2018年(平成30年) 4月25日付 464号


民族主義は独断、利己心、排他、そして非民主であり、無政府主義であり、戦争と内乱の元凶である!

安倍内閣は最近、行き詰まっている。ここに紹介する新聞報道がこのことを証明している。新聞は世論であり、事実の報道であり、物事を考えるヒントである。ここに紹介するのはその代表的なものであり、他の新聞報道も同じことを報じている。
 3月26日付の日本経済新聞は「内閣支持42%に急落―不支持49%と逆転」との見出しで、23~25日の世論調査で、安倍内閣の支持率は42%となり、2月下旬の前回調査の56%から14㌽急落した。前回比下げ幅は2012年12月の第2次安倍内閣発足以降で最大だった。不支持率は49%と13㌽上昇し、支持率と逆転した。学校法人「森友学園」をめぐる財務省の決裁文書書き換え問題で安倍晋三首相に「責任がある」は70%に上った。
 森友学園問題によって1カ月間で一気に支持率が剥がれ落ちた。9月の自民党総裁選を控え、首相の求心力低下は避けられない。野党が求める安倍昭恵首相夫人の国会招致が「必要だ」は62%、「必要でない」は31%だった。内閣不支持層に支持しない理由を複数回答で聞くと、最も多いのが「人柄が信頼できない」の46%であった。
 同じ26日付の朝日新聞は「改憲発議年内困難に―森友問題で支持率急落、総裁3選にも不透明さ」との見出しで、安倍晋三首相(自民党総裁)がめざす憲法改正の2020年施行に向け、自民党が描いていた年内の国会発議が困難な状況になってきた。国民投票を実施するうえで政治日程がもともと窮屈なうえ、公文書改ざん問題が政権を直撃して内閣支持率が急落。秋の自民党総裁選での首相3選も不透明さを増しているためだ。
 首相は「結党以来の課題である憲法改正に取り組む時がきた」「自衛隊を明記し、違憲論争に終止符を打とうではありませんか」と訴えたが、先行きは見通せていない。昨年来の森友・加計問題に続く公文書改ざん問題が発覚。支持率が下がる中で、改憲論議を進めるのは難しくなったとの認識が自民党内でも拡がった。
 改憲に慎重な議員が多い公明党の姿勢は硬い。自公間の協議に入る予定はなく、衆参両院の憲法審査会で野党を含めた議論をすべきだとの立場を維持している。野党は公文書改ざんで首相への追及を強めており、改憲議論で協力姿勢に転じる見通しはない。
 また、同じ26日の読売新聞は「書き換え真相・迫れるか―森友あす佐川氏証人喚問」との見出しで、次のように書いた。学校法人「森友学園」を巡る決裁文書の書き換え問題で、当時の財務省理財局長だった佐川宣寿・前国税庁長官が27日、国会で証人喚問される。全容解明に向け、その発言に注目が集まっている。
 野党側は「必ず首相官邸に相談している」(玉木・希望の党代表)と疑いの目を向ける。安倍首相が昨年2月17日、「私や妻が関係していれば、総理大臣も国会議員も辞める」と自身の進退に言及した国会答弁が引き金になった、との筋書きを描く。
 安倍昭恵首相夫人が学園の籠池泰典・前理事長に「いい土地ですから前に進めて下さい」と述べたとされるくだりもあった。首相自身は国会で「忖度したかどうかは本人でなければ答えようがない」と語っており、佐川氏がどう説明するかに与野党が強い関心を抱いている。なぜ佐川氏は帳尻が合わなくなるような答弁をしたのか。個々の職員はどう関与したのか。これらも未解明だ。
 27日、佐川氏の証人喚問があったが、結果はあいまいで、何一つ明らかにされなかった。「森友学園」を巡る問題は今後も続かざるを得ない。
 読売新聞は同じ日の特集の中で「逆風の首相・反転狙う」との見出しで、「首相は、9月の総裁選で連続3選を決めて憲法改正への推進力とする政権運営の基本戦略は変えていない。閣僚経験者の一人は「首相は楽観視しすぎているのではないか。4月以降、情勢はさらに流動化になる」と。
 以上が、佐川氏の証人喚問前後の新聞報道である。
 ここでわれわれが留意すべきは次のことである。
 第一に、安倍政権の行き詰まりと混迷の直接的な「森友学園」問題は、あくまで偶然的なものであり、偶然とは必然の産物である、ということである。
 安倍内閣の行き詰まりと混迷の必然とはその民族主義(右翼)である。この必然性が偶然を生み出し、これが必然性を加速させる。つまり安倍政権の右翼民族主義の行き詰まりと混迷という必然性が森友問題という偶然を生み出し、これが安倍政権の右翼民族主義の混迷と行き詰まりという必然性を加速させているのである。世界に広がっているあらゆる民族主義はみな同じ事である。
 〈註・学校法人「森友学園」への国有地売却に関する財務省の決裁文書書き換え問題で、野党が政府・与党への揺さぶりを強めている。先月23日には野党議員が大阪拘置所を訪れ、拘留中の籠池泰典・前森友学園理事長と接見した。佐川宣寿・前国税庁長官(前財務省理財局長)の証人喚問を前に、籠池氏から新証言を引き出し、追及材料を増やしたい考えであった〉
 第二に、留意すべきは新聞、テレビで報じられているその内容はあくまでもその本質を離れて枝葉末節の問題だけを論じていると言うこと。これでは物事の本質を離れたおしゃべりに終わり、結局は物事をあやふやにしてしまうことになる。これは結局、哲学科学の問題である。
 第三に、われわれは常に問題の本質を明確にし、そこからわれわれの進む道、つまり何を成すべきかを明確にするという哲学科学的世界観をもって物事に対応することを忘れない、ということである。


安倍首相は右翼民族主義者である。それは岸信介から安倍晋三へと連なる右翼民族主義の思想である。その運命は日本軍国主義の敗北、民族主義の教典たるナチス・ドイツの運命をみればわかるとおりである。

安倍首相の右翼民族主義は、60年安保闘争時代の日本の総理大臣であった祖父・岸信介の民族主義である。その証拠に孫の安倍は岸と同じことを言っている。曰く「満州事変は侵略ではない。戦勝国の一方的な偏見だ」。曰く「大東亜戦争は米国の経済封鎖で資源不足になり、追い詰められた日本の自衛戦争であった」。曰く「大東亜戦争をもって日本の侵略戦争と言うは許すべからざることである」と。これは安倍の本心であり、右翼民族主義がいつも言っていることである。
 ここに安倍の唱える右翼民族主義の本質がある。つまり民族主義の本性は戦争であり、帝国主義は戦争を通じて敗北するのである。専守防衛を放棄し、集団的自衛権に転じたこの度の「安保法制」や、憲法改正論などは岸信介から一貫して流れる右翼民族主義の思想である。故に安倍政権の運命は、祖父・岸信介が敗北した日本軍国主義の運命であり、安倍政権の敗北は必然である。
 安倍政権が右翼民族主義の立場を鮮明にすればするほど、世論も、政界も、右翼もみんな分裂していく。これは日本だけでなく、世界共通である。歴史科学に反すれば、歴史の反映が、世論の形で表れてくるのだ。これを見ても、歴史がこのやり方を認めてはいない、ということである。歴史は前へ、前へと進むのに、それを逆戻りさせようとするから、歴史は怒るのである。だから世論が分かれる。安倍政権のこのようなやり方は絶対に成功しない。
 このことを歴史科学の法則として断定する。


〈アベノミクスは必ず失敗する〉

現代の歴史時代は資本主義世界の経済的政治的危機からその崩壊へ、そして次の世界たるコミュニティーをめざしている歴史時代である。アベノミクスとはその過程におけるアガキであり、明治維新における「安政の大獄」である!


安倍政権と日本銀行は異次元・超積極的・革命的・量的・質的金融緩和を打ち出した。まさに人体(資本主義経済)への劇薬である!

安倍政権と日銀総裁はつぎのように言う。
 「経済が不況なのはカネがないからだ。工場の設備投資もできないし、材料も買えない。だから生産が積極的にならない。カネを増やせばカネが借りやすくなるし、生産も上がる。労働人口も増える。経済が活性化すれば賃金も上がる。賃金が上がれば消費も増える」と。
 新聞報道によれば金融緩和で経済が成長する、というのには異論がある。この問題については長い間にわたって議論、論争が続いている。
 当然のことながら、金融緩和で産業が活性化するなどあり得ない。それは邪道である。生産が活性化するのは世の中に必要な、いい製品を作り、送り出すことである。いい製品なら人々に受け入れられ、海外でも受け入れられる。先ずはいい製品を作ることだ。いい製品を追求すれば、さらに効率のいい設備の開発、機械化が進み、価格も下がる。いい製品を、いい設備で、安く作る。生産活動に意欲を持って取り組むことが、本来のあるべき姿である。実体経済なしの金融緩和だけでやると、必然的にバブルかインフレとなる。
 だから、経済学の世界で大論争になっているのである。第2次安倍政権が発足した当時(2012年)、こうした経済学界の論争は言論界にも波及して、文春新書からは「アベノミクス大論争」という本が出ているし、月刊雑誌文藝春秋では、4月、5月号連続で特集を組み、「危険な熱狂」と批判を展開。オピニオンリーダーの中央公論でも5月号で特集を組んで批判している。新聞も、4月6日付の日本経済新聞は、「黒田ショック海を越える」と海外でも賛否両論大問題になっていると報じ、さらに4月20日付朝日新聞などは、「主要国は賛成、新興国は警戒」と報じている。また4月21日付の読売新聞は、ワシントンで19日に閉幕した「主要20カ国と地域(G20)財務省と中央銀行総裁会議」の共同声明を取り上げ、日本銀行の金融政策に一定の理解で終わった、と書いている。世界中の国々が議論し、対立しているのである。


結 語

人類の歴史は、哲学・科学的真理たるマルクス主義が示す法則に従って進む以外にない。そして21世紀の歴史時代はこのことをはっきりと今証明している。そのためにこそ歴史は絶対的真理としてのマルクス主義の純化、浄化、原点からの再出発を求めている。歴史はあくまで必然性を持って、到達すべきところに必ず到達するであろう!