〈最近の人民戦線の
重要基本文献集









現代日本は「第二の明治維新」を迎えている。明治維新は歴史の転換と革命の教科書である。万国に共通するこの教科書を理解できない日本経済新聞の編集委員・秋田浩之氏に代表されるブルジョアジャーナリズムの非科学的・非哲学的・歴史を科学的に理解できない観念的歴史観に答える!

 現代日本の政治上の大混乱と大混迷について朝日新聞の主筆・若宮啓文氏は六月二十日付紙面で「政治家よ、三流でいいのか―被災地の嘆き―」と題してつぎのように書いている。「東北の被災地6市町村を回った時の一こまだが、行く先々で目につくのは高く積まれたがれきの山と無残な姿のままの建物。家族を、家を、仕事を失った漁業の町の人々は、なお苦悩を希望に変えられない。……各地の首長たちから聞いた不満や要望は山ほどある。そして嘆きの向かう先はどこでも永田町の醜い政争だった。……上海の研究者が震災後の日本を評して、国民は一流、官僚は二流、政治家は三流だ、と新聞に書いたのが話題になった。外国からこんな風に見られて恥ずかしくないのか。日本の政治家たちにはそろそろ国の信用をかけた行動を望みたい」と。このとおり、どの新聞も、どの雑誌も、どのジャーナリストも、みな怒り、悲しみ、嘆き、悲観し、冷笑するばかりである。

 そして日本経済新聞の編集委員・秋田浩之氏は六月十九日付「風見鶏」の欄で、今の日本の政情を明治維新と関連づけてつぎのように書いている。「政権交代を果たしたとき、民主党は明治維新に次ぐ変革だと自賛した。自分も一瞬、そうかもしれないと思いかけた。……しかし、いまはこう断言できる。あれは決して維新などではなかった。むしろ徳川幕府がたおれる前の断末魔の始まりのようなできごとだった、と。……徳川幕府が滅びる直前にも、日本はかつてない天災や国難に見舞われた。1850年にはペリーが率いる黒船がやってきて開国を迫られたかと思えば、東海や南海、江戸を次々に大震災が襲った。右往左往する徳川幕府から民心は離れ、58年には安政の大獄が起きた。維新の約10年前はこんな世の中だった。……色々な改革はことごとく失敗した。民主党も政権を代えただけで旧体制を変革できず、日本をぼろぼろにしている。それでも幕末には透徹した志から名や命を捨て、時代の歯車を回した英傑が現れた。いまの混迷から、そんな政治家が生まれるのか。だめならば、日本は志士なき幕末という悲劇に突き進むことになる」と。

 このように、秋田氏も、朝日の若宮氏と同じように、怒り、悲しみ、嘆き、悲観し、冷笑するのである。そして秋田氏の特徴は明治維新をとりあげていることにある。しかしこれをよく読めばわかるように、こんな非科学的な歴史観、こんな非哲学的な歴史認識、歴史を人類史の科学的法則として理解できないブルジョアジャーナリズムではどんな政治問題もまったく解明できない。だから怒りと悲しみと嘆きと悲観と冷笑に陥るのである。反対にわれわれは明治維新を科学的歴史観から見る。そしてすべてを人類史の歴史的発展法則から見る。このときあらゆる出来事を発展的、前進的に見ることができる。そこから未来への展望が開けてくる。

 いま改めてわれわれは明治維新を哲学歴史科学から見ることにする。この明治維新はドイツのビスマルクによる一八七一年革命と同じ法則が貫かれているが故に、変革と革命の歴史科学としてよく学び、この歴史科学を現代日本の政治情勢に合わせてよく研究するよう呼びかける。