談で合意した同じ内容をここでも確認した。
 中国は一貫してアメリカの軍事行動の発動には反対で、北朝鮮とは深い関係にあり、戦争と内乱による難民の流入や中国国内に戦乱が波及することを恐れる。
 中国にとって、北朝鮮とは東西対立の緩衝地帯としての役割があり、経済上の利害から見て有益であり、朝鮮戦争以来自分の保護国でもある。だからこのままの安定が第一である。
 韓国にとっては絶対に戦争は避けたい。朝鮮半島が大混乱に陥る、北朝鮮にある核施設が危険にさらされる、大量の難民が発生する、からである。これは日本もまったく同じである。日本と韓国にとって最も望ましいものは中国の役割が必要となる。だからこの問題もまた、哲学上の原理たる内因論、つまりは内政上の問題、内部の矛盾による解決が妥当なのである。民族主義では解決しない。


北朝鮮の民族主義とは抗米闘争であり、その原点は「朝鮮戦争」にある!

朝鮮戦争とは1950年6月から53年7月にかけて朝鮮半島を舞台にアメリカ中心の国連軍と北朝鮮・中国軍との間で戦われた戦争である。日本の第二次大戦敗北後、アメリカに占領された北緯38度線以南の地域には48年8月に大韓民国(韓国)が成立、ソ連に占領された38度線以北の地域には48年9月に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が成立した。南北朝鮮は50年6月25日開戦。6月28日韓国の首都ソウル陥落。アメリカは国連軍を組織して同年9月15日仁川上陸、9月26日ソウルを奪回した。アメリカが38度線突破を企図して10月19日北朝鮮の首都平壌を陥落させると、中国人民義勇軍が参戦して国連軍を再び押しもどした。膠着状態の戦局になお積極方針で臨もうとしていた国連軍司令官マッカーサーは51年4月トルーマン大統領に解任され、代わって就任したリッジウェイのもとで53年7月休戦協定が調印された。戦争発生以来、米軍による朝鮮戦争特需、警察予備隊創設、レッドパージなど日本国内の政治にも重要な影響を与えた。
 「中国の良き息子と娘たちよ、一心団結せよ。米国にあがらい、朝鮮を守り、米帝の狼(おおかみ)どもを打ち破れ」。朝鮮戦争で米軍と戦った中国義勇軍の歌だが、これは北朝鮮軍の間でも合唱された。ここに北朝鮮民族主義の原点がある。
 北朝鮮は4月15日、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の創立者・故金日成主席の生誕105年の記念日に合わせ、平壌の金日成広場で大規模な軍事パレードを開催した。そこには米本土を狙う大陸間弾道ミサイル(ICBM)とみられる新型ミサイルが登場、アメリカに対抗する軍事力を誇示した。そして朝鮮労働党・副委員長は代表して、核・ミサイル開発の成果を強調し、「米国が挑発を仕掛けてくれば、即時に殲滅的攻撃を加え、核戦争には核攻撃で対応する」と声明した。
 この軍事パレードは米・韓・日・中に向けた兵器の一大展示会の様相となった。
 ここに北朝鮮の抗米闘争的民族主義がある。ここに「朝鮮戦争」を原点とする民族主義を見ることができる。故にこの問題を解決する責任は、まさに米・中にあるという歴史的経過を見ることができる。この二国に解決する責任がある。


北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の成立時は、「社会主義国家」であった。しかし「朝鮮戦争」を通じてこの国の本質は変化し、そこから民族主義が生まれた!

真の社会主義は戦争に際しては「社会主義的人民戦争論」を展開する。そしてこれは必ず勝利する。その歴史的経験を学ばねばならない。あくまで「社会主義的人民戦争論」を意識せよ。このことを見事に実行して勝利したのが、レーニンとソビエト政府が戦った「外国武力干渉軍と、国内反乱軍との戦い」であり、アメリカ帝国主義と戦った「ベトナム戦争」であった。賢者は歴史に学べ!


レーニンの時代は外国干渉軍と国内反乱軍とのし烈な戦争とその勝利、「共産主義土曜労働」(社会主義競争)による社会主義の基礎的建設の勝利の時代であった。

 レーニンとソビエト社会主義が成立したその直後の1918年のはじめから、世界中の資本主義国が、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本を中心に、全部で16カ国が、いっせいにソビエトに攻め込んできた。それに呼応して、国内の旧時代の将軍たちも反乱軍を組織して蜂起した。こうしてあの過酷な国内戦が5年間もつづくのである。レーニンとソビエトはこれに対して「戦時共産主義」を発動し、義勇軍(遊撃隊、ゲリラ)を組織し、人類最初の社会主義祖国を守れ、というスローガンのもと、1500万人の犠牲を払って戦い抜き、勝利した。この歴史的事実のなかに社会主義の偉大さ、その強じんさ、その優越性がある。


レーニン、スターリンのソビエト社会主義建設の偉大な勝利を証明する世界の記録と、多くの証言をみよ。客観的事実の中から社会主義計画経済の正しさを確認しよう。

 レーニンのあとを継いだスターリンは、遅れた農業国のロシアを、近代的な重工業と化学技術工業国へ向けた計画経済を実施。1928年から開始された第一次五カ年計画は、つぎつぎに継続して実現され、その中から新たな社会主義競争も展開された。その一つがスタハノフ運動である。1933年から始まった第二次五カ年計画の中で、ドンバス(ウクライナ南部の炭鉱)で働くスタハノフ(1906―1977)は、技術の研究と改良、作業手順の綿密な検討と合理化の中で、今までの14倍という生産量の増大を実現させた。スターリンはここに社会主義競争の見本があるとして「スタハノフ運動」を全国的に展開した。
 レーニン、スターリンの社会主義経済建設の巨大な発展については、世界の新聞、雑誌、統計資料、学者知識人の発言などによってそのことは証明されている。その代表的な実例の中には、1985年度版『共同通信社・世界年鑑』がある。そこでは、ソビエト経済について「工業の成長率は第一次五カ年計画(1928)以来、1959年まで、第二次世界大戦中を除いて最低でも10%という高度成長を達成した」と記録されている。
 そして学者・知識人の証言についてはジョン・K・ガルブレイス(1908―2006)がある。アメリカ経済学会の大御所で、1970年代のアメリカ経済学会会長で、20世紀経済学の巨人、アメリカ知性の代表といわれたガルブレイスは、1989年4月出版の著作『資本主義、社会主義、そして共存』の中でつぎのように書いている。「資本主義諸国が1930年代に大恐慌と不況にあえいでいたとき、ソ連の社会主義経済は躍進に躍進を続け、アメリカに次ぐ世界第二位の工業国になった。そして完全雇用と社会保障をやってのけた。そして30年代、40年代の科学と技術、兵器と軍事技術、原子エネルギーと宇宙開発、大西洋横断とジェット機開発、などの近代科学と技術の分野ではソビエトは当時世界をリードしていた」と。ガルブレイスはその本の中で、このソ連経済が崩壊しはじめたのは1970年代以後(フルシチョフの修正主義によってソビエトの党と国家が変質したあと)のことであったことを論じている。
 もう一人、日本では小泉信三(1888―1966)の発言をあげることができる。小泉氏は日本の有名な経済学者で、慶応義塾の学長を務め、現天皇の皇太子時代の教育係を務め、文化勲章の受章者であり、昭和日本を代表する最高の知識人であった。氏は名高い反マルクス主義の闘将であり、マルクス主義批判を展開するその氏が、1933年に出版した『マルクス死後五十年―マルクシズムの理論と実践―』(好学社・刊)の中で、スターリンの五カ年計画の巨大な発展に目を見張り、つぎのように書いている。「ソビエト経済の発展は従来、しばしば、局外観察者の予想を驚かせた。ことに一九二八年以降における累次五個年計画の成績は、懐疑的批判者の意表にでるものが多かった。この点において、著者もまた対ソビエト観察において一再過ちを犯したことを自認しなければならぬ。…勿論ソビエト経済は、ソビエト当路者少数人の力によって発展して来たものではなく、当路者その人がすでに一面環境の所産であることは、これを争うべくもない。しかもそれ自身一面環境の所産に外ならぬソビエト政治家その人の洞察眼と実行力とが、最も重要の点でその発展を左右して来たことは、否定し難きところである。著者はこの予測し難きものの予測において一度ならず誤った」と。小泉氏はこのように自らの認識不足を認め、ソビエト経済の驚くべき発展を謙虚に認め、率直にスターリンの力量に脱帽しているのである。一流の人間こそがこのように事実を事実として認めるのであり、二流三流の小人物は事実を事実として認められないのである。

 帝国主義との戦いに勝利した歴史上の二つの経験のもう一つはベトナム戦争である。

 歴史上二回目の帝国主義への勝利はベトナム戦争である。1962年から1973年にかけて戦われたこの戦争は誠にし烈を極めた。アメリカは延べ300万人の兵力を動員、死傷者は35万8000人に達し、2000人以上の行方不明者、戦後の帰還兵は各種の障害に苦しみ多くの自殺者を出した。アメリカはこの戦争では原爆以外のあらゆる化学兵器を使った。第二次大戦でアメリカが使った爆弾投下量は610万トンなのに、ベトナム戦争の1965―73年間だけでも1400万トンに達した。特に化学物質である枯れ葉剤の使用は山や森や林を消滅させ、人間性を否定するようなシャム双生児や、無脳症など、先天性奇形児の出産や、死産を多発させた。
 この戦争で、ベトナム側の戦死者300万人、民間人の死傷者は400万人に達した。そしてベトナムは勝利した。それはソビエト・ロシアの勝利と同じ法則、つまり社会主義的人民戦争として戦い、人民戦線を内外に結成し、そして人民闘争は革命的英雄主義(祖国と人民のため、帝国主義からの民族解放、自由と独立の正義の戦いという思想と政治認識)を発揮した。ここに歴史上二度目の帝国主義に勝利した社会主義的人民戦争の正しさを証明した経験と教訓がある。


結語
われわれの未来展望とそのスローガン

われわれはすべてを哲学・歴史科学的世界観に徹するよう呼びかける。われわれは一貫して次のような科学的世界観、歴史科学観を提起する。
 ① 人類とその社会は永遠の過去から永遠の未来に向かって運動し、発展し、爆発し、収れんされつつ前進していく。そのエネルギーは人間の生きる力であり、その物質的表現としての生産力である。
 ② 生産力の発展がその度合いに応じて生産関係としての人類社会(国家)を作り出していった。それは最初の原始共同体、次の奴隷制、封建制、資本主義制、そして社会主義へと一貫して生産力の発展が生産関係(国家)を変化させていった。これからもそうなる。
 ③ 物理学が証明しているとおり、すべての生物は環境が作り出していく。人類もまた環境の産物であり、進化していった。環境が人間を変えていく。新しい環境と新しい社会は新しい型の人間を作り出していく。
 ④ 人類の歴史を見ればわかるとおり、一つの支配権力、一つの国家形態が永遠であったことは一度もない。歴史は常に運動し、変化し、発展し、転換して次々と新しい時代を作り出していった。そして歴史を見ればわかるとおり、変化は静かで一直線ではない。爆発と収れんは歴史法則である。歴史は必然を持って前を目指すが、その過程では常に偶然が伴う。偶然は必然のための産物であり、偶然は必然のための糧である。そして必然の世界とは人民の人民による人民のための世界であり、より高度に発展したコミュニティー社会である。歴史は到達すべきところに必ず到達する。
 ⑤ コミュニティーとは何か。人民による人民のための人民の世界とは何か。それは国家、社会、生産活動の運営目的を、最大限の利益と利潤追求のみに注ぐのではなく、すべてを人民の生活と文化水準と社会環境の安心・安全・安定のために注ぐ。
 ⑥ 生産第一主義、物質万能主義、拝金主義、弱肉強食の国家と社会ではなく、人間性の豊かさと人間の尊厳と人間としての連帯と共生の国家と社会にする。
 ⑦ 金と物がすべてではなく、人間の心と自然の豊かさが第一であり、姿や形だけの美しさではなく、働く人びとの生きる姿と心の美しさが第一であり、一人だけで急いで先に進むのではなく、遅くてもみんなが一緒に進む。
 ⑧ 人類とその社会は生まれたときから環境の産物であり、歴史的なものであった。環境が変われば人類とその社会も変わる。国家と権力が変われば人類社会は変わる。
 ⑨ そのための力こそ、すべてを人民のための・人民による・人民権力であり、その具体的表現たる人民評議会である。運動と闘いの中でいたるところに評議会を組織せよ。人民の要求、人民の意志としてここで主張する。そして権力として、歴史時代が求める自らの責任と任務を執行させる。
 ⑩ 人類が最初にはじめてつくった社会は、原始的ではあったが、そこにはまさに共同と共生と連帯の人間的社会があった。そしていくたの回り道をしたが、その間により大きくなってもとに帰る。つまりより高度に発達した近代的コミュニティー国家と社会へ。ここから本当の民主主義にもとづく人間社会、人民の社会が生まれる。こうして人類は総力をあげて大宇宙との闘い、新しい闘い、宇宙の開発と開拓の闘いに進軍するであろう。