〈最近の人民戦線の
重要基本文献集









鳩山政権がめざしている日米関係の再検討と再構築は、現代の新しい世界情勢(歴史時代)が日本のあり方、進むべき方向の再検討と再構築を求めているのである。歴史時代を正しく認識せよ!

 民主党は大勝した総選挙のマニフェストで日米同盟の再検討と沖縄の米軍基地の再構築を掲げた。しかし現実に民主党と鳩山政権が成立した後、この問題は混迷と動揺と迷走を続けている。特に自民党や右翼は、鳩山政権のこの政策は日米同盟を危険にさらしてしまう、という不安感を強調し訴えている。

 ところで何がこのような混迷と動揺と迷走を引き起こしているのであろうか。それは問題の核心たるこの国のあり方、進むべき方向(特に国防問題)という内政問題を根本的に再編成し、再構築するという核心的な問題を明確にしないまま、つまり、内因論を無視して外因論に走っているからなのである。

 つまり現代の歴史時代、アメリカの一極支配の終焉、アメリカ帝国主義の崩壊、全世界にわたる政治・経済・軍事・外交上の根本的な再検討と再構築という新しい歴史時代が日米の軍事・外交上の諸問題を根本的に再検討し、再構築せよと求めているのである。

 こういう新しい時代がアメリカではオバマという黒人大統領を生み出し、日本では長期にわたる自民党の一党支配を終わらせた。もう時代は日米同盟にすがりついて、アメリカの「核の傘」にすがりつくような時代ではないのである。沈みかけたアメリカという名の泥舟にすがってもがく日本の姿は誠に哀れではないか。

 十一月中旬の一週間にわたるオバマ大統領のアジア訪問の主目的は米中関係の再構築であった。しかし中国はアメリカを手玉にとって軽くあしらった。アメリカは日米よりも米中なのである。アメリカはもはや日中の対立には関与せず、むしろ中国側に立って行動するのは目に見えている。このような新しい歴史時代が日米関係の再検討と再構築を求めているのである。このようにすべてを歴史時代から見つめよ。

(一)鳩山政権がめざしている日米同盟の再検討と再構築、特に沖縄の基地問題を焦点にしたこの問題の政治的意図は何か!

 この問題を明らかにしている参考文書は二つある。『週刊朝日』二〇〇九年十一月二十七日号に掲載されている企画『構築未来志向の日米関係』に取り上げられた寺島実郎氏とアメリカ人アーサー・ブラウン氏への取材記事である。

 ▼先ず、鳩山首相とは昵懇(じっこん)の間柄で、外交問題に精通している日本総合研究所会長の寺島実郎氏はインタビューに答えて「米国に臆することなく、基地返還を目指すことが『大人の国』への第一歩」と、次のように言っている。ここではその核心部分を紹介する。

〔―「未来志向の日米関係」とは、具体的に何を意味するのか?

寺島 日本人の多くは、日米がこれまで緊密な同盟関係を半世紀以上続けてきたと考えていますが、これは大きな誤解です。日米同盟はいびつな「軍事片肺同盟」でしかありません。

――今回のオバマ大統領のアジア歴訪でも、力点は中国に置かれているようです。

寺島 米国は中国の台頭に脅威を感じるとともに、広大な市場に魅力を感じています。しかも中国は米国と並んでG2と呼ばれる世界経済の主要なプレーヤーになりました。そうしたなかで米国は、中国を戦略的ステークホルダー(責任ある当事者)として国際社会に引き込む戦略を立てています。日米が連携して中国の脅威を封じ込めるゲームだと思ったら大間違いです。

――見直しのポイントはどこですか。

寺島 日米安保体制の原型は冷戦期の世界構造を前提に形成されましたが、89年にベルリンの壁が崩れ、91年にソ連が崩壊しました。本来は90年代に、冷戦後の日米軍事同盟関係の在り方を根本的に議論すべきでしたが、腰を据えて米国と向き合えませんでした。ドイツが米軍基地縮小と地位協定改定を議論のテーブルに載せ、93年に完結させたのとは対照的に、90年代の日本は経済的にも軍事的にも思考停止状態だったと思います。そうしたなかで21世紀を迎え、9・11に直面し、アフガン戦争、イラク戦争に引き込まれていったわけです。

――今では当の米国がイラクやアフガンの泥沼から抜け出せずにいます。

寺島 我々は今、「イラクの教訓」をかみ締めなければいけません。米国についていくしか仕方がないという心理の背景には「米国は基本的には間違えない」という考えが潜在していたと思います。ところがイラク戦争の契機だった「大量破壊兵器の存在」も「アルカイダとの関係」も否定され、「米国の無謬(むびゅう)性」の神話は崩れてしまいました。

――日本の防衛・外交専門家の多くは、北朝鮮の核や中国の野心への警戒が必要だと説いています。

寺島 相手に核兵器を使わせないために、こちらも核兵器で武装して牽制し合うというのが「核の傘」の論理ですが、これこそ冷戦型思考の典型です。今の北朝鮮の脅威は冷戦時代の脅威とは質が違う。冷戦時代は北朝鮮の背後にソ連と中国が控えていて、日本や韓国が社会主義への体制転換を余儀なくされる恐れがありました。しかし現在の北朝鮮は「ならず者的恫喝の脅威」です。ならず者相手に理性や理屈は通用しません。むしろ、周囲の国々が連携して暴発を制御していくしかないわけです。
 日本には東京23区の1・6倍の面積の米軍基地・施設があります。
 日本は米軍の駐留コストの7割を負担しています。こんな例は世界にない。それを放棄して撤退したら「縮軍」につながってしまいます。沖縄の米軍の前方展開兵力をハワイ、グアムの線まで退け、東アジア有事の際には緊急派遣軍として急派する仕組みに変え、しばらくは日本がそのコストを負担するというプランも、米国の一部にはあるんです。
 部隊の大半はグアムまで退き、ごく限られた機動部隊だけ当面は駐留するといった形も検討に値するでしょう。
 そういう柔らかな議論をしないと、日本が巨額の駐留経費を負担しているがゆえに、米軍基地がなくならないという妙な話になりかねません〕と。

 ▼もう一つの文書は、元CIA東アジア部長のアーサー・ブラウン氏に対する取材記事である。氏は次のように発言している。その核心部分を紹介する。

 〔元CIA東アジア部長のアーサー・ブラウン氏(58)は「在日米軍の在り方は今こそチェンジ≠フときだ」と言い切る。その意味とは?

 「歴史的な政権交代を果たした今こそ、占領時代からの懸案である米軍基地問題を鳩山首相はオバマ大統領と腹を割って話し合うべきだ。でなければ、自民から民主にチェンジ≠オた意味がない」

 ブラウン氏は普天間問題についてこう語る。

 「06年の日米合意は自民党政権下の過去の約束だ、と鳩山首相はオバマ大統領に言えばよかったのです。現にオバマ大統領だって、前政権がポーランドと協定を結んでいたミサイル防衛(MD)迎撃基地建設の中止を今年九月、発表した。その理由は至ってシンプルで、政権のチェンジ≠ナす。日米メディアの反応など気にせず、鳩山首相もチェンジしたい≠ニ直言すればよかった。オバマ大統領はその言い分に耳を傾けたでしょう」

 在日米軍基地で働く日本人の給料や米軍人の住宅建築費などを日本が負担する思いやり予算は、1978年度から始まり、2008年度まで2兆円以上が支払われてきた。

 現在でも在日米軍基地・施設は85カ所存在する。

 ブラウン氏は米軍基地についてこう指摘する。

 「神奈川県にあるキャンプ座間は、米軍で『博物館』と揶揄され、実質的な戦闘機能はほとんどない。横須賀、横田基地と統合することは可能でしょう。都心の一等地の南麻布に、米軍が占領時代に接収した米軍専用の宿泊施設『ニューサンノー米軍センター』が今もあるが、実はあまり稼動していない。ホテルが多くあるので必要ないでしょう」

 東京青山公園に隣接する「赤坂プレスセンター」も米軍が旧日本軍施設を接収し、現在は独身将校の宿舎として使っている。

 「入居人数も減っており、いまだに存続させる必要はない。自民党は米国に何も言えなかったが、政権交代した今こそ、鳩山首相は遠慮せず、米軍基地を減らしたい、とオバマ大統領に直訴すべきでしょう」〕と。

 この二つの文書の中身が鳩山政権のマニフェストに反映されているのである。これが鳩山政権のめざす方向なのである。ただはっきりさせておきたいことは、この方向性というものはあくまで改良であり、改革のための手法であり、戦術論であり、技術論である。歴史が要求するのは革命的転換なのであって改良ではない。だから、歴史の要求には到底答えられないであろう。

(二)「賢者は歴史に学べ」。外交と国防上の問題はすべて内因論である。その歴史上の典型的事実は「ミュンヘン会談」にある。これは外交と国防問題に関する歴史科学であり、歴史の法則であることをわれわれは忘れてはならない!

 「ミュンヘン会談」(協定)とは何か。ここから出発しよう。

 一九三八年九月、ドイツのミュンヘンにおいて、チェコスロバキアのズデーテン地方をナチス・ドイツに割譲することを決めたイギリス、フランス、ドイツ、イタリアの四ヵ国会談のことである。

 一九三三年、政権の座に就いたドイツ・ヒトラーの当面の目標はオーストリアとチェコスロバキアを併合することであった。三八年三月、オーストリアを併合したナチス・ドイツは同年九月、チェコに対して、国境を接し、ドイツ系住民の多いズデーテン地方の割譲を要求した。チェコはこれを拒否。事態の緊迫に驚いたイギリス首相・チェンバレンは調停を申し入れ、イタリアのムッソリーニ、イギリスのチェンバレン、フランスのダラディエ、ドイツのヒトラーの四ヵ国首脳によって開かれたのが、ミュンヘン会談(協定)である。会談は九月二九〜三〇日に行なわれ、ズデーテン地方のドイツへの割譲が決定した。これはドイツの侵略に対する宥和政策の頂点となる出来事であったが、その時点では戦争の危険が回避され、チェンバレンは全世界から平和の使徒として評価されたが、翌三九年三月、ヒトラーが協定を破ってチェコに侵攻し、スロバキアを保護国としてしまい、ヒトラーに対する宥和政策はまったくの失敗であることが明らかとなった。一九三九年九月一日、ドイツ軍はポーランドへ進撃、第二次世界大戦はじまる。これがミュンヘン会談(協定)の顛末である。

 以上のミュンヘン会談(協定)の歴史的事実は、この問題に関する次のような本質をわれわれに教えている。それはナチスとヒトラーというファシズムの本質とその侵略性(という内因、内政)が、ミュンヘン会談(協定)という外交上の取引(外因)を生み出したのである。そしてこの外交政策、外交上の取引、外交文書というものは、まったく鎧(よろい)をかくす衣であり、ナチスとヒトラーの侵略性(第二次世界大戦)のための隠れ蓑だった。歴史をみればこのようなことは山ほどある。現代では国連こそ会議は踊る″ナ大の場所であることは戦争と国連の関係を見ればよくわかる。すべては内因論である。

 現在のミュンヘン会談は「米中関係」の再構築である。なぜなら米中二極主義などというものは、あくまでも米中両国の外交上の駆け引きであって米中両国の騙しあいなのである。もしもオバマ政権が行き詰まり、あるいは中国国内に矛盾が爆発して内乱が起こったら、米中関係などみな吹き飛んでしまう。ミュンヘン会談はそういうことをわれわれに教えているのだ、ということをよく知らねばならない。人類の歴史を振り返ってみればこういう外交上の駆け引きや騙しあいというのは山ほどある。だから「賢者は歴史に学べ」と言うのである。

(三)再び「賢者は歴史に学べ」。国土と民族と祖国を守りぬいたスイスの歴史、ソビエト・ロシアの祖国戦争、ベトナム戦争の巨大な教訓から学ぶことが賢者のとるべき態度である。この三つの国の経験はすべては内因論であるという歴史の法則を明確に示している!

 スイスの歴史を見てみよう。この国の特質は議会主義国家ではなくてコミュニティー国家なのである。そして国防の基本は国民皆兵で全国民が武装し、戦争に備えて人民戦争を構築しているのである。スイスの歴史と政治を調べてみればわかるとおり、この国の末端は部族共同体と村落共同体が基礎になっており、すべてはコミュニティーとして決定している。国家とはコミュニティーの連合体であり、スイスは連合体国家である。しかも国家の課題を解決するのは議会制ではなくて国民投票なのである。国家には確かに議会はある。しかしここには決定権はなく、いわゆる諮問機関的なものである。決定権はあくまで部族共同体と村落共同体の意志、つまりはコミュニティーである。これが直接民主主義であり、間接民主主義的な議員制ではない。

 国防問題についてどうなっているか。国防問題の大前提は自分の国土は自分で守るという基本理念に徹している。全国民が四十二歳までは兵役義務があり(婦人は志願制)、全家庭に兵器が保管され、定期的に軍事訓練がなされている。そして外国の侵略があった場合には、全国民が総武装して全国土をゲリラ基地にして国民戦争(人民戦争)で民族と国家と祖国を守り抜いていくということに徹している。

 このスイスの体制は一八一五年、ナポレオン戦争後の欧州会議(ウイーン会議)の席上スイスの「永世中立宣言」として発表された。この体制が第一次世界大戦、第二次世界大戦、あらゆる戦争の中でスイスを守りぬいたのであり、この内因(内政)に他国は手を出せなかったのである。

 ソビエト・ロシアはどうであったか。一九一七年十一月にロシアに社会主義政権が成立した。これに驚いた資本主義陣営は、一九一八年になるや西方からは英仏を中心に、東方からは日米を中心に、合計世界中の一六カ国の軍隊がいっせいに若い社会主義国に攻め込んだ。これに合わせて国内では旧ロシア皇帝時代の将軍が各地で反乱を起こし、一九二二年までの五年間にわたる外国干渉軍と国内反乱軍との死に物狂いの戦争が展開され、ソビエト社会主義は千二百万人の犠牲を払って勝利した。歴史上ありえないこのような過酷な戦争を戦い抜き勝利した。その力は社会主義祖国を守れ、という人民の強固な意志と国民総動員による人民戦争であり、人民大衆の英雄主義にあった。

 ベトナム戦争とは何であったか。一九六二年から七三年まで十年間にもわたるこの戦争は、ベトナム人民のアメリカ帝国主義に対する正義の民族解放戦争であった。世界最強のアメリカは三百万の兵力を動員。第二次世界大戦に使用した爆弾の使用量六百十万トンを超えて千四百万トンに達し、原爆以外のあらゆる化学兵器を総動員し、非人道的な枯葉剤の使用で山や森や林を焼き尽くし、すべての川を汚染させ、戦後多くの死産、先天性奇形児を生み出したとおり、誠にこの戦争は悲惨の極みであった。ベトナムの戦死者三百万、民間人は四百万人の犠牲者を出して勝利した。その力はどこにあったのか。それは民族解放と祖国の統一、国土防衛に徹したベトナム人民の強固な民族愛と祖国愛であった。これが内因なのである。

 われわれは三度「賢者は歴史に学べ」ということを訴える。歴史は科学であり、歴史の法則も科学である。この歴史を科学として学ぶのが賢者なのである。これに反して「愚者は経験から学ぶ」という。つまり、愚かな者は狭い自分の経験だけから学ぶことしか知らない。そして歴史は愚者が国を滅ぼしてしまったことを教えている。そして歴史は必ず賢者によって到達すべきところに到達させていくであろう。歴史の到達点は発達した近代的コミュニティーの世界である。人類の歴史はこの必然性に向かって、いくつかの偶然性を通じて到達するであろう。これが歴史科学である。

結語

 (一)歴史科学の示すとおり、生産力の発展が生産関係を規定するという法則通りに、人類史はその前史の到達点たる帝国主義の段階に到達した。それは資本主義の最高にして、最後の、最もらん熟し、そして歴史上最大の、最悪の、凶暴な暴力支配である。それ故にまさに最後の帝国(アメリカ帝国主義)が崩壊せんとする、そのような帝国と帝国主義時代である!

 (二)生産力の発展は必ず生産関係を転換させるという歴史科学の法則は、この論文で科学的に証明されている通り必然的なものである。つまり、大自然から生まれ、大自然と共に前進、発展してきた人類の生産力と生産物を、私利・私欲・富と蓄財として一部の巨大独占支配にゆだねるのではなく、万人のため、大衆のため、人民のため、社会のものにせよ。時代と歴史はこのように求め、激動しているのである。ここに歴史の要求があり、ここに歴史の必然がある!

 (三)だが歴史転換の過去が教えている通り、旧体制、旧勢力というものはけっして静かに消え去るものではない。帝国主義は自然消滅しない。歴史上の各時代の転換が爆発と収れんした通り、帝国主義もまた戦争と内乱という爆発を通じて収れんされていく。そのとき、爆発を歴史の要求通りに、正しく収れんさせるための核(先進分子、前衛)がここで決定的役割を果す。科学思想と理論上の原則に忠実な先進分子、前衛が絶対に必要であり、歴史はこのことを決定づけている!

 (四)帝国主義の崩壊、歴史の転換、新しい時代への前進と発展は歴史科学の示す通り、これは必然である。だがこの必然は必ず偶然を通じてのみ実現される。偶然とは予測しないことであり、突発的なことであり、曲がりくねったことである。故に歴史転換のカギを握る核たる者、先進分子、前衛は、如何なる場合、如何なる局面にあたっても、常に原理原則(科学思想と理論上の原則)にもとづく決断と勇気を忘れてはならない。ここに歴史転換のかなめがあり、カギがある!

 (五)科学法則、社会科学、歴史科学の法則は、大宇宙を支配する無限の法則のもとで、永遠に発展し、前進していく。自然も、人類社会も、国家と社会も、人間も、ただ一ヶ所に止まっているのではなく、常に変化し、転換していく。帝国主義の後には、万人の時代、大衆社会、人民の時代が到来するだろう。そして人類はつぎの時代、つまり、地球をあげて、大宇宙への壮大な闘いへと前進するだろう。帝国主義と不屈の戦いを進めた先進的で前衛的人びとはその偉大な歴史のなかで永遠に不滅であり、歴史と共に永遠に記録されるであろう!