2017年(平成29年) 8月25日付 456号


安倍内閣は日本民族主義の象徴である。故にいくら外向きの衣替えをしてもその本質は変わらない。最近の支持率の急落、政治の頭打ちは、歴史が安倍民族主義の崩落を求めているのである!

マルクスは『経済学批判・序論』(一八五九年)の中で「生産力の発展が生産関係を規定する」と主張している。つまり「生産活動(物を作る)という経済状態が、人間社会のあり方を決定する」というのである。そして人類社会の歴史(史的唯物論)を、またエンゲルスの『自然弁証法』(一八七五年)を読めばよくわかるように、人類の歴史が、事実を通じてその正しさを明確に教えているのである。
 ここで特に注目したいのは、民族主義というのは、古代ローマ帝国が崩壊した後に出現した、国王を頂点にした国家(封建制)が生み出した、ということである。そしてこの封建制は人類の歴史区分から見た時、一番短い時代なのである。原始、古代、中世、近世、そして現代という歴史区分から見て、一番短い区分から生まれたこの政治思想は、必然的にその作用は一時的なものとなり、長期的に作用できない。それは民族主義の歴史を見ればわかる。
 ところでこの民族主義という政治思想意識は人類の歴史上、封建制の時代に出現したもので、奴隷制時代の終焉、経済的には自然採集経済から生産活動への転換という歴史的大変革がもたらした結果の産物である。
 古代ローマ帝国と奴隷制時代は人間が生きるための食糧などはみな大自然からの採集、狩猟、漁猟であった。それが、紀元前3000年ごろ、メソポタミア地方(現代のイラン、イラクの国境)を流れるチグリス、ユーフラテスの両川に挟まれた肥沃な堆積平野に農耕文明が生まれた。以後人類は生産活動、生産力を手にしたのである。
 自然採集経済の時代は人類の集団はそれぞれの血縁にもとづく集まりとしての部族集団であった。やがて農耕文明が生まれ、生産活動が発生、発展するにつれて、より多くの集まりが必要となり、合流、拡大が進むにつれ、民族的集団(生産活動を通じた共同体)となっていく。
 そして何よりも、生産活動によって集団の蓄財は拡大していく。何よりも土地であり、道具であり、蓄財の管理、分配などで集団の運営もより近代的となる。自然にリーダー、首領が生まれていく。そういう集団の中で、北方のゲルマン部族が最大、最強、そして優れた首領が存在していた。この集団が、5世紀から6世紀にかけて、暖かい南方の、肥沃な土地を求めてローマへ流れていく。これが歴史上有名なゲルマン民族の大移動である。
 しかしそれが原因で、ローマ帝国内部に分裂と対立を生み、内部統制が不可能になり、ローマはついに世紀395年には東西に分裂、消滅してしまった。「パクス・ローマ」(ローマの平和と繁栄)は終わった。


ローマの消滅、奴隷制から封建制へ。民族主義の勃興、その排他的独占主義、対立と分裂、戦争と内乱による崩壊の歴史を見よ!

地中海とその周辺、ヨーロッパ全体を統一した古代最大の帝国『古代ローマ帝国』はその400年の歴史を閉じて世紀395年に消滅。
 そのとき、ローマの支配下にあり、奴隷として扱われていた多くの部族たちは「奴隷主たるローマは無くなった。今こそ、我々によって、我々のローマを、我々のために新しく作ろう」と立ちあがった。その中心に、ゲルマン部族とフランク族が立った。これがローマ以後最初の封建国家である。そして「パクス・ローマ」(ローマの平和と繁栄)は終わった。


フランク連合王国

世紀481―843年まで、現代のフランス、ドイツ、イタリアに連なる地域に存在した封建王国。有力部族を中心に多くの部族が連合したが、やがて各部族間の対立が解消せず、やがてフランス、ドイツ、イギリス、イタリアの4国を中心に分裂、戦争の時代へ移行。


イギリス・フランスの百年戦争

海を隔たる隣国同士で常に、国境の線引き、物資の交流などで対立していく。対立、対決、戦争、休戦、交渉、などを重ねること百年、二百年と続くもついに解決せず、第一次、第二次世界大戦を通じて、現代のEU(ヨーロッパ共同体)の中で解決をはかっている。


イギリス・オランダ戦争

海上支配権をめぐる戦争。第一次―世紀1652―54年、第二次―1665―67年、第三次―1672―74年。そして第一次、第二次世界大戦と、EU(ヨーロッパ共同体)の中で解決をはかっている。


アルザス・ロレーヌ問題

フランスとドイツの国境にある小さな山脈地帯は良質の石炭、鉄鉱石の産地で、両国は国防上からも離せない。これが第一次、第二次世界大戦の原動力にもなったが解決せず、結局は現在EU(ヨーロッパ共同体)のなかで打開しつつある。
 それだけではない。ヨーロッパは多くの国家間の対立と抗争、終わりなき民族主義の紛争が存在し続けている。民族国家と民族主義のある限り、これはコミュニティー共同体社会の出現まで歴史に依存する以外にない。それにもかかわらず、必要な解決を歴史が求めている限り、強力な政治性と思想性にもとづき、人民闘争の力量にもとづく、共同体によって、共同体の内部で解決する以外にない。
 いずれにしても民族主義は理性なき民族の本能の自由放任であり、現代の歴史時代には相容れない異端の政治思想であり、歴史的情勢と条件に応じて消滅せざるを得ないのであり、それはヒトラーと日本軍国主義の運命が教えているとおりである。
 「賢者は歴史に学べ!」


安倍政権の本質(右翼民族主義)を知れ!

次の一文は8月4日付の読売新聞に発表された、特別編集委員橋本五郎氏の安倍首相への手紙である。これは決して橋本氏だけのものでなく、日本のジャーナリズムが持っている共通した思想である。つまり内閣改造をやっても安倍内閣の支持率が上がらないのはやり方や物の言い方が悪いから信用されないのだ、という考えである。橋本氏はジャーナリズムを代表してその手紙で次のように言っている。

拝啓 安倍晋三様
 「信無くんば立たず」
読売新聞特別編集委員
     橋本五郎

 〈なぜこんなにまで安倍内閣への支持が凋落したのでしょうか。政策に大きな誤りがあったのか。決してそうではありません。テロ等準備罪を一部マスコミは徹底批判しましたが、世論調査では賛成の方が多かったのです。
 岩盤規制を打破しようとする特区制度が間違っていたのか。そんなことはありません。加計問題への対応や国会審議の強引さなど、政治の進め方に問題があったのです。
 政治でもっとも大切なことは「信無くんば立たず」です。安倍内閣の不支持の理由のトップが「首相が信頼できない」という事態は深刻です。
 長期政権に目を奪われると足元が疎(おろそ)かになります。近い人ほど厳しく対応すべきです。「公正さ」が問われるからです。反対者の意見を受け入れる謙虚さも必須です。
 内閣改造で経験者を重視したのは当然です。為(な)すべきことはいっぱいあります。北朝鮮の核・ミサイル危機は風雲急を告げています。多くの国民は景気回復の実感は持てないでいます。少子化対策や地方創生も待ったなしです。
 しかし、改造したからといって支持率が回復できるわけではありません。宿願の憲法改正も信頼がなければ到底無理です。外交で起死回生の妙手があるとも思えません。
 退路を断って、国民のために為すべきことを丁寧に一歩一歩進めることでしか道は開かれないことを肝に銘ずべきだと思います。〉(読売新聞8月4日付要約)
 安倍改造内閣への支持が各新聞社の世論調査で急速に凋落したことに関して、今、日本の新聞やジャーナリズムや各方面で大いに話題となっている。読売新聞特別編集委員橋本五郎氏の安倍首相への手紙はその代表的なものである。こうした多くの声、意見、論説の内容をよくみると、そのほとんどが、安倍首相の「やり方」や「その手段」「その言葉遣い」についての誤りや不備、不十分さをとりあげて批判している。
 だが問題の本質はそうしたやり方や、手段方法の問題ではなく、本質としての安倍内閣の民族主義的性質、その政治的本質、その思想路線、政策と方針にこそ根本的な誤りがあるのだという哲学的、科学的、演繹的に見つめなければ本質はわからないのである。
 こういう根本的理念からみるとき、安倍政権の本質は、日本民族主義であり、「日本右翼民族主義思想」である、ということに尽きる。安倍政権のいろいろな失敗や、誤りや、不十分さは、その姿や、形は違っても、それを生み出す根本は一つである。安倍政権の本質は右翼民族主義であり、その政治的本質がすべてを生み出しているという見方、その見識をはっきりせねばならない。
 森友学園への8億円にも上る値引き問題や、加計学園の獣医学部新設問題、PKOの日報を巡る問題などを生み出した元々の出発点は安倍首相の持っている右翼民族主義的思想に端を発しているのである。だから安倍政権が多くの国民から厳しい批判を受けたということは、その本質としての右翼民族主義が一般国民から拒否されたのだ、ということである。
 もっと深く見れば、歴史が大衆を自覚させ、大衆は目覚めて、拒否する行動を引き起こした、と見るべきなのである。つまり、歴史がもう古い民族主義を否定して、そして歴史が人びとを自覚させて行動に駆り立てるのである。歴史が民族主義を拒否するのである。歴史は偉大である。


安倍政権が内閣改造という「衣更え」によっても、評判が上がらないのは、その民族主義が現代の新しい時代に合致していないからである。

8月7日付朝日新聞が行った世論調査によれば「内閣支持率は35%で、第2次安倍内閣の発足以降で最低だった7月調査の33%と比べ、ほぼ横ばいだった。不支持率は45%で、こちらも前回調査の47%から大きく変わらなかった。調査直前に行われた内閣改造は、支持率回復にはほとんどつながらなかった形だ」と。3日の改造内閣後各社も世論調査を実施したが、共通しているのは、内閣支持率は上がらず、依然として不支持率が高いことである。安倍政権は何としても支持率の急落を食い止めるため、内閣改造という「衣替え」によって、内閣支持率のアップを狙ったが横ばいで効果が無い。結局、最大の理由は「首相が信頼できない」ということである。首相は記者会見で反省を口にし、あれほど執着していた改憲についても「スケジュールありきではない」と言ったが、変化はないのである。
 どこに核心があるのか。それは安倍政権の右翼民族主義は封建制の遺物であり、現代の一国だけでは生きられない、モノもカネも人も簡単に国境を超えていくグローバルな時代には合っていないのである。歴史は資本主義の崩壊からコミュニティー共同体に向かっているのであり、封建制はもう過去のものなのである。安倍政権の評判が悪いのは何もやり方や言い方の問題ではなく、歴史の進展に安倍政権は合致していないのである。だから信頼が得られないのだ。前へ、前へと進む歴史が、古いものを拒否しているのである。ここに安倍政権の敗北がある。それが世論調査に表れているのだ。このことがわからないのであろうか。歴史はらせん的に前へと進む。ここに歴史科学がある。われわれは歴史の求めに応えて前へ、前へと進む。右翼民族主義の安倍政権にはそんなことは到底不可能であり、結局は歴史に反するが故に敗北し、崩壊せざるを得ない運命にあるのだ。
 人類が最初に、はじめてつくった社会は、原始的ではあったが、そこにはまさに共同と共生と連帯の人間的社会があった。そしていくたの回り道をしたが、その間により大きくなってもとに帰る。つまりより高度に発達した近代的コミュニティー国家と社会へ。ここから本当の人民の社会、人間の社会が生まれ、人類は総力をあげて大宇宙との闘い、新しい闘い、宇宙の開発と開拓の闘いに進軍するだろう。


結語

人類の歴史は原始時代―奴隷制時代―封建制時代―資本主義時代へ、そして現代独占資本と帝国主義の時代に登りつめた。資本主義の頂点に達した現代、らん熟し、腐敗し、堕落してしまった現代、その権力はもはや統治能力を失ってしまった。もはや老いてしまったのである。
 歴史の到達点はコミュニティーである。人類が最初に作り出した原始共同体社会は、より発展し、前進し、より高度になって元に帰っていく。階級なき共同体、自覚し、認識し、確認しあった共通の意志にもとづく直接的な民主主義としての評議会を通じて、生産も、分配も、統治も、すべては共同体の中で執行される。人類最初の社会はそうであったのだ。これはすべてわが『人民戦線綱領!』が示しているとおりである。
 コミュニティー社会では階級支配は基本的には消滅する。共同体社会であるかぎり、そこには人民大衆、ただ一つの階級社会である。人民の人民による人民のための社会である。故にこのような社会(存在)が、そのような存在(環境)がそれにふさわしい人間を作り出していく。環境が人間を作り出す。新しい時代と新しい社会と新しい環境が新しい型の人間を生み出す。こうして人類の前史は終わり、人類社会は新たな闘いに向かって前進する。それは全宇宙との闘い、宇宙の開拓と開発の闘いである。
 ▼人類とその社会は永遠の過去から永遠の未来に向かって運動し、発展し、爆発し、収れんされつつ前進していく。そのエネルギーは人間の生きる力であり、その物質的表現としての生産力である!
 ▼生産力の発展がその度合いに応じて生産関係としての人類社会(国家)を作り出していった。それは最初の原始共同体、次の奴隷制、封建制、資本主義制、そして社会主義へと一貫して生産力の発展が生産関係(国家)を変化させていった。これからもそうなる!
 ▼人類の歴史を見ればわかるとおり、一つの支配権力、一つの国家形態が永遠であったことは一度もない。歴史は常に運動し、変化し、発展し、転換して次々と新しい時代を作り出していった。そして歴史を見ればわかるとおり、変化は静かで一直線ではない。爆発と収れんは歴史法則である。歴史は必然を持って前を目指すが、その過程では常に偶然が伴う。偶然は必然のための産物であり、偶然は必然のための糧である。そして必然の世界とは人民の人民による人民のための世界であり、より高度に発展したコミュニティー社会である。歴史は到達すべきところに必ず到達する!