2017年(平成29年) 7月25日付 455号


EU(欧州共同体)でも右翼民族主義政党に陰りが見えており、ここに民族主義は歴史が否定するという歴史科学の法則を見ることができる!

現代日本の政治は「安倍一強」時代といわれる。つまり安倍首相の強力な政治力によってすべてが進むということである。その政治力の源泉はどこにあるのか。①議会で与党が多数派を占めている。②与党(自民党内)に安倍首相に反対する反主流派がない。③首相官邸が中央省庁の人事権を掌握している。という政治状況が首相の力量となっている。ところが最近この安倍一強に陰りが見えてきた。
 日本の主要新聞社が6月17、18日にかけていっせいに安倍政権に対する世論調査を実施、その結果は6月19日付に発表された。それによると「内閣支持率下落、41%、加計問題の説明納得できない66%」(読売、朝日など)。「報道各社の世論調査で内閣支持率が急落し、長期政権を見据える安倍政権は大きな試練を迎える。野党が指摘する一強のおごりは手痛いしっぺ返しを招きかねない」(6月20日付日本経済新聞)。
 この問題に関する各紙の論評はすべてこういう立場で共通していた。
 そして注目すべきは6月20日付読売新聞が大きなスペースで「排外主義 欧州で陰り」という大見出しで「ヨーロッパ各国で、最近まで急速に拡大していた右翼民族主義政党が最近急速に議席を減らし、陰りが見え始めた」との記事である。日本とEUは、直接関係はないが、同じ頃に、同じ現象が起こっていることのなかに歴史の運動法則は共通しており、ここに歴史の必然の法則が見える。
 つまり、偶然性として、同じ時期に、同じことが起こるという歴史の法則を見ることができるのである。
 読売新聞はくわしく、イギリス、フランス、イタリア、オランダ、ドイツの各国民族主義政党の現況を報じている。それによると各国とも、安倍政権と同じように、国民の大多数の支持は消えるのがよくわかる。民族主義とは封建制の遺物であり、グローバル化時代は否定されるものであり、ヒトラーのように、歴史が証明しているとおりである。
 こういう時代に東京都議会議員の選挙がやってきた。「安倍一強」はどうなるのか、である。
 7月3日付『読売新聞』は一面トップでつぎのように報じた。
 自民歴史的惨敗
 東京都議選(定数127)は2日、投開票が行われた。小池百合子知事が代表を務める地域政党「都民ファーストの会」が都議会第1党となった。公明党などと合わせ、小池知事を支持する勢力は過半数の64議席を超えた。2013年の前回選で59人全員当選を果たした自民党は過去最低の38議席を下回り、23議席という歴史的惨敗となった。安倍首相にとっては打撃で、厳しい政権運営を強いられそうだ。
 首相の求心力低下必至
 都議選で自民党が惨敗し、安倍首相の求心力低下は避けられない見通しだ。首相は早期の内閣改造で局面打開を図る方針だ。
 首相は2日夜、菅官房長官、麻生副総理兼財務相、甘利明前経済再生相と東京都内で会食した。改造時期など今後の政権運営について協議したとみられる。
 自民党は選挙戦で、終始守勢を強いられた。党都連会長の下村博文幹事長代行は2日夜のNHKの番組で、「予想できなかったほどの厳しさだ。しっかり反省し、国民の信頼が回復される努力をしていく」と述べ、危機感をあらわにした。党内では「安倍内閣のおごりに対する批判が選挙結果として表れた」(都連幹部)との指摘が出ている。
 首相は改正憲法の「2020年施行」に向け、自民党の改正案を年内に国会提出する考えを示しているが、党内で異論が噴出すれば、年内提出の再考を迫られる事態も想定される。


安倍政権は右翼民族主義政権である。安倍政権による安全保障関連法の実現は、憲法を自由解釈してやりぬいた、ということで、ヒトラーの全権委任法と同じ性質で、誠に危険な政治思想である。しかしこれはヒトラーの運命と同じように、歴史によって必ず否定されるであろう!

2015年9月18日付の朝日新聞に憲法学者である高見勝利・上智大学教授は次のような一文を寄せている。
 「法の支配」根幹揺らいだ
 安全保障関連法案は言うまでもなく違憲だ。憲法9条は武力の行使を永久に放棄しているが、外国から武力攻撃を受けた場合、かろうじて個別的自衛権の行使が認められると解釈されている。……
 国民的合意の上に定着している憲法解釈について、政府が「黒」を「白」だというような変更を行うことは、憲法の安定性を根底からひっくり返すクーデターのようなものだ。
 本来、安全保障関連法案は、憲法96条に従って国民投票を行い、集団的自衛権の行使を認める内容の憲法改正を行ったうえで成立させるべきものだ。9条を改正せず法案を成立させるのは、国会だけで事実上の憲法改正を行い、国民の憲法改正権を奪い取ることにほかならない、と。
 「参院委の議決法的に認められぬ」弁護士225人共同声明
 与野党議員がもみ合いになり騒然とする中で安全保障関連法案を可決した17日の参院特別委員会の議決は「法的にみて議決とは認められない」として、弁護士有志225人が18日、議決はなかったことの確認と審議再開を参院に求める声明を発表した。
 声明によると、参院規則には、採決するときは議題を宣告した上で、賛成議員の起立で多数か少数かを認定し、結果を宣告すると規定されている。しかし、委員会の映像記録では確認できず、速記録(未定稿)でも「発言する者多く、議場騒然、聴取不能」としか記載されていない。弁護士らは「賛成多数か否かの確認が不可能な状況だった。法的に見て議決が存在したとは到底評価できない」などと指摘している。
 以上のような事実を見てもわかるとおり、安倍政権のやり方はまさにヒトラーの「全権委任法」(国家の運命に関する重要問題についてはヒトラーとその政権にすべてをゆだねるという法律)とまったく同じだと断定できるのである。歴史はこのことに反応し、日本人民はこのことに反対して行動しているのである。
 その核心はなにか。
 第一に、歴代政権の憲法解釈を変える。憲法九条を破棄して、安倍政権が戦後初めて、自衛隊の海外での武力行使をやる、ということに踏み切った。戦争をやる。戦争に踏み切った、ということ。
 第二に、憲法第九条の武力を使わない、ということを破棄して、戦争に参加する。これを憲法解釈を変えて内閣の手で、いとも簡単にやる、ということ。歴代内閣がやりたくてもこれだけは手が付けられなかったこと、こんなことを安倍内閣はやる。これは一種のファシズムである。ここに安倍内閣の右翼民族主義の姿勢がある。
 第三に、新聞各紙の社説から見て、集団的自衛権の行使を容認しているのは、産経、読売、日経の各紙で、反対しているのは、朝日、毎日、東京の各紙で、右派は朝日新聞に批判の目を向けているが、実は三対三でちょうど半々である。他の新聞や雑誌も大体同じようなもので、そこから見れば、日本の世論は半々に割れているということである。
 安倍政権が右翼民族主義の立場を鮮明にすればするほど、世論も、政界も、右翼もみんな分裂していく。これは日本だけでなく、世界共通である。民族主義とは封建制度が生み出した遺物であり、生産力が発展し、物も、金(カネ)も、人も、みな国境を越えていくグローバルの時代にはもう時代が否定していくのである。ここに歴史科学がある。歴史科学に反すれば、歴史の反映が、世論の形で表れてくるのだ。これを見ても、歴史がこのやり方を認めてはいない、ということである。歴史は前へ、前へと進むのに、それを逆戻りさせようとするから、歴史は怒るのである。だから世論が分かれる。安倍政権のこのようなやり方は絶対に成功しない。


民族主義に未来はない。歴史上民族主義が勝利した例しがない。資本主義の先はコミュニティー共同体から社会主義への道である。歴史は民族主義を否定し、法則通り、前へ、前へと進む。ここに哲学歴史科学の道がある!

人類の歴史上、現代ほど地球的規模にわたる大混乱の時代はなかった。テロと暴力、暴動と反乱、クーデターと内乱、政治と権力の不安定、権力移動の激しさ。そしてこれらの混乱と混迷と迷走は、国境を越え、民族の差を超え、経済的・政治的・社会的連鎖のなかで各国を巻き込んでいる。もはや現代社会、現代政治、現代資本主義は人類社会を正しく導く能力を失ってしまった。現代独占資本主義制度はついに寿命が尽きてしまったのである。現代地球上に発生している悲観的現象のすべては、新しい人類社会とその制度を生み出すための陣痛の苦しみなのである。
 世界を見れば、アメリカの一極支配がついに終わりを告げ、現代資本主義は求心力を失い、無重力世界が出現、遠心力の作用で、民族主義が世界に広がった。そして世界はバラバラとなり、資本主義崩壊を決定づけたのである。
 ヨーロッパ共同体(EU)内では大国、ドイツ、イギリス、フランスなど右翼民族主義政党が各国に台頭、最近ではその敗北からギリシャ、スペインなど各国に左翼民族主義が出現、イギリスではEUの継続か否かを巡って国民投票が実施された。当時、EU解体の声すら生まれた。ウクライナではウクライナ民族主義とロシア民族主義が激突、中東では宗教の名を借りた民族主義が激突、アジアでは中国、韓国、日本など民族主義が陸で海で爆発している。
 安倍晋三の右翼民族主義はこうした歴史時代の中で出現したのである。2015年5月14日、安倍政権は「安保法制」を強行可決した。15日付の朝日新聞は「安倍政権、安保政策を大転換」と報じ、「解釈改憲・一強体制で強行」「戦後改革―首相我が道を行く」と書いた。
 2015年4月29日、閣議決定に先立ち、安倍首相は米議会で日本の総理大臣としてはじめて上下両院合同会議で演説した。30日付の読売新聞は「首相演説―称賛の45分間」と大見出しで飾った。朝日新聞は安倍演説に驚きつつ「夏までに成就」「首相―祖父・岸信介の演説を1度ならず2度も引用して演説を締めくくった」と伝えた。
 そして、戦前の「治安維持法」の復活、2017年「共謀罪」国会である。6月14日、参院法務委員会での審議を勝手に打ち切り、15日には法務委員会での採決を省略する異例の「中間報告」を利用して、参院本会議で強行採決した。まさに2015年国会での「安保法制」に続く、民主主義を無視したファシズム的手法であった。
 森友学園や加計学園問題を巡る2017年国会では、前川喜平前文科事務次官が「官邸は行政をゆがめている」と証言したとおり、すべては事実であった。それを嘘八百の独善主義で乗り切った。ここにファシズム的本質があった。都議選における都民の怒りは、そういう安倍政権への反発・反乱であった。すべては安倍政権の右翼民族主義が生み出したものである。前へ前へと前進する歴史が、そういう古いものを許さなかったのである。ここに事の本質があった。


安倍晋三の右翼民族主義とは何か。それは岸信介から安倍晋三へと連なる右翼民族主義の思想である。その運命は日本軍国主義の敗北、民族主義の教典たるナチス・ドイツの運命をみればわかるとおりである。

安倍晋三の右翼民族主義は米議会演説で何度も称えた祖父・岸信介の民族主義である。その証拠に孫の安倍は岸と同じことを言っている。曰く「満州事変は侵略ではない。戦勝国の一方的な偏見だ」。曰く「大東亜戦争は米国の経済封鎖で資源不足になり、追い詰められた日本の自衛戦争であった」。曰く「大東亜戦争をもって日本の侵略戦争と言うは許すべからざることである」と。これは安倍の本心であり、右翼民族主義がいつも言っていることである。
 ここに安倍の唱える右翼民族主義の本質がある。つまり民族主義の本性は戦争であり、帝国主義は戦争を通じて敗北するのである。専守防衛を放棄し、集団的自衛権に転じたこの度の「安保法制」や、憲法改正論などは岸信介から一貫して流れる右翼民族主義の思想である。故に安倍政権の運命は、祖父・岸信介が敗北した日本軍国主義の運命であり、安倍政権の敗北は必然である。
 ドイツ民族主義の爆発として発生した第二次世界大戦は世界的規模にわたる反ファシズム民族解放戦争となり、歴史がドイツの敗北を規定した。ドイツ民族主義の運命はヒトラーの運命となって実現される。1945年4月30日、ベルリンはソビエト軍の砲火に包まれ、その中で官邸地下壕でヒトラーは夫人と共に、ドイツ国民と部下の将軍たちを呪いながら服毒自殺して果てた。5月7日、ドイツ軍は全戦線で無条件降伏した。
 ドイツにおけるヒトラーの出現と第二次世界大戦の勃発は、ドイツ民族主義の爆発であり、そしてドイツの敗北とヒトラーの運命はドイツ民族主義の敗北であった。そしてこの歴史は、人類史における民族主義の運命を決定する教典なのである。民族主義に勝利はない。このことは現代世界に嵐の如く吹き荒れている各種の民族主義にも共通する運命であることを知らねばならない。
 ヒトラーは敗北し、服毒自殺を果たしたが、日本軍国主義は敗北し、極東軍事裁判でA級戦犯として処刑された。死に方は違うが、爆発し散っていった(死んだ)という本質に変わりはない。
 宇宙は永遠の過去から永遠の未来に向かって絶えず運動し、発展し、前進している。それと同じように、人類の歴史も必ず近い将来この問題をきっぱりと解決するであろう。その時代はもう近い。なぜなら人類の歴史は、原始共同体―奴隷制―封建制―資本主義―独占と帝国主義へと、前へ前へと進んできたからには、ここで止まっているわけはなく、つぎの新しい時代へ進む以外にない。それは、大衆的社会・人民の時代、高度に発達した近代的コミュニティーの時代である。

結 語

▼哲学・歴史科学の運動法則が現在求めているのは、最大限の利益追求第一主義・物質万能主義と拝金主義・自由競争という名の弱肉強食・非人間的格差社会、という現代資本主義を否定する。
 そして人民の人民による人民のための世界・共同生産・共同分配・協力・共同・連帯の人間社会・大自然と共に生きる豊かな人間生活の実現、である。
 ▼コミュニティー、人民による人民のための人民の世界。それは国家、社会、生産活動の運営目的を、最大限の利益と利潤追求のみに注ぐのではなく、すべてを人民の生活と文化水準と社会環境の安心・安全・安定のために注ぐ。
 ▼金と物がすべてではなく、人間の心と自然の豊かさが第一であり、姿や形だけの美しさではなく、働く人びとの生きる姿と心の美しさが第一であり、一人だけで急いで先に進むのではなく、遅くてもみんなが一緒に進む。
 ▼人類とその社会は生まれたときから環境の産物であり、歴史的なものであった。環境が変われば人類とその社会も変わる。国家と権力が変われば人類社会は変わる。
 ▼そのための力こそ、すべてを人民のための・人民による・人民権力であり、その具体的表現たる人民評議会である。
 ▼人類が最初にはじめてつくった社会は、原始的ではあったが、そこにはまさに共同と共生と連帯の人間的社会があった。そしていくたの回り道をしたが、その間により大きくなってもとに帰る。つまりより高度に発達した近代的コミュニティー国家と社会へ。ここから本当の人間社会、人民の社会が生まれる。こうして人類は総力をあげて大宇宙との闘い、新しい闘い、宇宙の開発と開拓の闘いに進軍するであろう。