〈人民戦線実践論









(一)明治維新とは、日本における中世国家(徳川封建制国家)から近世国家(近代民主主義、資本主義)への革命的転換であった。その幕開けは、十八世紀世界の近代史という歴史時代を背にしたペリーの来航であった!
        ―すべては歴史時代の産物である―

現代日本は「第二の明治維新」を迎えている。明治維新は歴史の転換と革命の教科書である。万国に共通するこの教科書を理解できない日本経済新聞の編集委員・秋田浩之氏に代表されるブルジョアジャーナリズムの非科学的・非哲学的・歴史を科学的に理解できない観念的歴史観に答える!

 徳川幕府三百年の鎖国政策という固い扉をこじ開けて開国(貿易の自由化と市場開放)への道を開いたのはアメリカのペリー来航である。一八五三年七月八日、アメリカの東インド艦隊司令長官ペリーの率いる四隻の黒船が神奈川沖の浦賀に来て、日米通商条約の締結を求める大統領の国書を提出した。この外圧(外因)はたちまち内圧(内因)を刺激し、徳川幕府は大混乱に陥った。長い鎖国政策で世界の動きには無知で、経済は商品と貨幣を手にした商人たちに支配され、幕府と諸大名の財政は苦しくなる。いろいろな改革はみな失敗し、都市には貧民が、農村は窮乏し、農民一揆が続発していく。もう時代は歴史的に封建制が否定されているのである。こうした時代が幕府の統治能力を弱めていたのである。

 そして海外、世界はすでに日本の徳川封建制という中世から脱出して近世という新しい時代に移行していた。イギリスでは一六四九年に、宗教改革運動を闘う清教徒たちによるピューリタン革命が発生、チャールズ一世は処刑され共和制に移行した。一七七〇年にイギリスから発した産業革命は爆発的な大量生産の時代となり、その膨大な商品の販路を求めてヨーロッパは世界に向かって進出する。一七八九年七月にフランス大革命が起こり、「世界人権宣言」が発せられ、国王・ルイ十六世と王妃マリ・アントワネットはギロチンで処刑される。一八七一年にはドイツ革命が実現、二十五もあった封建王国はすべて廃止、内部対立を解消することによって統一ドイツ帝国が、鉄血宰相ビスマルクによって実現、ここにも中世から近世への移行が達成されていた。こうしたヨーロッパにおける近代化の波が日本にも押し寄せたのがペリーの来航だったのである。マルクスの『経済学批判・序論』(一八五九年)が示しているとおり、生産力の発展(経済の成長と発展)が生産関係(国家と社会のあり方)を変化させるという歴史科学の法則がはっきりと立証されているのである。

 現代世界の歴史時代も同じことである。現代世界、それは資本主義の最高段階に登り詰めた独占資本主義・帝国主義であり、そこは暴走する資本主義・人間欲望の自由放任の世界であり、あらゆるものが金(カネ)の世界であり、物質万能主義の世界である。すべてが生産第一、利益第一、人間性そう失、貧富の格差拡大、自由競争という名の弱肉強食、犯罪と汚職と腐敗と堕落の世界である。

 現代の歴史時代はこういう独占支配と帝国主義から脱出して、大衆社会、人民の世界を求めて激動している。二〇一一年の始めから北アフリカと中東を襲った「アラブの春」という名の大動乱、世界中を震撼させる暴力とテロ、いつ終るのかわからない戦争と内乱、そしてアメリカ帝国主義の崩壊は必然性となった現在の世界情勢、これが今日の「ペリーの来航」である。歴史は「人民の人民による人民の世界」に向かって必然の道を進む。その先にあるのはコミュニティーである。

 朝日新聞の若宮氏、日本経済新聞の秋田氏などに代表される現代ブルジョアジャーナリズムの非科学的・非哲学的・観念論的歴史観は、歴史を表面的にしか見えず、結果として現代を嘆き、悲しみ、怒り、そしてその評論は冷笑的になってしまう。