〈人民戦線実践論









検察リークによる作られた「世論」などに迎合するのではなく、現代の歴史時代と歴史科学からその本質を知らねばならない。すべての問題の本質を歴史的にとらえよ!

 日本におけるオピニオンリーダー、世論形成の主導的役割を担っている『中央公論』三月号は「小沢とカネと民主党」と題した特集を組んだ。もう一つの月刊雑誌『文芸春秋』も同じ特集をしている。このように現在日本の社会では「政治とカネ」の問題で鳩山と小沢に対する非難一色である。

 賢者は歴史から学ばなければならない。歴史を見ればわかるとおり、カネの不正や汚職や不法政治献金をめぐる政争は、歴史的にも世界的にも古今東西絶えることはなかったし今もそうである。

 それはなぜか。この地球上に階級支配と国家と権力が生まれてから、それが生み出す必然の産物だからである。カネがなければ政治家になれないし、権力は取れないのである。戦後六十年間の自民党一党支配はカネまみれの政治ではなかったのか。今さら自民党に小沢批判などする資格はない。すべては国家と権力の本質が引き起こす政治上の産物であって人が悪いとか、誰がけしからんとかという人間性悪説の問題ではない。この問題を解決するのはただ一つ、国家と権力を人民の手にして真のコミュニティー国家にする以外にないのである。

 古代コミュニティー(原始共同体)社会ではこういう事件はまったく起こらなかった。そして歴史はより高い段階に到達した近代コミュニティーを求めて激動しているのである。 この歴史上の大転換を証明しているのがアメリカ帝国主義崩壊と無力化、全世界にわたる民族の独立と国家の自立、人民の自覚と決起であり、その現象がテロと暴力、反米の嵐であり、黒人大統領オバマの出現である。

 この歴史時代が日本にも出現した。第二次世界大戦以後六十年間日本を単独支配していた自民党はついに崩壊して、「平和革命」といわれる民主党鳩山政権が出現した。このことは日本における歴史的大転換への序曲であり、その一里塚である。たとえ初歩的で一里塚であろうとも、それは歴史的大転換をめざす歴史の前進であり進歩であることはまちがいない。この弁証法的歴史観から鳩山政権を見るのか見ないのか、これが歴史時代認識に立つのか立たないのか、ということであり、この問題の大前提である。

 こうした歴史観から問題を見ることができずに、ただ「政治とカネ」という低次元から騒ぎ立てるブルジョアジャーナリズム、ブルジョアメディア、ブルジョア政治家の認識論は結果として自民党・民族主義右派・官僚と検察の複合体、つまり「ステルス複合体」による失地回復の一大攻勢に手を貸すものであり、歴史の進歩に逆行するものに他ならない。

 歴史を見ればわかるとおり、崩壊していく旧体制・旧勢力・旧権力というものは、夢よもう一度とばかりに死に物狂いで反抗する。アメリカのオバマもその反抗に苦しんでいる。日本でも同じ反抗に鳩山政権は苦しんでいる。だから今こそ知的水準の高い有識者、ものごとを俯瞰的に見える人々は政治とカネの問題について明確な頭脳を持って行動しなければならない。

 小沢一郎問題の本質とは何か。それは「政治とカネ」などという低次元の問題ではない。「自民党政治の大改革」、「官僚支配の打破」を掲げる民主党鳩山政権に対する自民党・官僚・民族主義右派の「ステルス複合体」による一大反撃である。

 検察リークによる作られた「世論」などに迎合するのではなく、現代の歴史時代と歴史科学からその本質を知らねばならない。すべての問題の本質を歴史的にとらえよ。

(一)『中央公論』三月号の「小沢とカネと民主党」と題する特集号は何を主張しているのか。「公正と中立」を掲げるその本質は、結局旧体制側の主張を補完することに他ならない!

 『中央公論』特集号の前文は次のようにいう。
 「東京地検特捜部と小沢一郎幹事長による最終決戦≠フ幕が上がった。検察が巨悪を暴く可能性もあるのだが、どうにも不発気味だった西松建設事件を引きずる遺恨試合のようにもみえる。事情聴取段階から情報を漏洩させる検察も検察だが、これぞ、政治と官との戦い――と、気勢を上げる民主党の一致団結ぶりも異様だ。巨魁がぶつかり合う不気味さの真相を読み解く」と。

 特集の中で、東京大学名誉教授の御厨貴氏は次のようにいう。

 〔民主党の小沢幹事長の資金管理団体による土地購入をめぐり、元秘書の石川知裕衆議院議員らが政治資金規正法違反で逮捕された。…日本の政党政治のアキレス腱が常にカネの問題にあることがわかる。…

 小沢氏を歴史的な文脈のなかに置いてみれば、今回の事件はむしろ歴史的必然であるかのような印象を受ける。しかし他方で検察のあり方もすべてが適切とは到底見えない。では政権と検察が正面から対決する事態をどう見ればよいだろうか。…なぜ検察は小沢氏を追及するのか。…

 検察は政権交代によるなにがしかの空気≠フ変化を読み取り、そこはかとない危機感を抱いているのではないか。それも、メディアが喧伝するような、民主党政権が検察の人事や組織に直接介入するといったあからさまな形を想定してではない。空気≠フ変化を背景に、知らず知らずのうちに、なし崩し的に検察権力が変容を迫られることである。そこでは当然、検察からの反撃があり得る。政治主導を、そして何かを変えることを主張する民主党において大きな役割を果たしているのは小沢一郎その人にほかならない。この小沢の犯罪を暴くことで党内での、ひいては政治の世界での力を弱め、検察としては旧来の独立の権限を保っておきたいと考えたとしても無理からぬことである。

 検察が政治的な動きと無関係に捜査するというのは建前にすぎない。石川議員の逮捕は国会が始まる直前であり、国会審議を通常の状態では行わせないと検察側が宣言したようなものである。この意味で、検察が先手を打って政治に介入してきたという印象を受ける。

 つまり、小沢氏と検察の対決は、むきだしの権力同士による政と官の対決と見ることができるのだ。…

 昨年の総選挙の際に国民が選択したのは、小沢一郎でも、鳩山由紀夫でもない。もっと広い意味で、これまで何も変えなかった体制から、何かを変えていく体制への転換を選択したわけであり、その担い手の顔ぶれは代わるとしても、この「変える」という方向性については不可逆的に続いていく。一時的な混乱に直面して慌てる必要はなく、変化を前提に、冷静にものを考えていくべきではないか。…

 現在の状況は、むろん鳩山政権にとっては危機的だが、大きな流れとしては政権交代の指し示している方向に変わりはなく、混乱をともないながらも今後も改革≠進めていかねばならない。…

 さまざまな点で未熟さを残す民主党がここまで伸びたのは、確かに小沢氏の貢献が大きい。しかし、小沢氏の政策のアイディアもほとんど出尽くしたのではないか。そこから先は、変革を担っていく若い政治家が勉強しながら進めていくべきであろう。冷徹に歴史の文脈のなかで考えてみれば、小沢氏はいまや着地点に降り立ちつつあるといえる。…

 小沢氏の政治的役割の転換が進めば、近代政党政治史は新たな段階を迎えることにもなる。したがって、検察の意図していることとはまったく別の形で、歴史のひとつの転換点になるのではないか〕と。

 ごらんのとおり、御厨教授の一文はまことに公正・中立のようにみえるが、ここでは問題の本質と歴史時代認識はまったく欠けており、結果としてこの文書は旧体制側の反撃を補完することになってしまった。

(二)複雑な問題を正しく解く鍵は、それを生み出した存在としての歴史時代を認識し歴史科学からとらえること。事実のなかから問題の本質を正しく認識せよ!

 アイゼンハワー元大統領、アメリカ合衆国第三十四代大統領で、第二次世界大戦の英雄・ヨーロッパ戦線連合軍最高司令官・NATO軍最高司令官・元帥であった彼は、大統領を辞任するときあの有名な「軍産複合体の危険性を警告した告別演説」を行った。

 一九六一年一月十七日、任期を終えたその辞任演説でつぎのように述べた。

 「巨大な軍事機構と巨大な軍需産業との結合は、アメリカがかつて経験しなかったものである。その全面的な影響力、経済的、政治的、さらには精神的な影響力までもが、あらゆる都市に、あらゆる州政府に、連邦政府のあらゆる部局で感じられる。…私たちは軍産複合体≠ェ意識的にであれ、無意識的であれ、不当な影響力を行使しないようガードしなければならない。見当はずれな力の悲劇的な台頭の可能性は、現に存在し、これからも存在し続けるであろう。この複合体の重圧によって我々の自由や民主的プロセスが危うくなることを、絶対に許してはならない。そういう重圧を軽視することがあってはならない」と。

 これは次の大統領に就任する若きケネディ大統領への重い警告であった。そしてケネディは警告どおりその「軍産複合体」によって暗殺されたのである。

 一九六三年十一月二十二日、テキサス州のダラスでケネディ大統領が暗殺された。しかしこの事件をとりまく数々の奇怪な出来事、不可解な事件、奇妙な事故、数多き不思議な現象によって真相は今も不明なままである。

 だが真相というものはすべて歴史が解明する。歴史とはその事件をとりまくそのときの歴史時代(内外情勢)であり、その前後に発生した歴史事件(歴史科学)である。

 この問題の歴史時代と歴史科学は何であったか。ケネディは当時泥沼に入っていたベトナム戦争からの撤退を模索しはじめており、あわせて対ソ融和政策を進めようとしていた。ソ連ではフルシチョフによる「スターリン批判」で社会主義は放棄されていた。米・ソ和解の波が高まっていた。だがアメリカの軍産複合体は自己の利害関係からこれを望まず、自己の権益を守るためにはケネディを消す以外にはなかった。歴史的事実が証明しているとおり、ケネディの後を継いだジョンソンは、軍産複合体の要求どおり、ベトナム戦争への本格的介入を開始、対ソ強硬路線へと舵を切り、世界的規模にわたる軍備配置を展開したのである。アイゼンハワーの警告は立証され、ケネディ暗殺の真相は明確になった。すべては歴史時代と歴史科学が解明させていく。

 日本ではどうか。二〇〇九年八月三十日に実施された総選挙で自民党は歴史的大敗北を喫した。これは歴史的大事件であった。第二次世界大戦以後の、実質的六十年間日本を単独支配していた保守党・自民党が崩壊した。これは歴史の流れであった。国際的にはアメリカ帝国主義が崩壊し、変革を叫ぶ黒人のオバマ大統領が出現。この歴史の流れが日本にも押し寄せた。そして自民党も老いてしまい、活力を失い、最後の政権たる安倍内閣も、福田内閣も、麻生内閣もみな一年だけの短命で終わった。歴史が日本の変革を求めたのである。この歴史時代の要求に応えようとしたのが小沢一郎と民主党であり、そしてこの歴史時代は自民党の大敗北と民主党の勝利を促したのである。しかし旧体制、旧勢力というものは静かに退くものではない。日本の明治維新を見てもわかるとおり、旧勢力の最後の反抗は激しかった。それが戊辰戦争、彰義隊による上野戦争、会津戦争、奥羽戦争、函館戦争であり、そしてその後の各種の反乱と西南戦争である。変革(革命)というものは「汝の道を行け、そして人には語るにまかせよ」(ダンテ)という鉄の意志が決定的であることを知らねばならない。

 倒された旧体制、旧勢力は最後の反撃を試みる。それが今展開されている「政治とカネ問題」なのである。事実を見ればはっきりする。

 @二〇〇九年三月三日、西松建設からの違法献金問題で小沢一郎の公設第一秘書・大久保隆規が逮捕される。この八月には総選挙があり、各党はその準備の最中で、自民党の敗北が予想されていた。それを目掛けて検察が動いた。しかしそれは小沢一郎までに手は届かなかった。

 A八月三十日の総選挙は民主党の圧倒的勝利で、九月十六日に鳩山内閣が発足。その直後の十月三日、鳩山首相の偽装献金問題で検察は捜査を開始、最終的には秘書の在宅起訴と首相の弁明書提出で終わった。

 Bそしてもう一度小沢追及が始まった。政治資金規正法違反で小沢の秘書三人が逮捕された。その日は民主党大会開催の前日、二〇一〇年一月十五日であった。明らかに小沢幹事長辞任の流れを作り上げる計算であることは明らかであった。しかも取り上げられた「事件」というものは、従来そのような「収支報告書の記載ミス」はみな関係省庁からの忠告で「訂正」するだけで終わっていた。自民党時代はそうしていたのである。しかし今度は検察庁の強い意志で強権が発動された。このような歴史時代と歴史科学、事実のなかに本質がある。

 以上みてきたとおり、すべては歴史時代と歴史科学の産物であり、歴史が産み出す出来事であり、歴史の転換期に発生する旧体制と旧勢力が試みる反撃であり、アイゼンハワーの警告演説にあるとおりの複合勢力が引き起こす政治闘争なのである。だからわれわれは主張する。小沢一郎問題とは単なる「政治とカネ」という低次元の問題ではない。それは「自民党政治の改革」、「官僚支配の打破」をめざす鳩山政権に対する官僚・保守・自民党の「ステルス複合体」による民主党つぶしの政略である!

 故に検察リークによる作られた「世論」に迷うことなく、すべてを歴史時代と歴史科学から本質を知らねばならない。
 そしてわれわれは歴史科学の未来に確信を持たねばならない。それは明治維新が教えている歴史科学の法則である。つまり、歴史は前へ前へと進むものであって、けっして後戻りはしない、ということである。明治新政府も発足後から幾多の反乱、内戦、抵抗に遭遇したが、最後に明治維新は勝利した。ここに歴史科学がある。つまり、歴史は前へ前へと進むものであって、決して後には戻らないのである。あくまで歴史の要求(大衆、人民の要求)なのである。すべては歴史が決定する。

 故にアメリカのオバマはその変革を最後まで遂行できなかったとき大統領を辞任しなければならず、つぎの新しいオバマが出てくるであろう。日本でも鳩山政権が改革の第一歩を踏み出したが、旧体制・旧勢力からの反撃に抗し切れず改革を止めたとき、歴史は鳩山政権を崩壊させ、つぎの新しい政権を作り出す。こうした爆発と収れんを繰り返しつつ、最後は真の党を作り出し、到達すべきところに歴史が到達させていく。これが歴史科学である。

(三)民主党鳩山政権の歴史上の位置を正しく認識し、自民党・官僚・民族主義右派による「ステルス複合体」以外の各党派と勢力は、歴史時代とその要求に応えるべき自己の責任と任務を自覚して正しく行動せよ!

 十九世紀に世界は帝国主義に到達した。それはすべて帝国主義戦争を通じて達成された。そして二十世紀に帝国主義による世界の再分割は完了した。

 帝国主義による世界の分割は終った。しかしこのままでは終らない。独占と帝国主義の後発組は黙っていない。おれにもよこせ、というわけである。

 こうして世界植民地再分割の戦争、世界帝国主義戦争が始まった。戦争はその性格上、全世界を巻き込んだ文字通りの世界戦争になった。そしてその結果は必然的に、敗れた帝国主義の崩壊へ、つまりは帝国主義戦争を通じて帝国主義の崩壊へという新しい時代を切り開いたのである。

 その結果、第一次世界大戦を通じてロシア、ドイツ、オーストリア・ハンガリー、オスマン・トルコの各帝国主義が崩壊した。また、第二次世界大戦を通じて日、独、伊の三国ファシズムが崩壊。イギリス、フランスも帝国主義から脱落していった。同じ運命をオバマとアメリカ帝国主義が進んでいる。これは歴史科学の法則である。

 歴史を振り返れば、ローマ帝国は打ち続く戦争に疲れ果ててしまい、軍事費の増大で国家財政は破綻した。ゲルマン民族の大移動に代表されるとおり、各民族はローマへの反乱を引き起こした。ローマ帝国内部も分裂を引き起こし、内部対立と抗争も激化していった。こうしてローマ帝国は力尽きて崩壊したのである。これが歴史科学なのである。

 だから、この科学法則は今のアメリカ帝国主義にもそのまま作用しているのである。

 こうしてこの文書の始めに示したとおりの現代の歴史時代が日本に出現したのである。弁証法的歴史の発展法則は科学である。その過程での鳩山政権の出現は歴史の進歩であり前進である。このような歴史観から歴史の要求に応えるべき各党派と各勢力は確固とした立場と方向を定めて行動しなければならない。
 @民主党鳩山政権の歴史上の位置を正しく知れ!
 国際的にはアメリカ帝国主義の一極支配の終焉と世界的規模の一大転換期の到来と同じように、日本では長期にわたる自民党の一極支配の終焉と、日本における根本的大転換への門戸を開いたという、この歴史上の位置を占めた民主党鳩山政権をはっきりと確認しなければならない。この歴史時代認識から民主党は全党が一致結束し、団結すべきであり、敵の面前で内部対立を表面化すべきではない。戦争の最中に自分たちの指揮官を後ろから銃で撃つなどということはまさに犯罪である。論争というものは、闘いの一段落ごとに内部でやるべきことは、良識のある人間の初歩的基本原則なのである。
 A民主党以外の各党派は党利という狭い立場ではなく、歴史の要求に応えるべき自己の責任を自覚して行動せよ!
 日露戦争の時代に、ロシア革命を実現させたレーニンはいくつかの論文を発表しているが、彼はその中で「この戦争においては老大国ロシアが敗北した方が歴史の進歩にとっては有益である」と説いた。そのときロシア政府はレーニンを祖国への裏切り者として、あるいは日本のスパイであるとして徹底的に糾弾した。しかしレーニンは歴史の進歩という歴史科学の立場からこの主張を叫び続けた。そして歴史はレーニンにロシア革命の勝利をもたらしたのである。歴史の要求に応えるべき責任を持つ党派や自覚ある人々は民主党を支持し、民主党と連合し「ステルス複合体」の一大反撃に対して闘うべきである。歴史科学は闘うものに味方し、闘わないものは歴史によって否定されるであろう。
 B世論とは何か。世論とは権力が作り出すものであり、闘う側の世論は闘うことによってのみ自己の世論が作り出されていく!
 この問題についてアメリカの元大統領ニクソンは国際的にも評価が高かったその著作、『指導者とは』の中ではっきりと言っている。つまり、世論なるものに指導者は迷ってはならない。世論は作り出されるものであり、自分のための世論は自分自身とその集団によって作り出さねばならない。そのために指導者は集団や党派の先頭に立って、運動し、行動し、闘わねばならない。指導者は一貫して強く、粘り強く、自己の信念と主張を力を込めて訴え、行動しなければならない。改革の旗を高く掲げ運動し前進する中で歴史は必ずその活路を切りひらいていく。歴史の要求に応えるべき運動と闘いを弱めたり、妥協したり、反撃に屈したならば歴史が敗北者とみなすであろう。そのとき歴史はアメリカでは第二第三のオバマを、日本では第二第三の民主党や鳩山や小沢を生み出して改革、変革の旗をさらに高くおし立てて進むであろう。これが歴史科学であり、歴史の法則である。

 人類の歴史を見ればわかるとおり、一つの支配権力、一つの国家形態が永遠であったことは一度もない。歴史は常に運動し、変化し、発展し、転換して次々と新しい時代を作り出していった。そして歴史を見ればわかるとおり、変化は静かで一直線ではない。爆発と収れんは歴史法則である。歴史は必然を持って前を目指すが、その過程では常に偶然が伴う。偶然は必然のための産物であり、偶然は必然のための糧である。そして必然の世界とは人民の人民による人民のための世界であり、より高度に発展したコミュニティー社会である。歴史は到達すべきところに必ず到達するであろう。

結 語

 結びとして、われわれが目指す人類の未来、その世界観を提起しておきたい。
 
  • コミュニティーとは何か。人民による人民のための人民の世界とは何か。それは国家、社会、生産活動の運営目的を、最大限の利益と利潤追求のみに注ぐのではなく、すべてを人民の生活と文化水準と社会環境の安心・安全・安定のために注ぐ!
  • 生産第一主義、物質万能主義、拝金主義、弱肉強食の国家と社会ではなく、人間性の豊かさと人間の尊厳と人間としての連帯と共生の国家と社会にする!
  • 金と物がすべてではなく、人間の心と自然の豊かさが第一であり、姿や形だけの美しさではなく、働く人びとの生きる姿と心の美しさが第一であり、一人だけで急いで先に進むのではなく、遅くてもみんなが一緒に進む!
  • 人間は生まれたときから環境の産物であった。環境が変われば人間も変わる。国家と権力が変われば国民は変わる!
  • そのための力こそ、すべてを人民闘争・人民戦線・人民権力へであり、その具体的表現たる人民評議会である!
  • 人類が最初に、はじめてつくった社会は、原始的ではあったが、そこにはまさに共同と共生と連帯の人間的社会があった。そしていくたの回り道をしたが、その間により大きくなってもとに帰る。つまりより高度に発達した近代的コミュニティ国家と社会へ。ここから本当の人民の社会、人間の社会が生まれ、人類は総力をあげて大宇宙との闘い、新しい闘い、宇宙の開発と開拓の闘いに進軍するだろう!